ポケの細道   作:柴猫侍

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第七十一話 偶に凄い物を借りようとする女子

 

 

 

「―――それでのう、儂のニャスパーが……」

「……ははっ」

 

 延々と続く会長の話に対し、疲れを隠しきれていないまま笑みを浮かべるライト。ふと横に視線を移すと、ウトウトとしているコルニを見る事ができる。

 ポケモン大好きクラブ会長とあるだけ、ポケモンに対しての話題を尽きることなく話続ける会長。対して、中々帰ることもできずに話を聞き続けているライトの太腿の上にはヒンバスがちょこんと乗っており、『くぁ~』と欠伸をしていた。

 

(……ジムの予約……)

 

 できれば早々に抜け出したいのだが、会長の熱意がそれを許さない。いや、気の良い人物であることは、暫く話を聞いている内に理解できたため、一言告げればすぐに返してくれそうなのだが、マシンガンの様に放たれる言葉の嵐の隙を見つける事ができないのだ。

 久し振りにべったりとすることができて満足そうにしているヒンバスとは打って変わり、ライトの表情は優れない。

 チラッとバッグの中のポケギアで時間を確認すると、既に時刻は三時を過ぎ、そろそろ予約をしなければ明日には挑戦できないぐらいの時刻だ。

 

 意を決したライトは、バッと顔を上げて熱弁する会長に瞳を向ける。

 

「会長! あの、僕」

「君はポケモンコンテストというものは知っているかね? ホウエンやシンオウ地方などで行われている、ポケモンの魅力を伝える為のコンテストなのじゃが……」

「あ……い、いえ」

「そうかそうか! ではコンテストの話も少ししようかの!」

 

 失敗した。

 己の手持ちから『ポケモンコンテスト』に話題が移り変わった会長の話を、辟易した顔で聞こうとするライト。

 するとそこで『ハッ!』と目を覚ましたコルニが、ライトへと目を向ける。

 

「ジムの予約! そろそろ行かなきゃ駄目なんじゃないの!?」

(ナイス、コルニ……!)

 

 寝ぼけ気味で言い放ったコルニの言葉に心でガッツポーズを決める。

 そのような少女の言葉を聞いた会長は、『おお、それはイカンな』と自分の話を切り上げた。

 この流れであれば、すぐにでもクノエジムに赴くことができると考えたライトはすぐさま立ち上がり、会長に一礼しながら出口の方へと向かって行く。

 

「それじゃあ、失礼しま……」

「ああ、ライト君。君に最後に一つだけ話をしたいことがあるんじゃ」

「……はい」

「まあまあ、そんな残念そうな顔はせんでくれ。今から話すのはポケモン大好きクラブの会長としてじゃなく、一人の老人としての話じゃから」

 

 ヒンバスを抱きながら、ガッツリ残念そうな顔を浮かべていたライトに、苦笑を浮かべて引き止める。

 すると会長は、奥にあった棚から小型の箱のような機器を取り出し、ライトに差し出してきた。

 有無も言わさずに手渡されたライトは、一体何の機械であるのかと首を傾げながら会長の顔を見る。

 

「ほっほっほ。それは『ポロックキット』と言って、木の実を入れて混ぜ合わせるとできるお菓子―――つまりポロックを作ることができる機械なのじゃ。儂のお古じゃが、良かったら貰ってくれい」

「え? でも、僕お菓子なんて……」

「安心しなさい。作るのは簡単じゃからのう」

 

 何やら、ポロックというお菓子を製造することができる機器を渡されたライトは、会長の意図を汲めずに終始戸惑った様子を見せる。

 そのような様子の少年を目の当たりにした会長は、たっぷりたくわえた顎髭を撫でながら、にっこりと笑う。

 

「……君は、ポケモンが好きかな?」

「ポケモン……勿論好きです!」

 

 当たり障りのない質問。

 それに満面の笑みで返すライト。ポケモンが好きでなければ、ポケモンと一緒に旅をすることもなく、チャンピオンを目指すことなども考えない筈だ。

 だからこそ、屈託のない笑みを浮かべながら返答した。

 それを見て満足そうに微笑む会長は、もう一つ質問を投げかけてみる。

 

「ジムに挑戦するということは、君はポケモン達を鍛えているのじゃろう? じゃが、もし自分の手持ちに限界が見えたら、君はどうする?」

「限界……ですか?」

「君は見限るかな? それとも、『それでも』と意固地になって同じポケモンで戦い続けるかな?」

「それは……わからない、ですけど……」

 

 少々意地の悪い質問を投げかけたと自分でも思う会長。彼の目の前には、先程とは打って変わって暗い表情を浮かべるライトの姿が在った。

 できるだけオブラートに包んで質問してみたが、内容としては中々シビアなものだ。

 どれだけ鍛えていても、限界はいずれ訪れる。例えば、同じレベルのポケモン同士でも、コイキングとカイリューの対面であれば、百人中百人はカイリューが勝つと答えるであろう。

 どれだけコイキングを鍛えたとしても、コイキングが勝てる相手には限度がある。

 

 会長が投げかける質問はそれに似たものだ。

 

 暫し唸るライト。そろそろ良い頃かと考えた会長は、少年の肩にポンッと手を置きながら穏やかな声で語りかける。

 

「儂には解る。君は見限れるような厳しい人間じゃあない。だからこそ、これからの挑戦で挫折はあれど、諦める事はして欲しくはないのじゃ」

「はあ……」

「そのポロックキットで作った青色のポロックは、君のヒンバスに食べさせてあげなさい。そうすれば、いずれ進化するじゃろう」

「え!?」

 

 ヒンバスが進化する。

 そういった旨の言葉に、思わずライトは声を上げて腕の中に抱かれているヒンバスを一瞥した。

 きょとんとした顔で見つめてくるヒンバス。一体何の話か分かっていないかのような表情に思わず気が抜けてしまうライトであるが、驚愕の事実を口にした会長に視線を戻す。

 

「どこでそんな情報……というより、ヒンバスって進化するんですか?」

「ほっほっほ。儂はポケモン大好きクラブ会長……色んな場所から情報は入ってくる。是非、君のヒンバスを美しく育て上げてみてくれ。そう! このカロス地方チャンピオンカルネさんのパートナー・サーナイトのように!」

 

 杖を天井に掲げる会長の熱のこもった言葉に引き攣った笑みを浮かべるライト。

 少々情報に対しての信用に欠けるが、思わぬ情報を耳にしたライトの表情には期待が浮かんでいる。

 

(ヒンバスって進化するんだ……!)

「ミ?」

「へへっ!」

 

 不思議そうな顔を浮かべるヒンバスの頭を撫でるライトの表情は至って明るい。

 最近、ジム戦で上手く活躍させることができていないことを若干心配していた先での、この僅かに垣間見ることのできた光明。

 否応なしに笑みが零れてしまうのは仕方のないことだろう。

 

「会長、ありがとうございます!」

「ほっほっほ。これからもポケモンを好きなままで居てくれれば十分じゃ。ジム戦、勝てるといいのう」

「はい!」

 

 先程とは打って変わって深々と一礼してから笑顔で出て行くライト。彼に続くコルニもまた、ニカッと笑ってから外へと飛び出していく。

 それを柔和な笑みで見届けた会長は、『よっこいしょ』とソファに腰掛けて、自分の手持ちの一体であるシュシュプの頭を撫でた。

 芳醇な香りを漂わせるシュシュプは、至極気持ちよさそうな表情を浮かべる。

 

「……強いトレーナーには二種類居る。一つは、ポケモンと心を通わせて力を引き出すトレーナー。もう一つは、己にもポケモンにも厳しくある事で力を高めるトレーナー。最初は後者が強いが、長~い目で見れば前者が強い」

「シュ~?」

「ほっほっほ。お前さんには関係ないことじゃよ。バトルもコンテストも実力が伴わない老人にできるのは、若い世代に知恵を与えるだけなんじゃ」

 

 一人、小さな声でぼやいた会長は、首を傾げてみせるシュシュプに微笑を浮かべる。すると、そんな会長の下には彼の手持ちであるニャスパーやトリミアンなどが訪れ、『自分も撫でろ』と言わんばかりに頭を差し出してきた。

 実に微笑ましい光景。

 頭を差し出すポケモン達の頭を順々に撫でる会長であったが、心の中ではこう願っていた。

 

―――どうか、“弱い”という理由で嫌われるポケモンが生まれないように、と。

 

 

 

 ***

 

 

 

「え~っと……ここを押してっと」

 

 時刻は午後七時。

 ジムの予約も終え、夕食も済ませたライト達は既にポケモンセンターの宿泊部屋に来ており、各々の自由時間を過ごしているところだ。

 普段とは違って今日はライトが先にシャワーを浴びたが、特にそこまで深い理由はない。だが、代わりに今日のスカタンクとのバトルで臭いが染み付いてしまった服の洗濯に駆り出されたという事は、ここに記述しておこう。

 

 コルニの服にはほとんど臭いが付いてしまったのに対し、密閉チャック付きの袋に収納していた為、着替えの分はほぼ無事だったライト。

 彼は今、早速ポロック作りに勤しもうとしていた。取扱説明書を片手に、小型の機器のボタンを押してみる。

 すると、ポロックキットの中央部分の円が『ガション!』と飛び出し、円柱型のケースが姿を現した。

 

「おおっ! ミキサー……かな? ここに木の実を入れると……」

「ミ?」

「もうちょっと待ってね、ヒンバス~」

 

 木の実袋を取り出して、その中から出来るだけ青い木の実を選び出して、四つほどケースの中へと放り込む。

 今回は最初ということで、一先ず全てカゴの実にしておいた。

 

「これでケースを押して戻し……収まったのを確認したら、ここのタイマーを回して三分っと……これでいいのかな?」

 

 ミキサーケースの部分が機器の中へ戻るのを確認した後に、外付けのタイマーを回すライト。

 すると、ケースの中から台所で聞いたことがあるような回転音が響き渡ってくる。『ガリガリ!』と音を立てる機器は凄まじい勢いで揺れ、カゴの実を砕くのにかなり苦戦していることが窺えた。

 

「……暇だし、ちょっと外で涼みに行こうかな」

 

 出来上がるまで三分。その間に確かめてみたいこともあったライトは、手持ちの入っているボールが付いているベルトを手に、ヒンバスと共に扉を開けて廊下に出て行った。

 ライトが確かめたいこととは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「これからジュプトルの“めざめるパワー”が何タイプなのか把握してみたいと思うから、皆手伝って!」

 

 ハキハキとしたライトの声に、『おー!』と言わんばかりに拳を掲げる面々。

 ミアレで覚えさせてから一度も使っていないジュプトルの“めざめるパワー”は、一体何タイプであるのかを把握しようとしたライトは、今現在ポケモンセンターすぐ横に用意されているバトルコートに来ていた。

 “めざめるパワー”―――習得したポケモンの隠された能力を発揮し、相手を攻撃する技だ。

 隠された能力によっては、本来覚えることのできないタイプの技も扱えたりと、時によって便利な技である。

 

 そんな“めざめるパワー”であるが、問題は繰り出してみて、喰らった相手の反応で何のタイプになったのかを把握しなければならないということだ。

 そこで、

 

「ジュプトル、弱めで皆に撃ってみて」

「ジュ……ジュプ」

 

 若干負い目を感じながら、着々と“めざめるパワー”を放つための準備をしているジュプトル。

 イメージトレーニングをしているのか、腰の横で両手を重ね、その両手の間にエネルギーを収束させたりしている。

 

「よし、まずはリザードン。お願い」

 

 ドスンドスンと音を立てて一歩前に出て来るリザードン。その巨体に圧倒されながらも、“めざめるパワー”を放とうと腕を構える。

次の瞬間、ジュプトルの両手の間には白い光が瞬き始め、一つの光球が生まれた。

一秒ほどであったか。凝縮し終えた光球は、ジュプトルが腕を前に伸ばすと同時に解き放たれ、リザードンの腹部に直撃する。

 

―――ポリポリ……。

 

「……あんまり効いてない感じかぁ」

 

 喰らった瞬間だけ顔を歪めたリザードンであったが、ほとんど効いていないのか、その後はキョトンとした顔で直撃した部分を爪で掻く。

 その様子から、【ほのお】・【ひこう】のリザードンに効果がいまひとつなタイプを頭に浮かべるライト。

 

(【くさ】に【むし】、【はがね】、【ほのお】、【かくとう】……【じめん】は全く効かない筈だから、これは違うかな。……“めざめるパワー”で【フェアリー】は聞いたことないから、【フェアリー】も違うかなぁ)

 

 この時点で既に五つに絞られた。

 そこで今度の攻撃対象は、

 

「ブラッキー、お願いできる?」

 

 七時であるのに、既に眠気MAXのブラッキーが血走った眼で―――元々赤いが、とりあえず眠そうな顔のまま前に出る。

 再び“めざめるパワー”を放とうとエネルギーを凝縮。

 そして、解放。

 

 ボンッ、と音を立てる攻撃を喰らったブラッキーは、先程のリザードンよりも険しい顔を浮かべる。だが、大ダメージといった様子ではなく、元々耐久に優れたポケモンでもある為、すぐにケロりとした顔を浮かべた。

 そのような表情のパートナーに回復用に準備したオボンの実を渡したライトは、顎に手を当てる。

 

(効果は普通そうだから……さっきの五つから絞ると、【くさ】、【はがね】、【ほのお】かぁ)

「よし、ヒンバス! 次いってみよう」

 

 コクンと頷くヒンバス。

 淡々と流れ作業のようにエネルギーを凝縮させたジュプトルが放った光弾は、一寸の狂いも無くヒンバスの小さな体に命中する。

 攻撃の衝撃で後ろに転がっていくヒンバスに目を見開いたライトは、血相を変えて近寄っていく。

 

「だ、大丈夫!?」

 

―――コクン。

 

 意外と平気だったらしい。

 耐久の低いヒンバスでこれだけのダメージということは、効果がいまひとつの筈だ。

 となると、【みず】に効果が抜群な【くさ】は除外され、残りは【はがね】と【ほのお】になる。

 

「……ハッサム。最後、お願いできる?」

 

 最後の判断に必要な人材―――否、ポケ材は居る。凛とした佇まいのまま、ジュプトルの前へと歩み出て行くハッサムは、『さあ、来い』と言わんばかりに両腕を広げた。

 少し緊張した面持ちでエネルギーを凝縮していくジュプトル。先程と同じようなプロセスで溜められたエネルギーは、勢いよく放たれ―――。

 

 ボンッ!

 

 ガクンッ。

 

 ドサッ。

 

 ケホッ。

 

「ハッサムゥ―――ッ!?」

 

▼効果は 抜群だ!

 

 唯一【ほのお】を苦手とするハッサム。そんなハッサムにこのような大ダメージを与えられる攻撃は、自ずと【ほのお】タイプに限られる。

 つまり、ジュプトルの“めざめるパワー”のタイプは【ほのお】。本来苦手とする【こおり】、【はがね】タイプに対抗することができるようなタイプなのだ。

 

 成長してきたジュプトルの放った“めざめるパワー”を受け、少なくないダメージを喰らったハッサムは至急、オボンの実を口に運び込まれて回復を図られていた。

 シャリシャリという咀嚼音が鳴り響いた後、『元気百倍!』と両腕を掲げて立ち上がるハッサム。結構元気だ。

 恐らく先程の様子は、半分演技だったのだろう。半分は。

 

 分かりやすいようにオーバーリアクションを取ってくれたハッサムの心遣いは、大いに周囲に不安と心配をもたらせる結果になっていたのだが、それは口にしてはいけない。

 一波乱あったものの、タイプを判別できたことにホッと胸をなで下ろすライト。

 

「ふぅ……そろそろポロックもできてる頃かな? 美味しくできてたらいいね」

 

 部屋を出てから、既に三分以上は経っている。そろそろポロックができている頃だと考えたライトは、食べさせてあげる対象であるヒンバスに笑みを投げかけ、意気揚々とバトルコートから立ち去ろうとする。

 会長に、具体的にどの程度ヒンバスに食べさせてあげればいいのかは聴いていなかったが、とりあえず一日三食の後、一か月程度与えればいいのかと考えてみるライト。

 

 お菓子といえど、実際はポケモンのコンディションを上げる道具だ。

 

 夕食前に、マサラタウンに居るナナミにレポートを送ったライトも、その時にコーディネイターである彼女の話を聞いたのだ。

 彼女の話曰く、一日口にした程度ではポケモンのコンディションは良くはならない。継続は力なりという言葉がある以上、続ける事で次第に効果を発揮するものであるらしい。

 これは人間もポケモンも同じだ。

 

(……ビフォーからのアフターみたいな感じで、今のヒンバスの写真でも撮っておくかな)

 

 比較写真でも撮っておけば、後でどの程度コンディションが変化したのか分かると思ったライトは、部屋に戻り次第パートナーのことを撮影してみようと考えながら、勇み足で進んでいくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……なんでコルニはバスタオル一丁なの?」

「あっ、ライト! ようやく帰って来てくれた!」

 

 部屋に戻ったライトが開口一番口にしたのは、バスタオル一丁でベッドに腰掛けているコルニへの疑問。

 率直に『服を着ろ』と言いたい所であったが、一度グッと堪えてみる。

 それでも引き攣った顔を解くことができないライトに、湯上りしたばかりでホカホカと湯気を立てるコルニが近付いてきた。

 

 女子特有の華のような香りがふんわり漂ってきたところで、少し赤面してバスタオル一丁の少女から少し顔を逸らすライトであったが、コルニにガッと肩を掴まれる。

 

「さっきライトに洗濯物渡したじゃん!? その時、お風呂から上がった後の着替えの事考えてなかったから、今着る服がないのぉ~!」

「えぇ~……」

「ねえ! あとどのくらいで乾く!?」

「今水洗いだから、乾燥機にかける時間も考慮したら五十分くらいだと思うけど……」

 

 普段の粗雑さが此処で祟ったのか、着替えが無いというコルニ。

 そのようなコルニに事実を淡々と述べてみると、至極残念そうに顔を俯かせるコルニは、暫し溜め息を吐いた後にバッと顔を上げ、

 

「じゃあ、それまでライトの服を借り―――」

「貸すわけないでしょ!!!」

 

 赤面の少年は、少女のとんでもない申し出を断るのであった。

 


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