ポケの細道   作:柴猫侍

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第四十七話 スキンヘッドに瓦割りしてみたい

 

 

 

 

「ブイ~……」

「キャモ……」

 

 朝六時。

 昨日10番道路に野宿し、こうして朝を迎えたため朝食の準備をしているのだが、何やらイーブイとキモリが睨みあっている。

 前足を折り曲げて身構えるイーブイと、頭の上に自分の分のポケモンフーズ(モモンの実ブレンド)が入っている皿を掲げているキモリ。

 

 じーっとキモリを見つめるイーブイであるが、臆病なキモリでも『これは譲れない』とばかりに冷や汗を流しながら、いつでもイーブイの攻撃を躱せるように身構える。

 すると次の瞬間、イーブイはキモリに飛び掛かった。頭上の皿を狙われたキモリは、すぐさまその場から一歩飛び退いて躱す。

 

 その後も、皿を掲げて逃げるキモリとそれを追いかけるイーブイの追跡は続くが、悠然と地面に腰を下ろして休んでいたハッサムの目の前まで来たところで終了する。

 なんとキモリは、皿に入っていたモモンの実入りのポケモンフーズをハッサムの鋏の中に入れ、封をするように鋏を閉じるではないか。

 

 『こいつは何をしているんだ?』と訝しげな瞳になるハッサム。そんな彼の閉じられた鋏に、イーブイは歯を立ててガジガジと噛み付き始める。

 しかし、鋼の肉体のハッサムにひよっこのイーブイの“かみつく”が効く筈もない。だが、それでも続けて中に入っているポケモンフーズを求め続けるイーブイ。

 

「……」

 

―――ガジガジ。

 

「……」

 

―――ガジガジ。

 

 ブチッ。

 

「ブイ~!?」

 

 次の瞬間、イーブイの頭を覆う様にしてハッサムがもう片方の鋏で挟み始めた。

 鋭い鋏を上手い力加減で閉じることにより、イーブイは一歩も退くことができない状態となり、さらに視界は真っ暗だ。

 じたばたと足をバタつかせるも、一向に出られる様子はない。

 

 数十秒ほどバタついたところで、脱出が不可能であることを悟ったイーブイの動きはピタリと止まる。

 それを見計らったキモリは、ポケモンフーズが入っている方の鋏を開け、嬉々とした表情で中の餌を再び皿に戻す。

 だが―――。

 

▼ハッサムの かわらわり!

 

▼きゅうしょにあたった!

 

 『俺の鋏をなんだと思ってるんだ』と言わんばかりの強烈なお仕置きが、キモリの脳天に叩き込まれる。

 進化してパワーアップしたハッサムの“かわらわり”を喰らったキモリの頭には巨大なタンコブが出来上がっていた。だが、自業自得だと言わんばかりにハッサムは溜め息を吐いてそのまま休憩に入る。

 

「ブイ~」

 

 尚も、イーブイの頭は鋏の中。

 

「……朝から皆なにしてるの?」

 

 ようやく助け舟に入った主人のライトが、ハッサムの鋏をパカッと開けて、イーブイの後ろ脚を持って引きずり出す。

 元はと言えば、朝食を食べても満足しなかった食べ盛りのイーブイが、キモリの分まで食べようとしたことだが、挟まれてから始まる朝など誰が爽快な気分になるものだろうか。

 見ている分には楽しいが。

 

「もう……イーブイ。あんまり食べたらぽっちゃりになるよ?」

「ブイッ! ブイブイッ!」

「ぽっちゃりになったら、僕のフードが千切れるけどそれでもいいの?」

 

 ガーン!

 

 小さい体に似合わず、かなりの大食漢であるイーブイ。

 栄養には気を付けているものの、動かずして必要以上のカロリーを摂取すれば、人間でもポケモンでも待ち受けている先にある結果は同じ。

 その先の結果を暗に示すと、イーブイはショックを受けてその場に蹲った。

 

「……そんなに?」

 

 意外と、死活問題だったらしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ハッサム、“つばめがえし”!」

「ああ、アサナン!?」

 

 “かげぶんしん”で回避率を上げていたアサナンであったが、本物を見抜いたハッサムの鋏による攻撃を真正面から受けてしまう。

 アッパーカット気味に放たれた“つばめがえし”は、アサナンの顎を捉え、小さな体が宙に舞う結果となる。

 ボトッとアサナンが地面に落下すると、目をグルグルと回して戦闘不能になっているのが窺え、トレーナーであるサイキッカーはボールに戻す。

 

「勝負ありがとう。いいバトルだったよ」

「いえ、こちらこそ。お疲れ、ハッサム」

 

 各々のパートナーをボールに戻すと、野良試合に臨んでいた二人は歩み寄って握手を交わす。

 軽くバトルの後の他愛のない会話を続けた後、ライトは道端で休憩していたコルニと共にセキタイタウンに向かう為に歩み出した。

 

 先日同様、ショウヨウを出てセキタイに向かっているのだが、観光客が非常に多い。中にはポケモントレーナーも数多く居り、見るからに旅をしている風貌のライトに勝負を挑んでくる者達も大勢だ。

 その度、経験値を得るために毎度のこと勝負に挑んでいるライトであるのだが、今のところ全勝である。

 何度か危ない試合展開があれども、ギリギリのところで勝利を勝ち取り、所謂絶好調状態であるライト。

 

「ふぅ……セキタイってどんな街なの?」

「セキタイ? ん~……石がたくさん売ってる場所。進化の石とか……あッ、イーブイに買ってあげたら? サンダースとかシャワーズとかに進化させてさ」

「いや、いいよ。できるだけなつき進化させてみたいから……」

「そっか。じゃ、早めに街に着くようにレッツゴー!」

 

 溌剌とした声を上げ、ローラースケートで前に突き進んでいくコルニ。

 しかし、ちょっと長めの草がローラーに絡まり、

 

「ぶえッ!?」

 

 転んだ。

 

「……大丈夫?」

「イテテテ……草がクッションになってなんとか……ん?」

 

 地面にうつ伏せの状態で横に顔を向けた瞬間、コルニは視線の先の岩陰に一匹のポケモンが居ることに気が付いた。

 逆に隠れているポケモンは、視線を向けてくるコルニに気が付いたのか警戒している様子で岩陰、且つ草むらが鬱蒼と生い茂っている場所にその身を隠す。

 

 くりんとした黒い瞳。

 橙色の羽毛。

 ちょこっとした嘴。

 申し訳程度の小さな翼。

 頭頂部からは、紅葉の様な形の羽毛がぴょこっと生えている。

 

「あれって……アチャモ!?」

 

 アチャモと思しきポケモンを目にしたコルニは、うつ伏せの状態から一気に飛び上がって体を起こす。

 突然の挙動に怯えたのか、アチャモはちょこちょことした足取りで林の奥の方へと逃げていくが、目を輝かせているコルニが普通のダッシュでアチャモを追いかけていく。

 

「待って~、アチャモ~!」

「……野生のアチャモかァ~」

 

 追いかけるコルニは、恐らくゲットするつもりなのだろう。

 そんな彼女の背を見た後ライトは、図鑑を取り出してアチャモのデータを画面に映し出してみる。

 

『アチャモ。ひよこポケモン。お腹に炎袋を持つ。抱きしめるとぽかぽか暖かい。命ある限り燃え続ける』

「なんで最後の方だけちょっとカッコいい感じ?」

 

 図鑑にもツッコみを入れたところで、草むらの中へ消えていったアチャモを鋭い眼光を走らせながら捜索するコルニを追いかける。

 ガサガサと膝辺りまである草むらを掻き分け、必死に探し出そうとするコルニの姿は、普段の数倍ほど活気に満ち溢れていた。

 

「そんなにアチャモ欲しいの?」

「勿論! 最終進化のバシャーモ! 【ほのお】・【かくとう】の鳥人のポケモン! カッコいいし強いし、ゲットして育てるっきゃないでしょ!?」

「そ、そうなんだ……」

 

 余りの勢いにタジタジになるライト。

 これはアチャモをゲットするまでセキタイに向かう旅路に戻れないと確信し、渋々といった顔で草むらを掻き分け始める。

 だが中々見つからない為かコルニは、痺れを切らしてルカリオを繰り出した。

 軽快な身のこなしで現れるルカリオに、コルニはこう伝える。

 

「ルカリオ、波動でアチャモを探して!」

「クァンヌ!」

 

 指示を聞いたルカリオは、瞼を閉じて精神統一を図る。そのまま両手を重ねて前の方に腕を突きだすと、後頭部辺りから生えている房のような部分が浮かび、震えはじめた。

 すると僅かに周囲にそよ風のような温かい風が吹き渡り、木々の葉を揺らす。

 相手の波動をキャッチする力を持つルカリオであれば、一キロ先に居る人間の気持ちでさえも読み取ることができると言われており、先程逃げ出したばかりのアチャモを見つける事など、造作もないことだろう。

 

「うへへへ……絶対ゲットなんだから!」

「その笑い声止めて。昨日の人がフラッシュバックするから」

 

 

 

 ***

 

 

 

「不味い。これはヒジョーに不味い」

 

 10番道路を、一人のスキンヘッドの男が歩いていた。スキンヘッドに白いスーツ、そして赤いサングラスという余りにも奇抜すぎる恰好に、横を通り過ぎていく者達は皆揃って彼の事を奇怪な物を見る瞳で眺める。

 だがそのような目は彼にとってどうでもよいことであり、今一番の問題は―――。

 

「アチャモが……バシャーモナイトを持ったアチャモが逃げ出した。ヤバい。バレたら首を切られる。いや、ガチの方の意味でも首を切られるかもしれない」

 

 ブツブツと呟きながら、相棒であるヘルガーの鼻を頼りに逃げ出したアチャモを捜索するのは、とある組織の幹部の者であった。

 その名も『フレア団』。このカロス地方で暗躍している、秘密組織の一つでもある。

 行っている数々の悪行などは、知られてしまえば大ニュースに発展するようなものばかりであるが、不思議とこのカロス地方では彼等フレア団の名を耳にする者はほとんどいない。

 

 その理由は、組織がメディアなどの大きな企業の中にも団員を忍び込ませることにより、密かにフレア団についての記述を抹消しているからであった。

 とある者に関しては、凄腕のトレーナーと同時にニュースキャスターとしても活躍している程であり、幾ら騒ぎを立てようとも裏でこっそりと抹消されるほどに。

 だが、そのような組織であるからこそ、失敗を繰り返した後に待っている処罰は恐ろしいものでもある。

 

 フレア団の幹部の一人を務めるこの男。彼の犯した失態は、メガストーンを持ったアチャモを組織の施設から逃がしてしまったことだ。

 それも只のアチャモではない。普通、特性が“もうか”であるのに対して逃げたアチャモの特性は“かそく”。非常に珍しい個体であり、お目にかかることはめったにない。

 そのようなアチャモが、最終進化形であるバシャーモに対応するメガストーン―――『バシャーモナイト』を持ったまま、隙を見て施設から逃げ出してしまったのだ。

 

 施設の担当主任は自分。もし、このままアチャモを逃がしてしまえば、責任は全て自分に降り注いでくる筈。

 入団条件として提示され、頑張って上納した五百万円は決して安くない。更に長い年月をかけてようやく幹部までたどり着いたのだ。

 それがこのミス一つにより、降格―――果ては辞めさせられるかもしれない。更に彼は、辞任させられる時に『口封じ』として始末されるのではないかと、現在気が気ではない状況だ。

 

―――やりかねない。大幹部のあの御方なら。

 

 数多くの団員、幹部、研究者が存在する中で、最も苛烈で凶悪。ボスである者ただ一人を除いて最強に位置するNo.2。

 その人物であれば、仕事の一環として自分を始末することを厭わないだろう。

 

「……不味い、不味い不味い不味い。焼かれる。ミディアム……いや、消し炭にされる」

「グルル……」

「ヘルガー! 早く見つけねえと、大変なことになるぞ! 俺が!」

「ガウッ!」

 

 主人の焦燥を感じ取ったヘルガーは、気合いを入れた顔で咆えてみせる。

 スキンヘッドの頭にはじっとりと汗がにじみ出ており、次々と水滴が頬を伝って地面に落ちていく。

 そんな幹部の男がキョロキョロと辺りを見渡してアチャモを探している中、ヘルガーはその優れた嗅覚で逃げたアチャモの匂いを追う。

 

「ガウッ!」

「なんだ、そっちか!?」

「グァッ!」

「よし、早いところ見つけるぞ! あのアチャモ、タマゴから生まれたばっかでボールにも入れたことねえんだからな!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「あははッ! ぽかぽかァ~! そんでもって、ふかふかしてて気持ちィ~!」

「……チャモ」

 

 ゲットしたばかりのアチャモを抱きしめ、頬をスリスリとアチャモの横顔に擦り付けるコルニは満面の笑みを浮かべている。

 満足そうなコルニに対し、アチャモは終始不機嫌そうな顔を浮かべており、険しいその顔は近くで見ていたライトが『そろそろ離れた方が良いんじゃない?』と口にするほどであった。

 

「チャモォ――――ッ!」

「ぶえッ!?」

 

 遂に堪忍袋の緒が切れたアチャモが、頬を摺り寄せてくるコルニの顔面に“ひのこ”を繰り出す。

 ほぼゼロ距離で放たれた“ひのこ”をコルニが避けられる筈も無く、顔面に高温の炎を喰らい、悲鳴を上げてひっくり返る。

 プシュゥ……、と煙を立ち上げる顔は墨汁を塗りたくられたかのように真っ黒だ。

 

 それを見かねたライトは『やっぱり』と呟いてから、ショウヨウシティで買って置いた水を取り出し、ハンカチを濡らして手渡す。

 濡れたハンカチを受け取ったコルニは、ゴシゴシと煤けた顔を拭う。数秒後には元の白い肌が露わになるが、若干落ち込んだ様子が窺えるようになり、ライトは何事かと眉をひそめる。

 

「……どうしたの?」

「なんか……こんなに懐かれないもんなのかなって……」

 

 どうやら、捕まえたにも拘わらず自分のことを邪険にしているアチャモを目の当たりにし、落ち込んでいるようだ。

 今まで見てきたコルニの手持ちは須らく彼女のことを認め、常に仲を良さそうにしているポケモン達ばかりであった。

 その為、ここまで嫌悪感を丸出しにされるのは経験がなく、精神的なダメージが多かったものだと考えられる。

 

 ふとコルニの腕から逃げ出し、木の根元に隠れるアチャモに視線を移し、手を差し伸べてみせた。

 

「アチャモ、おいで~」

「チャモ―――ッ!」

「ぱうッ!?」

 

 “ひのこ”を顔面に喰らうライト。

 コルニの二の舞を踏んでしまったことと、自分もアチャモに警戒心を持たれていることに苦笑いを浮かべずにはいられない。

 コルニから返されたハンカチを再び濡らし、煤けた顔を拭い、じーっとこちらを睨み続けているアチャモを目を遣る。

 

(敵意バリバリっていうか……初めてあった頃のヒトカゲでもこんなには……どっちかって言ったら、初めてあった頃のストライクみたいだなァ)

 

 今のリザードは、気難しい性格ではあったが、敵意を向けたり暴力を働いてきたりということはなかった。

 寧ろ、一番信頼をおいている今のハッサムの初めての時の雰囲気の方に似ている。今では信じられないが、当初は鎌を振り回してきたりと凶暴そのものであった。

 しかし、紆余曲折あって現在に至るのだが―――。

 

「う~ん……特定の誰かが嫌とかじゃなくて、人自体が苦手な気がする」

「人が? なんで?」

「いや、それは知らないけど……」

 

 顎に手を当てて考えるライトに、きょとんとした顔を浮かべるコルニ。

 次の瞬間、ライトはニカッと笑ってみせた。

 

「まあ、慣れってことじゃないかな!」

「……そっか! ま、そういう子もいるってことよね!」

 

 深く考えても仕方がない、という旨の言葉に先程までの辛気臭い顔を止めたコルニは、満面の笑みで木陰に隠れるアチャモを抱き上げる。

 じたばたと足をバタつかせて逃げ出そうとするアチャモであるが、コルニは先程以上に力強く、しかし優しく抱きしめた。

 数分前とは一風変わった雰囲気に、思わずアチャモも抵抗を止める。

 

「……ふふッ、やっぱり暖かいね」

 

 女性特有の雰囲気とでも言おうか。

 母親が持つかのような温もりをもった声色に、次第にアチャモの目から警戒の色が薄れていく。

 

「バウッ!!」

「ッ、チャモ!?」

「えッ、なに!?」

 

 突然響く咆哮。

 その声に怯えたアチャモは瞬時にコルニの腕から飛び降り、彼女の足の裏へと隠れる。その間にライトとコルニの二人は声の聞こえてきた方向に目を遣るが、木々の間から姿を現したのはヘルガーとスキンヘッドの男。

 ヘルガーはポケモンリーグの中継でも見たことがある為、ライトは瞬時になんのポケモンか理解できた。

 ダークポケモン・ヘルガー。タイプは【ほのお】と【あく】。毒素を含む炎を吐き出すポケモンであり、正確は至って凶暴。

 そのようなポケモンを従えるのは、白スーツに赤いサングラス。加えてスキンヘッドという、昨日の黒づくめの女性に匹敵するほどの怪しさを放っている。

 

「……おい、そこの子供。そのアチャモ、どこで捕まえた?」

「どこって……ここですけど?」

「返してもらおうか。そのアチャモは、我々の組織で保護していたポケモンだ」

「はぁ!?」

 

 男の言葉にコルニは、眉間に皺を寄せて頓狂な声を出した。

 野生だと思って捕まえたポケモンが実は自分達が保護していたポケモンなので返せなど、言われてみれば誰だってそうなるだろう。

 怯えるアチャモに、威嚇するように唸り続けるヘルガー。否応なしに場の緊張感が漂う。

 

「百歩譲って保護していたポケモンなら、証拠を見せてよ! 証拠!」

「証拠だと!? くッ……子供が生意気に……我々が保護していたというなら我々が保護していたんだ! この辺りに野生のアチャモが生息していないくらい、誰だって分かるだろう!」

「だったら、どこの団体で保護してるの!? 正式な会社や団体なら、すぐに口に出せるでしょ!」

「ぐッ……小賢しい!」

 

 コルニが警戒しているのは、男がポケモンハンターなどの犯罪に関わっているのではないかという事だ。

 非合法な方法でポケモンを捕まえ、それを裏ルートで売りさばく―――それがポケモンハンター。

 会ったばかりの人物にこのような疑いを掛けるのは少々不躾かもしれないが、それを疑うだけの余地が相手には在る。

 

「ちッ、ヘルガー! もういい! 力尽くで叩きのめせ!」

「「ッ!!」」

 

 強硬手段に出てきた男に、ライト達は咄嗟にボールに手を掛ける。やや動揺を隠せないライトに対し、既に展開を予測していたコルニの方が若干早く場にポケモン―――ルカリオを繰り出す。

 数コンマ遅れてハッサムが出て来る。相性では悪いものの、互角に戦えるだけの実力はあるという判断の下だ。

 

「ヘルガー、“かえんほう―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――少々、大人気が無いんじゃないんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 突然響く声と共に、振り上げた腕を掴まれる男。彼の背後には、全身黒づくめの女性が異様な雰囲気を漂わせていた。

 絶句する男に対し、見たことのあるような女性を見てライトとコルニの目は見開かれる。

 

「……昨日の?」

「やあ、また会いましたね。そのアチャモは、貴方達が野生のを捕まえたのかな?」

「は、はい、そうです! なのにこの人が自分達が保護しているポケモンだって……!」

「成程……なら、貴方達は先に行くと良いでしょう。ここは、大人が解決しますから」

「あ、ありがとうございます!」

 

 昨日とは打って変わって頼りがいのありそうな雰囲気の女性に一礼し、二人はボールの中にポケモンを戻さないまま、元の道へと戻っていく。

 その間、ガッチリを腕を掴まれている男は焦燥を浮かべたまま硬直している。

 

「な、なんだお前は!?」

「……国際警察です。少し、話を聞かせてもらいましょうか。まあ、その装いを見れば大抵予想はつきますがね」

「なッ……国際警察!? おいおい待ってくれ! なんでそういうことになるんだよ!? 俺がフレア団っていう証拠は―――」

「随分と簡単に鎌にかかってくれましたね。別にフレア団なんて一言も言っていないのに。まあ、貴方がフレア団だと確信していたから鎌をかけたんですけどね」

「―――ッ!!」

 

 先程とは比べ物にならないほど額に汗を掻く男。

 それに対して女性は、絶対零度のような冷たい瞳をサングラスの奥で光らせていた。国際警察での経験はまだまだ少ないものの、ポケモンバトルの実力、鋭い洞察力から優秀な成績を次々と残している彼女。

 たかが一幹部如きに後れを取るような人物ではなかった。

 

「話は、近くの署で聞かせて頂きます。逃げれば……分かりますね? まあ、逃げてもすぐに捕まえますが」

「ぐッ……ぎッ……!」

 

 歯軋りをする男。そんな主を助けようと国際警察の女性を睨むヘルガーであったが、彼女の懐から漏れ出すただならぬ“プレッシャー”に怯え、その場に蹲る。

 男の腕を抑えたまま、懐に仕舞っていたボールの内、二つを手に取って繰り出す。

 出てきたのはマニューラとフーディン。アイコンタクトで男たちを抑える様に伝え、一旦腕を離して、耳に付いているインカムに触れる。

 

 通信が繋がるまで数秒。

 

(……ようやく一人捕まえられたが、あくまで下っ端だ。よほど上の階級の者を捕えなければ、中心人物達を捕まえる事はできない……)

 

 数秒の内に、数多の事を逡巡する。

 

(……今はラティアスよりも、映し身の洞窟で目撃されたディアンシーの保護を優先するべきでしょうか。フレア団がディアンシーに関わっている可能性は非常に高いでしょうからね)

 

 今後の方針を大体決めたところで、プツンと通信が繋がる音が鼓膜を揺らす。

 

『……俺だ』

「ぼッ……私です、クチナシさん。フレア団と思われる人物を一人確保しました」

『……そうか。なら、他の奴等を数人そっちに送る。お前さんは案件の方だ』

「了解です」

『……それとアレだ。早く一人称は自然と言えるようにしろ』

「……善処します」

『わかりゃいい。健闘を祈る』

 

 『クチナシ』という男との通信を終えた後、マニューラとフーディンに睨まれて身動きが取れない男を一瞥し、溜め息を吐く。

 

(……早く急いだ方が良さそうですね)

 

 

 

 

 


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