ポケの細道   作:柴猫侍

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第四十一話 逃した魚はコイキング

 

 

 

 

 

「キモリ、“メガドレイン”!」

 

 ライトの方から飛び上がるキモリは、岩場から“すなじごく”を繰り出すメグロコの攻撃を掻い潜り、『ゴキュン!』と飲み干すような音を上げながら体をのけ反らせた。

 すると、メグロコは途端に元気をなくし、そのまま岩場の陰へと逃げていく。

 相手が敗走したのを見届けたキモリは、すぐさまサイホーンに乗っているライトの下へと駆け戻る。

 

 見事勝利を収めたキモリは、太陽のような笑みを浮かべたまま頬をライトの体に摺り寄せ、ライトもまたそんなパートナーの頭を撫でた。

 良好な関係を築き始めているライト達の姿に、並走するサイホーンの上に乗っているコルニはフフッと笑みを浮かべる。

 

「大分キモリ強くなったように見えるけど、やっぱり洞窟に行ってみて良かったんじゃない?」

「うん。お蔭さまで、キモリの臆病もちょっと良くなったよ」

「そっか!」

 

 輝きの洞窟での特訓は功を奏し、パーティの全体的なレベルが上がったような気がするライト。

 実際、キモリは“すいとる”の一段階上の技である“メガドレイン”を習得し、【いわ】タイプへの対抗手段を習得できたところだ。

 ショウヨウジムで勝つための手段は、ある程度揃ってきたところだが―――。

 

「コルニはワンリキー捕まえたの?」

「もっちろん!」

 

 そう言ってモンスターボールを掲げるコルニ。『ムフフ』と頬を緩ませて自慢してくるあたり、元気なワンリキーをゲットできたということなのだろう。

 これでコルニの手持ちは四体。手持ちの上限が六体であることを考えると、既に折り返し地点は過ぎたことになる。

 

(……そう考えると、僕の五体ってかなりハイペースな感じだな)

 

 ライトの手持ちはアルトマーレを発った時点で三体であり、バッジを二個所有時点で五体は、平均的と比べると多いのではないかと思い始める。

 だが、手持ちが多い分相性もバランスよく、ジム戦でも無理に苦手なタイプで戦わなくてもよいという利点もある為、一概に悪いという訳ではない。

 言ってしまえば、旅の初めから要所の思い出が全員で作れるため、どちらかと言ってしまえば最初から手持ちは揃っている方がいいのではないかと、ライトは結論付けることにした。

 

「そう言えば……午後はなにする? 戻ってすぐに出発って訳にもいかないし……」

「あ~、そっか。う~ん……あッ、そうだ! 水族館行こうよ!」

「水族館?」

「【みず】ポケモンが一杯いるし、確か釣竿も借りれて近場で釣りもできるよ」

 

 ガタッ。

 

 釣りと言った途端、ライトが若干サイホーンのサドルから少し腰を上げた。

 そしてそわそわし始める少年を目の当たりにしたコルニは、呆気にとられているような顔で問いかける。

 

「ライト、釣り好きなの?」

「アルトマーレのコイキング釣り名人とはこの僕さ!久し振りに腕が唸るよ……」

「コイキング限定……」

 

 特に珍しくも無いコイキングを釣るのが得意であると豪語するライト。暇があればアルトマーレの海の上で、ギャラドスの上から釣り糸を垂らしていたものだ。

 只、ギャラドスに乗っている為か、若しくは釣竿の性能が悪いのか釣れるのはコイキングだけであった。

 意気揚々と腕をブンブンと振り回すライトの顔は、今までにない程楽しそうな表情を浮かべている。

 そんなライトに、コルニも屈託のない笑みを浮かべた。

 

「じゃあ午後は旅らしく、街の観光ってことで!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ようこそ、コウジン水族館へ!」

 

 水族館のスタッフと思しき女性が、扉を潜ってきたライト達に向かってお辞儀をする為、二人もそろって軽く会釈する。

 水族館の中を一瞥すれば、海の中をイメージするかのような青などの寒色系の色合いで統一されており、部屋を照らす電灯も淡い物を使用しているらしい。

 

 洞窟の中とは違った優しい暗さと、ほのかに香る潮の香りにリラックスしながら、入り口付近に置かれていたパンフレットを手に取って、どこから観るかを決めようとするライトであったが―――。

 

「ほら、ゴーゴー!」

「いや、ちょ、回る経路を……」

「そんなの確認しなくて大丈夫だって!」

「……ホント、強引なんだから」

 

 分かり切っていたことではあったが、腕をグイグイと引っ張っていく少女に苦笑を浮かべる。

 特訓とプライベートははっきりしているようだが、その溌剌さにオンとオフは存在しない。

 

「アタシ水族館初めてなの!」

「あれ……ミアレに来るときはどういうルートで来たの?」

「シャラシティからヒヨクシティを通って。そっちの方が近かったから」

 

 ふとした疑問を投げかけるライトであったが、すぐにそれは解決する。同時に、再びミアレに戻ってくる時は、彼女が初めにミアレに来た時のルートを通ることになるのだろうと逡巡した。

 だが、ライトの考えは興奮気味のコルニの声によって途切れる事になる。

 

「わぁ! ライト、あのポケモンカワイイ!」

「ん?」

 

 コルニが指差す方向―――水族館のケースの中ではなく、床をピョンピョンと前足を使って移動しているのは、青色のアシカのようなポケモン。

 パウワウでもなく、タマザラシでもないポケモンは、ピエロのように大きい桜色の丸い鼻を有している。

 『きゃ~!』と頬を赤らめて手を叩いて呼ぶコルニに、そのポケモンは反応してやって来た。その際、ライトはポケットの図鑑を取り出して情報の読み込みを行おうとするが、

 

『No Data』

「図鑑に登録されてない……?」

「アゥ! アゥ!」

 

 足元までやって来たポケモンの頭を撫でるコルニと、撫でられて喜びを表すかのように前足を叩くポケモン。

 一体、どのようなポケモンであるのか分からないライトは、どうしたものかと頭をポリポリと掻くが、すっかり楽しんでいるコルニを見てどうでもよくなってくる。

 

「アゥ~!」

「きゃ、なに!?」

 

 すると突然、ポケモンの鼻から鼻提灯が膨れあがり、瞬く間に一メートルほどの鞠が出来上がった。

 完成した鞠を器用に鼻でポンポンと跳ねさせるポケモンは、途中でパスするかのようにコルニの下へと放り投げる。

 それをキャッチしたコルニであったが、掴む力が強くて鞠は『パチンッ!』と音を立てて弾け飛ぶ。

 

「うわあ!?」

「アゥ! アゥ!」

「アハハッ、やったなぁ~!このこの~!」

 

 驚いたコルニを見て大喜びのポケモン。対してコルニは、仕返しとばかりにポケモンの頬をうりうりと撫で始める。

 あくまで怒るのではなく、戯れの一環として受け取った彼女の楽しそうな様子に、ライトも傍から微笑ましい光景だとばかりに笑っていた。

 

「あのポケモンは、『アシマリ』と言うんだよ」

「アシマリ……ですか?ええっと……」

「儂はこの水族館の館長じゃ」

「はぁ……どうも」

 

 背後から話しかけてくる老人にライトは、思わずたじろいでしまう。何故ならば、館長には似つかわしくない麦わら帽子、首にタオル、シャツイン、そして釣竿を背負っているという姿であったからだ。

 茫然とするライトと、アシマリと戯れるコルニを見て、館長の老人は『ほほう』と頷く。

 

「デートかな?」

「違います」

「ウチの水族館には、恋人と一緒に見たら幸せになれるというラブカスが……」

「違います」

「……そこまで真顔で言うんじゃから、ホントにカップルではなさそうじゃな」

「本当に違いますから」

 

 カップルに間違えられたライトであったが、真顔の圧力で館長自身に間違いであるという事を気付かせた。

 そのような威厳の無さそうな館長と隣り合いながら、ライトは未だアシマリと戯れるコルニを見ながら館長に質問を投げかける。

 

「あのアシマリって言うポケモン、初めて見たんですけど……どこに生息しているんですか?」

「はっはっは……あの子はウチの新入りでな。確かァ~……そうじゃ、アローラ地方という温暖な気候の場所に居るポケモンなんじゃよ」

「アローラ地方?」

「うむ、一年中暖かい陽気に包まれている南国の地方じゃ。つまりアシマリは、同じあしかポケモンでもパウワウとは全く違う環境で過ごす種類なんじゃよ」

「へぇ~!」

 

 中々興味深い話に、ライトも熱心に耳を傾ける。

 そんな目を輝かせる少年に、館長の気持ちもノってきたのか顎を擦りながら、延々と【みず】ポケモンについて語り始めた。

 

「見ての通り、ウチの水族館では主に【みず】タイプを展示しているんじゃ。【みず】タイプは、ポケモンのタイプの中でも二番目に多いタイプと呼ばれるだけあって、多種多様な姿を見る事ができて飽きることが無い。暖かい気候で過ごす子も居れば、寒い気候で過ごす子も居るし、コイキングのようにどんな環境でも生き延びる子も居る……いやぁ、実に面白いタイプじゃよ」

「館長さんはコイキングが好きなんですか?」

「うむ? 確かに好きじゃが……どうして分かったのじゃ?」

「だって……」

 

 そう言ってライトは、水族館の中央に位置するであろう場所に堂々と飾られている巨大な金色のコイキング像を指差した。

 

「あそこにコイキングの像が……」

「あ~……分かってしまうものかな?」

「まあ、貴方が館長だって言われたら……」

 

 共に苦笑しあう二人であったが、何故金色のコイキングであるのかというのも気になってくるライト。

 ポケモンには、稀にではあるが『色違い』と呼ばれる通常個体とは違った色彩を持つ個体が生まれる事がある。

 人間にはアルビノなどが確認されることがあるものの、ポケモンの色違いは種族によって決まっている様である為、一部学会では劣性遺伝がどうたらこうたらなど言われているが、詳しいことは解っていない。

 だが、ライトはまずコイキングの色違いが何色か知らない。そこのところはどうなのだろうか、と訊いてみる。

 

「あのコイキングの色って、何かモチーフがあるんですか?」

「コウジン周辺の海域に生息していると言われておる、色違いのコイキングじゃよ。その身体は黄金の様な鱗に包まれており、それはまた荘厳な……―――」

 

 何やら、さらに館長の心に火を着けてしまったようだ。

 色々と語られている間に金ぴかのコイキングを想像してみたが、いまいちピンとこない。コイキングのネームバリューが邪魔をしているのだろう。

 しかし色違いがこの周辺に住んでいると言うのであれば、見てみたいと言う欲が生まれてくる。

 そこで、

 

「すみません。ここで釣竿が貸し出されてるって聞いたんですけど、借りても大丈夫でしょうか?」

「釣りをしたいのかい? 構わないよ。ただ、プロが使う様な凄い釣竿は置いていないけどねェ」

「いえ、そんな! 貸してくれるだけで嬉しいです!」

「そうかい。釣りが好きなんじゃねェ……ちょっとここで待ってくれるかい?あ、暇つぶしがてらに儂秘蔵の【みず】タイプポケモン図鑑でも眺めるかい?」

「はい!」

 

 釣りをしたいと言うと、快く貸してくれるらしい館長。腰に差していた雑誌のような本の束を取り出し、それをライトに手渡してそそくさと釣竿を取りにどこかに向かう。

 折角渡してくれたのだからと、ライトはペラペラと【みず】タイプのポケモンが載っているらしい本を読み進める。

 

(ラプラスカワイイなァ~……このネオラントって言うポケモンは綺麗だし……ん? ミロカロス?)

 

 丸かったり細かったりと多種多様なポケモンを眺めている内に、一体のポケモンに目が留まった。

 ギャラドスのように細長い体躯でありながらも、雄々しさではなく、悠然とした美しさを全身から迸らせるポケモン。

 緋色の髪にも見える様な眉を垂らし、ミルク色を基調とした体も、尻尾の方は赤と青の鱗が生えている。もし日の下に出れば、光を反射して宝石のように輝くであろうことは容易く想像できてしまう。

 

 一瞬にして、想像力を駆り立てる麗しさを持ったポケモン―――ミロカロスに釘づけになった。

 

「……綺麗」

 

 人並みの感想。

 だが、それしか言葉が出てこない。写真でなく、本物が目の前に居ればと思ってしまう。もしもミロカロスが、水の都で悠々と泳ぎ回っていたら誰もが目を向けてしまうだろう、と。

 

「おぉ~い、釣竿を持ってきたぞぉ~い」

「あっ、ありがとうございます!」

「あれ、ライト? もう釣りに行くの?」

 

 アシマリと遊んでいたコルニは、釣竿を受け取っているライトを目の当たりにしてショックを受けたような顔をする。

 まだまだ水族館を見たりないと言わんばかりの顔だ。

 

「いや、まあ……僕が持てばいい話だから」

「はっはっは……君は彼女さんとまだ見回っておればよいじゃろう。儂は先に海岸に行って準備するからの」

「彼女じゃないです」

「そんな怖い顔せんでも……」

 

 否定の時は真顔になるライト。

 そんな少年に館長は、せこせこと海岸へと向かって歩み始める。自分にちょっかいを駆けてくる館長に溜め息を吐いたライトは、コルニに視線を向けた。

 

「……ってことだから、水族館見回ろうか」

「オッケー! ふふ~ん、【かくとう】タイプいないかなぁ~っと……」

「【みず】で【かくとう】なら、ニョロボン辺りじゃない?」

「成程! ニョロボンニョロボ~ン♪」

 

 意気揚々と歌いながら進んでいく少女の背中を追うライト。こういう時はパンフレットを見れば早いのではないかとツッコみたかったが、最終的に全部見るつもりなので、そう言うのは野暮だろうと胸の内で留めて置く。

 溌剌とした少女をやれやれとした表情で付いていく少年―――二人の姿は、傍から見ればカップルにしか見えない。

 だが、誰も指摘することはなく、そのまま二人は水族館を存分に楽しむのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ニョロモ釣れるかな?」

「流石に無理だと思う」

「え~」

 

 釣り糸を垂らすコルニは、ニョロモが釣れないかと期待していたがライトの一刀両断の言葉に嘆息を漏らした。

 研究者でないから大口を叩ける立場ではないが、ニョロモが生息するのは基本的に川や湖の主に淡水である場所であり、余り海に暮らしている場面を見たことは無い。

 テレビで観たり本で読んだりした知識だが、大方間違いは無い筈。

 

 ニョロモを釣り上げ、最終的にはニョロボンにしようと考えているようなコルニであったが、期待外れと言わんばかりに目を細める。

 対してライトは、のほほんとした瞳で釣り糸を垂らし、時折竿を上下に細かく揺らす。こうすることで、ルアーを生きている餌だと勘違いしたポケモンが食いつくと言うのは釣り人の常識だが、ライトは特に意識することはなく揺らしている。

 

「おっ……当たりだ」

「え~~!? またァ~~!?」

「静かにしてよ、コルニ……」

 

 ライトの釣竿が引っ張られるかのように撓るのを見てコルニは、納得がいかないかのように声を上げるが、声で驚いて逃げてしまうという理由でライトは止めるように言った。

 そうしてから、しっかりと食いつくまでジッと待ち―――。

 

「ここだっ!」

 

 水飛沫を上げて水面から姿を現す一つの影。

 それは、赤い鱗を持ち、立派な髭を持つ魚ポケモン。

 

「コイキング……」

「ココココッ」

「リリ~ス」

「コココッ」

 

 釣り上げた活きの良いコイキングを抱きかかえていたが、釣りを始めてから既に十体目になるコイキングに、流れる様な動きで海に帰すライト。

 コイキングは元気よく尾びれをバタつかせ、【みず】と思えぬような不器用な動きで海の中へ戻っていく。

 

(……久し振りだなァ)

 

 何故か感慨深くなるライトの隣で、自分だけ釣れない事に苛立つコルニ。

 コルニは見よう見真似で釣竿を揺らすが、強すぎる勢いで海面はバチャバチャと音を立てて波を立てる。

 

「あの、コルニ……そんな揺らしたらポケモンも逃げるよ?」

「あァ~~~もォ~~~! 今日気付いた! アタシ、釣り向いてない!」

「うん。見て分かる」

 

 すると、火に油を注いだかのようにコルニの憤慨している様子は酷くなっていく。今度は竿を揺らすのではなく、逆にジッと動かなくなる。

 ここで『“かたくなる”の真似してるの?』と言える空気でも無い為、再び海面に向かって釣り糸を垂らす。

 チャポンと軽快な音を鳴らし、波によってテンポよく揺れるウキをボーっと見つめる。

 

 燦々と降り注ぐ太陽の光に若干肌が焼かれるような感覚を覚えると同時に、潮風がジンワリと染み込んでいく。

 アルトマーレを思い出すかのような感覚。

 どこか懐かしいのは、自分が六年間海の上に在る水の都で暮らしたからか、はたまた生物皆海の子だからか。

 というような柄にもないことに自分で苦笑して、海の青を映す空を奔る雲を見上げた。

 

「キャモォ~!」

「ブイブイ~!」

「……みんな元気だなァ~」

 

 後ろの砂浜では、初めての砂場に興奮するイーブイとキモリが共に戯れており、さらに後方には保護者であるかのようにストライクが腰を下ろして休んでいた。

 リザードはと言うと、適当な岩場の上でサングラスを掛けながら寝ころんでいる。一体、どこから持ってきたのだろうか。

 ヒンバスに関しては、久し振りの海と言うこともありライトが釣り糸を垂らしている近くで、控えめに楽しそうに泳いでいる。

 

「気持ちいい?」

「ミッ!」

「ふふッ、そっか」

 

 図鑑では『みすぼらしい』などと言われているヒンバスだが、こうして接してみると実に愛らしい一面がある。世間的に言えば、『ブサカワイイ』という部類なのだろう。

 ふと後ろを振り返ると、キモリとイーブイ達にコルニの手持ちも混じって砂遊びを始めている。

 実に微笑ましい。

 

 そうしてから暫く、釣竿もピクリとしない時間が過ぎる。

 コルニは既に諦めムードで、コックリコックリと頭を海面に漂うウキのように揺らしていた。

 間違って海に落ちれば大変だと考えたライトは、スッと立ち上がり―――。

 

 バサァ。

 

「……」

 

 自分に砂が振りかかったことに気付き、飛んできた方向に目を遣る。そこには、一心不乱に地面を掘り進めるイーブイの尻尾と、一緒になって掘り進めるコルニの【かくとう】ポケモン達。そして、ライトに掘った後の砂が降り注いだことに気付き、あたふたとしているキモリの姿が在った。

 

 なるほど、そういうことか。

 あえて口にはせず、そ~っと砂場に穴を掘っているイーブイに忍び寄る。

 そして、

 

「コラ―――ッ!!」

「ブイィ―――ッ!?」

 

 まったく気づいていないイーブイの胴を、勢いよく両手で掴む。ビクッと体を跳ねさせるイーブイは、ライトの怒っているような声に『ボク、なんかした!?』とでも言わんばかりに目を丸くしている。

 確認しようと背後で自分を掴む主人を確認しようとするイーブイ。

 

「砂掛かったよ、このォ!」

「ブイ~~~ッ!」

 

 息もつかせぬ指捌き。胴に執行されるのは、何時ぞやの擽りの刑。途端にイーブイは騒ぐのを余儀なくされる状態に陥った。

 イーブイは気付いていないが、周りの者達はライトが屈託ない笑顔で擽っているのが分かり、あの時のように本気ではないことが窺える。しかし、そのことを知る由もないイーブイは、目尻に涙を浮かべながら様々な感情が入り混じった顔で、延々と手の中で暴れるだけだ。

 主人とパートナーのギャップに、周りで見ているポケモン達は可笑しくてたまらず噴き出す。

 

 それは比較的硬派なストライクや炎ポケモンなのにクールなリザードも例外でなく、年齢的に一番若いイーブイが弄られている姿は否応なしに口角が吊り上る光景だ。

 先程まで眠りに落ちかけていたコルニも騒ぎで目を覚まし、ケラケラと二人の戯れを笑って眺めている。

 

「コココッ」

「ミ?」

 

 地上で戯れるヒンバスの横にやってくるポケモン。

 姿は何度もライトが釣り上げていたコイキングであるが、どうにも色が違う。今までが真っ赤な鱗であったのに対し、今ヒンバスの隣に居るのは黄金のように金色の鱗を持った―――。

 

「ミ」

「コッ」

 

 『こんにちは』程度の挨拶を掛けるヒンバスと、再び海中に戻っていく金色のコイキング。

 コイキングと侮ること無かれ。若干傾き始めた日の光を浴びるコイキングは、ジョウトの伝説のポケモンであるホウオウと同等なまでに輝いていた。

 

 だがヒンバス以外、海に戻っていく()()()のコイキングに気付く者は居なかった。

 


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