「ねえ、知ってる!? 輝きの洞窟には、ワンリキーが生息してるんだって!」
「うん、とりあえずパジャマを着ようか」
ポケモンセンターに備え付けられているトレーナーの宿泊部屋において、風呂から出てきてスポブラとパンツだけの姿にコルニに、真顔で言い放つライト。
彼女の異性に対する羞恥心の無さには慣れ始めているライトであるが、やはりそこは自覚してもらいたいものだと、いつか気付いてもらえるようにと一言は忘れない。
コルニは自分が振った話題を一旦スルーされたことに頬を膨らますが、自分のバッグの中から取り出したパジャマを取り出し、数秒ほどで着終える。
因みに風呂の順番は、コルニの髪の量の多さの都合上、彼女が先に入る形となっており、その間ライトは自分の手持ちの毛づくろいをしていた。
実際、今はキモリの体をタオルで拭いてあげている途中だ。
だが、そんなライトの眼前までに顔を寄せるコルニはキラキラと目を輝かせながら、明日向かう予定の輝きの洞窟への意気込みを口にする。
「ワンリキーと言ったら、最終進化形のカイリキーだよね! 確かライトの住んでる地方の四天王のシバさんって、カイリキーが切り札なんでしょ?」
「うん。カントーとジョウトのポケモンリーグは合併されたから……別の地方なのに、よく知ってるね」
「なんてったって、【かくとう】タイプのエキスパートを目指してるから!」
「へぇ~」
他の地方の四天王を把握するなど意外に勤勉なコルニに、ライトは素直に感心の息を漏らす。
シバと言ったら、四天王からチャンピオンになったワタルを除けば、カントー・ジョウト四天王の中で最古参のトレーナーだ。ポケモンだけでなく自らの肉体をも鍛える彼の姿は、多くの【かくとう】ポケモン使いに影響を与えていると言う。
しかし、好物はチョウジタウン名物の怒り饅頭であるなど、意外と甘党らしい。
それは兎も角と、ライトは床でゴロゴロしていたイーブイを抱き上げ、尚且つ着替えも持って風呂場に行こうとする。
“あなをほる”で土まみれになった体をしっかりと洗う為だ。
「イーブイ、お風呂で体洗うよ~」
「ブイッ!?」
「暴れてもダメ。汚れたままじゃ、フードの中に入れさせないからね」
体を洗われると分かったイーブイは、手足をバタバタさせてライトの腕の中から抜け出そうとするも、抵抗虚しく風呂場に連れて行かれる。
何故だか分からないがイーブイは水が駄目であるらしく、こうして風呂場で体を洗うのも一苦労なのだ。
今はこうして『イヤイヤ!』としているが、実際お湯につかれば(ライトに抱かれたままであれば)どうということは無い為、実際は入れるまでが大変な作業となっている。
「今日はいつもより汚れてるからシャンプー使うね。アワアワになるよ~」
「えッ、見てみたい!」
「ダメに決まってるでしょ」
流石に全裸は見られたくないと、ライトはすぐにコルニの言葉に反応した。
***
次の日の早朝、早起きして二人がやって来たのは、コウジンタウンの南東に位置するサイホーン乗り場である。
輝きの洞窟へ向かうためには9番道路―――通称『トゲトゲ山道』と呼ばれる道は、元々は道ですらない岩場であったが、引退したサイホーンレーサーがサイホーンと共に踏破してできた道とのことだ。
その為、途中の道は徒歩で行くとすると登山でもするような労力を必要とする為、輝きの洞窟へ向かいたいと言う人物には、道路の管理者がサイホーンを貸し出してくれるらしい。
カロスのトレーナーの間では、サイホーンレーサー気分を味わえるため、密かに人気な場所でもあるらしいのだが―――。
ドスッ、ドスッ、ドスッ。
「……おしりが痛い」
サイホーンに乗って洞窟を目指し始めたライト達であったが、凸凹とした道を進むサイホーンの歩みによる上下の揺れに、ライトは難色を示していた。
フードの中に居るイーブイは楽しそうであるが、如何せん激しい上下の揺れに乗り物酔いのような吐き気を催し始める。
更には、一歩進む度に体重の軽いライトの体も跳ねる為、その度に尻をサドルに打ち付ける形になっていた。
「……朝食べたの戻りそう」
ドスッ、ドスッ、ドスッ。
ゴリッ。
▼サイホーンの ストーンエッジ!
▼きゅうしょにあたった!
▼こうかはばつぐんだ!
「~~~~~……ッ!!」
「あれ、ライトどうしたの?なんか顔色悪いよ……?」
「な、なんでも……ないから……ッ!」
顔面蒼白で、尚且つ急に汗を噴き出し始めるライトの様子に、並走していたコルニが何事かと声を掛ける。
しかし、ライトは自分に起こった詳細を口にすることは無く、『いいから、前向いてて……!』と明らかに大丈夫そうではない声色でコルニを前に行くよう促す。
どうしたものかと考えるコルニであったが、一先ず少年の指示に従って前を見る様にした。
コルニが前を向いた瞬間、ライトは大ダメージを受けた自分の急所を片手で押さえる。心なしか、サドルへの跨り方も内股となった。
「あ゛ッ……づッ……!」
「ブ……ブイ……?」
尋常ではない主人の様子に、先程までのアトラクションを楽しむような反応も息を潜め大汗を掻く少年を見つめるイーブイ。
(あ~……そう言えば、ハナダシティにはゴールデンボールブリッジって言うのが……)
ライトは股の間の激痛を忘れるために、快晴の空を仰ぎ始めたのであった。
***
未だに股間の間には鈍い痛みが残っているものの、漸く輝きの洞窟前にやって来た。内股になりながらサイホーンから降りるライトに、コルニは首を傾げるものの、既に興味の大半はこの辺りに生息している筈のワンリキーへと向いている。
ライド用のサイホーンは洞窟前に待機しているレンジャーに引き渡し、ライトは一先ずポケギアの時間を確認した。
「今八時くらいだけど……どうする?僕達は洞窟で特訓するつもりだけど、コルニはワンリキー探しに行くんでしょ?」
「まあね! じゃあ、別行動にする?お昼くらいにここ集まる感じにしてさ」
「そうしようか。十二時を目途に洞窟前集合で……」
「オッケー! 早速行ってくる!」
時間と待ち合わせ場所を決めたところでコルニは、ローラースケートで滑るようにして洞窟の中へ入ろうとしたが、
「洞窟内は暗くて危ないから、ローラースケート禁止でーす!」
「ごめんなさーい!」
レンジャーの人にすぐに注意された。
すぐさまローラーを仕舞うコルニの姿を、ライトは苦笑を浮かべて見つめる。それは勿論、これから暗い場所へと向かわなければならないという緊張も含んでいた。
その後、ダッシュで洞窟内に入っていくコルニを追う形で、ライトも暗い岩壁に囲まれている場所を突き進んでいくのであった。
***
「ストライク、“はがねのつばさ”!」
鋼を纏ったかのような翅が、宙にフヨフヨと漂うソルロックの体を打つ。
「イーブイ“あなをほる”!」
地面を高速で掘り進め、サイホーンの腹部へと突撃した。
「リザード、“ドラゴンクロー”!」
尾の炎を轟々と燃え盛らせながら、鋭い爪でカラカラを一閃する。
「ヒンバス、“ミラーコート”!」
受けた“ねんりき”を倍返しで、宙を漂うルナトーンに跳ね返す。
「キモリ、“りゅうのいぶ―――」
「キャモ―――!!」
「うわッ、ちょ……キモリ!?」
佇むワンリキー目がけて“りゅうのいぶき”を指示しようとしたライトであったが、その瞬間に半泣きのキモリが顔面に飛び込み、一気に視界が暗転した。
がっちりとライトの顔をホールドするキモリの力は、普段からは考えられない程強く、中々離れようともしない。
「キモリ、落ち着いてって!」
「キャモ……」
漸く引っぺがし、ワンリキーはどうしているかと辺りを見渡せば、二人の光景を見かねたストライクが代わりに撃退していた。
はぁ、と溜め息を吐くライトを見て、地面に降りたキモリは『やってしまった』と顔中に汗を流している。
ビクビクと体を震わせるキモリに、ライトは苦笑いのまま頭に手を置いた。
「まだ実戦に慣れてないっていうのもあるけど……コルニとの練習ではちゃんと戦えてたじゃないか。どうしたの?」
「キャモォ……」
「ふふッ、怒ってないから。う~ん……何が問題なのかな……」
顎に手を当てて逡巡するライト。
他の面々はこの洞窟で順調に実戦経験を積み重ねていくのに対し、キモリは未だにしっかりと戦えていない。
今言った通り、コルニとの練習バトルでは技を弱腰でも放てていたのに、洞窟に入ってからは一切繰り出せなくなっている。
これではショウヨウジムでジム戦をするだけでなく、一般トレーナーと真面にバトルできるかということも怪しいところだ。
自分の不甲斐無さにシュンとするキモリは、他の手持ち達に『元気出せよ』と言わんばかりに肩を叩かれている。
回復用にとオレンの実を渡しているが、未だに戦っていないキモリは一口も齧ってはいない。
暫し考え込むも、これと言った打開策は見つからず、ライトはとりあえずとばかりにキモリの頭を撫でた。
「不安なのは分かるよ。でも、いつまでも逃げてばかりじゃ、バトルじゃ勝てないんだ。最初の一歩が肝心! 分かった?」
「……キャモ」
コクンと頷くキモリを見て、ありきたりなコトしか伝える事の出来ない自分の語彙力を恨むライト。
彼が抱いている悩みとは、そのような言葉だけでどうにかなるほど簡単なものではない。
一度、生気を失ってしまう程のトラウマ。言葉の一つや二つで解決するのであれば、苦労はしないのだ。
(どうしたもんかなぁ……)
腕を組みながら道を進んでいくライト。手持ち五体がフルで自分の周りを固めている事と、思っていたよりも暗くない洞窟に、その足取りは地つなぎの洞窟よりも軽い。
しかし、頭の中に抱える悩みというものは、昨日よりも重くなっている。
「う~ん……ん?」
地面をずっと見つめながら前へと進んでいたライトであったが、とあることに気が付く。道なりに進んできたものの、今がどこであるのかを把握できなくなってしまったのだ。
サァーっと血色が引いていき、辺りを必死に見回すも、緑色に淡く輝いているコケが生えているだけであり、来た時の道が分からない。
すぐさま九十度方向転換をし、とりあえず後ろに進む。
「あれ? 行き止まり……」
暫く歩むと、自分の目の前に見えたのは苔の生える岩壁であり、入ってきた出入口でなかった。
(……これは、迷ったのかな?)
まさか逡巡して帰り道が分からなくなってしまうとは、余りの自分の間抜けさに苦笑いが止まらない。
「はぁ……とりあえず、標識があるところまで進んでみよう……」
しかし、化石の発掘などで人通りの多い輝きの洞窟では、迷ってしまわないようにと所々に出口や最奥部への標識が建てられている。
つまり、一応現時点では迷子であるものの、標識さえ見つけることができればどこに行けばいいのか把握できるのだ。
ある程度道は入り組んでいるものの、それさえ見つければ怖いものなしと、ライトはすぐに歩き始める。
(まだ時間はあるし……これも特訓だと思って……)
できるだけポジティブに事を考えながら進むライト。
だが彼は、先程行く手を阻んでいた岩壁が、背後で動いていることに気が付くことは無かった。
***
「結局奥まで来ちゃったよ……」
あれから数十分ほど、野生のポケモンとのバトルを繰り返しながら道を進んできたライトであったが、突如開けた場所に辿り着いた。
今までの輝く不思議なコケ以外に、電灯などの人工物の光源があり、尚且つ辺りを見れば石が大量に積まれているトロッコのようなものも見える。
どうやら、化石の発掘がよく行われている場所まで来たようであり、ライトは疲労が溜まったような顔で近くにあった岩に座り込む。
そのままザッと周囲を見渡せば、大きな看板のような物が建てられている為、それが出口へ案内する為の標識であると考えて一休みしようと水筒を取り出す。
すると、主人と同じく疲労の色を見せるポケモン達が、ある一体を除いて水を求める様にライトの下に歩み寄る。
「皆も疲れたんだね……はい、お水」
蓋をコップ代わりに水を注ぎ、それを回し飲みするポケモン達。ゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲み干していく姿は清々しいものの、バトルに続くバトルで溜まった疲労までが回復する訳ではない。
ここは一先ず休ませようとライトは、キモリだけを除いて他の手持ち達に各々のボールから照射されるリターンレーザーを当てた。
ボールの中はそれなりに快適に作られていると言われている為、ゴツゴツとした岩場で休憩するよりはマシという判断の下だ。
だが、唯一真面に戦っていないキモリは未だに元気が余っていた為、こうしてボールの外に出したままである。
ライトがチラッとキモリを見ると、怒られるものかと勘違いしたキモリが正座になり、体を震わせ始めた。
「……怒らないから。折角だから、ちょっと一緒に散歩しようか」
ライトが腕を差し伸べると、キモリはビクビクとしながら肩まで一気に駆け上がる。流石、森の木の上で暮らしている種族であるだけ、肩まで移動する時の動きは俊敏だ。
これがバトルで上手く発揮できれば、とも考えるものの現時点ではどうしようもない。
(やっぱり僕も、まだまだ駆け出しだなァ……)
ベテランのトレーナーであれば、こうした原因もすぐ見つける事が可能な筈。彼等と比べてしまうと、自分自身まだ初心者トレーナーでしかないという自己嫌悪に至る。
ジム戦でも、どこかで最もレベルの高いストライクを一番信用している節も否めない為、手持ち平等に接することができているのかも疑問になってきたライト。
そこまで考えている時点で、他の駆け出しよりは一歩先に進んでいる筈なのだが、変な部分に完璧を求めてしまうライトは、そう言った部分で悩んでしまうのだ。
自分も相手も生き物なのだから、機械であるかのように完全に平等など不可能。個性も一人一人違うのだから、より一層平等というものは難しい話になってくる。
例えトレーナーが平等に接したとしても、愛情を受け取るポケモンが平等でないと思えば、手持ちの中で喧嘩に勃発することもあるという話もあるのだ。
それは兎も角、今はキモリの性格が一番の問題である。
度を越した臆病を矯正するには、何が一番いいのか。
(野生のポケモンとのバトルで一回でも勝てたら、ちょっとぐらいは自信付きそうなんだけど……)
【いわ】タイプの生息数が多い輝きの洞窟で、【くさ】タイプのキモリは比較的戦いやすい筈。
ここで一勝すれば、もしや―――。
そのような淡い期待を抱きながら、採掘場である空間のあちこちを見渡せば、見たことのないポケモンを発見でき、早速と言わんばかりに図鑑を翳す。
『コロモリ。こうもりポケモン。暗い森や洞穴で暮らす。鼻の穴から超音波を出して、辺りの様子を探る』
『テッシード。とげのみポケモン。洞穴の壁にトゲを突き刺しはりつく。岩に含まれる鉱物を吸収する』
『イシズマイ。いしやどポケモン。手頃な石に穴を空けて住処にする。壊されると代わりの石が見つかるまで落ち着かない』
『イワーク。いわへびポケモン。普段は土の中に住んでいる。地中を時速80キロで掘りながらエサを探す』
「……ん? イワーク?」
目に見えるポケモン達に次々と図鑑を翳し、最後に自動的に画面に映し出された情報のポケモンの所在をライトは探す。
しかし、周りを見れどイワークなどを見つけることはできない。
イワークと言えば、カントー地方のニビジムのタケシを始め、多くの【いわ】使いが所有する巨大な岩の塊を繋げたような姿のポケモンだ。その全長は有に8メートルを超え、居るとすれば見逃す事などない筈だが―――。
―――ゴゴゴッ……。
「あれ、地面が揺れて……」
突如、洞窟内に地響きが鳴り響き、同時に震動も広がり伝わっていく。危険を察したのか、イシズマイは自分のヤドに身を隠し、コロモリは自分の住処に戻り、テッシードは地面に落下してから転がるようにその場から去っていった。
洞窟内に広がる異変に、ライトと肩に乗っているキモリの顔にも焦燥が出てくる。
周囲に注意を払いながら、何が来ても良いように身構えるライト。対してキモリは終始怯え、ライトの頭をがっちりとホールドしたままだ。
木に上る為に掌に生えている小さなトゲが皮膚に食い込み、意外と痛い。
『ちょっと痛い』と口にしながらキモリの手を頭から剥がすライトであったが、次の瞬間、眼前の地面が盛り上がり、爆発でもしたかのように砂煙が舞い上がると同時に飛び出してきた巨体に目を丸くした。
降りかかる土を腕で防ぎ、電灯の逆光で影がかかっている岩石の巨体を蠢かすポケモン。それは間違いなく、
「グォオオオッ!!」
「ッ……イワーク! キモリ、行ける!?」
「キャ……キャモ!」
咆哮を上げるイワークを前に、ライトの指示を受けて肩から飛び降りたキモリ。圧倒的な体格差に、キモリの怯えは目に見て取れる。
だが、イワークは特殊攻撃に非常に脆いことで知られており、特に【みず】や【くさ】は非常に効くとライトは知っていた。
(キモリでも、頑張れば……!)
「キモリ、“すいとる”!」
「……」
「……キモリ? “すいとる”だよ、キモリ!」
「ッ……」
「キモリッ!!」
幾ら呼びかけても反応を返さないキモリに、ライトの声も次第に大きくなっていく。それにも拘らず、キモリの体は震えるばかりであり、一向に“すいとる”を繰り出す構えをしない。
何時までも動かない相手。そして、攻撃を指示するトレーナーの姿を確認した野生のイワークは、問答無用で微動だにしないキモリに“たいあたり”を繰り出そうとする。
徐に動く巨体に気が付いたライトは、歯を食い縛って動かないキモリを回収しに駆け出す。
「ッ……キモリ! しっかり!!」
“たいあたり”と言うよりは“のしかかり”であるかのような攻撃を、寸での所でスライディングを用いて回避するライト。勿論キモリは腕の中だ。
すぐ後方で鳴り響く地響きと舞い上がる砂煙には目もくれず、ライトは一先ず撤退とばかりに逃げ出す。
その際、腕の中のキモリを確認すると、未だ放心状態のままであった。
怪我はないようだが、これでは戦う事などできはしない。そう結論付けたライトは、イワークを前に一度戦略的撤退をするのであった。
***
「……まだ怖いの?」
「キャモ……」
「相手が怖いの? 相手が大きいのが怖いの? 強そうだから怖いの?」
「キャ……モ」
「それとも、負けるのが怖いの?」
「……」
コクンッ。
できるだけ優しい声色で問いかけるライト。主人である少年の問いに、キモリは全てに小さく頷く。
その姿に頭をボリボリと掻くライトは、キモリの深刻な弱腰に頭が沸騰しそうな想いに駆られていた。
負けるのが怖い。
負け続ければ、捨てられるかもしれないから。
だから、負ける要因となってしまう『バトル』という存在自体が、今のキモリにとっては弱腰になってしまう原因であったのだ。
そうなってしまうと元も子もないではないか、と考えるも、どうにか克服してやらねばなるまいと頭を捻りに捻りまくる。
例えるのであれば、キモリはこれまで乗り越える事を挫折した壁の前で、漸く『越えよう』と意志を持って『立ちあがった』に過ぎない。
そう、まだ超えていないのだ。
どうにかして越えなければ、この先戦い続けることなど到底不可能であり、ポケモンリーグで戦うことは夢のまた夢。
心の中でバトルをして役に立ちたいという考えがあれど、壁を前にすれば足が竦んでしまうのが今のキモリなのである。
(どうすれば……―――)
必死に考えるライトの頭は知恵熱でどんどん熱くなっていき、グツグツと煮えたぎる熱湯のように色々な案を浮かべては、泡が弾ける様にそれらを切り捨てていく。
否応なしにキモリの顔には影が差しかかっていき、『やはり自分など……』と言う様に落ち込み始める。
だが、キモリが顔を俯かせた瞬間、ライトはバッと顔を上げてキモリの肩を掴んだ。
急に掴みかかってくる主人にキモリは目を丸くするものの、真摯な瞳に再び目を下ろす事などできることもなく、ジッと見つめ合う。
「キモリ。君はどうしようもなく臆病だ」
ズキンッ。
一瞬、心が痛むような感覚を覚える。
だが、それでも少年の口は動く。
「だったら、真正面からじゃなくていい」
「……?」
訳が分からないように首を傾げるキモリ。
それに対してライトは、口角を吊り上げたまま語り続ける。
「相手からガンガン逃げちゃえばいい」
漸く、壁の前で立ち上がれたパートナー。
「僕が相手の隙を見つけるから」
一人で超える事ができないのであれば。
「僕の指示が聞こえた時だけ、攻勢に転じてくれればいい」
二人で超えればいいだけ。
「大丈夫。僕は君を信じてる。だから……」
それが―――。
「君も僕を信じて」
―――ポケモントレーナー。
***
あの後、暫しの間逃走を図った人間とポケモンを探していたイワークであるが、中々見つけられないことに飽きを見せ始め、動きも次第に鈍重になっていく。
このまま採掘場で眠りに付こうかとも思ったイワークであるが、その瞬間に、視界に一人と一体が映る。
先程逃げた人間とポケモン。その内の、ポケモンである黄緑色の蜥蜴が一歩前に出て、イワークを“にらみつける”。
余りにも貧弱な睨みにイワークも鼻で笑い、岩が連なるような体で“まきつく”を繰り出そうと、キモリに尻尾を振るった。
「キモリ、“でんこうせっか”で逃げまくって!」
刹那、キモリは俊敏な動きで採掘場の岩壁や天井を跳ねるように駆けまわり始め、イワークは先程とは打って変わって動きまくる相手に目が点になっている。
岩であるが故に重い体を動かすものの、鈍重な動きではキモリの俊敏な動きには着いていけず、やがてキモリはイワークの死角に回り込んだ。
「今だ、“すいとる”!」
「キャモ!」
「ッ……グォオ……!」
グッと体を逸らしてイワークの体力を吸い取るキモリ。同時にイワークは虚脱感を覚え、思わず体をグラつかせる。
今の光景を見て、ライトはギラリと眼光を光らせ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「キモリ! イワークは君の攻撃が苦手だ! このまま行けば勝てる!!」
未だにイワークの周囲を駆けまわり、“たいあたり”や“がんせきふうじ”を必死に回避するキモリ。
死にもの狂いで奔り回るキモリに、しっかりと内容が伝わっているかどうかまでは分からない。彼は今、主人の投げかける技名だけにだけ辛うじて反応できる状態だ。
それでも、ライトは叫ぶ。
「頑張れ、キモリッ!!」
次の瞬間、イワークの“たいあたり”がキモリのちょうど駆け回っていた壁に命中する。真面に喰らっていれば、イワークと岩壁に挟まれてノックアウトされるかもしれないが、生憎キモリは臆病であり、
「キャ……キャモ!」
危機には聡かった。
寸での所で若干上方向に飛び上がり“たいあたり”を回避したキモリであったが、掴まる場所がなく、そのまま岩壁から頭を引いたイワークの頭部に張り付いた。
頭部の違和感にイワークは咆哮を上げてブンブンと頭を振り回すものの、キモリの手を足に生えている木登り用のトゲが上手く凸凹に食い込み、吹き飛ばされることは無い。
必死に食らいつくキモリの姿。
先程の茫然として動くこともままならなかった時とは訳が違う。
パートナーが作りだしている絶好の機会を目の当たりにし、ライトは洞窟中に響き渡るほどの大声で指示を出した。
「キモリ、“りゅうのいぶき”ぃぃいいい!!!」
ビンビンに響き渡る声。
同時にキモリの頬が膨れ上がり―――。
「キャモオォオオオ!!!」
イワークの顔面に蒼炎を吐きつけた。熱を持たぬ“りゅうのいぶき”は【ほのお】タイプではなく【ドラゴン】タイプの技。
【いわ】・【じめん】タイプのイワークには、可もなく不可もないといった相性であるが、決定的であったのは、イワークの【とくぼう】が低かったことであっただろうか。
「グ……グォオオオ~……」
暫しの間、顔面を覆い尽くす“りゅうのいぶき”を耐え凌いでいたイワークであったが、体力に限界が訪れてその場に崩れ落ちる。
地面に崩れ落ちた衝撃で、キモリは思わず手を離してしまい、クルリと宙を周ってしまい始めた。
「キャモ―――ッ!?」
「うわわ、っとォ!」
しかし、寸での所で本日二度目のスライディングでライトは、落下するキモリの体を受け止めた。
受け止められたキモリは、状況が呑み込めないといった様子で辺りをキョロキョロと見渡す。
その姿にライトはクスッと微笑み、倒れるイワークを指差した。
「あれ……君が倒したんだよ?」
「キャモ……?」
「勝ったんだよ」
「キャ……」
「ナイスファイトだったよ、キモリ!」
「モォ……!」
自分が勝てたという事実に滂沱の涙を流し出すキモリの小さな体を、ギュッと力強く抱きしめるライト。
抱き返してくるキモリの手のトゲが若干食い込むものの、ライトは洞窟に来る前の股の痛みの方が酷いと自分に言い聞かせ、しっかりと一体の手持ちの健闘を讃えるのであった。
初めの壁は越えた。
次は―――。
補足説明
ライトの名前の由来はもちろん『光』です。
何故そうなったと言いますと、光の三原色が『