「ショウヨウシティ?」
聞き慣れない町の名前に、パンを齧るライトは首を傾げていた。
現在、ライトはプラターヌ研究所の一室で、デクシオやジーナ、そしてプラターヌと共に会話をしながら朝食をとっている。
ライトはてっきり、デクシオ達はミアレジムに挑むものだとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「うん。僕のパーティは【でんき】に弱いから挑むのはまた今度にして、今は比較的相性のいい【いわ】使いのジムリーダーの居るショウヨウを目指しておこうと思ってるんだ」
「あたくしも同上ですわ」
上品にスクランブルエッグを口に運ぶジーナも、デクシオと同じくショウヨウシティに向かうらしい。因みに彼女が食べているスクランブルエッグは、ラッキーの栄養満点の卵から作られているものだ。
ポケモン達はそれぞれの皿に入れられているポケモンフーズをモグモグと食べている。
「う~ん……僕はミアレジムに挑もうかな」
「あら。では、貴方とは一旦ミアレで別れる事になりますわね」
「それもいいんじゃないかな。ゴールは皆同じなんだ。途中の道が少し違くても、ふとした場所で再会できるかもしれない……これぞ旅の醍醐味っていう感じかな」
三人の会話を聞いていたプラターヌが、各々の進路について肯定的に捉えているように語る。
「カロス地方『セントラルカロス』、『コーストカロス』、『マウンテンカロス』に別れていて、その三つの中心に位置しているのがミアレシティだ。ふとした時に、会うなんてこともあるかもしれないね」
「そうですわ。それにお互い電話番号を持っていますし、その気になればいつでも連絡を取り合えますしね」
友人らしく、三人は既に電話番号を交換している。目指すのがリーグである以上、ライバル関係でもあるのだが、『好敵手と書いて友と読む』という言葉が似合っている距離感の三人だ。
ライバルのように競い合い、友人のように助け合う。これこそ子供らしい関係と言えよう。
こうして彼らはそれぞれの旅の進路を決め、朝食をとり終えた後に準備をしっかり整え、プラターヌ研究所を後にするのであった。
***
僕は今、ミアレの町を探索している。
プラターヌ研究所を出てから、博士に『町の中央にある大きい塔を目指せばジムに着く』って助言されたから、言われた通りに『プリズムタワー』なる建物に向かっている。
確かに、あんなに大きければ迷いはしないだろうけれど、周りを見渡せばカントーのヤマブキシティに建ち並んでるビルよりも高い建物が山ほどあるから、油断したら見失いそうだ。
まあ、迷った時は周りの人に聞けばいいんだと思うけど……。
それは兎も角、まだ生後数日のイーブイはどうやらボールの中に入るのが嫌いらしく、常にボールの外で歩き回っている。
テレビで『ボールの中に入るのを嫌うポケモンが居る』って聞いたことはあるけど、まさか自分の手持ちでそうなる子が出て来るとは思ってなかった。
そして、今居るイーブイの場所なんだけど……。
「……首が絞まるよ、イーブイ」
「ブイ?」
僕の上着のフードの中だ。フードに後ろ足を入れて、上体を僕の頭や肩に乗せている。
イーブイの平均の重さは6.5キロって図鑑に書いてあったんだけど、その体重がフードにかかると、必然的に僕の上着が背中の方に引き寄せられて、首が絞められるんだ。
どうやら、昨日偶然フードに入ってその快適さを理解しちゃったのか、研究所を出てからずっとこれだ。
窒息するほど苦しいって訳じゃないけれど、喋る度に喉に違和感を覚えちゃうよね……。
多分冬とかは暖かくて快適なんだろうけど、今は春と夏の間ぐらいだから、ずっと首元に居られると熱くなってくる。
だけど我慢するんだ、ライト。まだこのイーブイは赤ちゃんじゃないか。
……あッ。イーブイ何に進化させよう。
今手持ちのタイプに居るタイプが、イーブイの【ノーマル】を覗けば【むし】、【ひこう】、【ほのお】、【みず】か……。じゃあ、ブースターとシャワーズじゃない進化形がいいかな。
となると、レッドさんの持ってたエーフィとか、カントー四天王のカリンさんの手持ちのブラッキー……あと、姉さんはグレイシアなんか使ってたなァ。
他にも進化形とか居るのかな。後で調べておこうっと。
そんなことを思いつつプリズムタワーを目指すが、イーブイがポフポフと僕の肩を叩いてくる。
「ブイ!」
「ん? どうしたの、イーブイ?」
腕を後ろに回してフードの中にいるイーブイを胸の前まで抱き上げると、小さな前足でイーブイはとある店を指差した。
カラフルな外装の店であり、開いている出入口からは甘い香りが漂ってくる。
どうやらスイーツ店みたいだ。
「あの店のお菓子食べたいの?」
「ブイッ!」
元気よく返事をするイーブイは、『早く行きたい!』と言わんばかりに足をじたばたさせている。なんだ、君はもう“じたばた”を覚えてるのかい?
覚えている技は後で確認するとして、ジム戦の前に景気づけに手持ちの皆にお菓子をあげるって言うのもいいかな……。
店から出て来る人はポケモンと一緒に出てきて、何やらマカロンみたいなお菓子をポケモンに食べさせてあげてるから、多分ポケモンも食べていいお菓子の筈だ。
……あんまり高かったら買えないけど、とりあえず入ってみよう。
イーブイを抱き上げたまま店の中に入ると、すぐ近くにあったショーウインドーにたくさんのお菓子が並んでいるのが見える。
何だろうこれは。カップケーキみたいな見た目だけど……。
「いらっしゃいませ! 『ポフレ・デ・ファバール』へようこそ!」
店員さんらしき女性の人が笑顔で挨拶してくれる。
……あっ、これが『ポフレ』なのか。えーっと値段は……安いので二百円かァ。手持ちの分を買うとして八百円。出費として痛いけど、まあ思い出づくりにはいいかな。
どれ買おうかな……。
「あのう、これってポケモンも食べれますよね?」
「はい、そうですよ! 初めてのご来店ですか?」
「そうです」
「では、試食なども御座いますので、ご自身のポケモンがどのような味が好きなのかも確かめられますよ!」
「分かりました」
店員が手際よく、試食用に小さく切り分けられているポフレを皿に乗せて持ってきてくれた。
昨日デクシオが説明してくれたみたいに五つの味があるらしいけど、皆どんな味が好きなんだろう……。
とりあえず、皆出してみようっと。
「皆、出てきて!」
「カゲッ!」
「シャウ!」
「ミッ!」
もう外に出てたイーブイ以外が出たところで、とりあえず店員さんに差し出されたポフレの欠片を皆の前に出して見せる。
皆、興味津々だ。
「この中から好きな味選んでみて!」
僕がそう言うと、皆はクンクンと匂いを嗅いだ後、迷わずにそれぞれの味に手を伸ばしていく。
……あれ? 僕、てっきりヒトカゲはビターを選ぶと思ってたんだけど、スパイシーのポフレを選んだ。辛いのが好物なのかな? でも普段コーヒー飲んでるし、そこら辺はなんなんだろう……。
ストライクはヒトカゲと同じでスパイシー味を選んで、ヒンバスはフレッシュ味を選んでる。甘いのを選ぶと思ってたから、これも意外だなァ。
イーブイはサワー味を選んでるし、こうしてみると僕の手持ちって好みの味がバラバラなんだな。今度、皆に上げるポケモンフーズの味もちょっと変えてみたりしよう。
これで選ぶポフレは決まったし、早速どれか選んで近くの公園のベンチなんかで食べさせようっと。
***
そんな訳で、僕はプリズムタワー近くにあったポケモンセンターの目の前にある噴水広場で休んでいた。
皆、美味しそうにポフレを食べてるし、ジム戦前のいい景気づけになったと思う。
ストライクはもう食べ終えてボールに戻って、ヒンバスも体が乾いたらいけないとボールに戻している。
ヒトカゲは僕が座ってるベンチの上で日向ぼっこしてて、イーブイはまだポフレを食べている……って、もの凄くチビチビ食べるんだね、君。腕白そうな子だから、一気に全部食べちゃうものだと思ってたんだけどなァ。
因みにイーブイがポフレを食べている場所は、僕の膝の上だ。
凄まじくズボンの上に食べかすが落ちてるけど、後で払えばいいかなァ~って思いながら、イーブイの首のもふもふしている部分を撫でてあげていた。
どうやらここを撫でられるのが好きみたい。
「メェ~」
……メェ~?
聞いたことのあるような鳴き声に気が付いて顔を上げると、目の前には綿毛のような体毛を有しているポケモンが佇んでいた。
すっとポケモン図鑑を取り出して、羊のようなポケモンの詳細を調べてみる。
『メリープ。わたげポケモン。寒くなり静電気が溜まると、体毛が二倍に膨れ上がり、尻尾の先がほんのり光る』
「メェ~」
「うわわ!? 何!?」
可愛らしい鳴き声を上げながら、メリープは僕の膝の上に上がってこようとする。すると先程までポフレを食べていたイーブイは、自分のポフレを口にくわえて肩の上まで飛び跳ねた。
ノシッ……と乗っかってくるメリープはすっごいカワイイけど、意外と重いし何か求めているのか、前足をじたばたさせてくる。
「……あッ、もしかしてイーブイが食べてるポフレが欲しいの?」
「メェ~」
「ブイッ! ブイブイッ!」
その通りと言わんばかりに目を輝かさせてくるメリープだけど、『絶対にあげない』と言わんばかりにイーブイは鳴き声をあげる。
ちょっと……僕を挟んで食べものの争奪戦は止めて欲しいな。【でんき】技を繰り出されたら怖いし……。
このままだと話が進みそうにないから、とりあえず僕は自分のバッグの中の、おやつ用のポケモンフーズが入ってるケースを取り出す。
「ごめんね、メリープ。このポフレはイーブイのだから、これで我慢してくれないかな?」
「メェ~!」
すると、メリープは僕の差し出したポケモンフーズをもぐもぐと頬張る。
ジョウトで暮らしてる時も何回か見たポケモンだし、何度か思ってたことはあるけど、こうして間近で見るとやっぱりカワイイ。
メリープがおやつに夢中になっている間、僕はここぞとばかりにメリープの象徴とも言える体毛に触れてみる。
「わぁ~……もふもふしてて気持ちいいなァ~」
冬に抱き枕にしたら最高なんじゃないかってくらいの手触り。
図鑑の他の説明によると、空気をたくさん含んでいるようだから、夏は涼しくて冬は暖かいらしい。
なんていうか、高級なセーターとかに使われてそう。
暫くこのままもふもふしてたい。そう思っていた時だった。
「―――イダッ!?」
突然、『バチッ!』と何かが弾ける様な音がすると同時に撫でていた手に痛みが奔ったから、思わずメリープから手を放してしまった。
忘れてた……メリープの特性は“せいでんき”だったよ……。ずっと触れてたらそうなっちゃうよなァ。
僕が吃驚してしまったことで、メリープは何か悪い事をしてしまったのかと、謝るような目つきで僕を見つめてくれる。
「あははッ……びっくりさせてゴメンね」
僕の方から謝罪を入れたところで、メリープの喉元を指で擽るように撫でてあげた。
メリープは気持ちよさそうに頭を上げてくれたから、結構懐いてくれた感じなのかな。って言うか、野生のポケモンなのかな?それとも、飼い主がどこかに―――。
「メリープー!? どこー!?」
噂をすれば何とやら。
噴水の向こう側から、黄色い髪の小さい女の子がポケモンの名前を呼びながら、周囲を見渡して必死にそのポケモンのことを探してるみたい。
……メリープって言ってるし、絶対にこの子だな。
僕にじゃれ付いて来てくれているメリープを抱き上げて、探している女の子の所まで連れて行く。その際、イーブイは器用に僕のフードの中に入って来るから、一瞬首が絞まった。
まあ……それは後でいいとして……。
「ねえ……君の探してるメリープってこの子?」
「え? ……あぁー、その子! ありがとう、お兄ちゃん!」
メリープを地面に下ろすと、女の子はメリープをギュッと抱きしめる。お互い嫌がってる様子は見られないし、ホントの飼い主なのかな。
でも、そんなに触ったら―――。
「シビュンッ!?」
「ああ!? ちょ……大丈夫!?」
「シビレビレ……だ、だいじょうぶ……ハハ」
さっきの僕みたいに“せいでんき”で痺れる女の子。地面に崩れ落ちそうになったから、寸での所で腕を引っ張って支えてあげた。
でも、すぐに自分の力で立ち上がって、お辞儀をする女の子。
「お兄ちゃん、ホントにありがとね! この子ジムのポケモンで、アタシと一緒に散歩してたんだよ! でも、さっきお水飲んでる内にこの子と逸れちゃって……」
「そうなんだ。どういたしまして……って、ジムのポケモン?」
「うん、そうだよ! あたし、ユリーカ! ミアレジムリーダーのシトロンは、あたしのお兄ちゃんなの!」
なんていうか……世間って狭いなぁ。
まさかこんな所でジムリーダーの妹に会うなんて吃驚だけど、これからジムに行くしちょうどいいかな?
「僕はライト! ポケモンリーグを目指してジムを巡ってるんだ。だからこれから、ミアレジムに挑もうとしてた所だったんだ」
「ホント!? じゃあ、メリープを見つけてくれたお礼にジムに連れてってあげる! こっち来て!」
そう言ってユリーカって言う女の子は僕の手を引っ張って、プリズムタワーの方に連れていこうとする。
まだ小さいから歩幅もそれほど大きくないけれど、ぐんぐん引っ張っていってくれる姿は元気溌剌といった感じだ。
メリープもそんな彼女に合わせて、短い脚でテトテトと突き進んでいく。
今さっき居た場所自体プリズムタワーに近い場所だったから薄々思っていたけれど、近くで見るとかなり大きい建物だ。
天辺を見ようとすれば首が痛くなってしまう程に。
「お兄ちゃん、早く早く! 早くしないと、他のチャレンジャーが来ちゃうよ!」
「えぇ……でも、他の予約してる挑戦者とか居るんじゃ……」
「大丈夫だって! お兄ちゃんに言って『ゆーずう』させてあげるから!」
「融通……博識だね、ハハッ」
「エッヘン!」
この年で『融通』って言葉を知ってる子って凄いと思う。
それについて褒めてあげると、ユリーカちゃんは誇らしげに胸を張る。年相応な感じで可愛らしい子だ。
そんなことを思っている内に、僕達はプリズムタワーの目の前までやって来た。手を引かれるままに中に入ると、緑色の蛍光灯で照らされている通路に連れてこられ―――。
「さ! ここから先にあるエレベーターに乗ってくと、ジム戦をする場所に到着しまーす!」
なんか手慣れた感じでエレベーターガールの真似をしているけど、結構様になってるから、普段からこういう事をしてるんだなって思った。
アサギの灯台にも上ったけど、こっちの方がメカメカしい感じがするなァ~。あっちはあっちで好きな雰囲気だけど、プリズムタワーは秘密基地みたいな雰囲気なのが惹かれる。
まあ、それは兎も角。
「この先のエレベーターに乗ればいいんだね?」
「うん! あたしは関係者用のエレベーターから行ってお兄ちゃんを呼んでくるから、アナタは着いたら休んでていいよ!」
「そう? ははっ、じゃあお願いね」
「アイアイサー!」
元気がいい子だ。ユリーカちゃんはそう言って、その関係者用エレベーターという場所に向かって走っていった。
僕があのくらいの時は何をしてただろう?……姉さんと色々遊んでた。それこそイシツブテ合戦とかで。
……もうこの話は思い出さないことにしよう。とりあえず、この先のエレベーターに乗ってバトルコートに進もう!
もし予約があっても、観戦すればいいしね。
―――さあ、ミアレジムに挑戦だ!