自らの得意技を繰り出した二体の間では、技の激突により爆発が起き、“えんまく”顔負けの黒煙が発生する。
「アメタマ、“でんこうせっか”!」
「アッ、アッ、アッ」
「ヒトカゲ、“ひっかく”!」
「グァウ!」
ビオラの指示を受け、先程のテッカニンのような素早い動きで突進してくるアメタマに対し、ライトはまず“ひっかく”を指示した。
目にもとまらぬ速さで突っ込んでくるアメタマを、ヒトカゲはその胴で受け止める。
そして、そのままアメタマに爪を振り下ろそうとしたが―――。
「――ッ!?」
勢いよく振り下ろされた爪はアメタマの体を捉えることなく、ただ空を切るだけだった。その間にアメタマはヒトカゲの背後に周り込み、がら空きになった背中を今まさに攻撃しようとしている。
「そのまま“バブルこうせん”!」
「“ひのこ”だ!」
次々と放たれる泡の機関銃を前に、ヒトカゲは尻尾を振り、文字通り幾らかの火の粉を迫ってくる“バブルこうせん”を迎撃する為に繰り出した。
試合開始直後のように、二つの技が衝突しあって爆発が起きるが、その際に発生した黒煙はアメタマの放つ“バブルこうせん”によって穿たれる。
“ひのこ”では迎撃できなかった分の泡が、ヒトカゲの小さな体に襲いかかる。
「ヒトカゲ、大丈夫!?」
「ッ……ガウ!」
小さな体が幸いしたのか、命中したのは五つ程度。効果抜群の技であっても、それだけでヒトカゲを倒すには至らず、まだまだヒトカゲの尾の先の炎は熱く燃え盛っている。
(でも、見る限りあのポケモン……【むし】の他に【みず】タイプがある……。それじゃあ、【ほのお】タイプのヒトカゲじゃ相性が悪い……!)
平静を装っても、ライトは内心焦っていた。ビオラが【むし】タイプのエキスパートであるのは周知の事実であり、セオリー通りに戦うのであれば【ほのお】を初めとした【むし】の苦手なタイプで攻めていくのが一番だ。
その為ライトは、【ほのお】タイプのヒトカゲを場に出したのだが、どうやらアメタマというポケモンは、【ほのお】が苦手とする【みず】を複合しているらしい。
それでは、折角の【ほのお】技も等倍になってしまい、効果抜群を狙って行けない。
さらに言えば、自分は得意な技で弱点を狙えないのにも拘わらず、相手は得意な技でガンガン攻めていけるのだ。
(ここは、場の流れを変えていかなきゃ……!)
「ヒトカゲ、“えんまく”!」
「カァ――ゲッ!」
一先ず、相手の攻撃の命中率を下げていくために、ヒトカゲに“えんまく”を繰り出すように指示したライト。
一瞬にして、攻撃が衝突した時のような爆発ではない煙の波が、フィールド全体に渡っていく。
これで、ある程度は相手の目くらまし出来るはずだ。
そう考えていたライトであったが、ビオラはすぐに動いていた。
「アメタマ、“でんこうせっか”で円を描くように走りながら“あまいかおり”よ!」
「アッ、アッ」
細かい指示を受けたアメタマは、先程ヒトカゲに突進してきた速度で、ヒトカゲがいるであろう場所を中心にフィールドに円を描き始める。
すると、モクモクとフィールドに満ちていた煙が、次第にアメタマが描く円の中心に集まっていきながら、天窓の方へと立ち上っていく。
同時に、フィールド全体に花のような甘い香りが広がっていき、それを嗅いでしまったライトは一瞬頭が蕩けるような気持ちになってしまう。だが、寸での所で正気に戻り、自分の両頬を思いっきり叩いた。
(くッ……“あまいかおり”か!相手の回避率を下げる技だけど……このままじゃ、恰好の的じゃないか!)
フィールドの中央には、竜巻のように螺旋状に立ち上る煙が一本。その、云わば台風の目に当たる部分にヒトカゲが居る事は容易に想像できることだろう。
これではせっかく撒いた“えんまく”も何の意味を為さず、寧ろヒトカゲの視界だけが悪くなり、どこから来るかも分からないアメタマからの攻撃を許してしまうことになる。
それを理解しているライトは苦虫を噛んだ顔を浮かべ、ビオラは得意げに微笑んで腕を前に突きだす。
「さあ、アメタマ! どんどん行くわよ! “あまごい”!」
「アメッ」
次の瞬間、アメタマは走り続けながら天窓の方に目を向ける。
すると突如、燦々と降り注いでいた太陽の光がどこからともなく生まれた黒雲に遮られ、一刻前とは打って変わって豪雨がフィールド全体に降り注ぎ始めた。
降りしきる雨の勢いは凄まじく、フィールドの土を瞬く間に濡らしていき、表面は泥のように変貌していくではないか。
(これは……確実にヒトカゲの【ほのお】技を封殺しにきてる!)
“あまごい”は、フィールドの天候を強制的に雨に変える技。天候が雨になった場合、【みず】タイプの技の威力は倍増し、逆に【ほのお】技の威力は半減する。
それはつまり、アメタマの繰り出す【みず】技は先程よりも強力になり、ヒトカゲの“ひのこ”は毛ほどの威力もなくなることを意味するのだ。
(それに……アメタマの動きが早すぎる!?)
ここで更にライトは、アメタマの動きが異常に速くなっている事に気が付いた。泥のようにぬかるみ始めたフィールドの上を縦横無尽に駆け巡るアメタマの速さは、始めに見た時の倍以上の速度があるように思える。
(“すいすい”か……!)
天候が雨である際に、【すばやさ】が二倍になる特性。
前述の効果も相まってのことか、この特性は【みず】タイプに非常に多い特性になっている。
挑戦者に【ほのお】タイプのポケモンが居た場合、このコンボで封殺してきたのだというのは容易に想像できるだろう。
ライトは眉間に皺を寄せながら、何をするのが正解であるのかと必死に模索する。
―――煙に巻かれるヒトカゲ。
―――縦横無尽に高速で動くアメタマ。
―――フィールド全体に降り注ぐ豪雨。
(なら……―――)
「“がんせきふうじ”だァ!」
ライトの叫ぶような指示に、ビオラは括目する。
次の瞬間、『バゴンッ』という何かが砕ける様な鈍い音が鳴り響き、立ち上る煙の中腹辺りより、三十センチ程の石がフィールドに放り投げられた。
ちょうどアメタマはそのすぐ傍を走っており、自分のすぐ近くに落下してきた大きな石に、思わず“でんこうせっか”の速度を落としてしまう。
「アメタマ! 怯まないで!相手は貴方のコトを見えていないわ!」
「ヒトカゲ! 当たらなくてもいいから、どんどん周りに“がんせきふうじ”だ!」
共に、主の指示を信じて行動を続ける二体のポケモン。次々と岩石を煙の影から放り投げるヒトカゲに対し、フィールドを縦横無尽に駆け巡って降り注ぐ岩石を回避していくアメタマ。
ヒトカゲが繰り出す“がんせきふうじ”は、岩石を相手に囲うように投げつける【いわ】タイプの物理攻撃であるが、ライトは今回のジム戦にあたって技マシンで覚えさせておいたのだ。
ライトの頭の中では、『オホホホ!』と笑う姉の姿が浮かぶ。この技マシンは大分前にタマムシデパートの決算セールスで売りに出された旧型の技マシンなのだが、何時かの誕生日祝いにブルーが贈ってくれたものである。
最近の技マシンの仕様と違い使い捨てであるものの、レベルアップで覚えることができない技も覚えることができるのは一緒だ。
まだまだ技の繰り出すスピードは他の技に劣るものの、それでもアメタマが高速で動けないよう進路に障害物を置ける程度には習得できている。
「このまま逃げに徹するのは悪手ね。アメタマ! “バブルこうせん”で一気に決めて!」
「アッ、ア……アメッ!?」
「アメタマ!?」
滑る様に走るアメタマは、既にほとんど無くなってきている煙に向かって“バブルこうせん”を放とうとしたが、その瞬間に近くに落下してきた石によって跳ねた泥が顔に掛かり、目をつぶってしまった。
視界を潰されてしまったアメタマの放った攻撃は、誰も居ない宙へと放たれる。
偶然が生んだ隙ではあったが、その瞬間をライトは見逃さない。
「ヒトカゲ! 接近してから“がんせきふうじ”!」
「グァウウウウ!!!」
今までで一番豪快な音が鳴り響くと、フィールド上に充満していた煙の中から自分の身の丈ほどもある岩の塊を担いだヒトカゲが飛び出してくる。
そのまま狼狽えているアメタマに向かい、放り投げる瞬間に持ち上げている岩石に腕力だけで罅を入れた。
「ガァ!!」
「その場から離れて、アメタマ!」
「ア……メッ!」
ヒトカゲが砕いた岩石をアメタマに放り投げる瞬間、ビオラは咄嗟にアメタマに指示を出す。
するとアメタマは、目が上手く見えない状況であるにも拘わらず、その場から離れて“がんせきふうじ”を避けようと試みる。ジムリーダーの手持ちとあるだけ、主人に対する信頼は人一倍強いといったところだろう。
僅かに命中するものの、直撃は免れるアメタマであったが、間髪を入れずにヒトカゲはここぞとばかりに肉迫する。
「“ドラゴンクロー”だ!」
「カッゲェ!!」
エメラルドグリーンのエネルギーが右腕を包み込み、巨大な爪を形成したヒトカゲは、アッパーカットのようにアメタマに“ドラゴンクロー”を繰り出した。
俊敏な動きで繰り出された竜の如き爪は、泥で視界を潰されていたアメタマの顎を捉える。
「アメェッ!」
「アメタマ!?」
突き上げられるようにして繰り出された攻撃を顎に喰らったアメタマは、放物線を描くようにビオラの目の前まで吹き飛んでいき、フィールド上に水飛沫を上げて落下する。
(どうだ……!?)
思ったよりもいい一撃が入ったことを確信していたライトは、期待の眼差しでアメタマの様子を窺っている。
ピクピクと足を痙攣させているアメタマの目は、グルグルと回っており、戦闘不能であることを如実に示していた。
「アメタマ、戦闘不能!」
「よっしゃ!」
「ガウッ!」
ガッツポーズをするライトとヒトカゲ。バトルコートの反対側では、アメタマをボールに戻すビオラの姿が見える。
「お疲れ、アメタマ……。うふっ、いいんじゃない、いいんじゃないの!? 君とヒトカゲのコンビ、最高よ!」
「えへへっ、そう言ったら僕の
「さあ、次のポケモンよ!華麗に舞いなさい、ビビヨン!」
次なるポケモン。
ボールから出てきたのは、可愛らしいピンク色の羽をはためかせる蝶のようなポケモン。バタフリーよりかはスリムな体型のポケモンに対し、観戦しているデクシオは図鑑をかざして情報を読み取ってみる。
『ビビヨン。りんぷんポケモン。住んでいる気候や風土によって羽の模様が違う。色鮮やかな鱗粉を撒く』
「まあ、綺麗ですこと!」
デクシオの横では、ビビヨンの羽を見て目を輝かせているジーナが居るが、依然イーブイは抱きしめられたままである。
それは兎も角、ビオラの二体目のポケモンを目の当たりにした直後、ライトはヒトカゲに一つ質問していた。
「ヒトカゲ、まだいける?」
「ガウッ!」
「よしッ! 次もいってみよう!」
ポケモン交代のインターバルも終了し、フィールド上の二体のポケモンは互いに睨みあう。
そして―――。
「“がんせきふうじ”!」
「“かぜおこし”で吹き飛ばすのよ!」
フィールドに爪を突き立て、抉るように岩を掬い取ったヒトカゲは、宙でヒラヒラと漂っているビビヨンに向けて岩を放り投げた。
しかし、かなりの重量がある筈のそれは、ビビヨンが羽を羽ばたかせることによって発生した風により勢いを失い、そのままフィールド上に落下してしまう。
―――キラリ
「―――えっ……?」
次の瞬間、ヒトカゲを中心に爆発が巻き起こった。
何が何だか分からないままに目を見開くライトは、すぐさま正気に戻ってヒトカゲの安否を確認しようと、爆発による黒煙の中で佇んでいる筈のパートナーに目を向ける。
「グ……グァウ……!」
「っ……戻って、ヒトカゲ!」
煤に塗れても尚立ち続けているパートナーを、すぐさまボールに戻す。まだまだ戦えるといった雰囲気を醸し出していたが、これ以上戦えば重大な怪我につながる可能性がある。
右手に携える球体の中に吸い込まれていくパートナーに『ゆっくり休んで……』と呟いた後に、ライトもまた次なるポケモンを繰り出す為、別のボールに手を掛けた。
(さっきの原理は分からない……でも、何かが引火したように見えた。なら、あれは【ほのお】タイプに作用する現象なんだ。今の天候は『雨』!なら……―――!)
「ヒンバス、君に決めた!」
「「「……え?」」」
「ミッ」
フィールドに飛び出した一匹のみすぼらしい魚ポケモンに、ビオラのみならず観戦しているジーナとデクシオも驚きの声を漏らした。
『ペタンッ』と音を立てて着地したヒンバスは、上手く前ヒレを使って体を起こしている。
だが、この場面で魚ポケモンであるヒンバスを繰り出すとは、一体何を考えているのかと、ライト以外の者達はあっけらかんとなっていた。
そんな周囲の者達の反応はものともせず、ライトとヒンバスは見つめ合って、互いに笑みを交わす。
「さっ、張り切っていこう!」
「ミッ!」
未だ豪雨の中のフィールドで佇む二体。
ジム戦は、折り返し地点まで来ていた。