ポケの細道   作:柴猫侍

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第十八話 高飛車じゃなくってよ!!

 

 

 

 

 

「これが……ポケモン図鑑」

 

 部屋まで連れてこられ、プラターヌから渡された赤い機械に、ライトは目を大きく見開いて眺める。手に取ってみると、そこまで重い物でないが、握りしめる手には緊張によって力が入った。

 旅に出る年少のポケモントレーナーであれば、一度は夢見るであろう機器。

 

 その名も、『ポケモン図鑑』。

 

 ポケモンに翳すだけで、あら不思議。そのポケモンの名前や特徴などの詳細が、一瞬にして提示されるというハイテクな機械なのだ。

 自分の姉でもあるブルーも、オーキドが最初期に開発した図鑑を、未だに大切に保管している。

 

 姉も大事にしている機器に目を輝かせているライト。プラターヌは柔和な笑みを投げかけた。

 

「それは、君の他に居るもう二人のトレーナーの為に、三つ用意した内の一つさ。旅に出た際は、是非それを活用してくれると嬉しい!」

「あ……ありがとうございます!」

 

 渡してくれた博士に対し、綺麗に腰を九十度曲げて礼をする。

 自宅兼研究所を旅の拠点にしてくれたり、ポケモン図鑑を用意してくれたりと、至れり尽くせりで、ライトは頭を下げる事しか出来ない。

 横に居るヒトカゲも、うんうんと頷いて何かを納得しているように思える。

 

「そうだ、ライト君! お昼はもう食べたかい? 折角なら、カプレーゼを作って一緒に食べよう!」

「か……かぷれーぜ……ですか?」

 

 カフェオレか何かの仲間なのかと考えるが、勿論飲み物ではない。だが、人生で初めて聞く単語に、ライトは戸惑いを隠せない。

 目を丸くする少年に、プラターヌもどうしたのかと首を傾げる。

 

 その後、スライスしたトマトとモッツァレラの他に、バジル、オレガノなどを添え、塩と胡椒とオリーブオイルをかけて食べたカプレーゼは、お洒落で尚且つ美味しかったという。

 

 

 

 ***

 

 

 

「んもう! 酷い目に合いましたわよ!」

「……まあ、お互い一体ずつ捕まえられたし、良かったんじゃないかな?」

「……ふふん! あたくしのフシギダネに続くパートナー……ミツハニー! 大事に育てて、エレガントでフレグランスなチームを作り上げてみせますわ!」

(確かに、甘い香りがしそうな手持ちだけど……)

 

 これ見よがしにボールを見せつけるジーナ。その顔には、べとべとに蜜のような液体が付いているが、下手に擦れば顔全体に広がる為、そのままにしている。

 因みに顔に付いているのは、ミツハニーを捕まえようとした際に付けられた、甘い蜜。近くに寄ると、美味しそうな甘い匂いもするが、決して本人の前で言ったら駄目だと、デクシオは心の中で考えていた。

 

 ジーナに対し、デクシオも4番道路で捕獲に昼過ぎまで勤しんでいた。初めてのパートナーとの、ちょっとした捕獲旅に出た雰囲気だ。

 彼が捕まえたのは、これまたいい香りがしそうな『スボミー』というポケモン。見ていると癒されるような小さなポケモンだが、博識な彼は進化先を見越して、このポケモンを捕まえた。

 

 ゼニガメの最終進化は『カメックス』。そして、スボミーの最終進化は『ロズレイド』。【くさ】・【どく】タイプのロズレイドは、カメックスの苦手なタイプである【くさ】・【でんき】に有利に立ち回れるのだ。

 ポケモンリーグを目指す以上、手持ちのタイプは偏っていない方がいい。

 

 出来れば、生息している筈の『ラルトス』も捕まえたかったというのが本音であるが、いなかったものは仕方ないだろう。

 

「はぁ……兎に角、今日は疲れましたわ!早く研究所に帰って、シャワーでこの蜜を洗い流したいでものです!」

「折角だし、そのままにしていれば? 虫ポケモンが寄ってくるんじゃないかな?」

「何か言いましたか、デクシオ?」

「いや、何も」

 

 キッとした睨みを向けてくるジーナ。ミアレでも、そこそこの会社の社長令嬢である彼女の言葉遣いは丁寧であるが、どこか棘がある。

 長い付き合いではあるが、時折見せてくるこの睨みには未だ慣れない。

 

 ふくれっ面になるジーナは、わざと大きな足音を立てながら、プラターヌ研究所へと歩いていく。

 だが、進んでいく途中で、道端で寝ていたメェークルが甘い香りに誘われ近寄っていくため、デクシオは笑いを堪えるのに必死になっていた。

 だが、ズンズンと歩いていくジーナは、ふと立ち止まった。

 

「……おや? あれは博士と……誰ですか?」

 

 ミアレで有名な焼き菓子“ミアレガレット”を販売している店の前で、並んでいる人物の内、自分達にポケモンと図鑑を託してくれたプラターヌの姿が。

 しかしそのすぐ横に、親しそうに話す一人の少年の姿もあった。

 暫し、顎に手を当て考えるジーナであったが、薫ってくる香ばしい香りに釣られ、自然と足は前へと進む。

 

「プラターヌ博士~!」

「お、ジーナとデクシオじゃないか……って、その顔はどうしたんだい?」

「き……気にしないで下さいまし、博士」

「僕、ウエットティッシュ持ってますけど、使いますか?」

「あら、紳士ですわね。ここは有難く使わせてもらいますわ」

 

 プラターヌの横に立っていたライトが、肩から下げているショルダーバッグの外ポケットの一つから、ウエットティッシュの入ったケースを取り出し、一枚差し出す。

 それを若干紅潮した顔で受け取り、ジーナは顔に付いている蜜を拭き取り始める。

 

 ジーナが顔を拭き終わるのを待ち、四人は顔を合わせた。

 

「偶然だけど、ここで皆揃ったね! この子が前に言った、留学に来た子のライト君だ! 仲良くしてやってあげてくれ!」

「まあ、この子がライト君でしたの? ……どこかで会いましたっけ?」

「え? いや、初対面だと思うけど……どうかしたの?」

「何故か既視感がありますわ……まあ、それはいいとして、麗しいあたくしの麗しい名前はジーナ! 見ての通り、ポケモントレーナーですわ!」

 

 既視感があるというジーナは、一先ずそれを置いておき、自己紹介し始めた。胸を張るその姿。もう少し背中を反れば、逆に見上げるかのような苦しい姿勢を取っている事は、敢てツッコまないようにと考える。

 あと、先程まで蜜がたっぷり付いていた所為か、凄まじく甘い香りがしたのもツッコまないようにした。

 そんなライトの前に、今度はデクシオが一歩出て来る。

 

「はは……僕はデクシオ。よろしく、ライト君」

「あっ、よろしく。デクシオ君」

「……う~ん、君付けは堅苦しいかな?自分で言い始めて何だけど」

「そう……だね。じゃあ、お互い君付けは無しにしようか! よろしく、デクシオ!」

「うん、ライト!」

「ちょっと! あたくしには無かったやり取りですわ!」

 

 少年二人、意気投合しているところに、納得の行かない顔でジーナが割り込む。

 再びふくれっ面になるジーナに、同じように困ったリアクションを取る二人。

 そんな三人の下にプラターヌは、ミアレガレットがたくさん入っている袋をちらつかせて、注意を惹いてみる。

 

「早速、仲良くなって何よりだよ。でも、一旦は研究所に行ってからにしようか」

「「「はい!」」」

「うん! いい返事だ!」

 

 同時に返事をする少年少女達に、プラターヌも笑顔を浮かべ、一旦帰路に着く。

 

 

 

 ***

 

 

 

 研究所に戻った四人。各々の手持ちを見せ合いながら、買ってきたミアレガレットと紅茶やコーヒーを飲み、ブレイクタイムをとっていた。

 そんな中、プラターヌはライトの手持ちの一体であるヒンバスに興味を向けている。

 

「ヒンバスか~! 確か、ホウエンやシンオウの方に生息しているポケモンだね! ははッ、久し振りに見たよ!」

「ということは、以前も見たことあるんですか?」

「ああ! まだナナカマド博士の下で研究していたころに、確か……誰が持っていたんだっけな?」

 

 肝心な部分を思い出せないプラターヌに、身を乗り出して話を聞いていた三人はずっこける。

 暫くプラターヌが思い出すのを待っていたが、本人が『今度教えるよ』と口にした為、一旦引き下がることにした。

 そして『それよりも』と、プラターヌは三人の顔を見渡す。

 

「やっぱり皆は、各地のジムを巡りに行くのかい?」

「勿論ですわ! あたくしも、カルネさんのように麗しく強い女性になれるよう、旅に出るつもりです!」

「僕も、ポケモン達との絆を深める為に、旅に出るつもりです」

「……僕も、ある人とチャンピオンになると約束したので、ポケモンリーグに出場するためのジムバッチを集めます」

 

 ジーナを始め、デクシオ、ライトも旅に出る旨をプラターヌに告げる。それをウンウンと頷きながら聞いた博士は、にこやかな表情を浮かべる。

 若いのであれば、この位の好奇心や夢を持つのが素晴らしい。そんなことを言いそうな顔のまま、紅茶を一啜りした。

 

「うん! 君達の夢を、私は全力で応援するつもりさ!知りたい事があれば、何でも訊いてみてくれ!」

「それでは博士! 一番初めに挑んだ方が良いジムはどこでいらっしゃるでしょうか!?」

「そう来るんだね、ジーナ……まあ、私はハクダンジムを推してみるよ。ジムの隣にはトレーナーズスクールもあることだし、色々学べるんじゃないかな?」

 

 一番初めに挑むべきジム。その候補に一先ずハクダンジムを挙げるプラターヌ。

 その言葉に、ジーナも『ほほう……』と口元をにやけさせ、何やら思案を巡らせているようだ。

 恐らくジーナとしては、『一番簡単にジムバッチを手に入れる事が出来るのはどこか』というニュアンスであっただろうが、プラターヌは純粋にメリットを考慮しての選考になっている。

 

 ハクダンジムは、そこに挑むのであれば是非連絡をくれる様にと、パンジーに頼まれた場所でもある。

 【むし】専門のジムであれば、【ひこう】を有すストライクや、【ほのお】を有すヒトカゲが手持ちに居るライトは、タイプだけ考慮すれば比較的簡単にバッチを手に入れる事の出来るはずだ。

 だが、一筋縄ではいかないのがポケモンジムと言う場所。自分の苦手タイプを、タイプエキスパートと呼ばれるジムリーダーが対策を練っていないとは考えられない。

 

(でも、折角博士の勧めだから、僕も行ってみようかな)

 

 しかしライトは、最初のジムはハクダンに決めた。単純に、今の手持ちの構成上、有利にバトルを進められるのを考慮したのと、彼が言ったトレーナーズスクールが気になったからだ。

 

「博士。じゃあ僕は、最初にハクダンに行ってみます」

「むっ! あたくしが訊いたんですのよ!」

「まあまあ……じゃあ皆で行ってみることにしない?」

 

 ライトの言葉に過敏に反応したジーナを、デクシオが宥める。姉とは違った方向性で活発な少女に、ライトも思わずタジタジになるが、慣れればどうってことはなくなるだろう。

 すると、三人で行くと言う提案に、プラターヌは目を光らせた。

 

「マーベラス! 夢の始まりは三人で同時に、という事だね!? うんうん! 折角なら、三人で助け合いながら、ジムを攻略してみてみるといいかもしれないね!」

「う……博士がそう言うのであれば、あたくしも協力して差し上げなくもないですわよ、ライト!」

「うん。よろしく、ジーナ!」

(……真面目で素直な方だとやり辛いですわね。これだとあたくしが、ただの高飛車な女になってしまいますわ……)

 

 自分の申し出に素直に手を差し伸べて応じるライトに、ジーナは若干の焦りを覚える。あくまで自分は、麗しく強いトレーナーになりたいだけであって、高飛車な女にはなりたくない。

 元々こういう性格であることを自覚しているだけ、自分の態度は度々気にしている。

 

 とりあえず、自分の第一印象が悪いと勝手に思い込んだジーナは、テンパっていながら、ぎこちなく笑みを浮かべ、差し出された手を握って握手を交わす。

 

「よ、よろしくお願いしますわ!」

 

 そんな二人を、苦笑いで見つめるデクシオ。あの彼女がここまで丸め込まれるとは、と考えているのだ。

 高飛車な言動が目立つジーナであるが、実際はそうでもない。只、口調が高圧的なだけであって、中身は普通の少女であるだけ。

 普通の応対を取られれば、ジーナもそうせざるを得なくなる事を、長年の付き合いで今日初めて知った。

 今度から、そういう態度をとってみようと心に決める。

 

 そんなトレーナーたちの後ろでは、手持ちのポケモン達が楽しそうにミアレガレットを頬張っている。

 だが、中でもコーヒーを飲んでいるヒトカゲは、やはり異質な雰囲気を放っていた。器用に右手でカップを持ちながら、左手にはミアレガレットを握っていた。

 しかし、その菓子を食べているのはヒンバス。ヒレで上手く掴みとれない彼女の為に、紳士的な態度で食べさせてあげているのだ。

 

「……♪」

 

 笑顔でミアレガレットを食べるヒンバス。その横では、コーヒーの香りを楽しんでいるヒトカゲ。

 慣れた光景だと、一人離れた所で菓子に手を付けるストライク。

 

 中々個性的なメンツだと、他のポケモン達は眺めるのであった。

 


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