「ふぅ~……ここがミアレシティかァ」
とある建物からキャリーケースを引きながら出て来るのは、先日アサギシティを船で出航したライト。
そして彼が出てきたのは、ミアレシティに存在する空港であった。
何故、アサギシティで船に乗っていたのに、こうして空港に着いているのか説明しよう。まずカロス地方は、船だけで行くとするのであればかなり距離があり、一か月ほどかかってしまう。
それでは、とても約束の時間にまでミアレシティに着くことなど出来ない。そこでブルーが推奨したのが、ホウエン地方経由でカロス地方に行くというものである。
詳しく説明すると、ブルーがホウエン経由のカロス行きのプランを練っていた。それにただライトが則って動いただけ。
因みに、アサギシティからホウエン地方のミナモシティに着くまで、大よそ一日。そしてミナモシティから出る便に乗って、ミアレシティに着くまで半日。
実質、二日程度しか経っていないが、ライトは慣れない飛行機によってそれなりに疲れていた。
「……これが時差ボケ……」
今まで感じたことのない虚脱感に襲われながら、ライトはポケモンセンターを目指して歩み出す。
地理は解らないが、道行く人々に話を聞けばポケモンセンターの場所は聞ける筈。そう言った地域の人々との関わり合いこそ、旅の醍醐味とも言えよう。
そんな事を一人で勝手に納得しているライトは、両腕にタマゴを抱えながらあちらこちらを眺める。
「都会だなァ~」
何度か、カントー地方で一番の都会であるヤマブキシティに行ったことがあるが、ミアレシティはより都会であるように思える。
(う~ん……でも“お洒落”って言った方がいいかなァ~?)
石畳の街並みを歩きながら、ライトは思う。
石畳然りレンガの家然り、只単に構想ビルが立ち並ぶのではなく、所々にあるカフェや植木、噴水などの要所がいちいちお洒落に見えてくるのだ。
まるで田舎から出てきた若者(実際そうなのだが)のような感性のまま、街並みをその目で見て楽しむ。
太陽が燦々と降り注ぎ、それが白い石畳が反射して町全体が明るく見えるのも、町を造り上げる際に考えたのだろう。
職人の技とでも言おうか。拘っているの一言しか出てこない。
「メェ~」
「ん? ポケモン?」
進んでいると、目の前に一匹のポケモンが現れる。
首回りと背中に木の葉が生い茂っているように見える、山羊のようなポケモン。その円らな瞳でライトの事を眺める。
こうして近付いて来るのだから、警戒心は特に持っていないのだろうと思い、右手を差し伸べて首を撫でてみる。
すると、目の前のポケモンは気持ちいいのか、甘えるような鳴き声を上げながら、ライトの手に寄り添うように首をスリスリとさせる。
「かわいいなァ~。何て言うポケモンなんだろう? カロスのポケモンかな?」
「そのポケモンは“メェークル”って言うのよ」
「へぇ~、メェークルって言うんですか……って、え?」
突如、後ろから聞こえてくる聞き慣れない声に、ライトは緊張した表情で振り返る。
そこには、前髪の一部が特徴的にカールされている、大人な雰囲気の女性が立っていた。シャツとレギンスを身にまとい、動きやすそうな格好だ。
肩には、黒い耳が垂れていて黄色い皮膚のポケモンが乗っている。
「えっと……どちら様ですか?」
「あら、ごめんね。私、ミアレ出版って言う会社で働いているジャーナリストで、“パンジー”って言うの。名刺、渡しておくわね」
「あ、ありがとうございます」
やや戸惑い気味に名刺を渡され見てみると、確かにミアレ出版と言う会社の人であるように書かれていた。
だが、何故そのような人が自分に声を掛けて来たのかと疑問になり、ライトは首を傾げる。
悩むライトに、パンジーは得意げな笑みを浮かべて、ライトの事を指差す。
「君の事、少し当ててみるわ」
「え?」
「君はミアレ……ましてやカロス出身じゃない。そして、ここ最近カロスに来たばかり。そして……今年のポケモンリーグを目指して、これから地方を旅する。違う?」
「え、あ……凄いです! その通りです……けど、どうして分かるんですか?」
「うふふ! 最初の二つは、君の挙動とか荷物を見れば分かる。だけど最後のは完全に私の勘だわ。でも、君が良い目をしているのは分かる」
「はぁ……」
パンジーの中々な洞察力を前に、ライトは感嘆の息を漏らした。
確かにライトはミアレに来てからというものの、あちらこちらに目を移していた。そんな者大抵、この地域に来て初めての者がする事だ。
さらに荷物。こちらは、キャリーケースを引っ張っていると言うところがミソである。町と町の移動であれば、大抵の者はバッグに詰め込む程度の物で済む。しかし、ケースを引っ張ると言うのはそれなりの荷物であり、楽なのは車で運ぶのだが、ライトはそうしていなかった。
つまり、ライトはカロスの他の町からではなく、直でミアレに来たという事が分かるのだ。その方法として、第一に空港が挙がる。
そのような事を一瞬で分かるとは、流石ジャーナリストと言ったところか。
だが、最後の事に関しては完全に個人の経験的なものであり、中々分かるものでもない。何故それを、このパンジーと言う女性は分かったのか。
「妹がジムリーダーをしてるから、いいトレーナーには聡いのよ。私」
「ジムリーダー……?」
「そう。ミアレを南に行ったところの、ハクダンシティって言う町のジム。【むし】タイプ使いで、カメラマンをしてるのよ」
妹がジムリーダーというカミングアウトに、呆気にとられたように口を開くライト。
確かに、妹をジムリーダーに持っているのであれば、先程の目云々も納得できるような、出来ないような―――。
それは兎も角、ジムと聞いた途端に時差ボケの虚脱感が一気に晴れ、闘志というものが溢れ出てくる。
ライトの闘志が辺りにも溢れていたのか、パンジーは笑みを浮かべ、何故かメェークルも興奮気味になる。
すると、提案するかのように人差し指を立てて、パンジーは語り始めた。
「どう? リーグに挑戦するなら、始めにハクダンジムに行ってみるって言うのは」
「う~ん……でも、荷物……」
「あッ……確かにねぇ……ホームステイとかを利用してるのかしら?」
「えっと、留学を使ってプラターヌ博士の所に……」
「あら、プラターヌ博士の所?だったらすぐ近くだし、案内するわよ?」
「いいんですか?」
「ええ、勿論! 博士とは面識もあるわ」
若干親切過ぎる気もするが、案内してくれるというのであれば、そうしてもらうのが一番いい。
タクシーを使う手もあるが、意外とタクシーはお金がかかってしまうもの。出来るだけ徒歩で済ませたいというのが、上京したばかりの者の心境と言ったところか。
先程、『私の勘』とパンジーが言ったように、ライトも自分の勘によれば目の前の女性が悪い人には見えない。明らかに何かを企んではいそうだが、そう悪い内容でもなさそうである。
ここは素直に、大人のお姉さんに従っておくべきだと考えるライト。
「…じゃあ、お願いしていいですか?」
「いいわよ。早速行きましょう」
そう言って、歩んでいくパンジーに付いて行く。
すると、パンジーの背中に乗っているポケモンがライトに向かって小さな手を振る。カントー地方やジョウト地方では、見たことのないポケモンだ。
「パンジーさん。その肩に乗っているポケモンは何て言うんですか?」
「この子? この子は、“エリキテル”って言うのよ。日光浴が大好きで、それで食事を済ませちゃうときもあるの」
「光合成みたいですね……」
「うふふ、そうね。でもこの子は【でんき】と【ノーマル】タイプだから、光合成って言うよりは、太陽光発電って言った方が正しいのかしら?」
「へぇ~……」
好奇心に目を輝かせるライトに、パンジーは口元を押さえながら微笑む。無邪気に質問してくる子と言うのは邪険に出来ないものであり、知っている事であれば何でも答えたくなってしまう。
それがジャーナリスト―――『マスコミ』である自分の性なのだろう。
そんな他愛のない事を思いながら、パンジーはライトの瞳を見つめる。
(この子には、ピンと来るものがあるのよね……!)
長年、ジャーナリストをやって来た自分の勘が、彼を見たときから何かを訴えている。
(今にでも、こうやって交友を深めておくのがいいと、私の勘が言っているわ……!)
今の内に関係を持っておけば、後に取材をするときに役に立つ。そんな大人の事情を思い浮かべながらも、パンジーは彼のトレーナーとしての素質を見抜いていた。
もしかすると、もしかするかもしれない。
そんな期待を持ちつつ、パンジーはプラターヌ研究所に向かうのであった。
***
「ん? インターホンか……誰だろう?」
ミアレに佇む一つの研究所。
そこで黙々と論文を書き進めようとしていたプラターヌの耳に、玄関から鳴り響くインターホンの音が入ってくる。
今日、誰かが来ると言う連絡は入っていない故のプラターヌの反応だ。
部屋に用意されている、玄関の様子が見えるモニターのボタンを押すと、画面には一人の女性の顔が映る。
「ああ、パンジーさんじゃないですか。どうなされたんですか?」
『日中、アポも無しに失礼します、プラターヌ博士。町で、博士の下に留学に来たと言う少年を見つけて、連れてきたんですよ』
「ウチに……? もしかして、ライト君がそこに居るのかい?」
『あ……はい。僕がライトです』
パンジーの横から、にゅっと出て来る少年が一人。
漸く、オーキドが推薦したという少年を見る事が出来、プラターヌは若干の高揚のようなものを覚えた。
予定より少し早いが、そんな事はどうだっていい。こうして少年が一人でこちらに来たのだから、早々に研究所兼自宅である建物に入れようと考えた。
「今すぐそっちに行くよ。色々話したい事もあるしね」
そう言って一先ずモニターを切り、大急ぎで玄関まで駆けて行く。
タタタッ、という軽快な足音は、玄関前で待機している二人にも聞こえてることだろう。数十秒もすれば、プラターヌは玄関まで辿り着くことが出来た。
鍵を開け、扉を開くとそこには待ちに待っていた少年が、少し恥ずかしそうに立っている。
「君がライト君だね! 初めまして、僕がプラターヌさ!」
「改めまして初めまして。僕がライトです。よろしくお願いします!」
「うん、いい元気だ! とりあえず長旅で疲れてるだろうし、中に入ってくれ!パンジーさんも有難うございます。お茶でも如何ですか?」
「いえ、今日はもう失礼します……ライト君。ちょっといい?」
「あ、はい」
扉を潜って研究所の中に入ろうとするライトに、手招きをするパンジー。
「もし、ハクダンジムに挑むときは、事前に私に電話して頂戴ね!名刺に書いてあるから、お願い!」
「わ、解りました……!」
パンジーの気迫に押されたまま了承すると、安堵した顔を浮かべてパンジーは一礼し、研究所を去って行った。
今の言葉を聞く限り、やはり何かを考えているようだが、今は特に気にすることでもなさそうだろう。
後ろに振り返ると、ニコニコと爽やかな笑みを浮かべたプラターヌが佇んでいる。研究者として、比較する対象に父が居るがここまで爽やかではない。
同じ研究者と言っても、ここまで雰囲気が違うのかと複雑な気持ちになる一方、漸く旅の始まりに立てたような気がして心が躍る。
この研究所こそ、ライトの旅の拠点となる場所なのだ。
「お邪魔します!」
「うん! お邪魔してって! ライト君は紅茶がいいかな? それともコーヒー派かな?」
「えっと、僕は紅茶が……ってヒトカゲ!?」
「おや? ああ、この子が君の選んだヒトカゲかい!? 元気そうで何よりだ!」
ライトが開閉スイッチを押していないにも拘わらず、外に飛び出して来たヒトカゲ。こうやって飛び出して来たのには、とある理由がある。
その理由が解っているからこそ、ライトは苦笑いを浮かべ、そんなライトにプラターヌは怪訝な表情を浮かべた。
「あの……ヒトカゲはコーヒーがいいそうです」
「コーヒーを飲むのかい?ヒトカゲが?」
「はい。自分で淹れるくらい……」
「マーベラス……! ポケモンが好んでコーヒーを飲むなんて、初耳さ!」
何故か、ヒトカゲがコーヒーを飲むという事に感動しているプラターヌ。やはり珍しい事なのかと、ライトは何とも言えない顔で手持ちの一体を見つめる。
無類のコーヒー好きであるこの子が、先程の言葉に反応しない訳がない。
一先ずの感動を抑えたプラターヌは、再びライトの顔を見つめて語り出す。
「今日はデクシオもジーナも出かけてしまっていて、四人で話せないのが残念だが……まず君に渡したい物がある!」
「渡したい物……?」
『渡したい物』と聞いて首を傾げるライトに、『いいリアクションだ』と言わんばかりに首を頷くプラターヌ。
そしてバッと両腕を開いて言い放った。
「そう! ポケモン図鑑さ!」