ポケの細道   作:柴猫侍

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第十七話 都会はつらいよ

 

 

 

「ふぅ~……ここがミアレシティかァ」

 

 とある建物からキャリーケースを引きながら出て来るのは、先日アサギシティを船で出航したライト。

 そして彼が出てきたのは、ミアレシティに存在する空港であった。

 

 何故、アサギシティで船に乗っていたのに、こうして空港に着いているのか説明しよう。まずカロス地方は、船だけで行くとするのであればかなり距離があり、一か月ほどかかってしまう。

 それでは、とても約束の時間にまでミアレシティに着くことなど出来ない。そこでブルーが推奨したのが、ホウエン地方経由でカロス地方に行くというものである。

 詳しく説明すると、ブルーがホウエン経由のカロス行きのプランを練っていた。それにただライトが則って動いただけ。

 

 因みに、アサギシティからホウエン地方のミナモシティに着くまで、大よそ一日。そしてミナモシティから出る便に乗って、ミアレシティに着くまで半日。

 実質、二日程度しか経っていないが、ライトは慣れない飛行機によってそれなりに疲れていた。

 

「……これが時差ボケ……」

 

 今まで感じたことのない虚脱感に襲われながら、ライトはポケモンセンターを目指して歩み出す。

 地理は解らないが、道行く人々に話を聞けばポケモンセンターの場所は聞ける筈。そう言った地域の人々との関わり合いこそ、旅の醍醐味とも言えよう。

 そんな事を一人で勝手に納得しているライトは、両腕にタマゴを抱えながらあちらこちらを眺める。

 

「都会だなァ~」

 

 何度か、カントー地方で一番の都会であるヤマブキシティに行ったことがあるが、ミアレシティはより都会であるように思える。

 

(う~ん……でも“お洒落”って言った方がいいかなァ~?)

 

 石畳の街並みを歩きながら、ライトは思う。

 石畳然りレンガの家然り、只単に構想ビルが立ち並ぶのではなく、所々にあるカフェや植木、噴水などの要所がいちいちお洒落に見えてくるのだ。

 まるで田舎から出てきた若者(実際そうなのだが)のような感性のまま、街並みをその目で見て楽しむ。

 太陽が燦々と降り注ぎ、それが白い石畳が反射して町全体が明るく見えるのも、町を造り上げる際に考えたのだろう。

 職人の技とでも言おうか。拘っているの一言しか出てこない。

 

「メェ~」

「ん? ポケモン?」

 

 進んでいると、目の前に一匹のポケモンが現れる。

 首回りと背中に木の葉が生い茂っているように見える、山羊のようなポケモン。その円らな瞳でライトの事を眺める。

 こうして近付いて来るのだから、警戒心は特に持っていないのだろうと思い、右手を差し伸べて首を撫でてみる。

 すると、目の前のポケモンは気持ちいいのか、甘えるような鳴き声を上げながら、ライトの手に寄り添うように首をスリスリとさせる。

 

「かわいいなァ~。何て言うポケモンなんだろう? カロスのポケモンかな?」

「そのポケモンは“メェークル”って言うのよ」

「へぇ~、メェークルって言うんですか……って、え?」

 

 突如、後ろから聞こえてくる聞き慣れない声に、ライトは緊張した表情で振り返る。

 そこには、前髪の一部が特徴的にカールされている、大人な雰囲気の女性が立っていた。シャツとレギンスを身にまとい、動きやすそうな格好だ。

 肩には、黒い耳が垂れていて黄色い皮膚のポケモンが乗っている。

 

「えっと……どちら様ですか?」

「あら、ごめんね。私、ミアレ出版って言う会社で働いているジャーナリストで、“パンジー”って言うの。名刺、渡しておくわね」

「あ、ありがとうございます」

 

 やや戸惑い気味に名刺を渡され見てみると、確かにミアレ出版と言う会社の人であるように書かれていた。

 だが、何故そのような人が自分に声を掛けて来たのかと疑問になり、ライトは首を傾げる。

 悩むライトに、パンジーは得意げな笑みを浮かべて、ライトの事を指差す。

 

「君の事、少し当ててみるわ」

「え?」

「君はミアレ……ましてやカロス出身じゃない。そして、ここ最近カロスに来たばかり。そして……今年のポケモンリーグを目指して、これから地方を旅する。違う?」

「え、あ……凄いです! その通りです……けど、どうして分かるんですか?」

「うふふ! 最初の二つは、君の挙動とか荷物を見れば分かる。だけど最後のは完全に私の勘だわ。でも、君が良い目をしているのは分かる」

「はぁ……」

 

 パンジーの中々な洞察力を前に、ライトは感嘆の息を漏らした。

 確かにライトはミアレに来てからというものの、あちらこちらに目を移していた。そんな者大抵、この地域に来て初めての者がする事だ。

 さらに荷物。こちらは、キャリーケースを引っ張っていると言うところがミソである。町と町の移動であれば、大抵の者はバッグに詰め込む程度の物で済む。しかし、ケースを引っ張ると言うのはそれなりの荷物であり、楽なのは車で運ぶのだが、ライトはそうしていなかった。

 つまり、ライトはカロスの他の町からではなく、直でミアレに来たという事が分かるのだ。その方法として、第一に空港が挙がる。

 

 そのような事を一瞬で分かるとは、流石ジャーナリストと言ったところか。

 だが、最後の事に関しては完全に個人の経験的なものであり、中々分かるものでもない。何故それを、このパンジーと言う女性は分かったのか。

 

「妹がジムリーダーをしてるから、いいトレーナーには聡いのよ。私」

「ジムリーダー……?」

「そう。ミアレを南に行ったところの、ハクダンシティって言う町のジム。【むし】タイプ使いで、カメラマンをしてるのよ」

 

 妹がジムリーダーというカミングアウトに、呆気にとられたように口を開くライト。

 確かに、妹をジムリーダーに持っているのであれば、先程の目云々も納得できるような、出来ないような―――。

 それは兎も角、ジムと聞いた途端に時差ボケの虚脱感が一気に晴れ、闘志というものが溢れ出てくる。

 

 ライトの闘志が辺りにも溢れていたのか、パンジーは笑みを浮かべ、何故かメェークルも興奮気味になる。

 すると、提案するかのように人差し指を立てて、パンジーは語り始めた。

 

「どう? リーグに挑戦するなら、始めにハクダンジムに行ってみるって言うのは」

「う~ん……でも、荷物……」

「あッ……確かにねぇ……ホームステイとかを利用してるのかしら?」

「えっと、留学を使ってプラターヌ博士の所に……」

「あら、プラターヌ博士の所?だったらすぐ近くだし、案内するわよ?」

「いいんですか?」

「ええ、勿論! 博士とは面識もあるわ」

 

 若干親切過ぎる気もするが、案内してくれるというのであれば、そうしてもらうのが一番いい。

 タクシーを使う手もあるが、意外とタクシーはお金がかかってしまうもの。出来るだけ徒歩で済ませたいというのが、上京したばかりの者の心境と言ったところか。

 先程、『私の勘』とパンジーが言ったように、ライトも自分の勘によれば目の前の女性が悪い人には見えない。明らかに何かを企んではいそうだが、そう悪い内容でもなさそうである。

 ここは素直に、大人のお姉さんに従っておくべきだと考えるライト。

 

「…じゃあ、お願いしていいですか?」

「いいわよ。早速行きましょう」

 

 そう言って、歩んでいくパンジーに付いて行く。

 すると、パンジーの背中に乗っているポケモンがライトに向かって小さな手を振る。カントー地方やジョウト地方では、見たことのないポケモンだ。

 

「パンジーさん。その肩に乗っているポケモンは何て言うんですか?」

「この子? この子は、“エリキテル”って言うのよ。日光浴が大好きで、それで食事を済ませちゃうときもあるの」

「光合成みたいですね……」

「うふふ、そうね。でもこの子は【でんき】と【ノーマル】タイプだから、光合成って言うよりは、太陽光発電って言った方が正しいのかしら?」

「へぇ~……」

 

 好奇心に目を輝かせるライトに、パンジーは口元を押さえながら微笑む。無邪気に質問してくる子と言うのは邪険に出来ないものであり、知っている事であれば何でも答えたくなってしまう。

 それがジャーナリスト―――『マスコミ』である自分の性なのだろう。

 そんな他愛のない事を思いながら、パンジーはライトの瞳を見つめる。

 

(この子には、ピンと来るものがあるのよね……!)

 

 長年、ジャーナリストをやって来た自分の勘が、彼を見たときから何かを訴えている。

 

(今にでも、こうやって交友を深めておくのがいいと、私の勘が言っているわ……!)

 

 今の内に関係を持っておけば、後に取材をするときに役に立つ。そんな大人の事情を思い浮かべながらも、パンジーは彼のトレーナーとしての素質を見抜いていた。

 もしかすると、もしかするかもしれない。

 

 そんな期待を持ちつつ、パンジーはプラターヌ研究所に向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん? インターホンか……誰だろう?」

 

 ミアレに佇む一つの研究所。

 そこで黙々と論文を書き進めようとしていたプラターヌの耳に、玄関から鳴り響くインターホンの音が入ってくる。

 今日、誰かが来ると言う連絡は入っていない故のプラターヌの反応だ。

 部屋に用意されている、玄関の様子が見えるモニターのボタンを押すと、画面には一人の女性の顔が映る。

 

「ああ、パンジーさんじゃないですか。どうなされたんですか?」

『日中、アポも無しに失礼します、プラターヌ博士。町で、博士の下に留学に来たと言う少年を見つけて、連れてきたんですよ』

「ウチに……? もしかして、ライト君がそこに居るのかい?」

『あ……はい。僕がライトです』

 

 パンジーの横から、にゅっと出て来る少年が一人。

 漸く、オーキドが推薦したという少年を見る事が出来、プラターヌは若干の高揚のようなものを覚えた。

 予定より少し早いが、そんな事はどうだっていい。こうして少年が一人でこちらに来たのだから、早々に研究所兼自宅である建物に入れようと考えた。

 

「今すぐそっちに行くよ。色々話したい事もあるしね」

 

 そう言って一先ずモニターを切り、大急ぎで玄関まで駆けて行く。

 タタタッ、という軽快な足音は、玄関前で待機している二人にも聞こえてることだろう。数十秒もすれば、プラターヌは玄関まで辿り着くことが出来た。

 鍵を開け、扉を開くとそこには待ちに待っていた少年が、少し恥ずかしそうに立っている。

 

「君がライト君だね! 初めまして、僕がプラターヌさ!」

「改めまして初めまして。僕がライトです。よろしくお願いします!」

「うん、いい元気だ! とりあえず長旅で疲れてるだろうし、中に入ってくれ!パンジーさんも有難うございます。お茶でも如何ですか?」

「いえ、今日はもう失礼します……ライト君。ちょっといい?」

「あ、はい」

 

 扉を潜って研究所の中に入ろうとするライトに、手招きをするパンジー。

 

「もし、ハクダンジムに挑むときは、事前に私に電話して頂戴ね!名刺に書いてあるから、お願い!」

「わ、解りました……!」

 

 パンジーの気迫に押されたまま了承すると、安堵した顔を浮かべてパンジーは一礼し、研究所を去って行った。

 今の言葉を聞く限り、やはり何かを考えているようだが、今は特に気にすることでもなさそうだろう。

 後ろに振り返ると、ニコニコと爽やかな笑みを浮かべたプラターヌが佇んでいる。研究者として、比較する対象に父が居るがここまで爽やかではない。

 同じ研究者と言っても、ここまで雰囲気が違うのかと複雑な気持ちになる一方、漸く旅の始まりに立てたような気がして心が躍る。

この研究所こそ、ライトの旅の拠点となる場所なのだ。

 

「お邪魔します!」

「うん! お邪魔してって! ライト君は紅茶がいいかな? それともコーヒー派かな?」

「えっと、僕は紅茶が……ってヒトカゲ!?」

「おや? ああ、この子が君の選んだヒトカゲかい!? 元気そうで何よりだ!」

 

 ライトが開閉スイッチを押していないにも拘わらず、外に飛び出して来たヒトカゲ。こうやって飛び出して来たのには、とある理由がある。

 その理由が解っているからこそ、ライトは苦笑いを浮かべ、そんなライトにプラターヌは怪訝な表情を浮かべた。

 

「あの……ヒトカゲはコーヒーがいいそうです」

「コーヒーを飲むのかい?ヒトカゲが?」

「はい。自分で淹れるくらい……」

「マーベラス……! ポケモンが好んでコーヒーを飲むなんて、初耳さ!」

 

 何故か、ヒトカゲがコーヒーを飲むという事に感動しているプラターヌ。やはり珍しい事なのかと、ライトは何とも言えない顔で手持ちの一体を見つめる。

 無類のコーヒー好きであるこの子が、先程の言葉に反応しない訳がない。

 一先ずの感動を抑えたプラターヌは、再びライトの顔を見つめて語り出す。

 

「今日はデクシオもジーナも出かけてしまっていて、四人で話せないのが残念だが……まず君に渡したい物がある!」

「渡したい物……?」

 

 『渡したい物』と聞いて首を傾げるライトに、『いいリアクションだ』と言わんばかりに首を頷くプラターヌ。

 そしてバッと両腕を開いて言い放った。

 

「そう! ポケモン図鑑さ!」

 


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