ポケの細道   作:柴猫侍

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第十六話 旅は道連れ世は情け

 夜中の灯台の下。そこには三人の少年少女達が居た。

 一人は元チャンピオン。一人はジムリーダー。最後に旅に出たばかりのトレーナー。かなり偏っている三人であるが、それぞれ神妙な面持ちで佇んでいた。

 

 全ては、ミカンが中々家に帰ってこない事に始まり、ライトが灯台から発せられる『SOS』のモールス信号を見たことに起因する。

 今はもう、ポケモンセンターを出る前に見えていたモールス信号は見えない。

 

 ライトの持っていたタマゴは、現在ポケモンセンターの専用の器具で保管されている。勿論、事が終わり次第返してもらう手筈だ。

 

 そして今は、レッドの手持ちであるエーフィが、三人に囲まれるように位置取りながら、あることをしていた。

 

「フィ~……」

 

 エーフィは瞼を閉じながら、額の宝石のような球を発光させている。デンリュウの光にも美しさであれば負けない光は、囲む三人を淡く照らす。

 今行っているのは、エーフィの予知能力を行使しての灯台の中の状況確認。そしてエーフィが予知した中の状況を、トレーナーであるレッドがサイコパワーにより共有している形になっていた。

 

 固唾を飲んで見守るライトとアカネの二人。数分続いた予知。それは、レッドが立ち上がることにより終わりを告げた。

 それを見届けた二人は、一刻も早く聞きたいという顔をして、レッドを見つめた。

 

「ど、どうやったん!? ミカンは無事なんか!?」

「……寝てるけど、怪我は無いみたい。だけど、ロケット団が三人集まってる」

「ロ……ロケット団!? あの有名な悪党共か!?」

 

 聞いたことがあるらしく、アカネはオーバーリアクション気味にのけ反る。それに対しライトは若干反応が薄めだ。

 暫くの間、アルトマーレで暮らしていたライトは、テレビなどは余り観なかった為、知らないのは仕方ないとも言えるが―――。

 

「……とりあえず皆下っ端そうだけど……エレベーターで行くは危ないかな」

「そうですね……エレベーターで行ったら直ぐにばれちゃいますもんね」

 

 レッドの言葉に、顎に手を当てて考え込むライト。ポケモンに乗って直接最上階まで行く方法を除けば、最も楽に上に行けるのはエレベーターだ。

 だが、エレベーターは仕様上、使われているのであれば他の階にも分かるように示される筈だ。

 さらにここは灯台。エレベーターと言えど、最上階に行くには時間がかかる。

 今言ったことと合わせると、エレベーターで向かうと直ぐにばれ、何かしらの対策をされてしまう。

 もしかすると、眠らされているミカンを人質にされるかもしれない。

 

「となると……階段ですかね……」

「えぇ!? ここ大分上らなアカンで!?」

 

 灯台の階段を上る事を口にするライトに、アカネがショックを受けているかのような顔を浮かべた。

 しかし、流石に状況が状況なため『ま、仕方あらへんか……』と頭を掻きながら納得するアカネ。

 一通り、上に行く方法が決まった所で、ライトが何かを思いついたかのように手をポンと叩いた。

 

「あの……ミカンさんを迅速に助けるなら、出来るだけ場は混乱してる方がいいですよね?」

「うん……まあ、そうだね」

「じゃあ、いい方法があります!」

「「……いい方法?」」

 

 

 

 ***

 

 

 

「おい……早く、このジムリーダーのポケモン奪ってトンズラしようぜ?」

「いやいや……このままコイツを人質に、ジムのポケモンもたんまり頂こうぜ?」

「いいなそれ! それなら、アポロさんにも褒められるぜ!」

 

 嬉々として語り合う三人は、これからどうするかについてをコソコソと話し合っていた。最初はミカンの持っているポケモンとアカリちゃんを奪い、さっさと逃げようと考えたが、このまま人質として更にポケモンを奪う事も思いついた三人。

 その顔は、まさに悪人といったような姑息な笑みが浮かべられている。

 

 先程まで“フラッシュ”を行使していたデンリュウも、アリアドスの“ナイトヘッド”により完全にダウンした。

 今は、隣のミカンと仲良く眠っている。

 

「……ん? エレベーター……動いてねえか?」

「ホントだ……誰だ?」

 

 話し合っていた三人だが、その内の一人が機械の駆動音を耳にする。そしてエレベーターの方に目を向けると、現在エレベーターが何回に表示される画面で、どんどん昇ってきているのが示されていた。

 三人の緊張感が高まり、各々が腰につけているモンスターボールに手を掛ける。

 

 じりじりと扉まで近づいていく。ミカンとアカリちゃんは、扉から離れている場所に安置されている為、誰も気にする様子はない。

 

 数十秒、固唾を飲む団員達。やがて、『チーンッ』という音と共に、エレベーターが現在の階まで来た。

 すぐさま手持ちを出せるようにと、開閉スイッチに手を掛け―――。

 

 

 

 

 

「ピッカ!」

 

 

 

 

 

「……ピカチュウ?」

 

 扉が開き現れたのは、元気に手を上げるピカチュウ。その愛くるしい姿に、誰もがホッと息を吐く。

 トレーナーも中に居る様子は無い。となると、野生がふざけて上がって来たのか。

 

 こんな愛くるしいポケモンにビクビクしていたのかと思い、三人は自分達が馬鹿馬鹿しく思い、緊張が解ける。

 そして次に、団員の一人が先程まで浮かべていた笑みを浮かべ、手をワキワキとし始める。

 トレーナーが居ないならば好都合。このまま捕まえて、更なる自分達の手柄にしてやろう。

 

 

 

 

 

―――そう思った矢先であった。

 

 

 

 

 

 

「ピィィイカ、チュゥウウウ!!」

「ギャ、何だ!? また“フラッシュ”か!?」

 

 瞬く光。それは、暗闇に慣れた三人の目を確実に潰していく。

 完全に油断しきっていた時の“フラッシュ”であった為、全員がその眩い光を真面に見て、怯んでしまう。

 ある者はその場で尻もちを着き、ある者はよたよたと後ろに後ずさりし、どことも分からない物にぶつかって転ぶ。

 

 混乱の一途を辿る最中、三人の耳にガラスが砕け散る音が鼓膜を揺らした。思わぬ音に全員が怯え、その方向を見ようとしても“フラッシュ”による目つぶしにより、未だに視界が朧げであった。

 

「ギャオオオオオ!!」

「ひぃい!? ポケモンか!?」

 

 ガラスが砕ける音に続き、三人の耳に届いたのは恐竜の咆哮。

 羽ばたく音に加え、先程砕けたガラスが吹き飛び散らばる音も聞こえる。

 三人は完全に逃げ腰になり、全員が顔を真っ青にしていた。だがそれは、ガラスを砕いたプテラに掴まれるようにして最上階にやって来たレッドも同じであった。

 

「後で請求されないかな……後で請求されないかな……後で請求されないかな……」

 

 念仏を唱える様にブツブツと呟くレッドは、プテラの足から放され、すぐさまミカンとアカリちゃんの下へと駆ける。

 その際に、エレベーターの前に居たピカチュウが俊敏な動きでレッドの下へと戻り、主人とミカン達をロケット団から守るように立ちはだかる。

 さらにレッドは手持ちのエーフィ、リザードン、カビゴン、ラプラスも繰り出し、完全な防御壁を自分とミカン達の前に構築する。

 

 漸く目が見えるようになったロケット団は、その屈強なポケモン達の壁を見て、目が点になった。

 

「な……なんだこいつ!?」

「つ…強そうなポケモンばっかだ! ヤベーんじゃねえのか!?」

「ひ、怯むんじゃねえよ!! 三対一だ!! 数で圧せば……―――!?」

 

 『数で圧せば勝てる!』。そう言おうとしたロケット団員の頬には、鋭い角の様な物が突き立てられていた。

 引きつった笑みのまま振り返ると、そこには在ったのは荒い鼻息を立てるケンタロスの姿。さらに奥には、ミルタンクやピッピ、そしてプリンが臨戦態勢のまま佇んでいた。

 

 さらに後ろから聞こえる仲間たちの怯える声に、逆方向に振り返ると鋭い鎌を構えるストライクが―――。

 

「……数で圧せば」

「何やってェ~?」

 

 二人ほどの声が聞こえる。

 恐る恐る声の聞こえた方向を見ると、灯台の非常階段の扉が開いており、少年と少女がボールを構えて立っていた。

 少年は兎も角、少女の方は自分達に負けない程のあくどい笑みを浮かべていた。

 

 完全包囲。

 

 じりじりと詰め寄ってくるポケモン達は、確実に自分達の手持ちよりレベルが高い。戦意喪失した三人は、涙を流しながら両手を上げて降参の意を示す。

 それを見たレッドは、ウンウンと頷いてピカチュウを見つめる。

 対してピカチュウは、わざとらしいあどけない顔で首を傾げる。

 

「……ピカチュウ」

「ピッカァ?」

「“でんじは”」

「「「ホビャアアアアアア!!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人のロケット団員は、ジュンサーさんが逮捕に来るまで【まひ】で痙攣して動けなかったと言う。

 

「……めでたしめでたし」

「ピッカァ!」

 

 因みに、灯台の最上階のガラスを割ったレッドと、作戦を考えたライトはジュンサーさんにそれなりに怒られたが、一先ず弁償代を請求されることは無かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 潮風香る、アサギの港。

 港には、カロス地方に行くための大きな船が海の上に浮かんでいた。カントー地方とジョウト地方を行き来する“サント・アンヌ号”も、これぐらい大きいことは確かだろう。

 そんな船と桟橋を繋ぐ橋の前で、ライトは昨日届いたキャリーケースを携えながら立っていた。

 

「……短い間だったけど、楽しかったよ」

「本当にありがとうございました!レッドさん!」

 

 握手を交わす二人。

 一週間にも満たない間、共に過ごしただけの仲だが、中々コンビとしては良かったと互いに思っていた。

 

 今日は、ライトがカロスに向かう為の船に乗る日。本来ならば、昨日アサギシティに着くつもりであったが、アカネのおかげ(?)により一日繰り上げで到着し、さらにはロケット団を捕まえるという経験までした。

 

 一昨日が忙しかった分、昨日はゆったりと過ごす事が出来た。レッドと共に町を周り、存分に町を楽しむことが出来たライト。

 思い出も充分作れ、次なる町に向かう準備は万端と言ったところか。

 

 名残惜しいが、レッドが付いて来てくれるのはここまでだ。

 

「……カロスでの活躍、期待してるよ」

「はい! 頑張って、リーグで優勝します!! そしてチャンピオンに成れたら……僕と……バトルしてくれますか?」

「……勿論」

「ッ……本当にありがとうございます!」

 

 にこやかにほほ笑むレッドに、ライトも目尻に涙を溜めながら礼をする。

 憧れに届いたら、憧れを超える為に挑戦する。それを今ここで宣言したライトを見て、レッドは昔の自分と重ねてしまう。

 

 初々しいが、それが実に良い。誰かに聞かれたら目の前の少年の姉に『お年寄りか!?』とツッコまれそうだが、それはそれでいいかもしれない。

 何て事を考えている内に、乗船時間まで後少しと迫ってきた。

 

 『そろそろ乗り込む準備を…』と、キャリーケースを持ち上げようとするライトの耳に、とある声が聞こえてくる。

 

『ちょっと待って~!』

「……あれ? ミカンさん?」

「……そうだね」

 

 一昨日、ロケット団に“ねむりごな”を吸わされ、昨日は検査入院の為に病院に居たミカン。

 彼女は、大量の汗を掻きながら大急ぎで二人の下に走ってくる。いつものワンピースで走っている為、ライトは『走り辛くないですか?』とツッコみたくてウズウズしている。

 

 それは兎も角、息も絶え絶えとなってやって来たミカンは、軽く二人に挨拶してライトの顔を見つめる。

 

「はぁ…はぁ……ライト君。これ……お礼と旅の餞別にと思って……!」

「は……はぁ……?」

 

 ポンと、右手に何かを握らされるライト。

 大きさに反し、ずっしりとした重みが伝わってくるそれは、恐らく鉄の類だろうとライトは思い至る。

 走って来て体温の上がったミカンのおかげで、握らされた物も大分温かくなっていた。

 

 手を開くと、手の平には円柱状の鉄の塊が握らされていた。

 

「これは……?」

「“メタルコート”って言うの。普通は持たせたポケモンの【はがね】タイプの攻撃の威力を上げるんだけど、特定のポケモンに持たせて交換すると進化するの。私のネールも、これでイワークからハガネールになったの」

 

 “メタルコート”なる道具を持たされたライトは、ミカンの説明に終始頷いて聞き入っていた。

 道具を持たせて交換するポケモンは、ライトは父から聞いたことがある。

 

「君のストライクにって思って……貰ってくれる?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 微笑みミカンに、ライトは素直に受け取る事を決めた。

 彼女がこう言うのだから、自分の手持ちであるストライクに持たせた方が良いのだろう。【いわ】、【こおり】対策に“はがねのつばさ”は覚えているので、持たせてデメリットは無い筈。

 貰った道具をバッグにしまい、満面の笑みでレッドとミカンを順々に見つめた。

 

「何から何まで、本当にありがとうございました!じゃあ、行ってきます!」

「……行ってらっしゃい」

「頑張ってね!」

「ピッカァ!」

 

 緩いレッドの声や、ミカンの溌剌した応援。そして愛らしいピカチュウの姿に癒されながら、ライトは船へと続く橋を渡っていく。

 タマゴは左腕に大事に抱きかかえられ、他の手持ち達同様にカロスに向かうつもりだ。

 

 ライトが船に乗り込むと、時間ギリギリだった為かすぐに橋は収納されていく。すぐさま階段を駆け上がり、感覚だけを頼りに甲板まで辿り着くと、既に二人と一体の姿は小さくなっていた。

 自分を見送ってくれる者達に向かって、ライトは精一杯手を振る。

 

 

 

 

 

 ずっと。ずっと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……別れると、会話枯れる」

「……ぷっ、ダジャレですか?」

「……気付いた?」

「はい。何となくでしたけど……」

「ライト君なら点数を付けてくれる」

「そうなんですか?じゃあ、今のだと何点くらい貰えるんですかね?」

「う~ん……三十五点くらいかな……?」

「ぷっ、ふふふ……結構厳しいんですね」

「うん……また今度会ったら、ツッコミが欲しい」

「……そうですね」

「……頑張れ。ライト君」

 


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