ポケの細道   作:柴猫侍

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Epilogue ~10 years later~

 朝の閑散とした時間帯。

 窓からは、思わず目が眩んでしまうかのような明るい朝日が差し込んできており、同時に小鳥ポケモンたちの囀りも入ってくる。

 

 心地よく鼓膜を揺らす囀りに合わせるように、とある一軒家のキッチンでは、小刻みに野菜を切る音と何かを焼く音が奏でられていた。

 台所に立つのは、腰まで届く長い髪を揺らす女性。動き易いラフな装いで、尚且つ視力が衰えているのか、眼鏡をかけている。だが、その眼鏡が一層女性に大人っぽさを醸し出していた。

 

 朝食を作る女性の傍らでは、リザードンが器用にコーヒーポッドを扱う。

 かなり手慣れた様子だ。三人分のコーヒーを淹れ、その図体に似合わず、室内のモノに接触することなくリビングのテーブルへ、コーヒーの入ったコップを運ぶ。

 その様子をキッチンから眺めていた女性は、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ありがと、リザードン」

「ガウッ」

「ついでだけど、ライト起こしてきてくれる? 私、今日早く出ていかなきゃいけないから……」

 

 少し困ったように眉を顰めれば、リザードンは有無も言わずに二階へ続く階段へ向かって歩いていく。

 

 暫し待てば、足音が二人分響いてくる。

 

「―――おはよ……カノン」

「うん、おはよ。ちょうど朝ごはん出来たトコ」

「ありがと……ふわぁ……」

「ふふッ、お疲れ?」

 

 降りて来た青年―――ライトに向かって、茶化すような口振りで朝の挨拶を交わす女性―――カノンは、出来立てのトーストやサラダを手にし、テーブルを朝食で彩る。

 向かい合う形で椅子に座る二人。さらに、ライトを起こしに向かったリザードンは、さも当然と言わんばかりに、部屋の一角に置かれているテレビに面と向かう位置取りの椅子に座る。そこから流れるような動きでコーヒーを片手に、リモコンを操ってテレビの電源を入れる姿からは、貫禄が溢れていた。

 

 そんなリザードンが電源を入れたテレビには、麗しい美貌で茶髪の女性が映っている。

 傍らに立つのは、宝石のドレスを纏っているかのような美しい姿形のポケモンだ。まるで、御伽噺に出てくるお姫様のような姿は、トレーナーと思しき上品な身なりの女性と相まって、映像を華やかに彩ってくれる。

 

『―――それでは、昨日行われたカロスチャンピオン防衛戦で、見事挑戦者を退き、カロストップの座を守りぬいたセレナさんと、バトルのフィニッシュを飾ったディアンシーにインタビューです!』

「あ、防衛成功したんだね」

「うふふっ、ディアンシーも元気そうよ」

「うん……ホント、元気で何よりだよ」

 

 にこやかにほほ笑むカロスチャンピオンと、そのパートナーにマイクを差し向けるパンジーの映像を眺める二人は、トーストを齧ってからコーヒーを啜り、温かな雰囲気のままに食事を進めていく。

 

 ディアンシーを見つめるライトの瞳は、子供を見る親の瞳のような優しさが宿っている。

 

 “彼女(ディアンシー)”とは1年半の付き合いだったが、10年近く経った今でも鮮明に覚えているほどの思い出があった。

 しかし、それでも尚“彼女”をセレナに託したのは間違っていなかったと、今なら断言できる。ライトはそんな誇らしさを覚えながら、欠片ほどに小さくなったトーストを口へ放り込んだ。

 

 一度は自分も立った頂点の座。

 その座に立つべく、まずはジョウトとカントーを、初心に立ち返る思いでバッジを集め回った。

 新たなる数々の出会いがあり、時にはバトルで敗北もした。特に、トキワジムの攻略は困難を極めたが、三度の挑戦で掴んだ勝利。

 そしてシロガネ山に足を踏み入れ、レッドと送るバトル三昧の日々。

 コテンパンに負けては戦略を練り直し、個々の基礎スペックを上げるべく、山の周辺に生息する強力な野生ポケモンたちと繰り返すバトル。

 さらには、共にレッドに勝つべくやって来たヒビキと偶然再会し、飽きることなく対人戦も試みた。

 

 自分でもよく飽きなかったものだと感心するレベルでバトルを続けた後、息抜きにジョウトに出来たバトルフロンティアにも赴き、特訓の成果を実感するべく、五つの施設の攻略にも奔ったものだ。

 

 最終的にレッドに勝てたかどうかは、今はもう覚えていない。

 しかし、あの特訓の日々があったからこそ、後にカロスで挑戦した四天王戦を潜り抜け、カルネとの激戦も制し、殿堂に名を刻むことが出来た。

 

(殿堂入りした後は、チャンピオンは辞退して……それから色んな地方回って……それからヤナギさんがジムリーダー引退したから、試験受けて……―――あの時の倍率凄かったなぁ)

 

 チャンピオンの座に居続けることは辞退し、見聞を広めるためにシンオウやイッシュも渡り歩いたライト。

 そして、旅をする間に風の噂でジョウトジムリーダーに空席が出ることを知り、急いで故郷に帰り、アローラ’sナッシーの首の如き高さの倍率を突破し―――

 

「じゃあライト。私、そろそろ出かけなきゃいけないから……」

「あ、コガネに行くの今日だったっけ? 折角だし送ってく?」

「うふふっ、大丈夫。リューちゃんに乗ってけばひとっ飛びだもん。気持ちだけ受け取るから」

 

 話ながら食器を片付けていたカノンは、恥じらう様子も見せず、コーヒーに口をつけるライトの頬へ口付けする。

 そんなカノンの様子の反面、ライトは慣れていないのか、若干頬を上気させていた。

 

 同棲して数年経つが、まだ挨拶感覚のキスには慣れていない。

 

 恥じらいと興奮に笑みを引きつらせていれば、窓がコンコンと叩かれる音が室内に響いてくる。

 反射的に振り返れば、昔のカノンとお揃いのベレー帽を被る『リューちゃん』ことカイリューが、挨拶代わりに帽子を脱いで一礼していた。昔の青い体は見る影もなくなってしまったが、【ドラゴン】タイプに相応しい重厚感を有すカイリューは、今はすっかりカノンのパートナーだ。

 仕事で遠い場所に赴く場合が多い彼女にとって、地球を16時間で一周してしまえるほどの飛行能力を持つカイリューは、移動手段としてまさにうってつけ。

 

「おはよっ、リューちゃん。今日はカノンよろしくね」

「リュー!」

「ガウッ」

 

 主の伴侶の言葉に力強く頷くカイリュー。

 そこへ、リザードンが朝の世間話にと歩み寄っていく。

 

(……今更だけど、コーヒーカップが似合うなあ)

 

 リザードンとは十年を超える付き合いにもなったが、未だかつて彼ほどコーヒーカップが似合うポケモン―――否、ヒトにも会った事がない。

 豆のブレンドから焙煎なども行うなど、余りにも人間味が溢れているリザードンは、ここアルトマーレでしか見ることができないだろう。

 

 そんな呑気なことを考えている内に、大きなショルダーバッグを担いできたカノンが姿を現す。

 

「じゃ、行ってきます!」

「うん、気を付けてね」

「ライトも。今日、予約入ってるんでしょ? 挑戦者待たせちゃダメなんだからね、ジムリーダー殿♪」

「―――うん、わかってるって!」

 

 笑顔のまま、顔をそっと近づけ―――を交わした後、カイリューに乗って空へ飛び立っていくカノンを見送るライトは、ジムへ向かう用意を進めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「え~っと、ジムの方向は……う~ん、ここら辺は入り組んでてよく分からないよぉ~!」

 

 アルトマーレの街の一角。一人の少女が、地図を手に携えながら、涙目で入り組んだ細道を歩き回っていた。

 手にしている地図は、街にやって来た時に無料で配布されていたモノだ。入り組んだ道の多いアルトマーレを歩くには必需品と言っても過言ではない代物。しかし、少女はそれを携えていても尚、歴史を感じさせる細道にて彷徨うハメになっていた。

 

「もう三十分も遅刻しちゃってるし……はわわっ、どうしよう……!」

 

 怒られる!

 昨日予約を入れたにも拘わらず、こちらが遅刻するとは一体何事か。『マナーがなっていない!』と怒鳴られるやもしれないと、少女は只でさえ感じていた焦燥がより一層強くなる。

 建物の陰となり、日光も余り差し込まない細道は、『自分はここから目的地へ着くことも、ここから抜け出すこともできないのでは?』という考えも浮上させた。古より栄えてきた水の都の、古き良き街並みなど、今は見ている暇はない。

 

―――ザパッ

 

「ん?」

 

 背後から聞こえた、水中から何かが姿を現すかのような音に振り返る少女。

 そこに居たのは、凶悪な顔つきをしている青い凶竜だった。

 

 少女の背丈の何倍もある巨体が、水面から突き出るようにそびえ立ち、鋭い瞳は涙目の少女を射抜いている。

 

 食べられる。少女の直感がそう告げた。

 

「みゃあ゛あ゛ああああ!!?」

 

 気づいた時には、悲鳴を上げて全力疾走していた少女。

 来た道とは真逆―――さらに入り組んだ細道の奥へと向かっていく形で、走ってしまっていた。

 しかし、そんなことを考える余裕のない少女は、ただただあのギャラドスから逃げるようにと、足を必死に動かして、迷宮のような細道の奥へ奥へ……。

 

「はぁっ……はぁっ……ここ、どこ?」

 

 結果、本格的に迷ってしまった。

 無我夢中のまま走ってしまった為に、現在地まで辿り着くまでの道のりは一切覚えていない。詰んだ。迷子だ。知らない街のどこかで絶賛迷子中だ。

 

「う、うぅ……!」

 

 本格的にジムにたどり着く目途も、この細道から抜け出す目途もなくなってしまい、泣くことを憚らなくなった少女。

 玉のような涙の粒を頬に伝わせる。

 

 だがその時、伝った涙の痕を乾かすような穏やかな風が、細道を吹き渡っていった。

 

 長い金糸のような髪を靡かせる少女は、背後から吹き渡った風を存分に背に受けた後、徐に後ろに振り返ってみる。

 するとそこには、先程まで居なかった街の住民らしき少女が立っているではないか。

 自分よりも一、二歳ほど年上と見受けられる落ち着いた佇まい。赤茶色の髪を生やす頭のサイドには、翼を思わせるような癖っ毛が伸びており、一度見れば、端正な顔立ちも相まって中々忘れられそうにないインパクトがある。

 

 第一街人発見。

 

 いや、ここに来るよりも前にアルトマーレの住民たちとは何度もすれ違ったが、この迷宮にも似た細道の中で出会う人というものは、ある種の感動的な遭遇と言える感覚を覚えるのだ。

 この機を逃せば、自分は永遠に細道から抜け出せない。

 そう思い至るや否や、少女は震えた声で、現れた謎の少女に声をかける。

 

「あ、あのっ……ジム知りませんか……!?」

「? ……!」

 

 無言のまま、問いかけに首を傾げていた謎の少女は、合点がいったようでポンと手を叩く。

 そして、『私に付いてきて』と言わんばかりの立ち振る舞いをして、細道の奥へと駆けていくではないか。

 

 すかさず、あの謎の少女を見失わぬように、再び足を動かす少女。

 仄かに潮風の香りが立ち込める通りを、謎の少女に先導されながら駆け巡る。

 

 右へ、そして左へ。

 そして直線の道も、時折出っ張っている石畳に躓きながらも、軽快な足取りで進んでいく。

 

 ハッサムが庭師のように植え込みの木を剪定している横を。

 

 リザードンが悠々と飛び回る空の下を。

 

 ミロカロスが優雅に泳ぎ回る水路を股に掛ける橋を。

 

 ブラッキーが幸せそうな顔で喉の渇きを癒している水飲み場の横を。

 

 ジュカインが安らいでいる木陰の傍を。

 

 数分細道を駆け抜ければ、はちみつ色のポニーテールを靡かせる少女が、花壇に水を遣っている姿がうかがえる、開けた場所に出ることができた。

 

 青い空を望むことができ、花壇の周りには澄んだ水が流れる水路が通っており、心なしか空気が潤っているように思える。

 一瞬息をすることを忘れるような光景の先には、モンスターボールの紋章が刻まれている石造りの建物がそびえ立っていた。アルトマーレジムが完成したのはここ最近の話と聞いていたのだが、築数年とは思えぬほどの歴史と荘厳さだ。

 

 思わず生唾を飲む少女。

 大分遅刻してしまったが、これが人生で初めてのジム戦となるのだろう。だが、無事にたどり着けたことに一先ず安堵し、ここまで連れて来てくれた謎の少女にお礼を言おうと、辺りを見渡す。

 

「……あれ?」

 

 姿が見当たらない。

 先程まで確かに居たハズの謎の少女が、今や影も形もなくなってしまっている。加えて、花壇に水を遣っていた少女も見当たらなくなっているではないか。

 

―――この時、少女は知らなかった。彼女の頭上を、赤と白の羽毛を靡かせる護神が飛翔していったことを

 

 少しの間辺りを見渡しても、案内してくれた謎の少女を目にすることが叶わなかった少女は、お礼を伝えられなかったことに少々の罪悪感を覚えつつ、目の前にそびえ立つジムの門に手をかける。

 

「た、たのもォー!」

 

 柄にもなく、ノリで門を叩く際の台詞を口にしてみせる。

 か細くも、それなりの声量で言い放たれた言葉は、淡い照明が付いている室内を反響していく。

 すると、反響した声に呼応するかのように、天井が開き始め、溢れんばかりの日光がバトルコートを満たす。

 

「ようこそ、挑戦者(チャレンジャー)。アルトマーレジムへ!」

「あっ……」

 

 コツコツと、バトルコートの奥から姿を現す人影。

 同時に、バトルコートの両端にあった池のように広い水場から、天井を突かんばかりの勢いで水柱が巻き起こり、その中からギャラドスとミロカロスが現れた。

 更には、ついさっき開いたばかりの天井から、ハッサムとジュカインが軽快な身のこなしで降り立ち、一拍遅れてブラッキーを背に乗せたリザードンが舞い降りる。

 

 瞬く間に集まるポケモンたちを前に、呆気に取られてしまう少女。

 

 そんな彼女を眺める透明な三体は、空の一角でアルトマーレジムを―――水の都の護神とはまた別の守り人と、やって来た次世代を担うかもしれないトレーナーの戦いの行く末を見守らんと佇む。

 彼らの視線を知ってか否か、六体のポケモンに囲まれる青年は、朗らかにほほ笑んで少女を見遣る。

 

「僕は、アルトマーレジムリーダーのライト。ポケモンリーグ公認のジムバッジ……クリスタルバッジを手に入れたいなら、キミとポケモンの絆を全力で見せてきてね!」

「―――……はいっ!」

 

 熱い語りに応えてみせる少女は、緊張しつつも、どこか楽し気な表情でボールに手をかけた。

 そして、自分にとって一番のパートナーを繰り出さんと、全身全霊を以てボールを放り投げる。

 

 

 

ヒトとポケモンの絆の物語は、これからも続いていく。

ヒトとポケモンが居続ける限り。

彼らの間に、目に見えない繋がり―――絆が存在する限りだ。

 

 

 

 ポケットモンスター、縮めて『ポケモン』。この星の、不思議な不思議な生き物。海に、森に、街に、この細道の奥でも彼らは暮らしている。

 

 そしてまた、幾多の試練を乗り越え、ポケモンリーグのチャンピオンになる為に旅するトレーナーの物語の一頁に記憶される出来事も起こるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

~Fin~

 


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