ポケの細道   作:柴猫侍

120 / 125
第百十五話 一念岩をも通す

(素早いゲッコウガの足を止めるには……!)

 

「ミロカロス、“れいとうビーム”!」

 

 意趣返しと言わんばかりに溢れ出る冷気が、ゲッコウガへ向かって襲いかかる。

 カチカチと空気中の水分が凍る音を響かせながら爬行する“れいとうビーム”の速度は、圧巻の一言だ。

 しかし、ゲッコウガも黙って喰らう筈がない。

 

「躱して“れいとうビーム”」

 

 紙一重という所まで引きつけてからの回避。

 結果、ミロカロスの初撃はなんのダメージを与えることなく終わる。

 

 対してゲッコウガは翻るような軽快な動きで、反撃の“れいとうビーム”を放った。十中八九【こおり】状態を狙っての攻撃だ。

 互いに決定打がないのであれば、素直に交代するのがベストに近い手段。だからこそ、その隙を作る為の状態異常狙いといったところか。

 

 だが、ライトの危惧するのは状態異常ではない。

 

(なんていう動体視力なんだ!?)

 

 余りにも速いゲッコウガの動き。

 こうして思慮を巡らせている間にも、絶え間ない冷気の光線がミロカロスに襲いかかっている。ミロカロスも負けじと“れいとうビーム”を放ち続けてはいるが、それらもまた紙一重で避けられたり、“れいとうビーム”で作り上げられた氷壁を盾にして躱されていた。

 

 冷気に次ぐ冷気。

 

 フィールドの気温は一気に下がっていき、夏とは思えないほどの極寒の風景を創り上げていた。

凍った傍から、日光によって溶ける氷。湯気のように氷から立ち上る白い靄。

 

 ライトも鳥肌を立たせながら打開策を頭に浮かべる。どうにかしてゲッコウガの足を止めなければ、と。

 その為の“れいとうビーム”であるのだが、如何せん成果を得ることはできていない。

 相手の攻撃を受けたところで“じこさいせい”による回復はできるものの、数には限りがある。

 

―――後手に回るのは危険

 

「戻って、ミロカロス!」

「戻れ、ゲッコウガ」

『両選手、フィールドのポケモンを退かせたぁ!!』

 

 示し合わせたかのようにライトの交代と同時に、アッシュもゲッコウガをボールに戻す。

 刹那の逡巡。ピタリと動きの止まった二人であるが、ポケモンの交代は原則としてすぐ行わなければならない。

 こちらの交代に合わせて相手が何を繰り出してくるか想像するかなど、考えている猶予はないということだ。

 

「リザードン!!」

「ブーバーン!!」

『おぉ―――ッと!! 先程とは打って変わって、紅蓮の炎をその身に宿す熱いポケモンが繰り出されたぁ!!!』

 

(……リザードンだと?)

 

 訝しげな表情を浮かべるのはアッシュだ。

 てっきり、ゲッコウガに有利なタイプのポケモンを繰りだすものばかりと思っていた。

 【くさ】を始め、【むし】、【フェアリー】、【かくとう】、【でんき】など―――それらすべてにオールラウンドに対抗できるブーバーンを繰り出したのだが、まさか【ほのお】・【ひこう】タイプのリザードンが出てくると思っていなかったのだ。

 準決勝で“じしん”を使っている場面を思い返せば、リザードンが出てきたことにも納得はいくものの、意外であったことに変わりはない。

 

(警戒するに越した事は無いな……)

 

 そう思うや否や、ライト達が動く。

 

「リザードン!! “ドラゴンクロー”で氷を弾いて!!」

「ブーバーン、“だいもんじ”で迎撃だ!」

 

 準決勝で見せた、地面を抉るようなフォームでの“ドラゴンクロー”は、ゴリゴリと地面の氷塊を削り取ってブーバーンへ向けて弾く。

 技としては疑似的な“こおりのつぶて”に近いが、特性が“ほのおのからだ”であるブーバーンにとっては些細なダメージにしかならない。それでも目くらましとしては充分。

 準決勝でのリザードンの活躍を思い返せば、目くらまし程度でも脅威と判断すべき事象である。

 

 故の、咄嗟な迎撃であったのだが―――

 

 爆音。

 

『な、なんということでしょう!? 突然、ブーバーンの目の前で爆発が起こったァ―――ッ!!?』

 

 氷塊を迎撃すべく腕の発射口から爆炎を放ったブーバーンであったが、その瞬間にけたたましい爆音と地響きが鳴り響いた。

 爆心地はブーバーンのすぐ目の前。黒煙が立ち上る訳でもなく、白い靄が逃げ場を求めて空へ立ち上っていく様を見て、一瞬だけ唖然としていたアッシュが察する。

 

(空気の熱膨張か……)

 

 先程までの“れいとうビーム”の嵐で冷蔵庫の内部のようにキンキンと冷やされていたフィールド。そこへ鉄をも溶かす温度の爆炎が放たれたのであれば、冷やされた空気が急激に熱され体積が膨張し、今のような爆発のような熱膨張が起こってしまうことは、自明の理であった。

 足元にまで漂ってくる温い水蒸気に顔を歪めるアッシュは、熱膨張の衝撃を真面に受けてしまったブーバーンの無事を確認し、すぐさま指示を口に出す。

 

「“10まんボルト”」

「“ドラゴンクロー”ォッ!!」

「ッ!」

 

 白い靄を切り裂く電光。

 しかし、それよりも速く羽ばたき、突撃してくる漆黒の火竜が一体。迫りくる電撃を受けても尚、メガリザードンXは肉迫することを止めず、その右手の強靭な爪を以てブーバーンの巨体を薙ぎ払った。

 

『ライト選手のメガリザードンの攻撃が決まったぁ!!!』

 

(もうメガシンカしていたのか)

 

 空気の熱膨張による目くらましから、止まることなくメガシンカし、そのまま攻勢に転ずる―――若さゆえの勢いが感じられる猛々しさだ。

 御世辞にも【ぼうぎょ】が高くはないブーバーンは、特性である“ほのおのからだ”で【やけど】を以てして物理攻撃の威力を下げる戦法をとっていた。だが、【ほのお】タイプのリザードンには通用しない。

 

(これは素直に出し負けたか……が)

 

「“クロスチョップ”!」

 

 大砲の砲塔のように太い腕をクロスさせ、リザードンの胴体に攻撃するブーバーン。

 乾いた音が響けば、首元に直撃した攻撃に顔を歪めるリザードンが膝を着く。重量級のポケモンによる重い一撃。当然と言えば当然の反応だが、

 

「“じしん”!!」

 

 次の攻撃への予備動作へ繋がるのであれば、話は別。

 リザードンが荒野の地へ硬い爪を突き立てれば、あっという間に蜘蛛の巣を描くように、地面に、そして氷に罅が入っていき、激しい震動がフィールド全体を襲う。

 すると地面に弾かれるようにブーバーンの体が跳ねあがる。

 それだけで凄まじい威力の“じしん”であることは容易に想像つくであろうが、尚もブーバーンは反撃に出ようと体勢を整えた。

 

「―――“ドラゴン」

 

 その瞬間に、右腕を振りぬかんと身構えるリザードンが追撃に来た。

 

「クロー”ォオッ!!!」

 

 叩き付けるように爪を振り下ろしたリザードン。

 度重なる強力な攻撃を身に受けたブーバーンは何も出来ずに墜落し、砂塵を巻き上げた。直前の“じしん”によって巻き上げられた塵や埃も相まって、視界不良のフィールドであるが、数秒もすればリザードンが纏う炎による空気の流れで、あっという間に晴れていく。

 

「ブーバーン、戦闘不能!」

『ライト選手、トゲキッスに続いてブーバーンも倒したぁ! これはアッシュ選手、不利になってきたか!?』

 

(……数の上ではそうかもしれないけど……油断なんて一切できない!)

 

 実況の言葉を心の中で否定するライト。

 確かに六対四で、数の上では勝っている。しかし、ライトの手持ちの内、ラティアスとジュカインは戦闘不能寸前。実質、こちらも四体で戦っているようなものである。

 更にミロカロスやリザードンがダメージを喰らっていることを加味すれば、戦況的に有利であるのはアッシュだ。

 

(いつ()()を出すべきか……少なくとも、今はまだ―――)

 

「行け、ガブリアス」

『アッシュ選手、ここでガブリアスを繰り出したぁ!! 今大会中、破格のパワーで相手を圧砕するドラゴンが、今ここにッ!!』

 

 明らかになる四体目はガブリアス。カロスリーグ中、他の出場者のポケモンを悉く薙ぎ払ってきた要注意ポケモンの一体だ。

 

(確か、あのガブリアスは“さめはだ”だった! 物理主体の僕のリザードンじゃ、攻撃するだけでも体力が減る……なら、一撃で倒せるまで能力を高めるッ!!)

 

「リザードン、“りゅうのまい”ッ!!」

「ガブリアス、“ドラゴンダイブ”をかませ」

 

 短期決戦を狙うべく、“りゅうのまい”を指示したライト。

 一方、“ドラゴンダイブ”を放つべく飛翔したガブリアスは、全身にドラゴンの形をしたオーラを身に纏い、滑空するようにしてリザードンへ向けて突撃する。

 

(メガシンカしない? ……いや、待てよ!?)

 

 リザードンの動きを見て、何かを察したライト。

 一向に“りゅうのまい”を行おうとしないリザードン。そこへ、流星のような軌道を描いてガブリアスが突撃してきた。

 図鑑の説明によればマッハ2で飛ぶことのできるガブリアス―――そのようなポケモンから放たれる突進の威力の凄まじさが途轍もないということは、想像に難くない。

 

 激突した二体を中心に砂煙が舞い上がり、フィールドの破片がパラパラと散らばり、あろうことかライトが立っている場所にまで弾き飛んできた。

 それらを腕で防ぎながら、自身の見落としに歯噛みする。

 

(“ちょうはつ”か……! たぶん、ブーバーンの時に……それを分かってて攻撃してきたんだろうけど)

 

「大丈夫!? リザードン!」

「グルァ!!」

 

 巻き起こる砂塵から飛び退いてくるリザードン。しかし、かなりのダメージを受けたのか、息遣いは荒いものとなっている。

 

(……いや、おかしいぞ? 僕が“ちょうはつ”に気付いていなくて“りゅうのまい”を指示するにしないにしても、パワーアップするメガシンカをしてた方がいいんじゃないか?)

 

 一つの疑問が、心に引っ掛かる。

 緊張、焦り、高揚―――全てが噛み合い加速する思考は、すぐさま一つの答えを導く出す。

 

 『メガシンカをしない方が、()()都合がいい』という結論。

 

 聞くところによれば、これまでの試合のほとんどでアッシュのガブリアスは即座にメガシンカしていた。

 となれば、何故今メガリザードンに対してメガシンカ形態で戦わないのか。

 

(メガシンカしたら特性やタイプが変わる? もしくは……―――下がってしまう能力値がある! これかもしれない!)

 

 人とポケモンの絆によって起こり得る現象・メガシンカ。

 それに伴いポケモンは通常よりもパワーアップする訳だが、考えとしてはバトル中にのみ発現する進化だ。

 進化であれば話が早い。ストライクがハッサムに進化する際、重厚な甲殻によって【ぼうぎょ】が上がる半面、【すばやさ】が下がるというデメリットがあるように、メガシンカにも能力値の変化に伴うデメリットがあってもおかしくないのだ。

 

(僕のリザードンの技は大体把握されている……なら、物理攻撃で来る事は分かってる筈なんだ。となれば、メガシンカすることによって下がる能力値は【ぼうぎょ】? それとも……【すばやさ】か!?)

 

 強大なパワーを持つ相手を前にして怖れるべきは、上から叩かれること。つまり、為すすべなく戦闘不能にされることだ。

 裏を返せば、

 

(今はリザードンの方が遅いっていうことなのか……!)

 

 だからこそ、【すばやさ】を上げさせない為にも“ちょうはつ”を最後っ屁のように放ったという訳か。

 合点がいったライトは、すぐさまボールを取り出す。

 

「ガブリアス、“ストーンエッジ”だ」

「戻って、リザードン! ギャラドス、キミに決めた!!」

 

(“いかく”で攻撃を下げる算段か……)

 

 ガブリアスが両腕の爪を地面に突き立て、無数の岩を隆起させる。

 その際に、リザードンと代わるようにして繰り出されるギャラドスは、持ち前の強面でガブリアスを威嚇し、僅かばかり“ストーンエッジ”の勢いを衰えさせた。

 しかし、リザードンの二倍以上ある巨体で避けきることは難しく、一つの尖った岩がギャラドスの胴体に食い込んだ。

 

「ッ……ゴメンね、ギャラドス!」

「“つるぎのまい”だ、ガブリアス」

「させない! “ドラゴンテール”!!」

「ッ!」

 

 あと一撃でノックダウンされそうなほど体力を削られたギャラドスを前に、“いかく”で下がった【こうげき】を賄うべく激しい舞を始めるガブリアス。

 しかし、そこにつけ入るようにギャラドスが宙を奔り、極太の尻尾をガブリアスに叩き付けた。すぐさまガブリアスの体はアッシュの下へ戻っていき、強制的に新たなポケモンが飛び出てくる。

 

『“ドラゴンテール”で戻されたガブリアスに代わって出てきたのは……―――エレザードだァ!!』

 

 襟巻が特徴的な【でんき】・【ノーマル】タイプのポケモン。

 ギャラドスとの相性は最悪だ。

 

「っ、戻ってギャラドス! ブラッキー、キミに―――」

「“ボルトチェンジ”だ、エレザード! 行け、ルカリオ!」

 

 交代を選択するライトであったが、それを読んでいたようにアッシュは“ボルトチェンジ”をエレザードに指示した。

 耐久に秀でたブラッキーは、“ボルトチェンジ”を喰らったとしても、さほどダメージを喰らうことはない。だが、ルカリオの攻撃はどうだろうか。

 

 後続に、ルカリオの攻撃を耐えられ、確実に反撃できるポケモンは―――いない。

 となれば、必然的に相性が悪いブラッキーで一撃でも喰らわさなければならない。【はがね】を有しているルカリオには、得意の“どくどく”も効かない。

 

 回復技を使ったとしても、それを超えるだけの威力の技を叩きこまれる。

 積み技を積むだけの隙もない。

 素の【すばやさ】も相手が速いことを鑑みれば、残る選択肢は限られている。

 

「ルカリオ、“きあいだま”だ」

「“しっぺがえし”!!」

 

 掌を重ね、瞬時に膨大なエネルギーを収束し始めるルカリオ。

 周囲に砂塵が渦巻くほどのエネルギーの収束が終われば、狙いを直線状の黒い獣に定める。

 

 両腕を突出し解放。

 

 荒野の地面が抉れるほどの光弾の疾走は、一直線にブラッキーへ向かっていく。

一方ブラッキーは、ライトの指示を受け、踏ん張るのでも回避するのでもなく飛び込んでいく。

 そして黒い体が光弾に呑み込まれれば、途轍もないほど眩い光が瞬き、爆発による轟音を響かせる。

 

 巻き上がる黒煙に、ブラッキーの姿は見えなくなった。

 もしや、今の一撃で既に地に伏しているのではないかという考えがアッシュの脳裏を過るが、

 

「―――まあ、そうはいかないな」

 

 黒い煙の尾を引かせながら、ブラッキーが黒煙を突き破ってルカリオに飛び掛かる。

 元の倍ほどの威力となった“しっぺがえし”がルカリオに叩き込まれようとするが、事前に波動で気配を感じ取っていたルカリオは、なんら焦る様子もなく左腕で防御した。

 ミシッ、と鈍い音が聞こえた。

 それだけ今の一撃が重かったのだろう。効果がいまひとつであるにも拘わらず、ルカリオの表情は険しい。

 

「“ラスターカノン”で迎撃」

「“ふいうち”ッ!!」

 

 残った右手に白銀のエネルギーを収束させるルカリオであったが、同時に顔面にブラッキーの前足が叩き込まれた。

 最後っ屁と言わんばかりの一撃。

 だが、それだけでルカリオの体力を削り切れる筈もなく、迎撃の“ラスターカノン”がブラッキーの胴を穿った。

 

 そのまま放物線を描きながら地面に墜落する体が、受け身をとることもなく重力に身を委ねる。

 

「ブラッキー、戦闘不能!」

「お疲れ様、ブラッキー。ゆっくり休んでて」

「……」

 

 地に伏せるブラッキーをボールに戻すライト。

 その光景に、何故かアッシュは眉を顰めていた。

 

(……やられたのに、なんでヘラヘラしてる?)

 

 ボールに戻される直前のブラッキーの表情。

 まるで全てを出しきったかのように安堵した表情だった。傍目からしても、ブラッキーはルカリオ相手にほとんど何もすることもできずにやられたのにも拘わらず、だ。

 

 それがアッシュには理解できない。

 理解したくもないような気がした。

 

『ライト選手、再びラティアスを繰り出したぁ!』

 

 悶々と黒い靄が渦巻くような心中のアッシュを差し置いて、ライトは瀕死寸前のラティアスを繰り出す。

 アッシュは交代する必要はないと考え、そのままルカリオでバトルを続行する意思を審判に目で訴えかける。

 

「“10まんボルト”!」

「“あくのはどう”だ!」

 

 攻撃を指示しようとするライトであったが、すぐにルカリオによる攻撃がラティアスを呑み込む。昼間にも拘わらず、新月の夜を思わせるような漆黒が、硝子のような色艶の体を一瞬で覆い尽くし、残り僅かな体力を削り切る。

 黒い波動が通り過ぎた後は、グッタリした様子のラティアスが浮遊することなく墜落した。

 

「ラティアス、戦闘不能!」

「……よし。ありがとう、ラティアス」

「?」

 

 聞こえないライトの呟き。

 はたまたラティアスの様子か。

 

 訝しげに眉を顰めるアッシュは、得も言えぬ違和感を覚えつつ、ライトがリザードンを繰り出したのを確認した。

 ガブリアスの“ドラゴンダイブ”を一発喰らったリザードンの体力は、三分の二まではいかないとしても、半分は確実に削り取れている筈。

 

「戻れ、ルカリオ。―――もう少しだ。やれ、ガブリアス」

『アッシュ選手、再びガブリアスを繰り出したぁ!!! ここまで追い上げをみせているアッシュ選手は、このままライト選手の残り三体を倒し切るかぁ―――ッ!!?』

 

 数の上では既にアッシュに軍配が上がっている。

 手持ちのポケモンの基礎スペックは、元よりアッシュの方が上だ。トレーナーとして旅をしている期間、自他ともに厳しいストイックなトレーニングから、想像は難くないだろう。

 体力が軒並み少ないライトの手持ちを倒し切ることは、非常に容易い。

 

(準決勝の奴は情けで隙を見せて負けたみたいだが……俺は違う。徹底的にやる。どんな相手にも全力で相手をしてやる……!)

 

 トレーナーとしての腕前の強弱は関係ない。

 ただ全力で打ち倒す。それがアッシュというトレーナーの信念だ。

 

 一つのことをただ全力でやり遂げる。純粋なまでの信念は、実力として他のトレーナーと一線を画していた。

 

(ゴウカザル、もう少しだ……もう少しだ! もう少しで頂点に―――!)

 

「ガブリアス、“ドラゴンダイブ”ッ!!!」

 

 再び天空を舞うように飛翔するガブリアスは、リザードン目がけて一直線に滑空する。

 風の壁を突き抜けるほどの勢いでの滑空は、ミサイルのようにリザードンに激突した。今日何度目か分からない轟音と震動がコロシアム中に響き渡り、観客のみならず、審判や実況までもが息を飲む。

 

 ここでリザードンが倒れれば、ライトの勝利は絶望的。

 勝敗の分かれ目ともとれる一瞬に、誰もが固唾を飲むことは必然的と言えることだったろう。

 

「“ドラゴン―――」

「ッ!?」

「クロー”ォォオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 健在。

 刹那、巻き上がる砂塵を切り裂くほどの勢いで振るわれた爪が、ガブリアスの胴を穿つ。

 

 直撃を喰らったガブリアスは、ボールのようにフィールド上を数バウンドしてから体勢を整え、なんとか立ち上がるが、その表情は優れていなかった。

 それだけリザードンの攻撃が強力であったということだが、アッシュが焦燥を見せる理由はソレではない。

 

(気のせいか、リザードンが元気そうに見えるが……なんなんだ?)

 

 タラりと嫌な汗が頬を伝う。

 

―――“リフレクター”で物理攻撃を半減させた? ……違う

 

―――“はねやすめ”のような技で体力を回復させた? ……違う

 

―――ラティアスが“ねがいごと”で、リザードンを回復した? ……違う

 

(いや、奴は繰り出された時にはもうピンピンしていた……一体なにを―――)

 

「もう少し……もう少しなんだ……ッ!」

 

 脳をフル回転させて答えを導こうとしているアッシュの向かい側で、好戦的な笑みを浮かべたライトが、胸の前で拳を握る。

 

「皆の夢がもう少しで叶う……なにがなんでも勝とうとする願いを込めるのは僕だけじゃない! 皆で叶える! 皆で願う!」

「急に何を……」

「キミが僕より強いことなんてバトルする前から分かってる! でも、だからって負けのヴィジョンを思い浮かべていい理由にはならない! そして今―――最高のタイミングでも、最良の選択でバトルを進められた訳じゃないけれど……最善の手はとった!! 勝利への道筋に、光が差す選択を!!」

「グルァアアアアアアアアアッ!!!」

 

 猛る。猛る。

 少年の心に宿る闘志が伝播し、リザードンが纏う炎の苛烈さも一層激しくなる。

 

 

 

 

 

―――……願い?

 

 

 

 

 

(ッ―――まさかッ!!!?)

 

 導き出された答えが、電撃のようにアッシュの脳に衝撃を与える。

 そうだ、伝説上のポケモン―――個体の絶対数が少ないポケモンのデータなど、普通にトレーナーをしている者にしてみれば、目や耳にする機会などほとんどない。

 リザードンもギャラドスもジュカインもミロカロスもブラッキーも、大体の戦法や使って来る技の予想はつく。

 だが、ラティアスだけは予想がつかなかった。

 

 ライトのラティアスは、この大会中、試合に用いる技の変遷が激しかった。

 それは攻撃技と補助技のどちらも。

 手持ちに加えてからの期間が短いということも相まってバトルスタイルが決まっていないことの弊害であったが、今大会に限っては相手に使用する戦術を悟らせないことが叶った。

 

 最大―――とまではいかなかったが、この負の流れを断ち切り得るだけの効果を発揮する技。テレパシーによって、口頭とは別に伝えられていた。

 

(“いやしのねがい”か……ッ!!!)

 

 その名は“いやしのねがい”。自身が瀕死になる代わり、次に出てくるポケモンの状態異常と体力を全回復させる、破格の回復技だ。

 瀕死のポケモンを回復させるのは不可能だが、それでもエース(リザードン)を全快させた。

 

 格上の相手。普通にバトルを進めれば、ポケモンの基礎スペックでも戦術でも及ばないであろう相手に対してできる、最大限の奇襲。

 

「ここから……ここから、勝ってみせる!!!」

「……やって……くれたな」

 

 改めての宣戦布告。

 対してアッシュは、自分より年下のトレーナーを前に、口角を歪めた。

 

 フィールドの氷は彼等の熱にあてがわれ、じわじわと融け始めている。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。