(マツリカ……アローラ出身のポケモントレーナー。数多くの絵画コンクールで表彰されている若き天才画家、かぁ)
エキシビジョンマッチも終わり、次第にスタジアムから人が去って行く時間帯。
ライトはデクシオとジーナの二人と別れた後、スタジアム内のパソコンで対戦相手の情報を調べていた。大会用のページだけではなく、普通に検索した場合での情報なども調べ上げ、相手がどういった人物なのかを入念に。
他のポケモンバトル大会での表彰成績などはないが、代わりに絵画コンクールなどの表彰の検索結果は山ほど出てくる。
先程出会った時も『アート留学』と口にしていたことから、芸術家としての道を歩んでいることが窺えた。
(それでもって、予選で使用していたポケモンが全部【フェアリー】タイプ……)
学会でも話題となっている新タイプ・【フェアリー】の使い手と見ていいだろう。
予選で使用していたのはグランブル、プクリン、クレッフィの三体だけだが、他にも別の【フェアリー】タイプを所持していると見て間違いない筈。
(それならハッサムは確実として、他の二体は……)
「愛しき我が弟よ~~~!」
「ぶっ!?」
後ろから飛び掛かって来た何者か―――十中八九
「いだだだっ……」
「あぁん、久し振りね! 調子はどう!? あっ、まずは本選進出をお祝いしないとね! おめでとう、ライト! お姉ちゃんはきっとできると思っていたわ!」
「気持ちは嬉しいけど、出来れば離れてほしい……苦しいから」
ジンジンと痛む額を抑えながら振り返るライト。
するとそこにはブルーの他に、久しく見ていない者達の姿が居た。
「レッドさん! ……と、カノン!? なんでここに?」
「ブルーさんに連れてきてもらったの。応援にね」
「……同上」
酷く疲弊した顔色のレッドに、いじらしく微笑を浮かべるカノン。
意外な人物が来てくれた事に驚きを覚えながらパソコンの電源を切ったライトは、徐に立ち上がってはにかむ。
姉が、憧れの人物が、そして幼馴染が応援に来てくれたとなると、気恥ずかしいものがあったのだ。
すると何かを思い出したのか、カノンが肩から下げるポーチから一つのボールを取り出した。
「これ、ギャラドスのボール! もしかしたらって思って……」
「わぁ、ありがと!」
カノンが手渡してきたギャラドスの入ったボールを受け取る。
エイセツジム戦の後、アルトマーレに再び返したまま、カロスの方には送ってもらっていなかった。
しかし、相手の手持ち構成や怪我などのトラブルに備え、控えは居た方が確実だ。
「ハクリューはギャラドスの代わりにお留守番だけど、大丈夫だった?」
「うん。いきなり息を合わせるのも難しいと思うし」
「そっか、良かったぁ……!」
ライトの言葉に、華の様な笑みを咲かせるカノン。
「あらやだ、青春」
「……青々しい」
「姉さんたちは何を言ってるの?」
会話していた二人の後ろで、コソコソと喋っていたブルーとレッドに引き攣った笑みを浮かべながら睨むライト。
途端に背筋を伸ばして口笛を吹き始める(レッドに至っては吹けていないが)二人を呆れた顔を見せた後は、ポケギアで時間を確認する。
あっ、と声を上げたライトは申し訳なさそうな顔を浮かべながら、両手を合わせて謝る態度を見せた。
「ごめん、姉さん。この後友達とご飯食べに行く約束だから……」
「あら、そうなの? ざ~んねん……でも、それなら仕方ないっか。また明日、時間見つけて会いに来るわね」
「うん。アリガトね」
「じゃ、明日の試合頑張ってね」
ひらひらと手を振って去って行くブルーに続き、レッドもまた小声で『ファイト』とエールを送ってくる。カノンについては、何かを言うかのような挙動を見せてくるも、最終的にはいじらしく笑って手を振ってくるだけだ。
なにか悪いことでもしてしまったかという考えに苛まれるライトであったが、ここ最近連絡をそれほど取れなかった事が原因か。それとも、暫く会っていない幼馴染はこのような反応を見せるのが普遍的なのか―――と考えたところで、そろそろ先に待ってくれているデクシオやジーナに申し訳なくなり、とりあえず駆け足で進み始めた。
現在第二ホールでは、四天王ズミが本選出場者に料理を振る舞ってくれているらしい。わざわざ夕飯を我慢してきたにも拘わらず食いはぐれてしまっては、これから頑張ろうという意気を削がれてしまう。
更に言えば、プロの料理人が作る至極の一品を一般人が食べられるまたとない機会。カロス留学の思い出の一枚にもなると考え、第二ホールに向かうのであった。
***
ファイヤーによる聖火台への点火。
そしてバトルシャトレーヌによるエキシビジョンマッチと、例年にない盛り上がりを見せたカロスリーグ開会式の次の日。
「ひゃっふ~! ここ良い景色~!」
「あんまり燥ぐな、コルニ……全く」
関係者以外立ち入り禁止の観戦席の柵から身を乗り出し、スタジアムのバトルフィールドを見下ろすコルニ。
これから激戦が繰り広げられるであろうフィールドを前に興奮することは解らなくないものの、余りにも子供っぽいコルニの様子に溜め息を吐くコンコンブルは、そんなコルニの態度を咎めようとする。
「無理言って用意して貰ったんだからな」
「分かってるって、お爺ちゃん!」
「分かっとらんだろ、はぁ~……」
お転婆は昔からだが、もう少し女の子らしくしてもらいたい。
そんなコンコンブルの悩みが垣間見えているところで、スタジアム上空に花火が打ちあがる。
「おっ、始まったか……で、ライト君の番はいつなんだ?」
「えっと、ライトはねぇ……あぁっ!!?」
「な、なんだっ!? どうかしたのか!?」
コルニが大声を上げたことにより、心臓が縮み上がる想いをしたコンコンブルは、自分が孫に貸したホロキャスターの画面を覗く。
同時に、スタジアム全体に鳴り響くパキラのアナウンスが、初戦のカードを声に出した。
『カロスリーグ第一回戦は、マツリカ選手VSライト選手です!!』
***
「ふぅ……」
コツコツと通路を歩く。
前方より挿し込んでくる明るい陽射しが、温かく自分を迎え入れているようで悪くない気分だ。
いつもより早起きして念入りに準備は整えた。
特に意味も無く俯きながら通路を進んでいく途中、徐に視界に入ったブーツに、足を止める。ブルーに購入してもらった時とは比べ物にならないほどボロボロになっているブーツは、踵がすり減ったり、若干色が褪せていたりと散々だ。
しかし、そのボロボロ具合が今は誇らしく思えてきた。
このカロス地方を歩んできた証なのだから。
深呼吸して、今一度呼吸を整える。
バッと顔を上げれば、出口から既に多くの観客たちの姿が窺えるが、ライトが見ていたのは観客ではない。
今は枠組みだけのバトルフィールド。
「よしっ……行こう!」
走らずに居られなくなったライトは、駆け足で出口に赴いてから雲一つない青空を仰いだ。
ドッと押し寄せる歓声に、身も心も震えていると、向かい側の扉から対戦相手がぎこちない動きで歩んでくる。案外、こういった場所には慣れていないようだ。
勿論慣れていないのはライトもであるが、この晴れ舞台を前に、そのような緊張など些細な物である。
『両選手が出揃いました! そして、期待の第一戦を繰り広げるフィールドは!』
ライトとマツリカの二人がやって来たところで、漸く虚のような枠組みの内側から、バトルフィールドがせり上がってくる。
所々に背丈草が青々と生い茂っている草原。
これが初戦を飾るバトルフィールドだ。他のバトルフィールドに比べ、遮蔽物が少ない草原のフィールドは、トレーナーとポケモンの純粋な実力が試されるフィールドだ。
無論、【くさ】タイプが有利といった側面も存在するものの、激しい戦いであればあるほどフィールドは荒れていく為、唯一の遮蔽物の背丈草も後になくなるだろう。
(草原なら、とりあえず……)
「それでは、一体目のポケモンをフィールドに!」
「ジュカイン、キミに決めた!」
「お願いねー、アブリボン!」
(アブリボン?)
【フェアリー】には可もなく不可もなくといった相性のジュカインを繰り出したライトは、相手が繰り出した見たこともないポケモンを前に瞠目した。
クリンと丸い瞳。薄い二枚の翅。小さいものの、人型を思わせる体形は妖精といったところか。
(【むし】……なのかな?)
薄く透き通った翅を見て、【むし】タイプではないかという推測を立てる。
相手が予選で【フェアリー】タイプを多用していることから、【むし】・【フェアリー】の複合タイプの可能性が高い。だが、【むし】・【ひこう】の可能性もあれば、【フェアリー】・【ひこう】という可能性もある。
(まずは相手の出方を窺おう)
しかし、幾ら考えた所で予測の域であることを理解し、逞しく成長したジュカインの背中を見遣りながら、爽やかに吹き付けてくる風を浴びる。
ポケモンリーグの風。厳かなような、初々しいような不思議な風だ。
その風に靡く旗が振り上げられれば―――。
「それでは、バトル開始!!」
初戦の始まりだ。
***
(なんかノリで来ちゃったけど……いい経験かなー)
表情筋が働かぬ顔でフィールドを見つめるマツリカ。
フヨフヨと風に流されるように飛ぶアブリボンは、ジュカインが繰り出した“めざめるパワー”を紙一重のところで回避する。
(元々旅行気分で来て、ついでって感じで目新しいバッジを集めて……こんな緩い気分で来ちゃって申し訳ないというか)
素早い動きで攻撃を仕掛けてくるジュカインであるが、それ以上に素早い動きでアブリボンは攻撃を回避し、フィールド上を踊るように飛び回る。
(んー、目新しいといっても島巡りに似てるし、そんなにインスピレーション受けることないかなーっても思ったけど……)
直後、アブリボンが繰り出した“ムーンフォース”とジュカインが繰り出した“きあいだま”が激突し、フィールドに爆風を奔らせる。
ここまで指示を出さず無表情であったマツリカは、ふとニヤリと口角を吊り上げた。遠目から見た場合、全く分からない程の微妙な笑み。
しかしそれは表情の変化が乏しいマツリカにとってしてみれば、かなり大きな変化だ。
「題名を付けるとするなら『熱闘・ポケモンリーグ』……うん、いい感じ。“ちょうのまい”!」
直後、爆風に煽られていたアブリボンが体勢を立て直し、ヒラリヒラリと不規則且つ美しい舞を踊り始める。
【とくこう】、【とくぼう】、【すばやさ】の三つの能力ランクを一段階上昇させる補助技“ちょうのまい”。覚えられるポケモンが少ない代わり効果は非常に強力なものとなっており、その効果を認知していたライトは厄介者を見る様な瞳でアブリボンを見つめた。
「ジュカイン! “みがわり”!」
「おっ、ちょうどいい。アブリボン、“バトンタッチ”」
相手の攻撃に備えるライトは“みがわり”を指示したが、マツリカにとっては良いタイミングだったらしく、すぐさま能力変化を受け継ぐ交代技である“バトンタッチ”を指示する。
「おいでー、キュウコン」
(キュウコン……っ、リージョンフォームの!?)
名前だけを聞いて反射的に【ほのお】タイプの方を思い浮かべたライトであったが、実際は違った。
新雪を思わせるような柔らかさを有す体毛。その色は通常の黄金と白の中間色のものではなく、何時かのフロストケイブ内を思わせる青白いものであった。
すると途端に草原のフィールドに霰が降り始める。
大振りの霰がジュカインの“みがわり”をゴツゴツと穿つ。幸い、“みがわり”のお蔭で本体に攻撃は及んでいないが、時間の問題だ。
(“ふぶき”が来るか!?)
どうやら特性が“ゆきふらし”と思われるキュウコン。
天候が霰に変わったのであれば、強力な【こおり】タイプの技“ふぶき”が必中となる。【くさ】タイプのジュカインには如何せん厳しい天候ではある。
となれば、
「戻って、ジュカイン! ハッサム、キミに決めた!」
「おっ。そう来るなら……“オーロラベール”!」
突っ張ってもキュウコンを崩すことができないと判断したライトは、素直に交代を選択してハッサムを繰り出した。
対して相手が繰り出したのは、ライトが聞いたことのない技。
直後、霰を降らせている暗雲の下あたりに色彩豊かな光が揺らめき始める。
十中八九、キュウコンに何らかの恩恵を分け与える技だろう。
(……どうする?)
効果も分からぬ技を前にライトが出した決断とは―――。
***
「―――“オーロラベール”。相手の物理技と特殊技のダメージを半分にできる技……“リフレクター”と“ひかりのかべ”のいいとこどりな技かと思いきや、天候が霰の時にしか出せない、と」
「ええ。逆に言えば特性が“ゆきふらし”のポケモンとは相性がいいと言えますね」
スタジアム上部に存在する特別観戦席に座っているタマランゼとカルネは、現在フィールドを覆っているオーロラについて語り合っていた。
チャンピオンであるカルネは“オーロラベール”を認知していたようであり、『これは女の子の方が有利かしら?』と微笑を浮かべながらフィールドを見下ろす。
「本当にそう思っていますかな?」
「うふふっ、どうでしょうね」
しかし、言葉とは裏腹に期待に満ちた瞳でハッサムを見つめるカルネは、タマランゼの問いをはぐらかす。
「逆に会長はどう思います?」
「そうですなぁ……相性だけで言えばハッサムが有利だとは思いますが、キュウコンは万全といった状態になっとりますし……」
「ええ、その通りですけれど、あたしが一番気になっているのは……あらっ、早速」
「おやっ?」
突如、オーロラが発しているものではない光が、会場を照らし始める。
身を乗り出して確かめようとする会長の目に映ったのは、ハッサムのバンダナとライトの腕輪から放たれる光が結び合い、ハッサムの甲殻が西洋の騎士の甲冑を思わせる形状に変貌する光景であった。
「これは……成程。確かにこれは、カロスリーグの醍醐味といったところですな」
「ええ、本当に……」
***
「おぅっふ? ……なんか、やばそ~な雰囲気」
変身したハッサムに、柄にもなく瞠目するマツリカ。
第一に胸に込み上がってきたのは驚愕。第二に込み上がるのは、初めて目の当たりにする謎現象に溢れ出るインスピレーションだ。
最早試合そっちのけでスケッチに没頭したいところであるが、呆れた瞳で見つめてくるキュウコンに気付き、ハッと我に返る。
姿が変わったとはいえ、相手がハッサムであることは変わらない。
【こおり】・【フェアリー】のキュウコンにとって、【はがね】を有すハッサムは最悪の相手ではあるが、生憎他の手持ちではハッサムを相手することはできない。
ここは無理にでも突破し―――というよりも、突破できる手段があるからこそ、相性が最悪なキュウコンを場に残らせたのだ。“オーロラベール”の恩恵を受けられる今こそチャンスとばかりに、『キュピーン!』というエフェクトがマツリカの脳裏を過る。
「“ぜったいれ―――」
「“バレットパンチ”!!」
「―――いど”ぅ……?」
一瞬、自分の横を何かが通り過ぎた感覚を覚えたマツリカは、ゆっくり自分の背後を見遣った。
するとそこで伸びていたのは、先程までフィールドに悠然と佇んでいた筈のキュウコン。
「キュウコン、戦闘不能!」
予想の斜め上をいった。
【すばやさ】はキュウコンが上だと確信していた。勿論、先制攻撃のことも考慮していたから、その様子があればすぐにでも指示を出そうと考えていた。
仮に攻撃を喰らっても、一撃は耐えると踏んでいた。
「……マジでか」
現実は、目にも止まらぬ速度で繰り出された攻撃で、キュウコンが一撃で伸されるというものだ。
半ば唖然としながら戦闘不能になったキュウコンをボールに戻した後、フィールドに佇むハッサムに目を向ければ、関節動作を確かめるように右腕を忙しなく動かしている姿をみることができた。
「おおっ、これは絶体絶命というやつ。主ポケモンぐらい……んや、それ以上かな?」
「あのう、マツリカ選手。次のポケモンをフィールドに……」
「あ、すみません。それじゃ、次いってみよー。マシェード、おいでー!」
審判に促されて繰り出したポケモンは、キノコのような外見をしたポケモン。
キノガッサの頭のかさを大きくして、少し体を細くしたような不思議な雰囲気を漂わせるポケモン。
これまたライトが見たことのないポケモンだが、当の本人は一切焦っている様子は見られない。
「ハッサム。あと何発で倒せそう?」
小声で問う。
するとハッサムは左腕の鋏を掲げ、カチカチッと鳴らして見せた。
―――二発で決める
「……オッケ。じゃあ、一発で倒せるようにタイミング見測るから、そこんとこよろしくぅっ!」
拳を突きだして、傍から聞けば適当な指示を出すライト。
しかし、それが虚仮威しでないということは、追々分かる事実であった。
***
「……ライトたちが凄く強くなってて驚いちゃいました」
「そうねぇ。私もびっくりしちゃったわ。でも、男の子って結構そういうもんだしね~」
既に始まっている第二試合を眺めながら語るカノンとブルー。
ついさっき終わった幼馴染の初戦。そして彼の勝利に感慨深くなったカノンは、自然と笑みが浮かび上がって来てしまう。
一方ブルーは、どこか寂しそうな瞳を浮かべながらカフェオレを啜る。
何時の間にやら大きくなった弟の背中。
どこか頼もしいような、自分の下を離れて行ってしまうようで寂しいような複雑な気持ちに陥るブルーであったが、心中は意外と穏やかであった。
元より自分に、彼をトレーナーとして導いていけるほどの技量は持ち合わせていないと確信していたのだ。
適任は他に多くいる。
だから引っ張るのは最初だけで、後は時折背中を押してあげるのみ。
(お姉ちゃんは応援してるからね)
―――二回戦も頑張れ! ライト!