ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
繁子の幼き日。
繁子は母、明子に連れられ。西住流本家がある場所にやって来ていた。
それは明子がかつてのライバルであり、友人の西住しほに会うためだという。
西住流の名は繁子も良く耳にしていた。戦車道で最強を誇る流派であり、時御流、島田流と三角を成す名門一門であると。
そして、幼き日の繁子はそんな田舎の地にやって来たのであるが当然、田舎ということもあり繁子の時御流の血が騒ぐのも無理はなかった。
「はぁ! ほんまにこっちもすっごい田舎や!一面田んぼやで! 母ちゃん!」
「せやね? 時御流のみんなが見たら嬉しさで田んぼ作りはじめそうやわ」
「やね!」
そんな会話をしながら電車でその風景を目の当たりにしていた繁子は目をキラキラさせていた。
そして、西住流本家に着くと、明子と繁子は部屋に案内される。夏の期間の間、この西住流の屋敷で泊まる事になっているからだ。
繁子は早速、着替えを行い髪を束ねて身軽な格好になる。
「どう! 母ちゃん! 似合っとるかな?」
「んー、しげちゃん。それやと男の子に間違えられやせんね?」
「問題ないで! ウチ! 遊んでくる!」
「あ…。あの娘はほんとに…」
すぐに部屋から出て、田んぼがある外へと飛び出してゆく繁子の姿に苦笑いを浮かべる母、明子。
繁子の格好はというと短パンに白いTシャツ、髪を束ねているからというが、少年のような格好で外へと飛び出して行ってしまった。
あれでは男の子と間違われても仕方ない。
年が幼いとはいえそれもどうなのだろうかと思いつつ、明子は静かにそれを見送る他なかった。
そして、外に飛び出した幼き繁子。
やんちゃな明子の一人娘という事で時御流の中でも有名だった。トンボを素手で捕まえるわ山に秘密基地を作るわ、時御流の跡取りとして少年の心を持ったような少女だともっぱらの有名であった。
その当時、繁子が好きだった映画がホーム・シローンという映画だった。
お留守番のした一人の少年が泥棒をトラップや罠で撃退する話。その手作りで作るトラップや罠に繁子も憧れた。
広がる田んぼ道、繁子は工具セットを携えながらのんびりとした田舎の風景を楽しんでいた。
そして、その風景は次第に涼しげな小川が横に流れる風景へと変わる。
繁子はそんな小川を見つめながら足を進めていた。すると…?
「ん…なにしてるんやろ?」
ふと、繁子は足を止める。
彼女の視界に入って来たのは二人の並んで座っている姉妹の姿だった。彼女達は釣竿を垂らしながら硬い表情を浮かべている。
そして、そんな二人のやりとりが繁子の耳にも入って来た。
「釣れないねぇ…お姉ちゃん」
「…あぁ、そうだな。しかし釣りとはそういうものだろう」
「うー…」
釣竿を垂らしている二人はしょんぼりとした表情を浮かべながらそんな他愛のない会話を交わしていた。
繁子にはなんだかわからないが、とりあえず魚が釣れていない事は理解できた。
とりあえず、繁子は二人の側に近寄ると覗き込むようにしてこう声を掛けた。
「お二人さん、釣れてますかー?」
「…うわ! びっくりした!」
「ん? 貴方は…?」
「あ、ウチはしげちゃんって呼んでや! 釣りしとるん?」
「あぁ、そうだ。けど見ての通りさっぱりでね」
「ほーん」
繁子は釣竿をまじまじと見ながら、餌がついた糸先まで一通り観察する。
すると、繁子はにっこりと笑みを浮かべて竿を持っている姉妹の一人にこう告げた。
「あ、釣竿ちょっと貸してくれへん?」
「え?」
「盗んだりせえへんよ、ちょっと見せてくれるだけでええから」
「ん、なら私のを貸そう」
「おおきにな!少しだけいじってええか?」
「ああ、構わないよ」
「やった!!」
そう言って繁子は釣竿を姉妹の長女の方から受け取るとそれを念入りに見つめる。そして、しばらくすると工具を取り出した。
そして、釣竿に少しだけ細工をする。餌の針から竿の長さを調整。その他諸々、気になった箇所に修正を加えた。
一通り、それを行った後に繁子はその竿をまほへと返してあげる。
「ほい、ありがとな? ちょっとやってみてくれへん?」
「あ、あぁ…」
そう言って、繁子に言われるがまま姉妹の長女は釣竿を小川に垂らし釣りを再開させる。すると…?
クイクイと竿先が何かに引かれるように反応した。すぐさま彼女は釣竿をあげると針には魚がひっついて来ている。
それを間近で見ていた妹は目をキラキラとさせていた。
「うわぁ! すっごーい!」
「へへん、せやろ?」
「…釣れた」
思わず、その光景を目の当たりにした姉妹は繁子を見て尊敬の眼差しを向ける。竿を少しだけいじっただけで魚が釣れたこともそうだが何よりそれを短時間でやってのけるこの子の腕前にもだ。
すると、姉妹の長女の方は釣竿を置くと繁子に手を差し伸べる。
「ありがとう、私の名前はまほ、こっちは妹のみほだ」
「ウチは繁子やで! やからしげちゃんや!」
「しげちゃんかーここらへんの子?」
「母ちゃんの用事で夏の間こっちにいるだけやで? 今日が初日や」
「へー、そうなのか?」
そう言って笑みを浮かべるまほ。
みほも繁子に近寄ると釣竿を手渡してくる。どうやら自分のも姉のまほのようにしてほしいのだろう。
すると、繁子はそれを快く受け取り同じようにしてあげた。そして、みほの釣竿もまほと同じように魚が釣れるようになる。
「ほんとに釣れたー!」
「しげちゃん凄いな!」
「せやろー? けどな? それだけやないんやでもっと魚をたくさん取る方法があってな…」
「なんだって! みほ! しげちゃんから教えてもらおう!」
「そうだね! お姉ちゃん! しげちゃん釣り名人だからね!」
「あははー、ウチの特技は釣りだけやないんやけどなー…」
それから、みほとまほは繁子と仲良くなるまでにさほど時間はかからなかった。
そもそも、繁子が泊まっているのが西住流本家である。二人はそのことにも驚いたがそれ以上に繁子と遊べる時間が増えることを喜んだ。
ならば、西住流の屋敷で自然と顔を会わせるわけで夜には。
「よーし! まほりん! 夏の夜といえば!」
「え、えーと? 肝試し?」
「ちっがーう! ちゃうやろ! みぽりん!」
「あ! わかった! ホタルだね!」
「そうや! まずはホタルの提灯を作ろうと思うとるんよ!」
「それは凄いな! 面白そうだ!」
こそっと夜に西住流の屋敷を抜け出してはこんな風に3人で工作を行い、楽しんだ。
農家の畑に行けば、畑を手伝い天然のキュウリや野菜を貰い。田んぼの田植え、それに、服のまま川でも泳いだりして明子に怒られたりもした。
けれど、3人で遊ぶ期間は夏の間。夏が終われば繁子は帰ってしまうことを二人は知っていた。
「こんなデッカいクワガタ虫がおったで!」
「うわぁ、すごーい!」
「…ほんとにおっきいな」
「さ、飛んでいきーや!」
「あ! 飛んだ!」
田舎で過ごす楽しげな毎日。
外に出れば農家から貰って来た野菜を使って料理もした。料理の腕もこの年で繁子は様になっている。もちろん格好は板前さんだ。
繁子は二人に簡単に焼きそばを振舞ってあげた。
フライパンをひょいひょいと転がすようにあげると具材が宙を舞った。野菜もそうだが、そばの麺は時御流本家から取り寄せた自家製である。
調理はもちろん外に出てから火をおこす道具から鉄板やらも全て手作り。
なんでもできる繁子の手伝いをしながら二人はたくさんの事を学んだ。
「…はぇ…」
「うわぁ…」
「何、間の抜けた様な声出してんねん。盛り付けるから手伝ってや」
「あ、あぁ」
「おいしそうだね! お姉ちゃん!」
繁子が来てからの夏の思い出は数え切れないくらいある。
いろんなことをした。怪我をした時は応急手当の仕方も教えてもらった。秘密基地の作り方も教えて貰った。
そして何より、一番この夏に3人が思い出に残った事。それは…。
「戦車作っちゃったね」
「けっこう時間かかってもうたな」
「…あはは。私も戦車を手作りしたのは初めてだよしげちゃん」
IV号戦車。
戦車を作るのは初めてだったがちゃんと上手くできた。
部品もちょっとずつくすねて、廃車になった戦車の部品などを貰い3人でこの夏に作り上げたのがこの戦車である。
完成させるには幼い自分達が部品を集めるのに苦労した分時間がかかってしまった。
けれど、何かこの場所に思い出として残せるものを3人で作り上げることができたと繁子は安堵する
繁子は感慨深そうにそれを見つめると二人に話をしはじめた。
「良かったわ。帰る前に完成できて」
「え…?」
「しげちゃん…明日本当に帰ってしまうのか…?」
残念そうな表情を浮かべるまほとみほ。
なんでも作っちゃう繁子は二人にとって尊敬でき、そして、短い間だったが大好きな友人となった。
夏に向こうに帰ると言っても今生の別れではない、いつかどこかで会うこともできるだろう。
「よし! 私! おっきくなったらしげちゃんとけっこんする!」
「…へ?」
「あ! みほ! ずるいぞ! しげちゃんは私のだ!」
「え、あの…ちょ、あのな? 二人ともウチは…」
繁子は唐突にいきなりとんでもないことを口走る二人に度肝を抜かれた。
敵の度肝を抜くのは時御流の十八番であるのだが、こればかりは繁子も予想だにしない事態だ。
性別を考えれば普通に考えても無理だろう。おそらく二人は盛大な勘違いをしていることを繁子は察していた。
繁子は女の子である。
二人はそんな衝撃な事実はおそらく理解していないのだろうと繁子は感じた。確かに少年の様な格好でタオルを頭に巻いていればいくら髪が長いといえど男の子に勘違いをされても無理はない。
とりあえず、二人がそんなこんなで喧嘩をはじめるので繁子は夏休み最終日に二人の仲裁に入ることになった。
そして、別れの日。
繁子は明子に連れられて電車にへと乗り込む、夏の間見慣れた外の風景とも今日でおさらばだ。
発車する電車。綺麗な外の田舎の風景。ふと、まほとみほと最初に会った小川が目に入って来た。
3人で遊びまわった場所、小川で飛び込んだり釣りをしたり、西瓜を割ったり挙げればキリがないだろう。
「楽しかったなぁ…」
繁子はそんな夏の出来事を思い出す。
すると、外に見慣れた戦車が1台止まっていた。それはまほとみほとともに作ったIV号戦車だ。
そこから繁子は顔を出す、そこから顔を出す二人は繁子を見送ろうと手をめいいっぱい振っていた。
「しげちゃーん!」
「しげちゃーん! ありがとー! 私たち忘れないからねー!」
「あ…っ」
繁子はその声に反応し、窓を開けて手を振りそれに応える。
思わず涙が出そうになるのを右手で拭いながら笑顔を浮かべて二人に手を振りながらこう言った。
「また! またいつか! 二人とも元気でやるんやで!」
「あぁ! しげちゃん!」
「しげちゃーん、またいつか!」
「おっきくなったらけっこんだからなー!」
「せやから! ウチは男やなくておん…っ!って間が悪すぎやろ! 今発車するんかい!」
「おん?…なんだー!良く聞こえなかったぞー!」
「せやから、おんなー!ウチはおんなやからー!」
「ごめーん聞こえなかったー!」
「しげちゃーん! 手作りのボコ人形ありがとー」
「なんでや!?」
電車の発車音と風に邪魔され大事なことが伝わらずにいる。しかしながら残念な事に電車は無情にも出発しはじめてしまった。
みほは手に持っているボコ人形を掲げながら繁子に手を振る。まほもまた、両手を挙げて繁子を見送った。
二人はIV号戦車から手を振り、繁子が乗った電車の姿が見えなくなるまでそこにいた。
そして、繁子は二人の姿が見えなくなると電車の席にストンと座る。
すると明子は優しく微笑み繁子にこう言った。
「お友達、できたみたいやね?」
「うん! 母ちゃん聞いてや!あのな!」
これが、幼き日のまほとの邂逅。
そして、時を経て二人は違う形で再会する事になった。
黒森峰と知波単。
二つの戦車道、名門高校同士という形で…。
そして、2年後、さらにそこにもう一つの学校が加わる事になる。
後に語られる事になるだろう。復活する名門三角時代。
これがその序章だった。