ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
時御流の屋敷にある一室。
そこで、病で弱る身体を推してまで一生懸命に設計図を書いている女性の姿があった。
病魔に身体が蝕まれた時御流の当主である繁子の母、時御 明子である。
その姿は鬼気迫るものがあり、鉛筆を握る手は震えている。だが、彼女は描くことをやめようとはしなかった。
「これだけ、これだけでいいから…。もう少し、もう少しで出来るんや…」
それは、戦車の設計図。
第二次世界対戦で失われた設計図を元に時御流の戦車の製造方を取り入れた。唯一の戦車設計図と特殊なエンジン製造を記した設計図だ。
もう時御流は自分の代で終わりと思っていた。けど、娘がこの流派に誇りを持っていると言った。
どんなに世の中から馬鹿にされても、落ちぶれた没落した流派だと嘲笑れていても娘の繁子はこの流派を好きだと言ってくれた。
「…ごほっ…、げほぇ…」
そんな中、設計図に盛大に彼女の口から吐血した血が付着した。
涙ながらに咳込みながら、彼女は噴き出た血を拭う。まだ、終わりたくない、やり遂げねばならない事がある。
時御流には戦車道には夢がある。
彼女は託そうとしていた。自分が叶える事が出来なかった時御流の夢を娘に与えたかった。
無理かもしれない、挫折して時御流を途中で捨ててしまうかもしれない…けど。
「はぁ…はぁ…。 う、うぁぁぁあ! なんでや! あと少しでええんや!」
自分の吐いた血で血まみれになった設計図を必死に拭き取ろうとしながら、涙を流してそう訴える明子。
自分が娘にしてあげる事がこれくらいしかなかったから、だからこそ、この設計図を描きあることは成し遂げたいとそう願っていた。
明子は紙を新たに取ると血まみれになった設計図を元に続きから描きはじめる。
戦車を作ることから全てが始まり、常に鉄との格闘を行い、まっすぐに戦車と向き合う戦車道。
「…はぁ…はぁ…。んぐ…」
明子は机の横にある薬を飲み、苦しさに耐えるように脂汗を流しながらその設計図を描いた。
これが、きっと繁子達の力となってくれるはずだ。この、エンジンの製造法と四式中戦車の設計図が。
自分が描いた四式中戦車、自分の母国、日本の誇る国産戦車を駆って時御流で戦車道全国大会を優勝する姿を皆に見せて欲しい。
日本戦車道流派、時御流ここにありと。
自分が信じた戦車道を受け継ぐ者へとバトンを繋げていく。この設計図がきっと連れて行ってくれる筈だ、時御流がまだ見ぬ頂へ。
ーーーーそして、時間は激闘の戦車道全国大会二年生編へ移り変わる。
戦車道全国大会を控えた1ヶ月前。
いよいよ、クリスティー式四式中戦車山城の仕上げに入る繁子達は顔を煤だらけにしながら必死に改造に取り掛かっていた。
より、四式中戦車を強く逞しい戦車へ。
クリスティー式四式中戦車、山城。これこそが、これからの繁子達の旗車になり知波単学園を率いていく。
母から受け継いだこの四式中戦車を己の手を加えてさらに強くしたい。
継続高校の手を借りて、繁子は慣れないクリスティー式の四式中戦車を必死に作り上げることに臨んだ。
「…ようがんばったな! よし! これで後はエンジンだけや!」
「エンジン…? 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼルじゃだめなのかい?」
そう言って改造を施した四式中戦車を褒める繁子に訪ねるミカ。
確かに、四式中戦車ならば4ストロークV型12気筒空冷ディーゼルを付ければ問題はないだろう。412馬力で45km走る四式中戦車ならば問題はないように思える。
だが、繁子達はチリに付けるエンジンをミーティアエンジンを付けることを諦めることになり新たな挑戦をすでに始めていた。それは…。
「今、国産型のエンジンから馬力を600から650だせるエンジンを作る事にしてんねん。それを作り上げるとことろからやね」
「!? …しょ、正気かい! 日本戦車に積む第二次大戦の日本産エンジンをミーティアに匹敵するエンジンに改造するなんて!」
「けど、やらなあかんねん、ウチらはな」
そう言って繁子は楽しそうに笑っていた。
壁があれば登れるように梯子を作る。湖があり向こうに渡れなければ船を作る。
だからこそ、ミーティアエンジンがチリに使えないとわかった以上、時御流がやるべき事はただ一つ、だったら作れば良いのだ。
その答えを導き出した繁子達にミカは思わず感銘を受けた。
「…すごいなしげちゃん達は、辛い道でも一生懸命に立ち向かおうとする。とても真似できないよ」
「ふふ、ただの大馬鹿やで?」
「そんな事はないさ、私は尊敬するよ。そんなしげちゃん達の事をね」
そう話すミカの横顔を見て、繁子は優しい笑みを浮かべていた。
常に時御流に立ちはだかるのは試練の連続だった。
それでも、繁子達は力を合わせて団結して、困難な事へ挑戦し続ける事をやめなかった。かつて、母がそうだったように繁子もそうあろうとしたからだ。
周りからは没落流派だの、品の無い鉄臭い流派だのと言われていることも知っている。
けれど、その過程で得られたものはたくさんあった。繁子は時御流でよかったと胸を張って言える。
「エンジン、試運転はじめるわよ!」
「いいよ! いつでも!」
「600馬力まで上がるかどうか…!」
そして、日本産の戦車ばかりを作る事にも繁子達はこだわりがある。
確かに部品や部材は海外のエンジンを使おうとか、部品を使おうとかはする事もある。
けど、できれば、海外の戦車の部品を持ち要らずに純日本産を作りたい。
日本の誇る技術が負けてない事を証明したいという気持ちが奥底にある。
四式中戦車はクリスティー式に変えたが、このチリはミーティアエンジンが使えない以上は出来れば国産エンジンと部品を用いて純正日本型戦車にしてあげたい。
繁子は四式中戦車にも出来れば、馬力の出る国産型エンジンを使ってやりたいと思っていた。
このクリスティー式は継続高校との紡いだ絆。
そして、四式中戦車は母の愛によって出来上がった戦車。
なら、エンジンは…、明子がいなくなって自分の事を支えてくれた立江達との友情で作り上げたものにしたい。
「エンジンの馬力、現在、500馬力!」
「まぁ、普通にいけば550馬力は固いわよね」
「問題は550から先でしょ? 改良はしてみたけどね」
「560行ったよ! アネェ!」
「よっしゃ! 順調じゃん! いけいけー!」
そう言って、外で試運転したチリが560馬力を叩き出し、そのチリが積むエンジンを声を発して応援する立江。
それに釣られて周りにいた知波単学園の皆も応援しはじめる。
振り切れ、恐れるな。
しかし、エンジンを使い、走り終えたチリから出てきた多代子はため息を吐き左右に首を振ると戦車を走らせて測定した馬力を立江に報告する。
「570だね、ダメだ、足んなかったわ」
「だー! だめかー!」
「もっかい1から改良しなきゃだめだね」
「くっそー! やってやるわよ! 回収!」
「はい!」
「次は四式中戦車に積む改良型にしたディーゼルエンジンの馬力を測定しよう!」
「こいつは行くはず! てかいかなかったらまたやり直しだし!」
「勘弁してよん」
真沙子の話を聞いてげっそりとする立江。
ミーティアエンジン積んでもいいですかねと雪子に訪ねたらダメと言われた挙句、自分でなんとかして600馬力の国産エンジン作れとのご指導が入ったので致し方ないのだが、なかなかこれが上手くいかない。
本来、チリには九八式八〇〇馬力発動機を550馬力にデチューンして使っているのだが、このデチェーンがなかなか上手くいかない、チリの車体についての操縦性や耐久性の向上自体は上手く出来るがエンジン箇所についてはやはり立江達には経験が足りない部分が見受けられる。
もう、数ヶ月しかないのにこのようなところで苦戦しているようならチリを使う本格的な訓練の日程にも支障が出てくる可能性も出てくる。
「ディーゼルエンジンは…どんな感じ?」
「ダメかなーやっぱり馬力足んないよー」
「どっちかでいいんだけどね」
「多分、ディーゼルの方が頑張れば600は出せるとは思うけど」
そう言って、馬力不足に悩むエンジンについて話す立江達。
馬力を上げる工夫は思いの外難しかった。チリの車体を的が小さいなるようにコンパクトにした結果、エンジンの取り付け部分でうまくハマらなかったのがそもそもの原因なのだが。
多代子がディーゼルを積んだエンジンの試運転がてらクリスティー式四式中戦車を運転した感想を述べはじめる。
「過給器のブースト圧をあげれば馬力は上がるとは思うよ、412馬力から500くらいは上がる」
「そんじゃ過給器付きの四式ディーゼルエンジンを積む方向にしとく? それならチリにも積めるし」
「それだとエンジンだけチリIIになっちゃうけどね」
「んで、過給器付きの四式ディーゼルエンジンを改良して…600出せるようにさせとこ、これなら機動力も申し分ないでしょ」
そう言ってチリの車体を撫でる真沙子。
エンジンをどうするかで悩む一同、積めることは出来る。ただ、ミーティアに匹敵するかと言われれば頭を悩ますところだ。
すると、そこにミカを引き連れて繁子がやってくる。
「なら…、小型大馬力空冷ディーゼルエンジン。使うしかなかろうね」
「…え? そんなエンジンどこに…」
「…あるんよ、母ちゃんが、…最後に残してくれた設計図の中に製法があった」
「!? 明子さんが!」
そう告げる繁子の言葉に立江達は目を見開いた。
明子が残してくれた四式中戦車の設計図にはそれは記されていなかった。そう、これは明子が病の身体を推してまで残してくれたもう一つの設計図。
前当主、時御 明子、意地をかけた最後の時御流設計図になる。
「ほんま馬鹿やで…。病気でしんどかったろうに…」
「しげちゃん…」
「身体がボロボロなのに、ウチの目が届かんところでこんなことやっとるんやもんなぁ…」
そう告げた繁子の目には涙が浮かんでいた。口ではどんなに時御流を捨てろと言っていても明子は娘の為に身体を張った。
その精神は尊く、そして、時御流と娘、繁子に対する愛で溢れていた。
この設計図を手渡してくれたのは雪子、彼女がこのエンジンの設計図を明子から預かり、その時が来るまでずっと残してくれていたのだ。
話を聞いた立江達は神妙な面持ちでその設計図を見つめる。
設計図には飛び散った血痕のようなものがいくつも見受けられた。
「…明子さん、こんなになってまで…」
「この設計図、雪子さんはなんて?」
「その時が来たから渡すと一言だけ、あとは私ら次第やと言ってたわ」
「…明子さん…」
話を聞いていた永瀬は思わず涙を溢して目を抑えていた。
戦車道全国大会、かつて、雪子が成し遂げることができなかった優勝、その夢が今、自分達の手に委ねられた。
前回も辻を優勝させる為に繁子達は頑張って決勝まで勝ち進んだ。
けれど、それにさらなる重みが加わった。
ただの紙切れ一つ、だが、その紙切れはとてつもなく重く時御流という流派がどれだけの人の気持ちを紡いでいるのか実感できた。
そして、立江は決めたように繁子にこう告げる。
「積もう、明子さんが残してくれた大馬力空冷ディーゼルエンジン。私らの手で作り上げて絶対積もう」
「うん、積むよ、どんなことしても! チリとチトに積んであげよう!」
「設計図はあるんだから、あとは元あるディーゼルエンジンを改良すればいい!」
溢れ出て来た涙を拭い、一同はそう頷く。
日本産のエンジン、日本産の戦車、そして、日本産の戦車道流派。
これで、自分達は戦車道全国大会を優勝してみせるのだと繁子達は決心した。明子に恥ずかしくない戦車道を見せるとそう誓った。
そんな繁子達の誓いを知ってか知らずか、遠目から眺めていた雪子は車庫の物陰から見つめて笑みを溢す。
今のあの娘達ならきっと優勝出来る。
そう雪子は静かに感じていた。確かにまだ荒いところや修正しなければならない箇所はある。
だけど、今の繁子達に見えるのは本当に戦車を愛する明子の面影だ。
「頑張りなさい、繁子」
ただ、一言だけ、雪子はそう告げる。
母の残した遺産。見えた光明に歓喜する繁子達。
残された時間は多くはない、戦車道全国大会に向けてさらなる思いと誓いを胸に秘めた彼女達、果たして二年目の挑戦はどうなる。
この続きは…。
次回! 鉄腕&パンツァーで!