ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
敵戦車は辺りにはいない、正真正銘。プラウダ高校隊長との一騎打ち。
そんな状況に心躍る者はいない訳がない、繁子は指揮官として、そして、時御流のリーダーとしてジェーコは隊長として互いに負けられない意地がある。
「左ッ! 来るで! 多代子!」
「了解ッ!?」
「くっ! また紙一重で!」
T-34から放たれ、逸れた弾頭が木々を吹き飛ばす。
そして間合いを取る繁子とジェーコ。
それから、睨みあいを続ける戦車同士正面から激突。激しく火花を散らしながら回転する両者の車両。
しかしながら繁子はすぐさま衝突を逸らすように多代子に指示を出す。衝突し合っていてもジリ貧な事は繁子もわかっている。
「へぇ…! やるじゃない!」
「砲身がこっちむいとる! また来るで!」
すぐさま衝突を逸らした繁子は砲撃が来ることを多代子に知らせた。
多代子はすぐにハンドルを切ると、車体を逸らし、T-34からの砲撃を交わす。両者ともに譲らない決戦。
だが、繁子には秘策があった。
砲撃をかわし、四式中戦車を持ち直した事を確認した繁子はすぐさま指示を出し装填を完了させるのを確認すると真沙子に指示を出す。
「真沙子! 木や!」
「!? あいさ! 」
繁子の指示通りT-34ではなく木に弾頭を撃ち込む真沙子。すると、その木はゆっくりとジェーコの戦車へと倒れてゆく。
ジェーコはその光景を確認すると、回避を行うため操縦手に指示を飛ばした。
「くっ…! 前方から木が倒れて来るわ! 避けて!」
「はい!」
「やり辛いッ! 直接弾頭を撃ち込んで来ないなんて!」
そう言いながら表情を険しくするジェーコ。
木はジェーコの戦車の横に大きな音を立てて横たわる。だが、もちろん、繁子の狙いは木を使ってジェーコの戦車を倒すことではない。
回避行動を取ったジェーコの戦車は右へとよれた。それが、繁子の狙いだった。
ジェーコの戦車の動きを見ていた繁子はすぐさま多代子に指示を飛ばした。
「今や! よれたで!」
「横ね! わかった!」
右へとよれたジェーコの戦車に向かい多代子は戦車をぶつける。
だが、これは戦車を倒すための突撃ではない、そのジェーコ達の戦車の移動ポイントをズラすための手段だ。
「ぐっ! な、何!?」
「いけぇ!」
「小癪な! これで終わり…っ!」
ジェーコのT-34は砲身を繁子達の四式中戦車に向ける。
そして、至近距離からの発射、これで繁子達の戦車は終わり。向こうも砲身がこちらを向いてるが発射までの過程を考えれば勝機はジェーコ達の方にある。
だが、ここで思いもよらない事態が起こった。
「…なっ!?」
ジェーコの戦車の車体が浮いたのだ。
凄まじい轟音が響くと共にジェーコの戦車が放った弾頭は繁子達の戦車の左にそれ、木を吹き飛ばした。
そう、繁子が車体をぶつけさせ、ジェーコの移動するポイントをズラしたのはこの車体を浮かせる為。
ジェーコの走った戦車の下にあったのは…。
「やられた!…丸太かッ!?」
そう、繁子達がトラップに用いた丸太。
地面に転がり落ちているそれを繁子はジェーコの戦車に踏ませる事で砲身をズラしたのだ。
四式中戦車はしっかりと砲身をT-34につけている。
そして…。
「多代子! ブレーキッ!? 真沙子!」
「まかせんしゃい!」
ブレーキを掛けさせ、戦車の位置を離す繁子。
向こうは先ほどの砲撃で装填までに時間がかかることを彼女は把握している。そして、ブレーキをさらにかけることで真沙子が仕留めやすいように繁子は段取りしていた。
ズドンッ! と四式中戦車の砲身が火を吹く。
直撃を受けたジェーコのT-34戦車は吹き飛ぶと木に車体をぶつけさせ停止した。
そして、戦闘不能の白いフラッグが上がる。
勝負は決した。
その瞬間、全体にアナウンスが流れ始め戦闘中の全車両に通達がなされる。
『プラウダ高校! フラッグ車! 戦闘不能!勝者!知波単学園!』
勝ったのは知波単学園。
その瞬間、知波単学園のチハに乗っていた機甲科の者達は歓喜した。
報を聞いた辻もまた、チハから顔を出すと目を輝かせて安堵したように胸を撫で下ろした。
「あいつら…やってくれたな! ほんとに…っ!」
正直なところ、敵フラッグ車を繁子達に任せるのは不安であった。
あの敵のフラッグ車に乗るのは古豪プラウダ高校はじまって以来、優秀な名将だと言われた『プラウダの天王星』ゲオル・ジェーコ。
戦車もT-34の戦車群といった強豪だ。
自分達の最初の状況を見るに潔く散り、負けを覚悟していた部分が辻にはあった。
だが、繁子達がそのフラッグ車に乗るジェーコを討ち取り勝ちを上げてくれたのだ。辻には予感がしていた。
戦車道全国大会。辻にとって最後の全国大会。
もしかすると、繁子達がいる今年ならあの黒森峰に勝てるかもしれない。
「いける…いけるぞ!」
辻にも夢がある。
それはかつては黒森峰と肩を並べたこの知波単学園をまた優勝させて黒森峰と対等な土俵に立つこと。
自分達の戦術も戦車も全国にいる強豪達から侮られていることも辻にはわかっている。けれど、ともに戦車道を貫いてきた仲間達とこの伝統ある知波単学園は彼女の誇りだ。
そんな誇りの為に共に戦う新たな仲間達。
繁子達がいる。自分や知波単学園の他の機甲科の者達も同じように思っていることだろう。
こうして、プラウダ高校と知波単学園の練習試合は知波単学園の勝利で幕を閉じた。
練習試合を終えた両校。
特に今回、MVPに選ばれた繁子達は仲間達から熱烈な抱擁や感謝を受けた。一年生にしてプラウダのフラッグ車を討ち取り勝利を収めた彼女達の活躍は皆が認めるところである。
そして、それは敵であるプラウダ高校もまた同じであった。
「Хорошо。素晴らしい腕前だったわ、まさかこの私をやった相手が入りたての一年生だったなんてね」
「いやー、こちらも冷や汗かきましたよ。あの腕前…こちらがいつやられてもおかしゅうなかったです」
「ふふ、ありがとう。貴女名前は?」
そう言いながら、繁子と握手を交わすジェーコ。
彼女の見た時御流の戦い方は見事の一言だった。トラップも仕掛けることもそうだが、あの丸太を使った戦法は度肝を抜かされた。
それが、一年生、繁子という少女と仲間達の手による戦法と聞けば素直に賞賛に値する。全ての物を使えるだけ使い勝利に向けた姿勢もまた見事であった。
「繁子です。城志摩 繁子」
「貴女が車長なの? ずいぶんちっさいのね?」
「あはは、よく言われます」
「ごめんなさい、悪気は無いの。ほんとに素晴らしい戦い方だったわ…是非、うちに来て欲しいくらいにね? …どうかしら? 貴女なら私の副長を任せられるのだけれど、戦車に乗ってた他の娘達も当然オファーさせて頂くわ」
「…んー…えーと…」
そう言いながら繁子の手を握りしめてまっすぐに青い瞳を向けてくるジェーコ。
他校からの引き抜き、これは別段珍しい事では無い。優秀な戦車乗りはどこも喉から手が出るほど欲しいものである。
今回は隊長であるジェーコ直々からの引き抜きだ。待遇も良く、プラウダ高校のオファーを受ければ早ければ繁子も来年には隊長を任せられるかもしれない。
だが、繁子の周りには…。
「うちのしげちゃんはやらないよ!」
「そうだそうだ!」
「マスコットなんだからね!」
「ちょ! マスコットってなんやねん!?」
そう言って、知波単学園の機甲科の先輩は繁子を抱き抱えるとジェーコから取り上げる。
それを見ていた立江達も顔を見合わせると笑みを浮かべる。そう、最初から全員の気持ちは同じだった。
「悪いけど…そのオファーは受けれないね」
「しげちゃんとこの学校で戦車道やるって決めてるからさ」
「学園艦を1から作ったら考えてもいいよ」
「何年かかると思ってんのよあんた…」
断りを丁重に出す四人。
無茶苦茶な事を言い出す永瀬に多代子は顔を引きつらせながらそう告げる。学園艦を1から作るとなるとかなりの時間が必要であり。費用も必要である。
まぁ、費用程度ならプラウダ高校程の名門なら用意出来そうではあるが…。
すると、五人の前に立つようにジェーコの前に隊長の辻が現れた。
「良い練習試合でした。しかしながら、この娘達は貴女方には差し上げれません」
「…へぇ…」
「今年は全国にこの娘達の力が必要なんですよ、ジェーコさん。 それに…」
そこで辻が言葉を区切り、繁子達の顔を見る。
そうこの娘達がいつか、自分がいなくなった後もこの知波単学園で戦っていく事になる。その時、全国にいる強者達と戦うには彼女達が必要だ。
最初の入学の時から、彼女達はとんでもない人材だった。戦車は作り始めるわ、知波単学園伝統の突撃練習はほっぽり出すわ。
けれど、この練習試合を通して彼女達が自分を信用してくれるし、また、辻も彼女達を信用する事が出来た。
「私の戦車道にとっての大切な仲間です。繁子達と知波単学園の機甲科の娘達は私の誇りです。だから…」
「うん、そうよね…、ありがと。なら次は全国の舞台ね、辻。貴女も三年、そして私も三年。今年が最後の年」
「ええ、互いに悔いが残らない大会にしましょう」
そう言って、二人は互いに握手を交わす。
隊長として辻が優秀な事はジェーコも知っている。今年の知波単学園は強い、そうジェーコが認識させられるには十分だった。
そして、練習試合が終われば敵も味方も無い。戦車道を愛する同志だ。
「さて、んじゃみんなでボルシチでも食べましょうか? 健闘を讃えてね!」
「そうだな、うちもざる蕎麦といった日本食を用意させよう!」
「ちなみにそのボルシチやざる蕎麦や日本食はどのレベルくらいから作りはじめるんですか?」
「「え…?」」
その立江の言葉に固まる隊長二人、
いつの間にか目を離した隙に5人娘は板前の格好に着替えて既に手打ちのそばを打ち始めている。繁子はマグロの解体ショーをプラウダ高校や知波単学園の機甲科の少女達の目の前で繰り広げる始末。
「さぁ! みんな! 作るで! あ、そこの姉ちゃん! マグロの尻尾抑えといてな」
「私の名前はスタルシーだ!姉ちゃんじゃない!!」
こうして、繁子達の初陣である練習試合は幕を閉じた。
その後、練習試合の健闘を讃えボルシチやざる蕎麦や日本食を1から作る作業が行われる事になった。
戦車道全国大会に向けて、健闘を讃え互いに激励を送る意味を込めて。