ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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時御流戦車道始動(二年生)編
始動


 

 東浜雪子が知波単学園の指導官になってから数週間後。

 

 こちらは短期転入をした繁子のいる継続高校の車庫。

 

 繁子はソ連戦車T-34/76ボディをピカピカに磨き上げている作業の真っ最中である。

 

 

「よっし! あとは…中も掃除せなあかんね」

 

 

 そう言いながら繁子は笑顔を浮かべて、汗を拭いT-34/76の車内を見渡しながら掃除道具を持って来て掃除をしはじめた。

 

 なぜ、繁子は戦車の掃除なんかを急にやりはじめたのか? それにはちゃんとした理由がある。

 

 というのも知波単学園からの短期転入の期間がもうすぐそこまで近づいてきたのだ。

 

 とすれば、ミカ達やこの継続高校ともお別れとなるだろう。

 

 その事を踏まえて繁子は自分が時御流に大切なものを思い出させてくれたこの学校にもミカ達にも深く感謝していた。

 

 

 この学校に来た当初は戦車は乗らないつもりだった。

 

 

 けれど、ミカ達に強引に連れられた継続高校の車庫の中で繁子が見たものはやっぱり戦車だった。

 

 半ば自棄でやり始めたタンカスロンも立江達が駆けつけてくれた。それから、まほも一ノ宮達でさえ。

 

 そんな経験をこの継続高校で身をもって体験した繁子は改めて自分の戦車道に向き合った。

 

 様々な戦車強襲競技の試合を立江達がいなくなった後もこの継続高校でミカ達と続けていくうちに自然と芽生えた感情。

 

 まだ、辞めるなと言っている。自分の心がそう言っていた。

 

 きっと母もそんな自分の姿を応援してくれているに違いない。

 

 

「うちにできる事…。まだ、これからたくさんあるはずや」

 

 

 次の戦車道全国大会まで。

 

 まだ自分も時御流も成長する事ができる。

 

 母の残した戦車道じゃない、自分と仲間達で描く新しい絵を繁子は描いてみようと思った。

 

 前回の戦車道全国大会で優勝できなくとも時御流は強いとたしかに証明はできたかもしれない。

 

 なら、今度は自分の道。自分達の戦車道を時御流を見せないといけない。

 

 西住まほは間違いなく、あの時にその壁を乗り越えたのだ。

 

 西住しほが敷いてきた西住流という絵に自分の色を加えて己が戦車道を描いたからこそ、全国大会を優勝できたのだ。

 

 明子の目指した時御流の戦い方の限界を繁子達は越えられなかった。だから負けた。

 

 立江の殿という時御流の道まで捻じ曲げて勝利を掴もうとした。だが、それは自分達にそれを打開するだけの腕が無かったから。

 

 

「戦車の掃除もあらかた済んだな…、よしっ!」

 

 

 繁子はそう言うと掃除を終え、T-34/76戦車から少し離れて全体を見渡す。

 

 今日までお世話になった戦車への感謝は済んだ。繁子が自分の戦車道を見つめ直す間、幾度も戦ったり、乗ったりしたこの継続高校の車庫に眠る戦車達はどれも無駄な戦車なんかじゃ無い。

 

 戦車強襲競技の模擬戦に付き合ってくれた大切な戦友達だ。

 

 

「あんたらもウチらの大事な仲間やからね、今週でお別れやけど堪忍な?」

 

 

 そう言うと繁子は優しく微笑み、そっとT-34/76に触れてそう告げる。

 

 来週からはこの継続高校を離れる。

 

 それはすなわち、元いた古巣、時御流の仲間達が待つ知波単学園に帰ることを意味していた。

 

 正直なところ、いろいろと悩んだ部分もある。

 

 この継続高校で戦車強襲競技でミカ達と戦い続け、継続高校の女生徒達に練習試合で経験を積ませて公式戦を戦おうかと考えもした。

 

 だが、繁子は知波単学園で自分の帰りを待つ立江達を裏切ることなど到底できなかった。

 

 それにもう最初から答えは決まっていた。

 

 どんなに継続高校やミカ達との戦車道が面白そうで魅力的でも、見つめ直した己が戦車道は立江達という色が必要不可欠である事。

 

 そして、自分がしたい戦車道が尊敬する隊長である辻から受け継いだ意思が知波単学園での戦車道を続けたいという気持ちにさせた。

 

 

「…やっぱり、来週帰るのかい?」

 

「あぁ、…ウチのやりたい戦車道がようやく見つかったからな」

 

 

 そう告げる繁子はさりげなく横に来たミカに静かに瞳を閉じて答えた。

 

 自分を待ってる居場所がある。自分が貫きたい道がある。

 

 戦車道には全てが詰まっている。悔しさも、嬉しい事も、楽しい事も、胸が沸き立つ様に熱くなるものも。

 

 だから繁子は戻ると決めた。仲間達の待つ知波単学園へ。

 

 ミカはそんな繁子の言葉を聞くと珍しく寂しげな表情を浮かべた。

 

 

「正直な話…。私はしげちゃんと一緒にもっと戦車道がしたかったな、アキ、ミッコとおんなじくらい私の戦車道にはしげちゃんは大切なピースなんだ」

 

「…まぁ、…ここでの戦車戦は楽しかったわ、あんたら3人と挑む戦車戦はスリルもワクワクするものもあったで?」

 

「…なら…」

 

「けど、ここに残ることはせえへん。ウチの目指してる戦車道はあの知波単学園にあるからな」

 

 

 繁子は寂しげな表情を浮かべたミカにきっぱりとそう告げた。

 

 確かにミカ達との別れは辛い、だけれど、辻隊長から受け取ったバトン、そして、待っている仲間達は全てにおいて繁子にとってはかけがえの無いものだ。

 

 辻隊長が自分達の為にどれだけ尽くしてくれたか、そして、どんな想いを胸に抱いて自分に知波単の隊長を任せると言ったのかわからない繁子では無い。

 

 きっと、この継続高校に入るのが遅すぎたのだ。

 

 中学校のあの時、繁子が継続高校に最初から行くと決めていたなら…。立江達も繁子もミカ達と共に戦車を駆っていたに違いない。

 

 ミカはそんな過去にあった選択肢を悔やみながら…。もっと早くに繁子達と出会っていたらと静かな面持ちで後悔していた。

 

 

「…ミカ、あんたらと一緒に戦った戦車戦。ほんまに楽しかったで」

 

「おや? 気休めかい?」

 

「バカ、そんなんちゃうわ…。せやな、まぁ、あれや、『戦車道には人生の大切なものが詰まってる』…。確かに詰まってたなってこの学園に来て改めて感じることが出来てほんまに感謝してるんよ?」

 

 

 繁子はそう言うと柔らかい笑みを溢した。

 

 ミカもまた、そんな繁子の表情に釣られるように静かに笑みを浮かべていた。

 

 それは、これ以上、引き止めた言葉を掛けたとて繁子の意思が動くことが無いことを明確に悟ったからかもしれない。

 

 

「ふふ、そうかい、なら良かった」

 

 

 だけれど、そこに不満も不安も寂しさも無かった。

 

 己が戦車道の道を繁子が見つけたということがわかれば、ミカは十分であったのだ。たとえこの先、継続高校が知波単学園と戦うことがあったとしても強敵(とも)として向き合って戦う事ができる。

 

 そして再会の舞台はしっかりと用意されている。そこに向けて互いの道を極めて行くだけ、交わる時はその再会の舞台の時に。

 

 

「次は戦車道全国大会でや、そん時は容赦せえへんよ?」

 

「こっちもだよ、しげちゃん。 もし私が勝ったら…その時は相方になってくれるかい?」

 

「さぁ、勝ったら考えたるわ」

 

「手厳しいなぁ」

 

「…冗談や、あんたは十分にウチにとっての相棒の一人やで?」

 

「…んー…。 まぁ、そういうことにしとこうか今の所はね」

 

 

 そう言いながら繁子の言葉に傍に立つミカは帽子を深く被り笑みを浮かべる。

 

 唯一の繁子の相方でないというところに不満が無いと言えば嘘になるが、今のミカにはその言葉はどことなく嬉しかった。

 

 繁子は戦車を洗車し終えると踵を返し車庫をミカと共に後にする。

 

 戻るべき場所へと帰る準備をする為に。

 

 

 

 一方、その頃、東浜雪子が指導官に就任した知波単学園では…?

 

 

「2秒遅い、ダメ、やり直し」

 

「…つ、強すぎる…ぅ」

 

 

 知波単学園の機甲科の女生徒達が次々と東浜雪子一人に粉砕されていた。

 

 彼女が乗っている戦車1輌、そして、それに対して立江達が加わった知波単学園の戦車は前回の全国大会決勝戦で戦った編成の15輌の戦車群である。

 

 だが、射線に入ろうが挟撃しようが策を講じようが東浜雪子はそれを遥かに上回る指揮でこれをことごとく避け撃破していた。

 

 操縦には多代子と通信士、砲撃手の東浜雪子の知人が乗っているとはいえあまりにもかけ離れたその力量差に知波単学園の女生徒達は意気消沈の一歩手前まで追い詰められるのも必然的な事であった。

 

 そんな中、模擬試合が終わった後に東浜雪子はブリーフィングを行い、東浜はその中で冷静な口調で今回の模擬試合で思った事を簡単に告げる

 

 

「立江、あんた達、ちょっと弱くなったんじゃないの?」

 

「……………」

 

「まだプラウダのブリザードの方がやり甲斐がありそうね〜」

 

「いや、アネェはあそこで適切な…」

 

「撃破される恐れがある策は適切とは程遠い、問題外」

 

「うっ…!」

 

「奇襲からの挟撃は浅はか、さらにそれに保険をかけて、射撃用のホリを控えさせてたみたいだけど丸わかりね? 何も成長していない」

 

「そ、そこまで…」

 

 

 言わなくても…。と永瀬は言いかけてその口を閉じた。

 

 事実、その戦術を組んで完膚なきまでに東浜雪子にやられているのだから何も言えない、だが、何も悪いことばかりではない。

 

 東浜雪子は何か言いたげな立江達を前にしてこう話しをし始めた。

 

 

「そうね、もちろん良かった点もあるわ、いくつかね? けど、この良かった点は元から貴女達が以前から持ち合わせていたもの。評価するには値しないわ」

 

「…うっ…。じゃ、じゃあ何が足りないんですか?」

 

「やり方そのものに美しさが足りてない」

 

「…美しさ?」

 

「そう、美しさ、連携ね、早い話が。戦車道は連携が大切な競技。個人の高い技能を無理やり結びつけた連携なんてただの付け焼き刃に過ぎないわ。つまる話が今の今まであんた達はそれを時御流で誤魔化してたにすぎないって事よ」

 

 

 東浜雪子は簡単にそれでいてバッサリと立江達に今の現状を告げた。

 

 時御流は確かに絆を大切にする流派だ。そのやり方に習えば個々の技能に特化した知波単学園ならそれなりの連携を見せることもできるだろう。

 

 その結果、前回はそのやり方で戦車道全国大会決勝まで上り詰めることができた。だが…。

 

 

「前回は時御流があまり知られてなかった事。そして、その連携が時御流を理解して仲介してくれた辻つつじという隊長が居たというピースがあってこそ成り立っていたのよ」

 

「……………それは…」

 

「けれど、辻はもう高校戦車道からは引退したの。そして、隊長になったのは時御流の本家である繁子でしょう? 繁子がいればある程度は前大会の出来には近づけるでしょうが現状ならまず勝てない、間違いなくこれは言えるわ」

 

 

 そう言い切った東浜はブリーフィングに参加して居た全員に冷たくそう言い放った。

 

 その言葉に誰もが沈黙してしまった。その通り、繁子は確かに西住まほ、ダージリン、ジェーコ、カチューシャ、アールグレイのように存在感のある怪物。

 

 だが、その怪物ゆえに存在感がありすぎる。

 

 もし、繁子がいない中の戦闘に陥った際に全軍の指揮や連携の練度はあまりにも他校のそれとはかけ離れているのだ。

 

 立江は確かに数量の戦車の先頭に立ち指揮するのは十八番であるし、かなりの強者である。

 

 しかし、それは立江もまた繁子という柱が戦場にいて初めて成り立つのだ。この事を東浜雪子は見抜いていた。

 

 

「時御流が知られている今、戦術によってはフラッグ車を変更したりする必要性も出てくる、その中で繁子が離脱なんかしたりしたら? あんた達は総崩れでしょ?」

 

「…はい…」

 

「それに前大会の決勝戦で…殿戦を務められるの立江しかいなかったみたいだけど? 真沙子、多代子、永瀬。貴女達に殿戦を指揮するまでの腕が未だに備わっていないのも問題よね?」

 

「…そう…ですね…」

 

「よって今後の方針は」

 

 

 東浜雪子はそこまで言い切ると話しを区切りホワイトボードにこれまでの事を踏まえて結論を出す。

 

 今後の方針、つまり、知波単学園に今必要な事は何かを彼女達に明確に示す必要がある。

 

 

「まず、多代子、真沙子、永瀬の3人、あんた達は今から戦車の全指揮を取れる指導を中心に技能向上を行うわ」

 

「えー…」

 

「えーじゃない」

 

 

 そう言ってスパンッとキレの良いチョップを永瀬の脳天に直撃させる東浜雪子。

 

 永瀬が大体どんな性格なのかも東浜は理解している。だからこそ、駄々をこねないように釘をさす事も指導官として当然の役割である。

 

 東浜はさらに話しを続ける。

 

 

「そして、知波単の他の女生徒達、貴女達は時御流の戦術理解、及び、連携の強化を集中的に私の知人に協力して行ってもらうわ。いいわね?」

 

「連携の強化ですか?」

 

「そう、独自で考える状況下での連携よ。個々の技能は高いのは知ってる。だからこそありとあらゆる時に自分達で連携を取って打開できる技能を身につけさせるわ。私のとっておきをくれてやる」

 

「と、とっておき!? 気になりますけど何ですかそれ!?」

 

「それはやってみるまでのお楽しみね♪」

 

 

 そう言った東浜雪子は口元に人差し指を添えると軽くウインクをする。

 

 綺麗な顔立ちの美人のそれは魅力的で同じ女性にも関わらず可愛いと知波単学園の女生徒達は思ってしまった。

 

 

「んで、立江、あんたは時間があれば私とマンツーマンで訓練するわ。全軍指揮の仕方、策の練り方、私の全部を叩き込んであげる。根を上げたりしないでね?」

 

「…ふふふ、上等!? やってやりますよ! 私がノンナより負けてるなんて聞き捨てならないわ!?」

 

「そう、そのやる気があれば問題ないわね。来週からは繁子が帰ってくるし、練習試合も近いから気合い入れなさい?」

 

「え? 練習試合?」

 

「そ、練習試合」

 

 

 そう言って真沙子は目を丸くして東浜に訪ねる。繁子が帰って来ることは本人が連絡してくれていた事で何となくわかっていたので驚きはさほどないのだが練習試合があるのは初耳だった。

 

 その練習試合、東浜雪子が組んだ対戦校とは一体どこなのか?

 

 皆が疑問に抱く中、立江は東浜雪子にこう訪ねる。

 

 

「ちなみに対戦校は…?」

 

「ん?…知りたい?」

 

「それはもちろんですよ! 練習試合と聞いて気合いが入らない人間なんていませんし!」

 

「んー…確かに、えーとね、練習試合組んだ対戦校だけれど…」

 

 

 そう言って東浜雪子はそこで言葉を一旦区切りにこりと笑みを浮かべる。

 

 どちらかと言えばこの学校の戦車道は時御流に近いものがある。きっと、練習試合で得られるものはたくさんあるはずだ。

 

 東浜雪子は静かにその学校の名前を皆に告げた。

 

 

「練習試合の対戦校は…アンツィオ高校よ」

 

 


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