ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
知波単学園と黒森峰女学園合同のビアガーデンが終わってから二週間。
「右斜線から来るで、気をつけやミッコ」
「はいよ! 大将!」
「クソッ! 読まれてた!」
「今や、ミカ」
『上々だね』
繁子達は戦車強襲競技の試合を数多く行っていた。
繁子の乗るケホの右斜線先の森林から現れた戦車は砲弾を易々と躱されると同時に側方からやってきたミカとアキが乗るT-26戦車が敵の戦車の装甲を主砲でぶち抜く。
主砲の直撃を受けたチェコスロバキア戦車のLT-35は白旗を挙げて沈黙した。
「1輌撃破と…残りは?」
『3輌じゃないかな?』
「わかった、ほんじゃ作戦通りにで残りの殲滅に動くで…。ミッコ」
「ん? なんだいしげちゃん?」
「また腕上げたな! 多代子とあんまし変わらへんくらい操縦上手いわ」
「サンキュー♪ いろいろ戦車強襲競技で勉強させてもらってるからその成果かもね」
そう言ってミッコはニコリと笑みを浮かべると繁子とケホ車の中でハイタッチを交わす。
ビアガーデンが終わってからというもの繁子は来る日も来る日も戦車強襲競技に明け暮れる毎日を今、継続高校で送っていた。
あれから、立江やまほ達には会ってはいない。
「ほんじゃミカ達もまた散開や、索敵はしっかりな」
「わかってる」
残りの敵を殲滅しに再びミカ達と離れる繁子の乗るケホ。
もちろんカモフラージュは忘れてはいない。まずは敵に見つからないことが一番である、どこで待ち構えているかわからないのがこの戦車強襲競技だ。
繁子達自身がそういった戦い方をよく取るために今のこの状況下ではより慎重に、尚且つより敵の不意をつけるように行動する事を心掛けなければならない。
「…ん、慎重に索敵しながら進むんやで」
「しげちゃんは相変わらず慎重だなぁ…」
「ウチがもし敵ならと仮定して、私らの2輌の戦車の不意をついて一網打尽にする奇襲を考えるからな。物事は何事も慎重になりすぎるくらいが丁度ええんよ」
「そんなもんかね?」
「そんなもんや」
そう言って繁子は外に顔を出して、周りを見渡しながら索敵を行いつつミッコにそう告げる。
結局のところ、継続高校に来た理由は自分の戦車道を見つめ直す為だった。
立江達とビアガーデンを開いたことも、あれはまほとの決勝での戦いでの清算だったに過ぎない。
未だに納得出来ていない心の内のモヤモヤとしたものを、あの日、あの場所で立江達とミカ達を巻き込んで自分自身に踏ん切りをつけることができた。
まほも理由は自分のディアンドル姿が見たいと言う方便で気を遣ってくれたのだろうと繁子は思う。
今なら、余計な事を考えなくて済む。あのビアガーデンを通して、繁子は西住流との戦いにようやく区切りをつけることが出来たのだ。
『敵戦車発見、距離的には200m弱くらいかな』
「わかった、ならそのまま砲撃せずに動向だけを見といてや、カモフラージュは積んどるやろ?」
『あぁ…、けど仕掛けなくて良いのかい? 不意を突けるよ?』
「囮の可能性があるわ、1輌だけなら仕掛けなくてええ。下手に仕掛けると場所が割れるしもう1輌どっかに潜んどったら目も当てられへん」
そう言って繁子はインカムを通じてミカに指示を送る。
繁子が継続高校で戦車強襲競技をやると聞いて立江達は喜んでいろんなモノを用意してくれた。
それは単に燃え尽きた繁子が戦車に再び乗ることに嬉しさを感じただけではない。
リーダーとして、城志摩繁子として、彼女が彼女らしく自分達をまとめてくれる責任を投げずに己に向き合ってくれた事が立江達には嬉しかった。
例え、あの時の敗北で繁子が戦車道を投げても誰も責めることはない。
だが、立ち向かう決心を再び固めた。戦車に向き合おうとした事に立江達も何かしらの力になりたかった。
これまでに培ってきた固い絆。それは、いくつもの苦難を乗り越えて来た。
だからこそ、立江達は繁子がビアガーデンに打ち込む姿、戦車強襲競技に挑む姿は立江達を見て改めて思った。
自分達のリーダーは城志摩繁子しか居ないのだと。
だからこそ、彼女を信じて待つ。
繁子が自ら選んだこの継続高校での戦車の腕を磨いて自分自身を見つめ直すまでいつまでも。
繁子は立江達のそれに応えるべく今日も戦車に乗り泥まみれになりながらも全力で駆る。
『わかった、しげちゃんがこちらに合流するまで様子見に徹しておくよ』
「あぁ、すぐ行くわ。聞いたな? ミッコ!」
「あいよ! リーダー! 任せなって!」
繁子とミッコが乗る戦車はぐんぐんと加速し森を突き抜けて行く。
戦車強襲競技、繁子の原点であり、そして、この中に忘れかけていた時御流の全てのルーツがきっとある。
戦術、戦い方、戦法。
そして、戦車道という舞台で西住流と再び戦い勝利するための道しるべもきっとこの中にあるはずだ。
(まっとれよ、西住まほ…。いや、西住流…。次は負けへん絶対に)
打倒西住流。
親友であり、先日はビアガーデンを開いた友人であったとしてもそれは変わらない。
高校に入学した時から抱いていた思い。西住流、島田流を倒し。時御流を復興させるという目標はまだ達成には至っていないのだ。
高校戦車道主流派、西住流。
これを倒さなければいつまでも時御流は西住流に及ばない二流の流派のままだ。
注目はされたのだろう。だが、足りない、繁子の時御流に賭けるプライドがそう心の奥底で告げていた。
さて、一方その頃…。
知波単学園ではある激変が起こっていた。
それは、知波単学園に来た新しい戦車道の指導官。
今までちゃんとした指導官を置かず顧問のような形で外部コーチとして自衛官の方に指導を受ける形を取っていた知波単学園。
だが、そんな知波単学園に激震が走った。それは…。
「今日から貴女達の指導官になる東浜雪子よ、よろしくね」
「……嘘だん…」
「ひ、東浜さんが指導官になるとか聞いてないわよ! アネェ!」
「ば、ばばば、馬鹿! 私だって初めて聞いたわ!」
「あ、私見たことあるよ! 確か仮面ライダーって戦術の…モガ?!」
「「「馬鹿! お前殺されるぞ!?」」」
部員のとんでも発言にいち早く気がついた四人はすぐさま部員の口を抑えて笑顔でこちらに挨拶をしてくる東浜雪子の顔色を伺う。
四人は『レジェンド』に何を言おうとしていたのかと冷や汗がタラタラと流れていた。
そこは一番言ってはいけない部分である事を立江も真沙子達も理解している。人間には触れてはいけない部分というのがあるのだ。
しかしながら、ニコニコとハットを被る長く黒い癖髪の女性、東浜雪子はその笑顔を崩すことはなかった。
だが、逆にその笑顔がより一層不気味さを立江達は感じる。
「ひ、東浜さん、ご機嫌麗しゅう。お久方振りでございます」
「あら立江、繁子はどうしたのかしら?」
「い、今は短期転校中でして」
「ふーん、そうなんだ、折角この間、松方と二人でハワイに行って来たついでにお土産買ってきたのに」
そう言って東浜雪子は手に持っていたお土産を降ろすとブーと頬を膨らませる。
そんな東浜雪子の姿に顔を痙攣らせる立江達。
何故、戦車道現役バリバリのこの人がここにいるのか…皆目検討もつかないが指導官と名乗った時点で彼女達の背中には嫌な汗が流れていた。
そう、あれは数年前、まだ知波単学園に彼女達が入学する前の事だ。
以前、立江達はこの生きる戦車道の『レジェンド』東浜雪子から指導を受けたことがある。
中学時代、明子達から時御流の指導を受けていた立江達。
しかしながら、明子は病に倒れる事になり、代わりに戦車道の指導を引き継いだのがこの東浜雪子なのである。
だが、その戦車道の指導は熾烈を極めた。
東浜雪子が求める常にストイックであり完璧を目指す戦車道。それはもちろん、戦車道の指導にも反映されるのは当然の話。
明子の時御流に加えて妥協を許さない東浜雪子の鬼指導は今でも根強く立江達のトラウマとして深く記憶に刻まれ残っている。
「今でも思うけど戦車道にバク転はいらなかったよね?」
「ん…? 何か言ったかしら? 永瀬?」
「いや! なんでもないっす! 気のせいっす!」
そう言ってにこやかな東浜雪子の笑顔に凍りつく永瀬。
戦車道のより高いパフォーマンスを引き出すため身体能力の向上はもちろんのことながら最低でもバク転は当たり前にできる身体能力を持ち合わせる事。
さらに、当時は42時間ぶっ通しの戦車道訓練を余裕で熟せる腕を持てと常に東浜雪子に繁子達を含め立江達は散々言われてきた。
奇しくも、立江の繋がりもあり、後輩の一ノ宮達も同じような指導を東浜雪子から受けた事があるがまさにその時の特訓は地獄であったともっぱらの評判である。
ハワイに東浜雪子と行った松方には同情せざる得ないと静かに立江達は黙祷する。
さて、話は戻るが知波単学園の指導官としてやってきた戦車道の『レジェンド』東浜雪子の経歴と戦車道の腕は疑う余地もないくらいに洗礼されたものである。
まず、その経歴の筆頭すべき項目としては未だに無敗だという事だろう。
失敗した事は多少はあれど、負けた事が一度もない。
西住流、島田流、時御流、玉田流 、村上流・熊野流、フラー流、フランス流 、トハチェフスキー流、グデーリアン流という戦車道に関するあらゆる世界的な流派を学び取得。
彼女に憧れる者は後を絶たず。数々の輝かしい功績を納めた。
「東浜さんがすごいところは主流の流派が無いのよ、全ての良いところを取り入れた完全な我流の戦車道で未だに無敗のレジェンドなの」
「ほぇ〜」
「まぁ、未だに西住流、島田流、時御流の家元とやりあった事は無い上での無敗だけどね…」
「いや、それでも十分凄いですよ!」
「いんや、まだまだ駄目。強敵を倒してこその戦車道。私は今の自分に全然満足してないわ」
そう言って、知波単学園の生徒が目を輝かせて告げる言葉に凛々しく応える東浜。
彼女が今回、知波単学園に来たのは指導官としてだ。前回の戦車道全国大会で惜しくも優勝を逃した繁子達を鍛え直す為に他ならない。
すると、東浜はしばらくして静かな声色でこう立江達に話をしはじめた。
「とりあえず立江、あんた達と他の部員たちは戦車乗って全員表に出て」
「え…?」
「い、今からですか? 自己紹介終わったばっかり…」
「私の名前だけわかればもう十分よ、早く支度して来てね?」
「「は…はい!」」
「…かなり嫌な予感しかしないんだけど…」
「同じく」
こうして、冷淡な言葉で有無を言わせない東浜雪子の言葉に凍りついたように返事を返す知波単学園の生徒達とトラウマが鮮明に蘇ってくる立江達。
次の全国大会に向け、新たな指導官を迎えた知波単学園。
繁子が居ない中、こちらもまた次に向けての新たなスタートを切ることとなった。
繁子が継続高校から帰るまで後数週間。
そして、新たなる一年生を入学式はあと三カ月後。
知波単学園と時御流の新たなる挑戦が今、新たに始まる。