ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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 突きつけられた負けの事実を知った途端、戦車に乗る繁子達は呆然とした様子でゆっくりと故障した山城から降りた。

 

 この試合、紙一重の勝負には自分の全てを出し切った。出し切った中での敗北だった。

 

 母との誓いも辻を日本一の隊長にすることも叶わなかった。

 

 戦車から降りた繁子は天を仰ぐ様に上を見上げた。涙が溢れないように。

 

 母、明子が死んだ日からずっとずっと泣かないと決めてきた。まだ、自分達には来年も再来年も残っている。

 

 けれど、隊長の辻はこの大会で引退だ。もう自分達と共に戦車を駆る事はできない。そして、そんな辻を日本一の隊長にできなかった事がどうしようもなく悔しかった。

 

 繁子の頬からは涙がそっと流れ落ちる。母が死んだ葬式の日に流した涙から泣かないと決めていた。

 

 だが、今は、今だけはどうしても悔しくてしかなかった。

 

 

「泣いてるの? しげちゃん?」

 

「ウッカリしてしまったなぁ…ほんまに」

 

 

 そう言って、撃破された四式中戦車に責任を感じて自分を責める繁子。涙を流さぬようにと必死にそれを隠そうとする。

 

 皆が繋いでくれたこのまほとの一騎打ちで策をもっと用いれば勝てたのではないか? もっと良いやり方で戦えたのではないか?

 

 まだまだ、やれた筈、やれた事があった筈だと繁子は反省する。だが、悔やんでも仕方ない、やるべき事は繁子達は全てやってきた。

 

 オイ車も無農薬も、そして、道を曲げて選んだ立江の殿も全て出し切って負けた。

 

 そんな己を責める繁子を見かねて真沙子はパンと自身の足を叩くとこう繁子に語り始めた。

 

 

「いやでもまずさ、まずよ? 今回試合で負けてしまったとするわね?」

 

「うん…」

 

「まずはここをホメようよ! 凄いよ! 私達! 西住流にあれだけの試合できたんだよ! 全国大会2位だよ!」

 

 

 そう言って明るく振る舞う真沙子。

 

 悔しいのは真沙子も多代子、永瀬も同じだ。だけど皆が力を合わせて王者黒森峰女学園にこれだけの試合ができたことも事実である。

 

 時御流はきっと皆が見ていた筈だ。明子さんもきっと納得する試合ができていた筈だ。真沙子は繁子にそう言いたかった。

 

 仲間思いの真沙子だからこそ、この敗戦を自分だけのせいにして欲しくなかった。

 

 

「凄いよ! これ! 宴会出来るよ!」

 

「優しいなぁ、真沙子は…」

 

「この全国大会2位ってのはさ! 一席設けたくなるよね! 隊長にさ!」

 

 

 多代子は必死に明るく振る舞う真沙子の姿に思わず暖かい表情を浮かべてそう言った。

 

 確かに負けたかもしれない、だけど、この負けは次につながる負けだ。多代子はそう思っていた。

 

 時御流はまだまだやれる事がこの試合を通して理解できた。きっとこの先、戦車道をやる中でもっと自分達は成長出来る。

 

 その時、顔をタオルで隠した繁子は震える声でこう呟いた。

 

 

「優しすぎんねんけど…」

 

「泣くんじゃないわよ! あんた何泣いてんのよ!」

 

「真沙子が…グスッ…なんでアンタそんなに優しいん…」

 

 

 溢れ出る涙を堪えていた繁子はタオルで目元を抑えながらがら真沙子の励ましを聞いて堪えていたものが溢れ出てきた。

 

 そんな繁子を見た真沙子は笑いながら繁子肩を叩きの隣でドカリと座る。こんな風に振舞ってないと繁子のように自分も泣いてしまうような気がしたからだ。

 

 真沙子は自分は明るくなくてはいけないと思った。仲間たちが気落ちしてる今だからこそ、自分がしっかりしなければと。

 

 そして、繁子はそんな震える声でこれまでの事を思い返しながらこう語り始める。

 

 

「真沙子はさぁ…ぐすっ…ウチらの中で一番優しいんよね、失敗してもいつも責めんでさ…ひぐっ…」

 

「ばっか! あんたそんな事言って…」

 

「いつも、…グスっ…。ウチに付きあってくれて、ありがとうなぁ…みんなぁ」

 

 

 そう震える声で告げた繁子の言葉に真沙子も思わず胸が熱くなる。

 

 そして、多代子もまた涙を流さぬようにしてだが堪えられず涙を流し始める。永瀬はそんな3人に釣られ溢れ出る涙を見せないように手で顔を覆い顔を隠していた。

 

 そして、真沙子は涙を流しながらも笑顔を作り繁子にこう告げはじめた。

 

 

「あ、あんたが、んなこと言うから涙出てきたじゃないのよ!…グスっ…」

 

「メンバーが四人泣いてるよ…ひぐっ…おかしいなぁ」

 

 

 そう言って互いに泣いてる事が自然とおかしく感じて皆が明るくなった。

 

 思わず、笑いまで出てしまう。これまでの事を思い返して様々な事があった。いろんな事を試してきた。

 

 戦車道に対する考え方、いろんな出来事、そして、仲間たちとの絆をこの全国大会を通して繁子達は大いに学んだ。

 

 真沙子は涙を拭いながら全員の涙を見ると笑いながらこう告げる

 

 

「私達、年とったわね」

 

「まだ華の十代なんやけど」

 

「いやー、アホみたい、あははは!…はぁ」

 

 

 そう思って全員は四式中戦車に視線を向ける。

 

 この試合だけでなく、たくさんの試合で繁子達を乗せて頑張ってくれた四式中戦車、山城。1から自分達五人で部品を集めて作った思い入れのある戦車だ。

 

 山口立江と城志摩繁子の一文字づつをこの戦車に授けた。繁子達からすれば我が子のような戦車であり、仲間である。

 

 これまでいくつもの困難をこの戦車で乗り越えて来た。

 

 ありがとう、繁子達はティーガーとの激しい戦いによりボロボロになった四式中戦車にそう言いたかった。

 

 そっと四式中戦車に触れる繁子。ボロボロになったこの戦車を見るのはあまりないが、ここまでやってこれたのもこの山城のおかげだ。

 

 するとその時だった。

 

 山城の装甲が剥がれ落ちて地面にボトリと落ちる。この光景が更に可笑しかったのか多代子も永瀬も涙を流しながら笑っていた。

 

 そして、真沙子もこの平べったい装甲を見て何かを感じたのか皆に大声でこう告げはじめた。

 

 

「まな板に!」

 

「まな板が!」

 

「まな板にしようよ!」

 

 

 何故、必要以上に連呼するのかはわからない、だけどそれくらいその装甲が剥がれ落ちたのが面白かっだのだろう。

 

 それに釣られて永瀬も多代子も同じくまな板を連呼しはじめる。この装甲の鉄板、キレーなフラットで確かにまな板には丁度良い感じの鉄板であることは間違いない。

 

 

「まな板にしましょう!まな板に…!」

 

「まな板にしたら!」

 

かなりまな板だよ! コレ!

 

 

 その山城の装甲を持ち上げながら必死に繁子を笑わせてくる真沙子。

 

 試合には確かに負けたが、繁子は確かにこの大会を通じて仲間たちとの強い絆を感じる事が出来た。悔しい涙が次から次へと溢れてくるが彼女達は笑顔も一緒に浮かべていた。

 

 その後、運搬車から運ばれる山城とともに辻隊長達の元に戻る繁子達。

 

 その面持ちは当然ながら重い、繋いでくれた辻隊長達の思い、期待にに応える事が出来なかった。

 

 だけど、辻もそれは理解している。これまでの事を思い返しながら奮闘した繁子達を誰一人として責める者はいなかった。

 

 辻は帰ってきた繁子達を暖かく迎える。

 

 

「お疲れ様、頑張ったな繁子」

 

「すいません、隊長、ウチら…」

 

「良いんだ、よく頑張った、よく頑張ったよ。私の自慢の後輩だ」

 

 

 そう言った辻は優しく繁子を抱きしめた。

 

 後悔はない試合は出来た。自分達の出来る事は全て出し切って頑張った。誰のせいでも無い、繁子のおかげでここまで来れて結果も残せた。

 

 最後の全国大会で夢が見れた。それだけで辻は十分であった。

 

 その二人の光景を見ていた立江は号泣する中、背中を優しく撫でられ真沙子に慰められていた。辻も繁子も勝たせてあげたかったが、やはり黒森峰女学園は強かった。

 

 辻の腕の中で繁子は静かに涙を流した。きっと、来年こそは黒森峰を倒してみせるとそう胸に誓って。

 

 

 

 そんな試合の結果を眺めていた西住しほ、島田千代、東浜雪子の3人は感慨深そうにそれぞれの試合の感想を述べていた。

 

 

「見事でした。あれほどの試合はそうそう目にかかれないでしょうね」

 

「確かに…島田流にも取り入れたい戦術もありました。アキちゃんの忘れ形見、そして、時御流。素晴らしい試合でしたね」

 

「ですが、まだまだ甘いです。あれでは知波単学園の来年は決勝進出も危ういかもしれないですね」

 

「あら、東浜雪子さん? 何か思い当たる事でも?」

 

「挙げればキリがありませんよ」

 

 

 そう言って、島田千代の言葉に繁子達の試合を見終わった東浜雪子は静かな声色でそう告げた。

 

 まだまだ未完成の時御流、きっとこれから先、あの娘達はもっと成長していけるはずだ。きっと自分のような戦車乗りに出来る。

 

 試合を見ていた東浜雪子はそう思っていた。

 

 そして、試合を通して繁子達の可能性に気づいた東浜雪子は西住しほにこう話をしはじめる。

 

 

「そう言えば、知波単学園の指導官の枠、一つ空いてましたよね? しほさん?」

 

「…確か、そう言われてみればそうでしたね、何故でしょう?」

 

「いえ、気になったもので。では私はこれで失礼させていただきます」

 

 

 そう告げて試合を見終わりやることを終えた東浜雪子は席から立ち上がるとスッと西住しほの前を通る。

 

 そして、聞こえるくらいの小さな声で席の前を通った西住しほに東浜雪子はこう一言だけ告げた。

 

 

「来年はよろしくお願いしますよ、西住しほさん?」

 

 

 その東浜雪子の言葉に西住しほは目を見開いた。

 

 遠回しのような戦線布告の言葉、そして、これまでの意味深な言葉の数々。戦車道の『レジェンド』、東浜雪子のその言葉に西住しほの中である仮定が出来た。いや、確信ともとって良いだろう。

 

 すなわち、東浜雪子はこの戦車道全国大会の決勝の舞台にあの城志摩繁子達を再び連れてくるという事だ。

 

 それを察した島田千代は笑みを浮かべて西住しほにこう告げた。

 

 

「あらあら、大変ですね? 西住しほさん?」

 

「ふふ、いえ、楽しみが一つ増えたと考えてますよ島田千代さん」

 

 

 知波単学園、戦車道全国大会決勝で惜しくも散る。

 

 しかし、その功績は決して無駄ではなく、多くの人々の目に時御流の戦いが焼きついた。これから先、繁子達に訪れる試練は何であれこの大会は彼女達の可能性を広げる良い財産となった事だろう。

 

 知波単学園、全国大会2位という好成績。

 

 島田流、西住流、そして、時御流ここにありと皆に知らしめる結果となった筈だ。

 

 だが、時御流は西住流を倒したわけではない、島田流を倒したわけではない。

 

 これから先、この悔しさをバネに邁進する事だろう。

 

 時御流の戦いはこれからも続く。

 

 


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