ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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明日を目指して

 

 

 聖グロリアーナ女学院の追撃を振り切り、次の策を考えてある海岸まで逃げる山城を駆る繁子達。

 

 その後ろをダージリンが乗るチャーチルが主砲を放ちながら追う。

 

 ギリギリの逃走劇、だが、クロムウェル程の圧迫感は無く、操縦席に座る多代子もチャーチルのみ砲撃ならば交わすのは容易い。

 

 

「さすが多代子、うちの操縦士は本当に優秀で助かるで」

 

「いや、あのチャーチル油断できないよ、しげちゃん。さっきから割とギリギリだし」

 

「多代子がそこまで言うって事は相当な腕前みたいね、けど、もう海岸よ」

 

 

 そう言いながら爆ぜる地面を掻き分け進む四式中戦車の行き先、海岸地を指差す立江。

 

 なんとか逃げ切る事が出来た。クロムウェルにチャーチルの猛追は相当なものだったし、いつやられてもおかしくはない状況だった。

 

 その証拠に繁子も立江も共に冷や汗を流している。もしも、この状況下で自分達がやられでもすれば皆が協力してくれたこの戦術が破綻してしまう。

 

 だが、安堵するのはまだ早い、戦いは終わってはいないのだ。むしろ、これからが本番である。

 

 繁子達の四式中戦車は海岸地をある程度突き進むと、チャーチルに向かい合うようにターンし両車輌向かい合う形へと場を整えた。

 

 

 睨み合うチャーチルと四式中戦車。

 

 

 そして、チャーチルの中から繁子達を猛追してきたダージリンが顔を出す。繁子もまた、それに応えるように四式中戦車から顔を出し彼女と見合った。

 

 一年生同士、一対一、相手は互いに不足なしの相手。

 

 繁子もダージリンも互いに笑みを浮かべたまま、向かい合う戦車。そして、ダージリンと繁子は互いにやり合う前にこんな話をしはじめる。

 

 

「さて、追いかけっこは終わりかしら?」

 

「鬼ごっこは飽きてきたやろ、お望み通りこっからは戦車同士のどつき合いや」

 

 

 繁子はその言葉にダージリンは湧き上がる感情を抑えきれず笑みを溢した。

 

 この一年生が聖グロリアーナ女学院の中でも遥か高みにある隊長、アールグレイをあそこまで苦戦させた。そんな相手が目の前にいるのだ。

 

 城志摩 繁子、フラッグ車に乗る彼女を倒せばダージリンは聖グロリアーナ女学院においてアールグレイのいる高みに更に近づく事ができる。

 

 

「繁子さん、貴女はこんな格言を知ってるかしら?『一度剣を抜いた以上は、息が絶えるまで、勝利を完全に手中に収めるまで剣を捨ててはならぬ』って言葉」

 

「…なんや、自分、チャーチルが好きなんかいな」

 

「まぁそうね…、戦車もチャーチルが気に入ってるし」

 

 

 そう繁子に告げながら紅茶を口にしてからニコリと笑みを溢すダージリン。

 

 だが、その彼女の口から出た言葉を聞いた繁子は顔を顰める。確かにチャーチルは強力な戦車、この勝負、どちらかが戦闘不能になるまでのサドンデス、ダージリンのその言葉通り、四式中戦車だけならば死闘を覚悟しなければならないだろう。

 

 そう、ここにいるのがこの『四式中戦車だけなら』の話だ。

 

 

「互いに騎士道精神で戦いましょう? 繁子さん? 全力でね」

 

「…ふふ、騎士道精神か…」

 

 

 繁子はダージリンのその言葉に意味深な笑みを溢した。

 

 騎士道精神、イギリス戦車主体の聖グロリアーナ女学院らしいと繁子は思った。確かに礼節やその一対一に臨む騎士道精神は偉大で尊敬に値するものであるだろう。

 

 繁子はそれを否定するつもりはない、イギリスの伝統的な文化であり、またその精神で戦おうとする意思を見せるダージリンも素晴らしい人間だ。

 

 だが、今やっている競技は勝つか負けるかの勝負、騎士道に殉ずる様な道では無い。

 

 笑みを溢していた繁子はダージリンにゆっくりとこう告げはじめた。

 

 

「生憎様、うちらがやっとるのは…」

 

 

 そう、自分達がやっているのは騎士道では無い、たとえ泥臭くなろうとも仲間と共に戦い抜き勝利をつかむ、そんな競技だ。

 

 気高く誇り高い騎士道とは間逆の道。

 

 

「戦車道や」

 

「…!?」

 

 

 次の瞬間、ダージリンの乗るチャーチルの側面部の地面が爆ぜた。

 

 だが、繁子達が乗る四式中戦車が主砲を放った訳ではない、そう、砲撃を放ったのは別の戦車からだ。

 

 海からの刺客。誇るべきマグロ漁船の名前を冠したそれは大漁の旗を掲げ、鉢巻を巻いた少女が車長を務め部隊の先頭を駆ける。

 

 つれたか丸隊、永瀬智代が率いる漁師戦車部隊である。

 

 

「荒波に揉まれつれたか丸隊参上! おらー! マグロはどこだー! マグロー!」

 

「永瀬っち! 前方にチャーチル捕らえたよ!」

 

「よっしゃー! 捕鯨の時間だ! 野郎共!」

 

「えぇ!? マグロどこいったの!? あと女の子だよ! 私達!」

 

 

 主砲をチャーチル目掛けて放ちながら賑やかな会話をしつつ颯爽と登場するつれたか丸隊。

 

 チャーチルが果たして鯨なのかマグロなのかは定かではないがこれだけは言える。あれは戦車であると。

 

 突然の横槍にダージリンの顔が険しいものへと変わる。そう、城志摩 繁子は最初からダージリンとの一対一を望んでいた訳ではない。

 

 つれたか丸隊との挟撃、およびチャーチルの撃破を狙っていたのだ。卑怯だとも取れるがこれが勝負に勝つために最初から繁子が組んだ戦法の一つである。

 

 騎士道ではなく戦車道で勝つ為の手段だ。

 

 

「…そう、貴女がそうであるならその場に引きづり出してやるだけの事よ」

 

 

 だが、ダージリンの乗るチャーチルは当然、ただでこの状況を受け入れる訳ではない。

 

 すぐさま、戦車に乗り込んだダージリンは4輌の戦車との大立ち回りを演じた。さながらそれは剣を振るう騎士の如く、車長としてのダージリンの腕が存分に発揮されたものだ。

 

 まず、つれたか丸隊の率いているカチ二輌、彼女はこちらに狙いを定めた。

 

 四式中戦車とトクからの砲撃を巧みにかわしながらカチの側面部を捉えると主砲を放つように指示を飛ばす。

 

 

「発射」

 

 

 爆ぜるカチ1輌の側面部。

 

 カチは一回転すると煙を立てて白旗を上げる。ダージリンはその光景に満足することなくすぐさま次の車輌の撃破に移りはじめる。

 

 車内にてダージリンの持つ紅茶は一滴たりとも溢れてはいない、これが聖グロリアーナ女学院流の精神力の極地、名門の中で強者だけが持つ安定性だ。

 

 そして、もう1輌のカチを撃破するにもさほど時間はかからなかった。チャーチルは主砲を華麗に回避するとカチの正面に密着し主砲を放つ。

 

 爆ぜるカチ、そして、これで残るはトクと四式中戦車の二輌だけになった。

 

 

「あのチャーチルに乗ってる奴、本当に何者!?」

 

「アールグレイさんに引けをとらんくらい化け物やであのチャーチル」

 

 

 主砲を構えた四式中戦車とトクにそれぞれ乗る車長の永瀬と繁子は口を揃えてそう告げる。

 

 この状況下で冷静に指示を出して大立ち回りを繰り広げるダージリンもそうだが、それに従う聖グロリアーナ女学院の女生徒達も相当な腕だ。

 

 素直に2人はダージリンの乗るチャーチルを素直に称賛した。聖グロリアーナ女学院はやはり一筋縄ではいかない。

 

 

「まぁ…、なるようになったってことやな」

 

「しゃあない、やるよ、しげちゃん」

 

 

 そう告げる多代子は操縦する腕に力が入る。

 

 残りは四式中戦車とトクの二輌、ならば、これでどうにかしなければならない、だが、トクに乗るのは繁子と同じ時御流の同門永瀬だ。

 

 ならば、長い付き合いである彼女との連携は取りやすい。繁子はそう思っていた。

 

 そして、ダージリンの乗るチャーチルは繁子達の乗る四式中戦車に再び狙いを定め仕掛けてくる。

 

 

「くるで! 左右に展開!」

 

「しげちゃん!」

 

「わかっとるよ!」

 

 

 チャーチルを挟み左右に展開する永瀬のトクと繁子の四式中戦車。

 

 だが、ダージリンの乗るチャーチルの狙いは四式中戦車1輌のみだ。なぜなら、これさえ討ち取れば試合が決定的なものとなるから。

 

 トクは捨て置く、狙うは大将首ただ一つ、右に展開した四式中戦車に照準を合わせるチャーチル。

 

 そして、右に展開した四式中戦車はチャーチルの背後に移動し、チャーチルは主砲を構えたままの照準が完璧に四式中戦車の側面部を捉える。背後を取ろうとする四式中戦車に簡単に背後は取らせない。

 

 

「撃ちなさい!」

 

「今や! 永瀬!」

 

「はいな!」

 

 

 ズドンッ! とチャーチルから放たれた弾頭が四式中戦車に伸びる。

 

 だが、その時だ、左に展開していたトクが横から繁子の戦車を庇うように現れた。そして、チャーチルに主砲を放つトク。

 

 だが、トクの弾頭がチャーチルの厚い装甲部を貫くには及ばなかったようだ、着弾はしたが、着弾部は弾頭で抉れただけで白旗判定は出ない。

 

 一方、チャーチルから放たれた筈の弾頭はトクに撃ち込まれ、トクは煙を立てて白旗を上げる。

 

 だが、これだけでは終わらない、四式中戦車は白旗を上げたトクの陰からすっとズレると照準を完璧にチャーチルに合わせていた。

 

 

「くっ…! 仕留めきれなかったわね! すぐさま戦車の回避を…っ!」

 

「真沙子、頼んだで!」

 

「…任された。…この距離は私の十八番よ」

 

 

 そして、チャーチルの装甲に向かい照準を合わせた真沙子はスナイパーの様にスゥと息を止める。

 

 手に震えはない、仲間達が切り開いてくれた一瞬の隙、チャーチルを仕留める絶好機、これを逃してたまるものか。

 

 猟師の如く、頭は冷静に心は熱く。それが、松岡 真沙子の哲学だ。

 

 

(…今ね!)

 

 

 熊やイノシシを仕留める様に真沙子の引いた引き金に迷いは無かった。

 

 四式中戦車から放たれた弾頭は真っ直ぐにチャーチル目掛けて飛んでゆく、真沙子の狙いは一つだけ、それは永瀬が作ってくれた道標。

 

 そして、放たれた弾頭がチャーチルに着弾し爆ぜる。着弾した場所は見事にトクが放った砲撃がチャーチルの装甲部に着弾して爆ぜ、抉れた箇所。

 

 そう、釘打ちの如く何度でも。こんどは間違いなくその槌(弾頭)が杭をチャーチルへと打ち込んだ。

 

 ダージリンが乗るチャーチルから火の手が上がり白旗が上がる。それは彼女の乗るチャーチルの行動不能を意味していた。

 

 この光景に繁子と真沙子達は声を上げた。

 

 

「よっしゃあ!」

 

「やってくれたな! 真沙子!」

 

「へへん! 私の腕をぉ、舐めてもらっちゃ困るわよ。ざっとこんなもんね!」

 

「このツンデレめ! このこの〜!」

 

「ちょっ! ツンデレ言うな! てか髪引っ張んなってぇの!」

 

 

 そう言いながら喜びを露わにする立江や繁子達から自慢の髪を弄られたり揉みくちゃにされる真沙子。

 

 だが、繁子達は知っている。自分達の中で仲間達を思う一番熱い心を持っているのはこの真沙子だ。そんな彼女が冷静に決めたこの一撃は繁子達からしてみれば称賛に値するものである。

 

 心を冷静に保ちながら、熱い主砲を放つ。

 

 まさに、時御流の誇るべき名砲撃手である。トクに乗っていた永瀬も戦車から飛び出ると四式中戦車に乗り込み真沙子に抱きついた。

 

 

「真沙子っち! よくやった! あんたは男の中の女だよ!」

 

「でぇ! 智代! あんたもいちいちくんなー! てかどっちかはっきりしなさいよ! 私はれっきとした女だこのアホー!!」

 

 

 そう言いながら、うっとおしそうに抱きついてくる永瀬を引き離す真沙子。

 

 そんな喜びを露わにする四式中戦車から完全に沈黙させられたダージリンはチャーチルから顔を出すと静かにその光景を見つめる。

 

 これが繁子達の戦車道、ダージリンはこの敗北を経て納得したようにため息をひとつ吐くと静かにこう呟いた。

 

 

「完敗ね」

 

「あともう少しだったわ…ごめんなさいダージリン」

 

「いえ、アッサム。貴女の腕は確かだったわ…今回は彼女達が上手だった。それだけよ」

 

 

 ダージリンはそう告げるといつものように紅茶を口に運ぶ。

 

 そう、このチャーチルだけの戦果をみれば決して恥じるべき敗北ではない。確かに四式中戦車を討ち取れはしなかったがダージリンには満足がいく出来であった。

 

 もっとも隊長であるアールグレイとの約束は果たせていないことが残念ではある。だが、勝負はまだ着いてはいない。

 

 隊長であるアールグレイが残っている。ダージリンはこのチャーチルでできるだけの奮闘は見せた。これならばアールグレイが辻を撃破して四式中戦車とやり合う事になっても勝機は見えるだろう。

 

 繁子もそれはわかっている。問題は隊長同士の戦いがどうなっているか、これがこの勝負の鍵を握る事を。

 

 

「さて、隊長は上手くやっとるかな…」

 

 

 役目を果たした繁子は静かに隊長同士の戦いが終わる事を待つ。

 

 果たして、再び四式中戦車であのクロムウェルと戦う事になるのかそれとも辻が決着をつけてくれるのか。

 

 その勝負の行方はいかに…。

 

 




「よく考えたら砂浜に掘った落とし穴使わんかったな」

「この落とし穴なんに使おうか?」

「捨てるのもったいないしねー」

「落とし穴中心に周り掘ってさ、港でも作る?」

「作るってどのレベルから?」

「そりゃ、港の石垣の石の加工からでしょ」

「火山に石の素材取りにいかないかんね?」

「ねぇ、ダージリン…彼女達何言ってるのかしら?」

「恐らくこれも彼女達の戦車道の一つね」

「明らかに違うと思うわ」


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