剣姫と白兎の立場を入れ替えたのは間違っているだろうか   作:Hazakura

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第7話 英雄の実力

 

 地下迷宮50階層、ロキファミリアのキャンプ地。

 開けた平地と野営を構えた一枚岩、そこに群がるは巨大な芋虫モンスターの群れ。

 モンスター達はその多脚を岩に貼り付けよじ登り、頂上では防衛を行うリヴェリア達に腐食液の雨を浴びせている。

 

「動ける者は鍋でもまな板でも構わん。盾になりそうな物を持って来い!!」

 

 緊迫した声でリヴェリアが指揮を取る。

 腐食液を防ぐたびに盾が溶かされていく。

 

「もうすぐフィンやベル達が冒険者依頼から戻って来る。それまでは何としても持ち堪えるぞ」

 

 ベル達が冒険者依頼に向かい留守の間、キャンプ地は危機に瀕していた。

 

「溶けるぞ。捨てろ!」

「わっ!!」

 

 新種の芋虫モンスターの特徴として、倒すと爆ぜる。

 溶解液に触れると剣だろうが盾だろうが、溶ける。

 例えるなら、一匹一匹が溶解液が詰まった爆弾であった。

 

「矢を放て!」

「ですが、リヴェリア様、これが最後です」

「構わん、撃て!!」

 

 最善列の数匹を屠るも、多勢に無勢。

 焼け石に水。

 圧倒的な物量差の前に絶望が広がっていく……。

 

「詠唱の時間すら、稼げません」

「盾はもうないのかぁ!!」

「ぎゃああ。足がぁ……」

「液を浴びた者の血が止まりません。ポーションを早く!!」

 

 押し切られるのは時間の問題。

 ーーと言う段階はもう既に過ぎていた。

 もういつ瓦解してもおかしくはない。

 それ程までの瀬戸際で皆、耐えている。

 もうダメなのか……?

 口には出さずとも、団員達の頭に嫌でもよぎる。

 終わりに向けたカウントダウン。

 まだなのか? 早く……早く来てくれ!

 皆の心が完全に折れないのは、希望があるからだ。

 此処を耐えれば、救いがある!

 絶対に助けに来てくれる!!

 いよいよ盾となっている前衛が崩される直前、その時は、遂に来た。

 

 『ヒーローは遅れてやってくる』と神々はいう。

 

 新種の芋虫モンスターの敵陣ど真ん中へ、上空から()()()()が凄まじい勢いで落雷した。まるで隕石が落ちたと錯覚するほどの衝撃音が迷宮内へ響き渡る。落下地点を起点に、雷炎が瞬く間に広がり、次々とモンスターを焼き尽くしていく。

 

「間に合ってくれたか……」

 

 団員達からは歓喜の声が轟く。

 全員の視線は白き英雄へと釘付けとなった。

 

 新種のモンスター達は()()群れの中心地へ現れた【英雄】ベル・クラネルを標的と定め、押し寄せる。……が、近付いた者から何も出来ずに、彼が纏う雷炎に焼かれては命を散らしていく。続けて白き英雄が放つ雷が、モンスター達を襲う。モンスターの群れへ超連続速攻魔法が放たれた。

 

「ファイアボルト流星群!?」

 

 団員の誰が呟いた。

 (おびただ)しい雷炎の雨が降り注ぎ、モンスター達の絶叫と共に凄まじい爆撃音が鳴り響く。

 野営の一枚岩の下には、瞬く間に赤く染まった炎の海が生まれる。

 

「一人で楽しんでんじゃねーぞ!」

 

 灰髪を揺らしたベートを先頭に冒険者依頼へ行っていた面子が次々と援軍へと駆けつける。

 

「うげ、こんなにいるの!?」

「ベルが粗方削った後だがのう」

「おい、ベル。魔法(それ)を寄こせ」

 

 白銀のブーツはベルの魔法を喰らい、雷炎(最強)の力を手に入れた。

 

「ーー蹴り殺してやるぜええええええッ!!」

 

 ベートが放つ蹴撃は、ベルがそうであったように体液も寄せ付けず吹き飛ばす。

 戦況は一変し、各個撃破の殲滅戦へと移行した。

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

「終わったー!!」

 

 白き雷と化したベルが最後のモンスターを斬り伏せ、彼等以外に動くものはなくなった。

 モンスターが倒れるのを見届けティオネが歓喜を上げる。

 

「手こずらせやがって……ま、今回はどうやら俺の勝ちみたいだな」

「ええー、ベル君と比べたら私達って大差ないじゃん。恥っずかしー!」

 

 恒例のようにティオナとベートの言い争いを始める中、弛緩した空気が流れ出していた。

 先程まで張り詰めていた彼等の表情は和らぎかけているーー直後。

 

「ーー!」

 

 音が届いた。 

 木をいっぺんにへし折る破砕音。

 誰もがその方角を振り仰いだ。

 それぞれの武器を再装備し、臨戦態勢を纏い直す。

 油断なく音源の方を見つめていたベル達の視界に、やがて、それは現れた。

 

「……あれも下の階層から来たっていうの?」

「迷路を壊しながら進めば……なんとか?」

「馬鹿言わないでよ……」

 

 半ば呆けたアマゾネスの姉妹の会話が、静まり返った場に通る。

 先程まで戦っていたモンスターの大型個体より、一回り大きい。

 

「人型……?」

 

 下半身は芋虫を彷彿させるが、上半身は小山のように盛り上がり人の上体を表していた。印象としては醜悪で、どす黒い。

 

「あのモンスターも倒したら腐食液をぶち撒くんっすよね?ーーあの大きさでそんな事になったら……」

 

 階層主に匹敵する巨体と、その体液が溜め込まれている黒い身体を見て、ラウルが呆然と呟く。

 撃破したとしても、あたり一帯にいる全ての者が巻き添えだ。

 誰もが最悪の光景を脳裏に想像した。

 

『……』

 

 おもむろに、女体型モンスターが動いた。

 腕をふわっと広げ、舞う鱗粉。あるいは花粉が微細な光粒となってベル達のもとに漂ってくる。

 団員達は直感に突き飛ばされるまま、すぐにその場を退避する。

 間をおかず、無数の爆光が連続した。

 

「きゃあああああああああああ!?」

「……っ。あの光る粉粒、爆発しよったぞ!」

 

 レフィーヤの甲高い悲鳴が響き渡る。

 大気中にばら撒かれる極小の一粒一粒が凶悪な爆弾だ。

 

「総員、撤退だ」

 

 フィンが告げた。

 

「おい、フィン!? 逃げんのかよ」

「あのモンスターを放っておくの!?」

 

 ベートとティオナがフィンに噛み付く。

 第一級冒険者として、何より迷宮都市最大派閥としての誇りと責任が、眼前のモンスターを野放しにすることを許さない。

 

「僕も大いに不本意だ。でも、あのモンスターを始末して、かつ被害を最小限に抑えるにはこれしかない」

 

 リヴェリアに後で何と言われるか……。

 これから言い渡す内容をほとほと忌むように。

 

「ベル、あのモンスターを討て」

 

 一人でだ、とフィンは言う。ここ一、ニ年で随分と見上げる首の角度が変わったベルの顔を見据えるーー。

 ベートやティオナ達がすぐに詰め寄ろうとするが、ベルが手を突き出し動きを制した。

 

「ーーうん、僕に任せて」

 

 フィンがそれが最善だと判断した。

 ティオナ達も本当は分かっている。

 あのモンスターを相手にするのは、誰よりもベルが適任なのだとーー。

 

「ここから十分に距離を取ったら信号を出す。それまでは時間を稼いでくれ」

「ーー分かった」

 

 フィン達が素早く場を後にした。

 時間を稼ぐには、自分が標的となる必要がある。

 故に、ベルたった一人、女体型モンスターと正面から対峙する。

 地を這う多脚、揺らめく複腕、極彩色の怪物的な威容。

 迫る巨大な敵を前に、気負いも動悸もなく、ただ静かに、ベルは詠唱を唱えた。

 

 

 

「【求めるは、希望の光】」

 

 ベルは求めた。

 この命が軽い世界で、絶望を照らす希望を。

 闇を洗う光を。

 自分の信念を、憧れを、想いを貫く為の力を。

 

「【天空統べし雷霆は夢を語り、終焉告げし道化師は理想を謳う】」

 

 祖父は語った。

 人類最古の英雄譚から英雄神話が幕を開けたと。

 彼の後に続き、紡がれるは数々の英雄譚。

 それはベルの核となり、白き輝きとなった。

 

 主神は謳った。

 理想を、愛を、道を。

 それは白き輝きをより大きく輝かせる研磨剤であり、起爆剤となった。

 

「【誓いを今ここに。紡がれし英雄神話】」

 

 過去と今を繋ぎ、未来へ至る。

 これは英雄に憧れた少年の物語。

 

「【聖鐘楼の意思を継ぎ、我は舞台の終幕を飾る】」

 

 かつて世界を想い、絶対悪となった英雄達がいた。

 彼らから託された希望を繋ぎ、終末を討つ。

 

 世界は欲している。

 最後の英雄をーー。

 

「【偉大な雷鳴と業火をこの身に纏いて、未来(あす)への道標をここに示そう】」

 

 彼の背中に刻まれるは、前代未聞の神聖文字(ヒエログリフ)

 天界最強であり、全宇宙を焼き尽くすと云われる破壊の雷ーー雷霆。

 天界であらゆる神々に戦争をふっかけ、恐れられた終焉を告げる象徴ーー紅蓮の業火。

 その両方の権能を併せ持つ『雷』と『炎』の付与魔法。

 神々があらゆる眷属の中でも、最高峰のぶっ壊れと称した魔法。

 ベル・クラネルが英雄と呼ばれる代名詞。

 故に、その魔法の名はーー。

 

 

 

「【英雄顕現(アルゴファニア)】」

 

 

 

 最強(ゼウス)の雷と最凶(ロキ)の炎が同時召喚される。

 魔法を纏った英雄が、静かに剣を構えた。

 

『ーー!』

 

 女体型が巨体に揺らし、後ずさる。

 先程のモンスター達に比べて知恵も回るのだろう。

 生物故の本能が危機を察知している。

 互いの視線が交錯し静止する。

 

 高まる緊張感。

 空気が張り詰め、周囲の圧がどんどん増していく。

 この時、両者の状態は対極へとなっていた。

 どんな些細な動きをも見逃さないと神経をすり減らす怪物。

 気負いはなく、自らの絶対的勝利を信じる強き瞳を宿す英雄。

 

((……))

 

 張り詰めた空気に耐えきれなかったのか、前者が先に動いた。

 鉄砲水のごとき勢いで撃ち出される腐食液。

 量、速度と共に先の戦闘の比ではない。

 しかし、ベルは回避を選択しなかった。

 被弾。命中。

 すぐに轟く途方もない溶解音。

 ベルが立っている場所を除き、地面を大きく抉り、あっという間に変色、膨大な黒い湯気が立ち上がる。

 

『……!?』

 

 女体型モンスターは驚愕する。

 何物をも溶かす腐食液を真正面から受けて、何事も無く立っている者がいる。

 続けて、第二射目を放つーーが、今度は動きがあった。

 ベルが剣を縦に一閃。

 放たれた斬撃が腐食液をまとめて吹き飛ばす。

 

 『!?!?』

 

 女体型にとって二度目の驚愕。

 腐食液は通用しないと判断し、(おびただ)しい量の光粒をベルの頭上へ降り注ぐ。

 周囲一帯を浄土とする規模。

 それに対しベルは、魔力を込める。

 纏っている雷炎が瞬く間に大きな火柱を上げ、光粒を全て焼き落とした。

 

 『…………』

 

 女体型は放出系の攻撃は通用しないと判断。

 空間を引き裂きながら、ニ対四枚からなる扁平状の腕で物理による波状攻撃を行う。

 第一級冒険者でも対応が難しいほどの超高速攻撃。

 その図体からは想像できないほど、機敏である。

 大型モンスターにありがちな小回りの見劣りもない。

 魔法を行使して双剣に雷炎を付与し、モンスターの攻撃を打ち払い、捌く。

 階層主級のモンスターと正面から斬り合い。

 前衛壁役の冒険者が見れば卒倒する様な光景。

 しばらく戦闘は膠着する……が、その状況は長くは続かなかった。

 

 女体型の動きが時間の経過と共に鈍くなる。

 一合一合打ち合う毎に、ベルの付与魔法が女体型の巨体を蝕んでいく。

 状況が大きく動いたのは、遥か上空に閃光が打ち上がった時だった。

 撤退完了の信号。目標撃破の許可。

 ベルは正面からの斬り合いを辞め、圧倒的な敏捷性を駆使して、女体型の巨体を縦横無尽に駆け、切り裂いていく。

 体内に流れる電流が、英雄を加速させる。

 周囲万物を置き去りにする圧倒的な速さ。

 雷の権能は鍛えられし器が強ければ強いほど、その真価を発揮する。

 始まりの英雄が使用していた雷の加護。

 また、ブーツに炎を収束させる事で猛烈な加速を生み出す。

 かつて、第二級冒険者でありながら、第一級冒険者並の実力を有していた【アストレア・ファミリア】の団長(アリーゼ)が使用していた絶技。

 足を狙い地に落とす。

 階層主、及び大型モンスター対処の定法。

 大量の溶解液が吹き出すが、ベルには通用しない。

 故に、止まらない。止められない。

 女体型は堪らずに懐へ光粒をばら撒き、爆火する自爆攻撃を行う。

 

『ーーーーーーーーーーーーーーアアアア!?』

 

 懐で巻き起こる爆発の連鎖に、女体型のモンスターは絶叫した。

 自爆が自爆を呼び、管の髪や腕を振り乱し悶え苦しむ。

 一発逆転を狙った自爆攻撃。

 爆煙の中で、女体型は脅威の対象を探しーー時を止めてしまった。

 

 トッ、とモンスターから離れた正面位置に無傷で着地する英雄の姿を見た。

 

 次で決める、とベルは決意する。

 ぐっと膝を軽く溜め、後方へ連続宙返り。

 そして、背後にそびえていた一枚岩、その上部壁面に、着陸。

 女体型を深紅色(ルベライト)の瞳が射抜く。

 もはや天災と言っても過言ではない雷炎を全身に纏い、ベルは剣を溜める。

 繰り出すは、一点突破の白き雷霆。

 

『必殺技の名前を唱えれば攻撃の威力は上がるんやでー』ニヤニヤ

『ほ、ほんとですか!? なら、かっこいい名前を考えないと!!』

 

 と、己の主神に騙されている彼は、静かにその名を唇に乗せる。

 

「リル・ケラヴノス」

 

 主神には何故か不評だった一撃必殺の名を唱え、ベルは雷の矢となった。

 閃光の如く、神速の勢いで女体型モンスターへ急迫し、一瞬の拮抗も許さぬまま貫通した。

 止めに等しい風穴を開けられた女体型は、硬直し、瞬く間に全身を膨張。

 膨れ上がった体は一気に四散し、桁外れの大爆発を起こしながらこの世を去った。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 モンスターの自爆を回避するため、フィンの指示のこと、十分な距離を離した上でベルの戦闘の行方を見守っていた彼等【ロキ・ファミリア】のところまで爆発の余波が届く。

 視界が灼熱に包まれ、全ての光景が赤く染まる。

 

「ベル……」

「リヴェリア、少しは落ち着いたらどうだ」

 

 先程からその場でぐるぐると周り、じっとしている事が出来ない母親にガレスが注意を促す。

 

「うるさい、あの光景を見て、落ち着いてなどいられるか」

「全く、いつになったら子離れが出来るのか……のう、フィン?」

「今その話を僕に振るのかい? やっとリヴェリアから解放されたのだから、勘弁願うよ」

 

 フィンの予想通りに、ベルの母親(リヴェリア)から散々絞られたので、この件に関しては何も言えない立場にあった。

 

「こうなっては仕方ない。ベルを迎えに行くぞ」

「リヴェリア様、私もお供します!」

「リヴェリア達だけ、ずっるーい! 私も一緒に行くよー」

「リヴェリア様が向われるのなら、私達も!」

 

 おバカな事を言い出したアマゾネスとエルフの団員達にフィンの胃袋にはダメージが蓄積される。

 

「ラウル、後の事は任せていいかい?」

「ちょっ、無理っす。自分ではリヴェリア様達を止められません」

「ったく、めんどくせーな。おい、アバズレ共。満足に男の凱旋も待てねーのか!」

「べ、ベートさん!?」

 

 ラウルは思った。これ死んだな、と。

 

「「「はあ?」」」

 

 案の定と言うべきか。

 すぐに、ベートは捕まり為す術なく連行される。

 彼女達にボコられたのは必然であった。

 

「えーと、これどう言う状況?」

 

 割れる炎の海。歩み出てくる人影。

 燃え盛る炎を背にしながら、白髪赤目の英雄がゆっくりと帰還してくる。

 

 大歓声。

 

 彼女達はボロ雑巾となったベートを放り出し、ベルの元へ駆けつけたーー。

 

 

 

 

 とある一方で。

 

「べ、ベートさん!? リ、リーネ! ベートさんに治癒魔法を! 急ぐっす!」

「は、はい!」 

 

 不器用な生き方しか出来ない狼に不器用な恋心を向ける一人の少女の姿があった……。

 

 

 

 

♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 ーー後日。

 

「それでは、今回の遠征の報告を始めようか」

 

 ここは黄昏の館の会議室。

 フィン、リヴェリア、ガレスに主神であるロキを加えて今回の遠征の報告を行なっていた。

 

「まずは、今回見つかった新種の極彩色のモンスターの話から。外見はーー」

 

 今回新たに見つかった新種のモンスター。

 武器をも溶かす腐食液を吐く芋虫型に、それを統べる女体型モンスター等。次々と報告が進んでいく。

 

「次に出発前に試したい陣形ある言うてたやろ。どうやった?」

「ベルを後衛での採用についてのことか?」

「それや!それ!!」

 

 ロキの問いにリヴェリアが答える。

 

「行きの道中で少し試したが、はっきり言わせて貰うなら火力魔導士として右に出るものはいないぞ」

「ほう、そこまで言い切るか」

 

 リヴェリアの答えに対してガレスが感嘆する。

 

「ああ。最速で放つ無詠唱魔法、英雄願望(スキル)によるファミリア最大火力の砲撃魔法、圧倒的な機動力による魔導士の理想の型である移動砲台化。それらに加えて、ベルにはあれがある」

「付与魔法のことかの……」

 

 ガレスの問いにリヴェリアは頷き、続ける。

 

「最強の矛にも盾にもなるからな。本職が前衛の分、例え挟撃されたとしても対処は可能だ。陣形を立て直す時間は充分に作れる。今回みたいな留守中の二の舞にはまずならないだろう……問題があるとすればーー」

 

 リヴェリアはそっちの方が厄介だと頭を抱えた。

 

「話を聞く分にはそれらしい所はないと思うがの」

「まずい事でもあるんか?」

 

 ガレス、ロキの意見に対してフィンが考えを述べる。

 

「優秀過ぎる事かな?」

 

 フィンの答えを肯定し、リヴェリアは説明を続ける。

 

「ああ。あれでは後衛達の成長には繋がらん。ろくにする事がないからな。詠唱の間に敵はベルが処理してしまう」

 

 ベルが動くと瞬く間に敵を殲滅するので、特に妖精部隊(フェアリー・フォース)の経験が積めないのだ。それに加えて極少数だが、自信をなくす者まで存在する。レフィーヤはその筆頭と言えよう。

 

「前衛でも似たようなものかの。皆、ベルに頼り過ぎてしまう。儂らを含めての」

 

 厳密に言うとガレス達は壁役、ベルは遊撃なので、役割が違うが彼に頼り過ぎる事こそが問題なのである。

 

「そこは否定出来ないかな。基本的には遊撃として臨機応変に対応出来るよう配置しているけど、指揮を執る僕自身、ベルを敵陣のど真ん中に放った方がいい気がするからね」

「……おい」

 

 団長であるフィンのぶっちゃけた考えにリヴェリアが嗜める様に促す。

 

「もちろん、そんな指示は出さないけど」

「階層主級の相手を、ベルだけに任せていたが?」

「勘弁してくれ」

 

 今回はそれが最適解であったための指示だが、普段なら決してそんな無茶な指示は出さない。だが、そんな彼でもついつい頭を過ってしまう。それほどまでのデタラメさなのだ。

 

「それで、当の本人の様子はどうだい? まだ戻らないかな?」

 

 首脳陣を良くも悪くも常に悩ませるベルは、あの夜以降ずっと様子がおかしいままである。

 

「ああ、酒場での一件以降元気がないように見える。ベートだけが原因って訳でもなさそうだが……」

母親(リヴェリア)でも分からないか」

「知らん、心当たりがない」

「まさか女か!?」

 

 ロキの呟きにリヴェリアが豹変する。

 

「ほう。どこの馬の骨かは知らんが、嫁の作法を教えてやろう」ゴゴゴゴ

「いやリヴェリアよ。お主、嫁になった事ないじゃろ」

「ベルきゅんに女が出来たら大変やなー」

「いや、ロキ。君も大概だからね」

 

 フィンはロキが戦争を仕掛ける姿が容易に想像出来た。

 

「うちなら、もっと上手く()()。こう言うんは、秘密裏(バレず)に処理するに決まってるやろ」

「それ、もっとダメなやつだから……」

 

 やれやれ、とフィンは短く息を吐き、続ける。

 

「さて、おふざけは此処までにして話を戻そう」

 

((えっ))

 

 約二名ほど驚いた反応を示すがフィンは無視して続ける。

 

「ベルの対処は、リヴェリアに任せていいかい?」

「ーーああ。なんとかしよう」

 

 ベルの扱いにおいて、母親(リヴェリア)の右に出る者はいない。

 故に、投げた。

 

「儂からもベルについて話がある」

「なんや、珍しい」

「いい機会じゃからな。何、ただのベルとの訓練についてじゃ」

「ああ、その事か」

 

 フィンは知っていた。

 ただの素手喧嘩(ステゴロ)による組手に於いても、遂にベルが手に負えなくなっている事を。

 

「ボクとガレスの二人がかりで、押された時は本当に参ったよ」

「全くじゃの、ガハハハハハハ」

「男二人して情けないなー」

「此処は素直に成長を喜ぶべきだろう」

 

 ロキがおちゃらけ、リヴェリアが懐かしむ。

 泣き虫で臆病で優しくて純粋な普通の少年。

 争いとは無縁の世界で生きるべき男の子。

 才はあった。センスもあった。

 

  ーー否。違う。

 

 これだけでは言葉が足りない。

 鬼才だった。正真正銘の規格外。

 血は争えない。

 普通は親と子を指す言葉だが、才能の面に関しては、この言葉が彼女をよく知る者達にはしっくりと来る。

 

 

 まさに、『()()()()()

 

 

 心は間違いなく冒険者に向いていなかった。       

 それが皆の共通認識だ。

 だが、本人は冒険者になる道を選んだ。

 故に……。

 フィン達はベルに生き残るための力を。技を。知恵を。

 死なないための教育を徹底的に施した。

 その結果。今に至る。

 

「ステイタスは限界突破した後も伸び続けてるからなー」

「ロキ、ちなみ今のベルのステイタスは?」

「後少しでオールSSSっちゅうとこやな。()()()の話やけど……ちなみにレベルアップ自体は一年以上前から可能やったで。これ一応、秘密にしてなー」

 

 ベルの器の昇華(レベルアップ)に関しては、主神の方針で各レベル帯での最終ステイタス(基礎アビリティ)がオールSSS以上になってから行う事になっている。

 だが、高すぎるステイタス故に、とある昔『神々の宴』でベルのレベル詐称の疑いが上がった。

 答える義務も無かったが、その際にはレベル1の時からオールS以上で昇華していると発表している。嘘は言っていない。ーー最もステイタスの上限はSまでが常識なので、誰も疑いを持たなかった。

 故に、オールSの時点で十分お祭り騒ぎにはなったのだが……。

 

「「「…………」」」

 

 言える訳がない。

 それが三者の意見だ。

 娯楽に飢えている神々が知れば絶対にろくな事にならない。

 また、冒険者達にとっても毒であろう。

 この世界では、ステイタスを上げるよりもレベルを上げた方が早く強くなれる為、其方が優先されている。冒険者はそれ程までに危険な職業なのだ。

 だが、ベルに憧れ、真似をしようとする者が絶対に現れる。オラリオでの王子様(プリンス)の人気ぶりを考えると間違いないだろう。しかし、太陽を目指し翼を焼かれたイカロスの如く、数多の冒険者がその過程で命を落とす事が容易に想像出来た……。

 

「そういえば、リヴェリア宛にギルドから要請ーーもといお願いが来てるでー」

「私に?」

 

 ロキの声音が少し高くなったのをリヴェリアは聞き逃さず、眉を顰める。

 こういう時は大抵ロクでもない事を考えているからである。

 リヴェリアには主神の表情が何処かしらニヤニヤと、している様にも見えた。

 

「何でも、リヴェリアに子育てに関する講演を開いてほしいと言う声が多く寄せられていてな。ギルドが動いたっちゅうわけやーーってあぶなっ!」

 

ロキの地雷を踏み抜くスタイルは健在であった……。

 

 

 

 

 

 ーー暫くして。

 

「さて、そろそろお開きにするか」

「そうだな。まだ遠征の後処理が残っている。私は一旦失礼しよう」

「今回は武具やポーションの消費が激しかったからのう」

「僕はしばらくここに残るとしよう。ラウルと後処理の事で連絡事項もあるからね」

 

 フィンが呼び鈴を鳴らす。

 すると廊下の方からダッダッダッと足音が近づいてきて、バタンと勢いよく部屋の扉が開かれた。

 

「団長お呼びでしょうか?♡」

 

 ティオネが幸せそうな笑みで駆けつけた。

 ここでもフィンの胃にダメージが蓄積される。

 

「ラウルをここに呼んできてくれ。あと、ベルはまだ広場にいるかい?」

「ベルならつい先程ダンジョンに行かれましたけど」

 

「「「…………」」」

 

 目を離すとすぐこれである。

 部屋にため息が溢れる事は避けられなかった。

 

「ああ♡ 団長のため息が逃げちゃう……」

「……」

 

 フィンの胃痛物語はまだまだ続く。

 

 

 

 

♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

「ほらよ、防具一式のメンテはしといたぜ」

「ありがとう、ヴェルフ。随分と早いね」

「そら、頑張ったからな。感謝しろよ」

「うん、いつもありがとう」

「おう。それで、剣については二振りともダメだな。損耗が激しいから、元の切れ味に戻るまでは予備の方で我慢しろ」

「う、ごめん」

「いいっていいって。確かに鍛冶師泣かせだが、今回も無事に帰って来たからな。それだけで十分だ」

 

 

【ヘファイストス・ファミリア】所属。

名をヴェルフ・クロッゾ。

ベルの専属鍛冶師であり、兄貴分。

現在は()()()4()

ベルの規格外に応える為、同じファミリアの団長である椿と皆が嫌がる試し斬りに出掛け続け、気がついたら第二級冒険者となっていた。

折れない魔剣を製作した事により、現在はファミリアの幹部を勤めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




《後書き》
今回はベル君サイドを書いて見ました。
この世界線ならベル君無双も許されるはず笑

あと、ダンまちの世界の詠唱は本人の資質や想いが反映されると思うので、この世界線のベル君の詠唱を作ってみました。ベル君はもう既に無詠唱魔法というお手軽なチート魔法を持っているので、付与魔法の方は切り札的な使い方になるかと思います。

余談になりますが、原作では、フェルズの詠唱が個人的に一番好きです。他には、リーネの恋文詠唱もかなり印象に残ってます(><)

【生まれし傷よ、忘れるな。癒せぬ痛みなどないことを】の部分などなど。今作ではお救いせねば!! 原作キャラだと、他に誰の魔法詠唱が人気あるのだろう……。ちょっと気になります笑

それではまた次回。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



今回登場したベル君の魔法↓



魔法名
【英雄顕現(アルゴファニア)】

詠唱文
【求めるは、希望の光。天空統べし雷霆は夢を語り、終焉告げし道化師は理想を謳う。誓いを今此処に。紡がれし英雄神話。聖鐘楼の意思を継ぎ、我は舞台の終幕を飾る。偉大な雷鳴と業火をこの身に纏いて、未来(あす)への道標を此処に示そう】

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