剣姫と白兎の立場を入れ替えたのは間違っているだろうか   作:Hazakura

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第1話 剣姫と白兎

 迷宮都市オラリオ――『ダンジョン』と通称される壮大な地下迷宮を保有する巨大都市。富が、名声が、何より『未知』が依然として眠る、魅惑の地。己が望みを叶えるため、人は高みを目指す。その地で一人の少女(剣姫)がとある少年(白兎)に憧れた。これは"もしも"の英雄譚。

 

 

 

 

 

『ヴヴォォォォォォォォォォォォォォッ!』

「ッ!」

 

 いきなりだった。

 岩窟を震撼させる咆哮が響く。

 アイズは得体の知れない本能的な恐怖が身体の奥底から湧き上がった。

 息を殺してその場に立ち尽くす。

 徐々にその声の主が姿を現した。

 筋肉質な巨大な体に赤銅色の体皮ーーミノタウロスだ。

 

 ミノタウロス――管理機関(ギルド)から階層領域ごとに定められている脅威評価、最高(みつぼし)に認定される中層最強モンスター。

 それに対してアイズは冒険者になって日が浅いLv.1。

 両者の間には絶対的な力の差が存在した。

 初めて相対する恐怖。

 逃げないといけない。

 そう何度も思うが、視線が動かせない、足も動かない。

 それに対して心臓の鼓動だけはいつもの何倍も働いていた。

 ミノタウロスと視線が合う。

 呼吸の仕方を忘れるぐらいあの化物に射竦められアイズの行動は奪われた。

 

――次の瞬間

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 ミノタウロスが走り出した。

 ミノタウロスがアクションを起こしたことでアイズに掛かっていた呪縛も解ける。

 腰にある鞘から剣を抜き、相対する。

 あっという間に顔前に迫った巨牛が、拳を振り下ろした。

 

 ――速い!!

 

 アイズは撃退することを放棄し、無我夢中で身を地面に投げ出した。

 それによりミノタウロスの攻撃をやり過ごすことが出来た。

 その代わりに壁際へと追い込まれていた。

 渾身の一撃を被った地面は見事に破砕しており、もしあれを受けていたらと思うと顔から血の気が失せていく。

 ミノタウロスは本能に従うまま再び拳を構える。

 退路なしの絶望的状況。

 

 

 ――まだ死ねない。

 

 ――死ぬわけにはいかない。

 

 ――弱い自分が許せない!!!

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああっっ!!」

 

 アイズは咆哮する。

 圧倒的恐怖に立ち向かうために。

 そして決して諦めないために。

 

 アイズは剣の柄を握りしめ剣撃を放つ。

 それはミノタウロスの胴体を捉えるが硬い体皮と分厚い筋肉によってギルドから支給されたアイズの剣が無残にも砕け散った。

 

 これが地力の差。

 Lv.1の攻撃では一切ダメージを与えられない化物。

 

 壁を背にしてずるずると音を鳴らしながら地面にへたり込む。

 黒い巨影がアイズを覆い隠し、絶望が彼女の顔に差す。

 そして、ミノタウロスの拳が振り下ろされる。

 

 

 ――その瞬間

 

 

『グブッ!? ヴゥモオオオオオオオオオオォォォオォー』

 

 突如、断末魔とともに血飛沫を上げながら、ミノタウロスはいくつもの肉の欠片となって崩れ落ちた。

 そして、怪物に代わって表れたのは、兎を連想させる少年だった。

 

 黒色の軽装に包まれた細身で引き締まった体。

 エンブレム入りの銀の胸当てと同じ色の紋章の手甲、そして手には双剣を携えていた。

 地に向けられた双剣からは血が滴っている。

 無造作に整えられた白髪は、どこか気品があり、そして優しそうで温かみを感じさせる。

 アイズを見下ろす瞳の色は、深紅(ルベライト)

 

 

(……ぁ)

 

 

 ――白髪赤目の双剣使い。

 

 

 Lv.1で駆け出しの冒険者であるアイズでもわかってしまった。【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者。冒険者の中でも数少ない、英雄の器と謳われるLv.5。

 

 

 

英雄(アルゴノゥト)】ベル・クラネル。

 

 

 

「えっと……大丈夫?」

 

 早まる鼓動、圧倒的恐怖は過ぎ去ったはずなのに、心臓は一向に休まる気配がない。

 むしろ嬉々として働き続ける。

 頬には熱が帯び始め、呼吸の仕方を忘れる。

 自分でも初めての体験に体の制御がうまくできない。

 

 その結果ーー。

 アイズは逃げ出していた。

 この日、自分より絶対的強者であるミノタウロスを前にしても逃げなかったアイズが初めて背を向けた瞬間だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「エイナさん!」

「ん?」

 

 ダンジョンを運営管理する『ギルド』の受付嬢、エイナ・チュールは自分の名を呼ぶ声の主をすぐに察する。

 

(今日も無事だったんだ……)

 

 既に半月前かーーあの子がギルドで手続きを行ったのは……。

 自分がダンジョン攻略のアドバイザーとして監督することになったその少女は14歳。

 まだ年端もいかない自分より年下の子供だ。

 危険地帯へ赴くのに無論いい顔はできなかった。

 自分が担当しただけあってその身を案じているエイナは、少女――アイズ・ヴァレンシュタインの安否を確認して頬を緩ませる。

 そして声の方向に振り向くとーー。

 

「エイナさん!」

 

 全身をド黒い血色に染めきった少女の姿が、視界に飛び込んできた。

 整った容姿と白い肌故に、もはや某ホラー映画に出てくる〇子よりホラーである。

 

「うわああああああああああああああああああああ!?」

 

 彼女の悲鳴で他の客も気付き、いくつもの悲鳴がギルド内に響き渡った。

 

「ベル・クラネルさんの情報を教えてください!!」

 

 

 

 

 

 ーー暫くして。

 

 

 

 

 

「アイズ、あなたねぇ、返り血を浴びたならシャワーくらい浴びてきなさいよ……」

「……ごめん、なさい」

 

 体を洗ってさっぱりしたアイズの前で、エイナさんはため息をついた。

 

「女の子なのにあんな生臭くてぞっとしない格好のまま、ダンジョンから街を突っ切ってきちゃうなんて、私ちょっとあなたの神経疑っちゃうなぁ」

 

 アイズにとってお姉さん的存在であるエイナの言葉に『ガッーン』とアイズは衝撃を受ける。

 エイナさんは苦笑してアイズの鼻をちょこんと指で押さえると「今度は気をつけてね?」と微笑んでくれた。

 

 ――コクンコクンとアイズは首を縦に振る。

 

「それで……ベル・クラネル氏の情報だっけ? どうしてまた?」

 

 思い出すとまた顔が熱くなってきた。

 理由は分からないけど、あの人のことを思うと体の調子がおかしくなる。

 頬を赤く染めながら先程の一部始終を語った。

 

 

 ――5階層まで下りてみたこと。

 ――ミノタウロスと相対したこと。

 ――追い詰められたところを、ベル・クラネルさんに救われたこと。

 ――動揺しながらもお礼を言おうとしたけど、頭が真っ白になって逃げてきてしまったこと。

 

 

「――もぉ、どうして私の言いつけを守らないの! ただでさえソロでダンジョンに潜っているんだから、不用意に下層に行っちゃあダメ! 冒険なんかしちゃいけないっていつも口を酸っぱくして言ってるでしょう!?」

「……はい」

 

 冒険者は冒険をしてはいけない。これはエイナさんの口癖だ。

 エイナに怒られてアイズはシュンと縮こまる。

 

「はぁ……何だか強くなるのを焦っているみたいだけど、今日だってそれが原因だったりするんじゃないの?」

「……」

「言いたくないなら、深く言及しないわ。でも、これだけは覚えておいてね。あなたが死んじゃったら悲しむ人がいるんだよ。――私を悲しませないでね」

「……ありがと」

「はい、今日の説教はおしまい! で、知りたいのはベル・クラネル氏のことだよね?」

 

 エイナの問いにアイズは何度も首を縦に振る。

 

「う~ん……ギルドとしては冒険者の情報を漏らすのはご法度なんだけど……かわいいアイズの頼みだし、少しはサービスするね」

 

 本名、ベル・クラネル。【ロキ・ファミリア】の中核を担う双剣使い。剣の腕前は間違いなく冒険者の中でもトップクラス。たった一人でLv.5相当のモンスターの大群を殲滅したこともあり、冒険者達の間でついた、もうひとつの渾名が母性本能をくすぐられる容姿とお人好しな性格から【王子様(プリンス)】。

 

 神様達の間でもその名前は知れ渡っており、女神達からは『ベルきゅんマジ萌えー』とまで賞賛されているらしい。ちなみに、一部の男神と男の冒険者からは――以下略。

 

 【ロキ・ファミリア】にはもう一人、女の子から人気のある見た目が美少年の団長もいるから、人気的に女性からは【ロキ・ファミリア】、男性からは【フレイヤ・ファミリア】って感じかなぁ……。

 

「え~と、あと他に何があったかなぁ。あの容姿であの強さだから、話題はつきないんだよね」

 

 話を熱心に聴いていると、エイナさんは目を二、三度瞬かせた。

 そして、にやにやしながらこちらを見つめる。

 

「なぁに、アイズもクラネル氏のことを好きになっちゃったの?」

「!」

 

 好きという単語が脳内で何回もリピート再生される。

 助けてくれたお礼を言いたいです!……と説明しようと頑張った結果、顔を真っ赤にして、口をもごもごさせるだけに終わった。

 

「あはは、まあ、しょうがないかな。私でも彼はかっこよく見えるし、そんな人に命を救われたんだから」

 

 微笑みながらエイナさんは口元に紅茶を運ぶ。

 

「……あの、趣味……とかは……」

「そこまで踏み入った話は流石に聞いたことない……ってもうこんな時間じゃない。私、まだ仕事が……今日のお話はこれで終わり! ほら、もう用がないなら帰った帰った!」

 

 立ち上がり、アイズを追い出すように部屋の退出を促すエイナさん。

 せめてもの抵抗として少しだけムッとした表情で睨んでみるが……

 

「そんなかわいい顔をしてもダーメ!」

 

 惰弱な抵抗も徒労に終わり、エイナさんとの女子会?は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 廃墟の教会へ入り、地下へと伸びる階段を下りる。そして、目の前のドアを開け放った。

 

「ただいま……」

 

 部屋にあるソファーで寝転がっていた住人は、ばっと起きて起ち上げる。

 外見だけを見れば幼女。

 ただ自己主張の激しい胸は同性にとってかなりの暴力的存在。

 その女の子は、トトトトと音を立ててアイズの目の前までやって来た。

 

「やぁやぁお帰り―。今日はいつもより早かったね?」

「ダンジョンで死にかけました」

「おいおい、大丈夫かい?」

 

 パタパタと体に触れて、怪我がないか確かめてくる。

 

「大丈夫、です。……それより、更新お願いします」

「帰ってきて、さっそくかい? じゃあ、いつものように服を脱いで寝っ転がって~」

「わかりました」

 

 アイズは言われた通りに上着を脱いだ。

 長い金髪を前の方に流すことで、まだ幼さを残しながら白く美しい背中がヘスティアの前に晒される。

 

「アイズ君の背中、すりすり~」

 

 アイズは体をビクッとさせた。

 ヘスティアはアイズに抱きつき背中を頬ずりしている。

 彼女は変態だった。

 

「早くしてください」

「もー、つれないなぁ」

 

 ヘスティアを引き剥がし、ベッドに体を沈める。

 うつ伏せになるとヘスティアはアイズの上に座り込んだ。

 そして、ステイタスを更新し彼女は絶句する。

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.1

力 :I 89→I 97 

耐久:I 81→I 88

器用:H 168→H 192

敏捷:H 164→H 186

魔力:I 0

《魔法》

【】

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上。

 

 

 

「そういえば死にかけたって言ってたけど、一体何があったんだい?」

「……」

 

 アイズは顔をうつ伏せたまま動かない。

 しかし、彼女の白い肌が次第に赤く熱を帯びていく。

 

「おいおい、どうしたんだい? 黙り込んじゃって」

 

 ヘスティアは突然現れたスキル名を見てハッとする。

 

「ま、まさか……男なのかい!? だ、誰だ!? うちの一人娘に手を出した奴は!!」

 

 ヘスティアがしつこく聞いてくるので、しぶしぶ今日あった出来事を話した。

 

「おのれ~、ベル何某君、僕からアイズ君を奪おうったって、そうはいかないぞ!」

「?」

「アイズ君、いいかい? 男って生き物は馬鹿で単純で年中エロい事を考えている狼だ! 無害な草食もいるけど彼は絶対肉食だ! 声を掛けられてもホイホイとついて行っちゃダメだ!!」

「……わかり、ました?」 

 

 ヘスティアが熱弁するも意味をよく理解していないアイズであったーー。

 

 

 

 

 

 

 


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