深海生まれのバガボンド   作:盥メライ

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破邪顕正の無慈悲なマーチ

 フードを被ったシンカイセイカンに気をつけて。

 いつだったか、艦娘達の無線を偶然傍受した時に聞いた言葉だ。シンカイセイカンという言葉が何を指しているのか最初はわからなかったが、フードを被っているという特徴でそれが誰を指しているか私にはすぐにわかった。

 狂気の笑顔だとか、破壊の権化だとか、艦種詐欺だとか、いろいろ言いたい放題言われていたけれど、どれもあの子を正確に言い表しているとは思えなかった。確かに砲戦や航空戦で凄まじい火力を発揮していたけれど、でもだからと言ってあの子は戦うことに楽しさを見出していたわけではない。

 ………まぁ、それらは私の思い込みかもしれないし、勘違いかもしれない。そうであって欲しいという願望かもしれない。そうあって欲しいという希望を押しつけているだけかもしれない。ただ、そう考えるに足るだけものがあの子にはあった。砲火を介してしか向き合わない艦娘達は知らないだろう。肩を並べて戦っている同族達も知らないはず。もしかすると本人でさえ知らなかったかもしれない。あの子の笑顔はとても可愛いのだということを。

 

 

 

 私とあの子は少しだけ似ていた。尾のように伸びる艤装はあの子と私以外に持つ同族はいなかったように思う。似ているのはそれだけで中身は全く似ていないのだけど、あの子にはなにか思うところがあったようで妙に懐かれた。四六時中一緒、とまではいかないがあの子が腰を据える海域にいる間はほとんどずっと一緒にいたように思う。

 きっと私しか知らないのだろうけれど、普段のあの子は柔らかい笑みを浮かべる。私達を沈めることに時間も労力も惜しまない人間達をして狂気と言わしめるあの笑顔は、戦いを離れれば全く見られない。なんというか、あの笑顔は戦いに臨む仲間達のために浮かべるものなのだ。

 おそらくだけど、あの子は自分の強さを自覚していた。それがどう思われているか、どう振る舞えば相手が自分を恐れて攻め込む足を止めてしまうかわかっていた。だからこそ威嚇の為の笑顔を浮かべていたのだろう。狂気だなんてとんでもない。あの子は全くの正気で、そして仲間思いだった。

 

 

 

 あの海には特異とでも呼ぶべき同族があの子の他にもう一人いた。あの子と一緒にたった二人で空を埋めてしまえるほどの暴力的な戦力を持つ、空母に類する同族だった。全て自分に任せろと言わんばかりの存在感を発揮するあの子とは対照的に、個で持つ戦力にまるで見合わない儚い雰囲気を纏っていた。

 彼女は戦いを避けようとしていた。戦わずに済む道を探すかのように。戦いさえしなければ手を取り会える日が来ると信じているかのように。

 あの子はそんな彼女を守ろうとしていた。彼女に寄りそう同族も、同じ海域に漂う同族も、みんなまとめて守ろうとしていた。あまりの強さに同族にすら恐れられ、遠ざけられても。誰も隣にいなくなってしまっても。

 あてのない放浪に戻る私を引き留めようと思えば出来ただろうに、あの子は何も言わず静かに私を見送った。別れ際に浮かべていた笑顔は少しだけ寂しそうだった、気がする。

 あの子の顔を見たのはそれが最後。もう随分と前の話だ。

 

 

 

 

 

 戦いを避けていたはずの彼女が艦娘達の前に立ちはだかり全力を振るう姿に自分の目を疑った。私の知る限りにおいて最強と言ってもいいくらいに強い艦隊だったのに、再び彼女達の海を訪れた時にはその勢力を大きく削られていた。黒く覆い尽くしていたはずの空は眼が眩むほどに青かった。

 彼女は膝を折らなかった。艤装を破壊され戦う術を失っても。ただの一人も仲間がいなくなっても。儚さの面影もない鬼のような表情を浮かべていた。吊り上がった左目から零れる燐光が涙のようだった。艦娘達にその顔は見えていただろうか。

 戦いの終わりを告げたの小さな砲声だった。最後の一発を放った小さな艦娘は撃った体勢のまま静かに笑みを浮かべていた。達成感からだろう。安堵からだろう。強者が犇めく海域の、困難極まる攻略を成し遂げたのだ。勝者には笑顔が似つかわしい。歓声があり、凱歌があってしかるべき。故にその笑顔は至極自然で当然のもの。だけどどうしたことか。私にはその笑顔こそが狂気に見えるのだ。

 

 

 

 私達ですらよくわかっていない私達のことを人間はどうして悪いものだと決めてかかるのだろう、などと被害者ぶるつもりはない。私も同じ立場になれば同じことをするだろう。あの艦娘の矮躯にどれほどの命が背負われているのか、一応は知っているつもりだ。撃って壊して沈めるしか能のない私にも人間側の事情を察することくらいはできる。彼ら彼女らにとって私達がどれほどの脅威なのか十分理解できている。

 でも、だけど。思わずにはいられない。考えずにはいられない。

 連戦により激しく消耗していた艦娘達は私への警戒を絶やすことなく、かけらのほどの油断もなく撤退していった。新たに現れた私を、不倶戴天の敵であるシンカイセイカンを見つけても戦わず撤退することを選択できるのなら、彼女達を放っておいてくれたってよかったじゃないか。

 

 

 

 絶望の理由を思い出す。私の願いはどうして叶えられないのか。それはとても簡単な話で、私の帰りたい場所に私の居場所はもうないからだ。そこはもうおかえりという言葉が私を出迎えてくれる場所ではない。海に還れと撃たれるだけだ。

 それならそれで静かに漂っていられる場所があればいいと思っていたけど、人間達はそれすらも許してはくれないようだ。正義の味方は正義にしか味方する余裕はないらしい。悪と見なされた私達に味方してくれる誰かさんはいないものだろうかと考えて、あの子の顔が思い浮かんだ。強くて可愛くて心優しい深海のヒーロー。

 一つくらい救われる話があってもいいのに、私達は沈むばかりだった。




レ級さんが首に巻いてるやつ、ずっとマフラーだと思ってたけどよく見たらネックウォーマーっぽい。
画面見てない証拠ですね。だから中段も見えない。

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