なんだかごり押し感が出てしまいました…。
書いてる時って脳内補完してしまうからちゃんと描写できているか心配…。
◆征暦1935年8月9日早朝~ファウゼン鉱山内部~
「なぁウェルキン。早くあのデカブツを始末した方がいいんじゃねぇのか? 外の奴らが根を上げちまうぞ」
「分かってるよ。でもまだだね。あの列車砲を潰す機会は一度しかない。タイミングは誤れない」
エーゼルによる榴弾砲撃から翌日。
両軍の戦いは一旦夜が明けるのを待ち膠着状態となっていた。
鉱山内部では西側を義勇軍第7小隊が、東側を正規軍422部隊が担当していた。
だがエーゼルが鎮座する高架橋の爆破任務は第7小隊に一任されており、クルトが率いる
ウェルキンは時間をかけてでも作戦を完璧に遂行すべく、多少無理をしてでも高架橋破壊のタイミングに注意を払っていた。時折422部隊に所属するアルフォンスが行動を起こさない第7小隊にやって来ては催促を迫っていた。無論ウェルキンとて早々に事を運ばねばならないのは百も承知している。
「でもよ。いつ橋に仕掛けた爆弾がバレるかも知れないんだぜ?今すぐ爆破すべきじゃないのか?」
「今起爆した所で、あの爆薬の量じゃ橋が崩れかかるだけさ。列車が完全に橋の真ん中へ移動した時じゃないと橋は完全に崩れない。何回も言っただろう?」
ウェルキンは鉱山内部に潜入後、囚われているダルクス人の代表であり内通者でもあるザカから、橋の下に仕掛けられた爆弾について詳しく話を聞いていた。
『俺達が何とか爆弾を仕掛けたが、あれじゃとてもじゃないが鉄橋は落とせないぜ大将。列車が橋の中心に居座りゃ話はべつなんだがなぁ』
ザカの努力も虚しく、グレゴールは満遍なく身の危険が感じうる全ての場所に警備を増やしていた。
労働力として使役しているダルクス人は終始一日中監視されていたという。
それでもザカら工作員は監視の目を掻い潜り必要最低量ギリギリの爆薬を設置することに成功したのである。
問題は仕掛けた爆薬の量で橋を落とすには、ガチガチに固められた鋼鉄の列車による
「けどよ、あのデカブツ昨日から殆ど動いてねぇぞ」
「…うん。僕も迂闊だったよ。あれ以降その地点から砲撃を
ラルゴやウェルキン…いやダモンを含む全ガリア軍最大の誤算となった原因がそこにあった。
グレゴールが立案した作戦は、あくまでもガリア軍が”射程圏内に入らざるを得ない状況へと誘い込む”という趣旨であり、自らはその場から動かず反動が大きい列車砲台を固定させていたのだ。
詰まる所、高架橋に鎮座はしているが、車輌全てが乗っている訳では無かった。
「将軍は大丈夫かな。敵兵からの情報だと幾つかの部隊が壊滅したって話だけど……」
副官であり偵察
もしかしたら自分達の不手際で外ではガリア軍が押されているのかもしれないと、彼女は不安を募らせていた。
「外の様子は余り分からないけど、敵の本隊が帰ってこない所を見るにまだ戦闘は続いている筈だよ。だけど、そろそろ限界だね」
―――どうする?このまま無理強いをしてでも橋を爆破すべきなのか?
ウェルキンとて馬鹿ではない。寧ろ義勇軍に籍を置いている中ではズバ抜けて優秀な人間である。
それは彼の父ベルゲン・ギュンターの血筋を引いているからではない。
しかし、ウェルキンは非凡ではあるが天才ではない。天才であれば困難な状況に身を置かれても全てを成すだろう。だが、彼は現状を打破しうる策を持ち合わせていなかった。
刻一刻と無情にも時計の針が回っていく。
そんな時、ウェルキンのイヤホンからクルト・アーヴィング少尉の声が彼の鼓膜に響き渡った。
≪ウェルキン。要はあの列車を橋の真上に移動させればいいんだな?≫
「うんそうなんだけど――ってクルト!?そっちは大丈夫なのかい?!」
とある機会からクルトと縁を持つ様になった2人は意外にも馬が合い、
閑話休題
クルトが率いるネームレスは、無事に近隣の敵掃討という任務を完了しており、部隊員は次の指示があるまで各自休息をとっている状態であった。
≪こっちは粗方片付いている。後はそっちの動き待ちだったんだが…動けそうにないとNo.11から報告を受けてな。起爆は君の判断に任せる。暫く待機していてくれ。俺が何とかしよう≫
「……ありがとう!本当に助かるよ!じゃあ君達が橋から離れた頃合いを見て橋を落とすよ!」
クルトが一度言い出したら聞かない性分である男だと知っているウェルキンは只素直に彼の恩に感謝した。現状を打破できないならば仕方がないという理由もあるが、何よりクルトの言葉はいつも的確に核心を突いてくるものであり、此処で変に拒否などすれば尚の事彼は意固地となって言いつのってくる様子が瞼の裏に浮かんだのも理由の1つだった。
ウェルキンの言葉を受けてクルトはすぐさま無線を切る。そしてウェルキンは肩を落として頭上に暗雲を立ち込めさせていた。
「隊長。しゃんとしなって。別に負けた訳じゃないんだからさ」
「確かにそうだけど…。やっぱりさ、なんかこう…申し訳ない気持ちで……」
自分の不甲斐無さに普段から明るいウェルキンには珍しく落ち込んでいた。
それに付け加えるならば、ライバルに後れをとったという悔しさも入り交じっている。
余談ではあるが、現在のガリア軍においてウェルキンとクルトを超える士官は存在しない。
彼ら自身はこれが基本だと思っているので知る由も無いが。
だからだろうか。これまで自身の部隊のみで作戦を遂行してきたウェルキンにとっては、初の挫折ともいう気持ちも心中渦巻いている。その有様は流石のロージーも同情を禁じ得ない程で、彼女が珍しく肩を叩く位にはウェルキンは落ち込んでいるらしい。近くにいたラルゴも彼に活を入れる為、笑顔で力強く背中を叩いた。
「い、痛いよラルゴ!?」
「ロージーの言う通り、俺達はまだ負けちゃいねぇんだ。隊長のお前がそんなんでどうすんだ?他の奴らを不安にさせちまうだけだぜ? これからはもっと先を見据えて動けばいい話じゃねぇか。まぁ俺はそこまで賢くねぇけどな!ガハハハッ!」
第一次大戦を経験しているラルゴは部隊の団結力の強さをその肌で感じており、部隊の士気崩壊がどれだけ恐ろしいかを身を以て知っていた。士気崩壊のきっかけが、ほんの些細な綻びから生まれる事も。つまり部隊長の士気はそのまま部隊の士気に繋がるという事なのだ。このままウェルキンを放っておいては指揮にも影響が出るのを危惧したラルゴは、持ち前のポジティブさを活かして彼を励ました。
「――そうだね…!隊長である僕がこんなことで落ち込んでると皆を不安にするだけだ!」
「おう!その意気だぜウェルキン! んじゃ、こっちも動くとするか!」
普段の調子程では無いが、無理にでもウェルキンはやる気を出して背筋を伸ばした。それに呼応して他の隊員もそれぞれ意気込みを行う。
ファウゼンの、グレゴールの命数が着々と縮まっていった。
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◆同日同時刻~ガリア軍 簡易司令部テント内~
「夜が明けたか…。結局一睡もできなんだ……」
腕を組んでただひたすら、第7小隊と422部隊からの連絡を待っていたダモン。
彼以外に起きている兵士と言えば歩哨ぐらいなもので、それ以外の兵士は各自休息に入っていた。
徹夜といえば鉱山にいる両部隊も徹夜なのだが、外程激しい戦闘に巻き込まれた訳でもないのでそこまで体力は消耗しておらず、特段苦しいとも思わなかった。
しかし外は別である。日が完全に落ちるまでガリア軍は帝国軍と交戦していたのだ。
けたたましく轟いていた射撃音や人の声は鳴りを潜め、それは敵とて同じ状態であった。
「誰か水を持って来てくれ――と言っても反応無しか」
多忙だった通信士は突っ伏して眠りについていた。
ダモンは仕方なく自ら水を取りに行くべく椅子から立ち上がる。と言っても長机の直ぐ近くに水を入れたポットが用意されており、どちらかというと固まった手足を伸ばすために立ったようなものであった。
水を飲み干してから暫くして、いつもの葉巻を吸うべくテントの外へと歩いた。
「あ!将軍おはようございます!」
「うむ。おはよう。あれから敵の動きはなかったか?」
左手を腰に当て葉巻を吹かしていると、見張りの歩哨がダモンの姿に気が付き駆け寄ってきた。
交代制で勤務しているお陰か、兵士の顔は爽やかな風貌を纏っていた。
「はっ!異常なしであります!」
「よろしい。巡回に戻るがよい。もう少し時間が経てば皆も起きるであろう」
「ははっ!」
歩哨の力強い敬礼に応えるようにダモンも威厳たっぷりの敬礼を返すと、歩哨は巡回へ戻っていった。
ダモンは再び葉巻を吹かし、ただ目的地であるファウゼンを真っ直ぐと睨む。
すると後ろから誰かが歩いてくる音が聞こえた。オドレイ大佐であった。
「閣下。葉巻はお体に障りますから、そろそろ禁煙為さった方が――」
「開口一番がそれか大佐…。だがわしは止めんぞ。これはわしの生き甲斐でもある」
"ブハァ"と煙を吐きつつダモンは、しかしオドレイの視線が痛かったので仕方なく葉巻を消して最近買った携帯灰皿に入れた。徹夜はするものではないなと、ひっそりと心の中で呟きながら。
「それで? 何か報告でもあるのか大佐?」
「閣下に朝食をご用意致しました。コーヒーが冷める前に―――!?」
――――ズォォォンッッ!!!
オドレイの言葉は最後まで言えなかった。
巨人が地面を叩いたかのような音と共に軽い地響きが唐突にガリア軍の陣地に響き渡ったからだ。
ダモンの近くでうたた寝をしていた各兵士がその音で一斉に飛び起きる。咄嗟に兵士達は目を擦って武器を持ち直した。
「山から煙が!?」
異変が起きた場所にダモンは目を向けると、ファウゼンの頂上付近からモクモクと黒い煙が立ちのぼっている。ダモンはすぐさま歩哨の首から掛けていた双眼鏡を奪うと、更に目を凝らして頂上付近へ視線を向けた。
その間オドレイはすぐさま各部隊へと指示を飛ばし、すぐにでも対応できるよう手配していった。
周りが目まぐるしく動き回る中、ダモンは1人双眼鏡を覗き続けた。
「ぬぅ。此処からでは煙しか目視できぬ……ん?」
「何か分かりましたか閣下?」
「む、少将か。暫し待て」
いつの間にか隣にはバルドレンが立っていた。
ダモンは双眼鏡から目を離して彼を一瞥すると、また双眼鏡を覗いた。
すると山の斜面から何やら慌てて逃げているようにも見える兵士の姿が目に付いた。
黒衣に包まれた、彼が見知っている兵士の姿が。
「……少将。軍を前進させるぞ」
「よろしいので? あそこは敵の砲弾が飛んできますが?」
3つの中隊が一瞬で壊滅した地点へ進軍せよとの命令に流石のバルドレンも疑問を呈する。
だが、ダモンは確信を持って命令を下していた。
「もはやそのような状況には陥らないぞ。あ奴らが上手く仕掛けてくれたようだからな」
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◆同日同時刻~帝国軍 ディゼール・ヤンルーク工業地帯~
「なっなんだ!何が起きた!?」
副官アーヒェン准将は自身の後ろで起きている出来事に理解できなかった。
グレゴールの命令で戦術的撤退を行い、されどもう一度ガリア軍を誘い出す為、再出撃の準備に取り掛かっている時に、後方の味方陣地が大きく爆発したのだ。
「ガ――ガリア軍!ガリア軍が鉱山内部に侵入しておりまァすッ!」
「な!? いつの間に我が軍の陣地へと入り込んできたのだ!?」
下士官である部下が必死に声を荒げて敵の攻撃を受けている場所へと指を指す。
そこは紛れもなくファウゼン工業都市の中心部であり、グレゴールが居座るエーゼルの至近距離であった。アーヒェン准将率いる北部帝国軍の主力は、ファウゼンよりも少し下に位置するディゼール及びヤンルーク工業付近に展開していたので、本陣の守りは文字通り手薄となっていた。
「閣下は!?閣下はご無事なのか?!」
「ふ、不明です!」
「急げ! 閣下の命無くして我らの勝利は得られんのだぞ!!」
グレゴールに習って普段から冷静を保つように努力しているアーヒェンだが、この時ばかりは取り乱した。
予想外の部位から攻撃を仕掛けられたのだから無理もないだろう。
しかも、相手がガリア軍随一の特殊部隊
迎撃に出た兵士達が尽く戦死している現実に、アーヒェンは更に取り乱す。
敵の動きはまるで機械の様に忠実に動作し、黒い軍服も相まって恐怖の権化の様にしか見えなかった。さしもの精鋭帝国軍とて奇襲を受けては堪らない。敵の位置を把握する前に、陣地に置いてあったラグナイトの木箱が誘爆によって炎上し、兵士達は次々と炎に巻き込まれていった。
「ぐわァァァ!!!」
「敵の動きが読めない!!どこから攻撃が――?」
「衛生兵!衛生兵を寄越してくれ!ベルントが撃たれたァ!!」
無線を開けば自軍陣地であるにも関わらず味方の悲鳴と発砲音しか入ってこない。
しかも都合が悪い事に、敵の攻撃によってエーゼルとの通信回線が切断されてしまったという事実が、偵察部隊の報告により判明。これによりグレゴールの指示による対処が行えなくなった。つまり、副官であるアーヒェンに一時的に主力軍の指揮権が渡ったという事である。
しかし、彼は敵の攻撃による混乱の中で指揮を確実に取る事ができず、攻撃を受けた部隊は各自の判断によって反撃を行っていた。それでも彼は、数では圧倒的に優位である自軍が、あまつさえ敵の1個小隊により翻弄されている現実に唾を飛ばして敵の撃滅を指示した。
だからなのだろう。アーヒェンは気が付かなかった。
敵の攻撃がファウゼンから自らが指揮を執る此処へと徐々に移動している事に。
迎撃に出した部隊はその場から殆ど移動していないという実態に。
確かに
「ふざけるなぁ!!栄えある帝国軍が弱小であるガリア軍の1個小隊に負けてなるものかァッ!! 貴様らなど…貴様らなど閣下の足元にも及ばんのだァァァッ!!」
「准将!どうか落ち着いて下さい!」
癇癪持ちでないアーヒェンがここまで取り乱す。
そんな彼を見た下士官は冷や汗を出しつつも必死にその怒りを鎮めようと努力した。
だが、クルトらは怒れるアーヒェンに対して火に油を注ぐかの如く、更なる追い打ちをかける。
≪敵が我らの目の前を横切って退却を始めました!!≫
「なんだと!」
必死に怒りを鎮めていた下士官は部下からの報告に驚きを隠せないでいた。
最も、その報告のせいで帝国軍は免れたであろう滅びの道へと誘われてしまう結果となる。
アーヒェンが…何かが頭の中で切れたからだ。
――精鋭足る我が軍を目の前にして退却…?
――弄り回すだけ回して悠々とエーゼルの射程圏から逃げる…?
――それも私を目の前にして…?
「フ…フフ……フフフフ…。そうか…そこまでして私を怒らせたいか…。愚かなるガリア人よ…」
冷静を保つべく努力していたアーヒェンの面影は既に消えていた。
彼は腹の底からはち切れんばかりの大声を無線マイクにあらん限りに打ち付けた。
眼は血走り、歯茎を剥き出して怒鳴る姿に下士官は悪魔を見た。
「全軍出撃ッッ!! 眼前を横切るガリアの豚共を、1人残らず抹殺しろォォォッ!!!」
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◆同日数十分後~ガリア軍 422部隊~
「うちの隊長って本当に馬鹿なのかもしれんな。ウィ~…ヒック」
「誠に。某、斯様な死地に迷い込むとは…」
「でもそれが私達の隊長ですから…」
ザハール・シン・マルギットは声を揃えて隊長であるクルトの無茶ぶりに頭を抱えた。
いや彼らだけではない。普段は命令に従順なグスルグやリエラ、更に付け加えるならば犯罪王セドリックまでもが今回の作戦には悪態をついていた。文句を言っていないのは唯一エースであるイムカだけである。
グスルグは反対の意思表示としていつもよりも無口になっていた。
『これから俺達は主目標であるエーゼルを誘導する為に敵の注意を引く』
言葉にすれば単純明快ではある。
確かに彼らは幾度の激戦を潜り抜けてきた猛者であり、無論彼らを率いてきたクルトの指揮能力はもはや疑うべくもない。
とはいえ、それでも限度というものがあると今回だけは言わせて貰いたいと、部隊全員が口を揃えて反対したのが、今回の作戦だ。
「何ぶつくさ言ってんだい。もうやっちまったもんは仕方がないだろうさ」
「そうですよ。それにこんな経験、もう2度と味わえないかもしれないじゃないですか」
グロリアとセルジュは既に達観している様で、走りながら3人の言葉に反応した。
特にセルジュに限っては反対こそしていたものの、死に急ぐ彼にとっては半分嬉しい作戦でもあったらしい。作戦が強行されても現状不満ではないという。
現在、帝国軍の大部隊を奇襲した彼らは、先の戦いでガリア正規軍中隊が壊滅した地帯を通ってダモンが率いる本隊への合流を図っていた。そしてこれがクルトの狙いでもあり…賭けでもあった。
その間も逃げる彼らの後ろからは"ヒュンヒュン"とライフルや突撃銃の弾丸が降り注いでくる。
特殊部隊といえど無敵ではない。雨霰と降り注ぐ敵の弾が部隊の後方で走っていたクラリッサの肩に命中した。
「きゃっ!」
「クラリッサちゃん大丈夫かい?!」
「へ、平気です。弾が肩を掠っただけです!」
ネームレス一の衛生兵であるクラリッサの隣にいたジュリオが小さく叫んだ彼女の肩を見やる。
彼女の言う通り、ほんの少しだけ掠り傷があるだけで命に別状はなかった。
「隊長!このままじゃ追い付かれるぞ!大丈夫なのか!?」
≪問題ない。このままダモン将軍の所まで逃げる。俺の予想ではここまで敵は来ない筈だ。それに…≫
「それになんだ?!」
≪将軍は俺の意図に気が付いてくれたらしいからな≫
ジュリオの言葉にクルトは淡々と答えていく。
この時、グレゴールも自身の急所ともいえる場所から攻撃を受けてしまった為、アーヒェン程では無いが若干注意がネームレスの方へと向いてしまった。しかし、その影響でグレゴールはこの戦いで初めて列車を移動させた。これを未だ鉱山内部に潜んでいるウェルキンが見逃す筈もなく、第7小隊はグレゴールの護衛部隊と交戦を開始した。事態はクルトが思うよりも順調に事が運んでおり、グレゴールはウェルキンらに対処すべくエーゼルの列車砲撃を中断、現在近づいてはならないとされている射程圏内地帯は何の問題もない平野へと変貌していた。
「お? おぉ?」
「敵が動きを止めましたね」
ザハールとセルジュが後ろに振り向くと、さっきまで追いかけてきた敵はその場から動かなくなっていた。上との連絡手段がない彼らにとっては、エーゼルが沈黙しているなど夢にも思っていないのだろう。
だがそれだけが理由ではない。
ネームレスの逃げる先には、ガリア軍が大量の砂塵を巻き上げて山へと進撃してきていた。彼らを認識したアーヒェンは更に激昂したが、数に劣り且つ奇襲を受け足並みが揃わない帝国軍に勝ち目がないと悟り、再び鉱山への撤退を断腸の思いで決断。昨日の恐ろしいまでの連携が嘘のように、帝国軍は無様に逃げ始めたのだ。
ここでクルトは賭けに勝った。
それを証明するように、彼の無線機にダモンの声が響いた。
≪よくやったぞ少尉! これより我が軍は全部隊を投入してファウゼンへと進軍する!お主は後方の補給部隊と合流し、休息を取るがいい!≫
「はっ!閣下の御武運を祈っております!!」
≪任せておけぃ!今日中に落として見せるわ! ガーッハッハッハ!!≫
ガリア軍はダモンの号令の元、一気呵成に戦場を駆けていく。
十余万の戦力を以てして敵陣地へと突撃していく様は、いつぞやの粛清前のガリア軍と同等であった。
グレゴールによる作戦は、皮肉にもガリアの若い指揮官達を成長させてしまっていた。追い詰められる程に人は必死に学ぶ。ガリアの若手指揮官は極度に追い詰められた事によって強い胆力を手にしていた。
各兵士が掛け声を上げて次々と自分達を抜いていく様に、グロリアとアルフォンスが冗談を言い合った。
「やれやれ…。これでやっとこさゆっくりと煙草が吸えるってもんさね」
「正規軍の奴らが羨ましいぜ。美味しいとこだけを持っていくなんてな」
「おや。なら今からあの将軍の後を追うかい? あたしはやだねぇ」
「レディのお誘いは嬉しいがお断りさせてもらうぜ。あんな陰気臭い所はもう御免だ」
一通りの会話が収まる頃には、補給部隊のみを残したガリア軍がファウゼンへと直接攻勢を仕掛けており、クルトの作戦は他の隊員の軽傷があるものの無事に完遂。彼らは一足早くランドグリーズへと帰還するのだった。
グレゴールの完璧かと思われた防御態勢は、義勇軍第7小隊と422部隊によって分断され脆くも崩れ去り、ガリアの悲願であったファウゼン奪還作戦は佳境を迎えていた。
次回でファウゼン編はお終いです。