「あれも要らない。これも要らない……。どーして要らない物がこんなにあるんでしょーか。……ハァ、今まで掃除していなかったツケが回ってきたのか……。とりあえずガンバロ……」
「……ん?」
アンジェが一つの研究資料をまとめた紙束に目をやった。
それをしばらく眺めていたアンジェは
「これをザエルアポロ君に渡したら喜ぶかな? こないだ話した内容について書かれている物だからきっと喜んでくれるよね」
とこぼした。その資料の表紙には『瞬間移動装置』と書かれていた。
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己の住処の掃除を終えたアンジェは、自分の住処を何処に移動させるか悩みながら、
広い
(ザエルアポロ君の宮の近くに移動させるって手もあるけど……あの辺ごちゃごちゃしていたからなぁ)
そんなことを考えながらウロウロしていると、一体の
「やあ、お嬢さん。こんな所に一体全体どういった用で来たのかな?」
顔の殆どを仮面の名残で覆われた長髪の男である。
この男と会話を続けるのは嫌な予感がする──そう感じたアンジェは、さっさと話を切り上げて帰ってしまおうと考えた。
「いやなに、ちょっとした野暮用でね、それも先程済ませてしまったんだ。それじゃあ失礼させてもらうよ」
そう言ってその場を後にしようとしたが、目の前の男がそれを許してはくれなかった。
「おや? 用事は終わったんだね。それなら俺のお願いを一つばかし聞いてはくれないかな」
面倒事の匂いが凄くするが、無視して逃げ出した方が更に面倒な事になりそうな気がしたので仕方なく耳を傾けた。
「ハァ、なんだい、私はこう見えても忙しい身でね。手短かにたのむよ」
「なに、簡単に終わる内容だからそんなに気を張らなくても大丈夫だよ」
「早く用件を言ってくれないかな? こんな所で時間を喰うのは御免こうむりたいのだけれども」
「これは済まない。なに、用件というのは俺の主である方が君に会いたいと言って居られるのでね、是非とも陛下に会ってもらいたいんだ」
その言葉を聞いてアンジェは、嫌な予感がどんどん大きくなって来ていた。
「……君の主の名前を聞いてもいいかな?」
「そういえばまだ陛下の名前を言っていなかったね。陛下の名前はバラガン・ルイゼンバーン様だよ。君とは昔会った事があると言っていたね」
その言葉を聞いた瞬間、アンジェは苦虫を噛み潰したかのような表情をした。会いに行っても行かなくても面倒な事になる。そういった気持ちで一杯になっていた。
「それじゃあ、陛下をあまり待たせるのもよくないのでね。早速で悪いが俺について来てくれ」
そういって男は先に進み始めた。アンジェは仕方がないといった様子で男の後に続いた。
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バラガン・ルイゼンバーンは昔を思い返していた。かつて、己から会いに行って、作品を作らせていた科学者が、最近、
当時は、その作品の凄まじさから、己の地位を脅かすかもしれないと思い、二度と作られる事がないように研究所を破壊していたが、今は話が別である。あの『試作品』が
更に強化されていれば、藍染を打ち倒し、再び
そういった事を考えながら迎えに行かせた従者──フィンドール・キャリアスの到着を今か今かと待ちわびていた。
「ただいま戻りました」
フィンドールの声が宮の中に響く。配下が静かに控えている中に二人の
もう一人は小柄な少女であった。昔の記憶でも小柄だったため、間違いないだろう。バラガンの姿を確認するや否や、顔をしかめている。実に面白い反応である。
「久しぶりじゃのう。ところで名前はなんだったかの」
その言葉は威圧感で一杯であった。少し挙動不審になりながらも、アンジェはその質問に答えた。
「お久しぶりですバラガンへーか。私はアンジェ・バニングスというしがない一研究者です。そんな私に一体全体どういったご用件があって私めを呼び出したのでしょうか?」
そんな様子のアンジェを見てバラガンは楽しんでいた。
「貴様を呼び出したのは他でもない。また貴様に儂の為に『最高傑作』を作ってもらいたくてな」
その言葉にアンジェはムッとした表情で言葉を返す。
「確かバラガンへーかは昔、同じ様な事をおっしゃられましたよね。その時は私の研究所をメチャクチャに破壊された記憶があるんですけど、その辺は大丈夫なんでしょーか?」
そう臆することなく言い放ったアンジェに対して苦笑しながらもバラガンは特に気にした様子もなく言い放った。
「フン、まだ昔の事を引きずっとるのか。まあいい。昔は兎も角、今はそんな事をするつもりは微塵もないわ。それで、返事はどうなんだ? この儂の為に作ってくれるのか?」
アンジェはしばらく何かを考える様子であったが、何かを決心したようにバラガンの方を向いて言い放った。
「お断りさせてもらうよ。いつ完成するか分かったもんじゃないからね。それに万が一にもまたデータが沢山詰まった研究所を破壊されるのはたまったもんじゃないからね」
その言葉にバラガンは愉快といった表情でアンジェに言い放った。
「ほう、儂の願いを断るとはな。そんな無礼を働いておいて無事にここから帰られると思っているのか?」
そう言うとバラガンは玉座から立ち上がった。その様子を眺めていたアンジェは笑いながら言った。
「無事に帰るつもりだよ、バラガンへーか。貴方が自分の能力に絶対の自信を持っているように、私も自分の能力に自信があるのですよ。逃げる事に関しては私の右に出るものはいないと自負してるよ」
その瞬間、アンジェの姿がかっ消えた。それと同時にアンジェが先程まで立っていた床が塵へと還っていった。
「フン、帰りおったか。まあ、予想していた通りになったといった所かの」
「追いかけなくてもよろしいのでしょうか? 今ならまだ追いつけるかもしれませんが」
その言葉にバラガンは嗤った。あの小娘の能力をまるで理解していないからだ。
「貴様、本当に奴を捕まえられると思っているのか? 何処に
そう言うと再び玉座へと座った。
そういえば言い忘れていたと言った様子で再びバラガンは言葉を紡いだ。
「そうそう、貴様らに伝えておく事があったな。あれは腐っても
こうしてバラガンとアンジェの邂逅は幕を閉じた。
── 一方のアンジェはと言うと。
「くそ〜。あのジジィ、いきなり私を殺そうとするとか正気かよ。これだからあのジイさんと関わるのは嫌なんだ」
バラガンの宮から遠く離れた己の研究所で1人呟いていた。