カラクリの行方   作:うどんこ

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大変長らくお待たせしました25話です。今回、前々から言っていたものがようやく出せました。ここまでくるのは長かった……因みに今回初めてタイトルが二文字じゃないです。時折こうなるのでご容赦下さい。


第二十五話 『雁搦遊宴』

 

 振り降ろされたレクシーの腕が日番谷に届く直前、空から光が降り注ぎレクシーを包み込む。

 

「もう時間かぁ、藍染さまからは時間が来たらお終いって『()()』しっちゃったからお仕置きは無しになっちゃった。運が良かったね」

 

 ヘラヘラとしながら、呼吸を荒くしてこちらを驚愕の表情で見てくる日番谷に語りかける。日番谷の方は何故こいつが無傷なのか理解出来ないといった様子だ。

 

「あーあ、もう時間か〜。まだ(いち)ゲームしかしてないのに……ま、今回はお兄さんの勝ちだね。そうだ、記念にそれあげるよ。大事にしてね」

 

 レクシー以外の者達も空からの光──反膜(ネガシオン)に包まれていた。当然、ハロルドも例外ではなく光の中におり、ゲームが続けられない事をつまらなさそうにしていた。

 

「いりませんよ、サイコロなんて」

「どうせそれは次の機会じゃ使えないんだ。『公平』であるために常に新品を使うからね」

 

 反膜(ネガシオン)の外にいる浦原を一瞥した後、先程まで使っていた丸い板を無理矢理ぬいぐるみの中に押し込み片付ける。

 反膜(ネガシオン)──対象が光に包まれたが最後、光の内と外は干渉不可能な完全に隔絶された世界となるものだ。しかし、浦原はこの悪辣な双子がこれで大人しくなったとは思えなかった。

 

「アナタ達、本当に大人しく帰るつもりですか? アナタとあのお嬢ちゃんだったら軽くそこから抜け出してきそうですからね」

 

 それを聞いてハロルドは嬉しそうに顔を歪める。

 

「もしかしてまだゲームを続けたかった? だよねぇ、まだスリルも味わえちゃあいなかったもんね。でも『約束』は絶対だから店仕舞いしなきゃいけないんだ。ゴメンね」

 

 そしてハロルドはある方向に視点を移す。

 

「それにしてもタコさんまだ無事だったんだね。しぶとさだけは感心しちゃうなあ」

 

 そして浦原も氷の牢獄があった方向を見やると、そこには崩れ落ちる氷柱と身体の至る所に氷がへばり付いており、息も絶え絶えでありながら凄まじい形相でこちらを睨むルピの姿があった。

 

「あはは、おっかしいんだ! タコさんが解凍されて茹でダコ見たいな顔してる! その勢いでたこ焼きにもなっちゃう?」

 

 レクシーの明らかにバカにした声が聞こえてきた。仲間を挑発してなにがしたいのだろうか。そんなレクシーを見ているとハロルドから声を掛けられる。

 

「それじゃ下駄のお兄さん、また時間が有ったら一緒に遊ぼうね」

 

 レクシーもルピを揶揄うのを止め、日番谷の方を向くとニコニコと楽しそうに話しかける。

 

「運の良い小さな隊長さん、今度会ったら私と楽しく遊びましょ」

 

「それじゃ」「それじゃあ」

「「バイバイ」」

 

 そして双子はケラケラと笑い声を残し、現世から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも長引かなかったね。そのおかげで被害も殆ど出なかったし、いや〜良かった良かった」

 

 ヤミー、ワンダーワイズと一緒に反膜の中にいるアンジェは、そんな間の抜けた様子で先に帰っていった双子のいた場所をただ眺めていた。

 

「なんだあいつら? 見ててもさっぱり分かんねェガキだ。あいつらは一体なにしてやがったんだ?」

「何って……テーブルゲームじゃん。子供みたいにただ楽しく遊ぼうとしてたのくらい流石にわかるでしょ」

 

 ヤミーが疑問を投げかけるもアンジェはまともに答えを返してくれない。相変わらず面倒臭い奴である。

 

「聞きてェのはそんなことじゃねえよ……あのガキ供は一体どうやってルピの野郎から身体の一部を奪い取ったかが聞きてェんだ」

「そんなの『ルール』だったからとしか言いようがないなあ」

「……ああ、てめえから何か聞くのは馬鹿らしいってのがよおく分かった」

 

 ヤミーが半目で睨むもアンジェは納得いかないといった表情だ。

 

「こればかりはそうとしか言いようがないんだ。だからそれで納得してくれないと困るな」

 

 アンジェはパンッと手を叩くとその場から立ち上がり、空を見上げる。

 

「さて、そろそろ私達も撤収しようか。まあ私もヤミー君もワンダーワイズも殆ど暇してただけなんだけどね」

 

 そして最後に残ったこちらを見ている死神達へ手を振りながら、先に帰っていったルピや双子と同じように姿が霞んでいく。

 

「それじゃお節介な浦原さんと小さな隊長さん、また何処かで会いましょう。バイバイ」

 

 そう言葉を残して破面達の現世侵行は幕を閉じた。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 ウルキオラとバラクーダによって虚夜宮(ラス・ノーチェス)に連れてこられた織姫は、藍染が待つ玉座の間へと続く廊下を途中から合流した破面達と共に進んでいた。一人何故か不貞腐れた顔をしながらバラクーダに引きずられているが。

 

「オイオイオイ、死ぬわオレ」

 

 そんな発言をしながらも結構余裕そうである。

 

「なぁ、船長さんや、オレとアンタの長い付き合いだろ? 藍染の(あん)ちゃんに突き出すのは勘弁してくれんかね。しかもアイツら(双子)も居るんだろ? 堪ったもんじゃねえな、全く」

「知るか、自業自得だ」

「つれないねぇ……なあ、お嬢ちゃんからもこの頑固ジジイになんか言ってやってくれよ。現世にカメラ買いに行って何が悪いんですか〜ってね」

 

 織姫に顔を向けるといきなり絡んできた。織姫もどう反応していいのか分からず困った表情を浮かべる。

 

「フィグザ。あまりその女を困らせるな。貴様の独断での現世行きは俺が既に藍染様に伝えた。処罰があるかは知らないが、確実に何か言われるだろうな。諦めろ」

「相変わらずウルキオラはクソ真面目だな。もうちょい肩の力を抜いてぐうたらしようぜ。そしたらもっと表情筋が柔らかくなるんじゃない?」

 

 フィグザと呼ばれた探偵風の男はやれやれと行った様子で首を横に振っている。こんな態度で本当に大丈夫なのだろうか。

 マイペースな破面に気を取られていると、後ろから鈴の鳴るような澄んだ声で話しかけられる。

 

「やあやあ織姫ちゃん。久しぶりだね。キミと再び会えて私も嬉しいよ。何か困った事があったら私に言ってね。出来る限りキミの要望は叶えるつもりだから」

 

 声の主であるアンジェは織姫の姿を確認してからはずっと嬉しそうにしていた。フィグザのやらかした事を聞いた時はとても形容し難い表情を浮かべていたが、織姫を見てからはずっとニコニコしている。

 

「例えばそう、キミの後ろでキミのことをずっと睨んでいるルピ君をどうにかして欲しいとか、美味しいものを食べたいとかだったらすぐに要望に応えてあげるよ」

 

 話に上がったルピはこの行列の一番後ろでずっと織姫に澱んだ視線を向けていた。自分達が現世で戦った理由がこんな小娘一人を拉致するためだったと知ったからである。そんな下らない事で動かされた事が納得いかないからか、それとも双子に手を出された腹いせか、ずっと織姫に負の感情をぶつけていた。

 

「ルピ君もいい加減機嫌を直しなよ。これから藍染様の前に行くんだからさ、そんな態度じゃ叱られちゃうよ?」

 

 その発言でルピの怒りの矛先がアンジェへと向く。アンジェの白衣の襟首に掴みかかった。アンジェはそれを抵抗することなく受け入れる。

 

「第一お前はあいつらの監視役だったんだろ! なんで止めなかったんだよ!」

「現世に行く前に言ったでしょ? あいつらが『戦い』始めたら私の近くから離れない方がいいって。

 前もって忠告はしてたんだ。それを無視した行動の末に起こった事故に責任は持てないなぁ」

「ッ!? お前……」

 

 アンジェの返答に我慢の限界を超えたルピは、その鬱憤を発散するべくアンジェへと暴力をぶつけようとした。しかし、それは皺枯れた手によって止められる。

 

「テメエの怠慢で起きた事だろうがよ。逆ギレしてんじゃねえぞガキが」

 

 ルピの腕を掴んだバラクーダが、そのまま壁へ投げ飛ばし、叩きつける。そして織姫以外の者達はそれを一瞥した後、何事もなかったかのように歩みを進めていた。

 

「ああ、全く心の冷え切った世の中だぜ。もっと思いやりをもった行動を心掛けた方がいいんじゃねえのかねぇ……お嬢ちゃんもそう思うだろ? だからさ、今さっきの惨状が繰り返されないためにも藍染の兄ちゃんかこのジジイを説得してくれるとありがたいんだけどな〜」

 

 フィグザだけはルピに起きた事をダシにして織姫に絡もうとしている。仲間であるルピの心配をする者は誰もいないようである。

 後方から憎しみに満ちた獣の唸りのような声が聞こえると同時に重厚な扉が現れた。どうやらここが目的地のようだ。

 

「──っと、ココだよココ。この奥で藍染様が待ってるから。」

 

 アンジェは扉に手を掛けると心配そうな顔をしながら振り返り、織姫に念を押すかのように忠告を始めた。

 

「少し前にも言ったと思うけどもう一度言っておくね。今から会うであろう双子には絶対()()()()()()()()()()だからね。キミの能力(チカラ)はあいつらにとっては禁忌(タブー)なんだ。もしあいつらの逆鱗に触れたら流石の私も止められるかどうか分からない。だからくれぐれも頼むよ」

 

 そして扉が開かれる。薄暗い空間を進んで行くと、徐々にこの巨大な部屋の全貌が見え始め、高い壁の上の石造りの玉座に鎮座している男が下にいる者達を笑みを浮かべて見下ろしていた。

 

「──ようこそ、我等の城『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』へ」

 

 男の名は藍染惣右介。死神でありながら死神を裏切り、この虚夜宮(ラス・ノーチェス)を牛耳っている男。

 見つめられて居るだけでも体が強張って屈してしまいそうになるが何とか耐える。

 そして藍染の傍らに、こちらを見てニコニコと笑いながら座っている二人の破面の子供がいる事に気がついた。恐らくあれがアンジェの言っていた双子なのだろう。

 

「......井上織姫......と言ったね」

「......はい」

 

 今迄体験したことも無いような重圧が織姫を襲う。全身に襲いかかる威圧感は、まるで海底奥底に沈み押しつぶされるかのような感覚を与えられ、指一本動かせすことを許さなかった。

 体中の力が吸い出されるような、感じたこともないものだ。

 ただの人間でしかない少女の体はそれだけで壊れそうであった。

 

「早速で悪いが、織姫。君の能力を見せてくれるかい」

「は、い......」

 

 幸いと言っていいのか分からないが、織姫は暴力的な重圧から一瞬で解放された。

 美術品を見るかのように藍染の目はどことなく愉悦に浸っているように見える。

 アンジェも同じような視線を向けており、藍染の隣でくつろぐ双子はオモチャを見定めるかの様な目をしている。その他の破面(アランカル)たちは立っていながらさして興味なさそうに状況を眺めていた。けれど唯一、この状況が面白く無いであろう者に藍染が目を動かす。

 

「どうやら君を連れてきたことに、納得していない者も居るようだからね。......そうだね? ルピ」

 

 所々に傷のついたルピは、亡者のように低く押し殺された声で返す。

 

「......当たり前じゃないですか……ボクらの戦いが全部......こんな女、一匹連れ出すための目くらましだったなんて......そんなの納得できる訳ない……」

 

 現世に行った時の事を思い出したのか、全身を震わせながらルピは双子を睨みつける。もはや仲間であるはずの者に向けていいものではなかった。藍染がいなければ感情に従っていたであろう。

 当の双子は何事もなかったかのようにその様子を面白そうに見て笑っている。もはやルピにした事など覚えていないようだ。

 そんなルピへと返された言葉は気をさらに害するものであった。

 

「済まない。君が、そんなにやられるとは予想外でね」

「............!」

 

 歯を噛み締めてルピが屈辱に耐える。双子はそんなルピを見て、道化を見るかのように笑っていた。

 涼しげな顔のまま藍染が言葉を続ける。

 

「さて、そうだな。織姫。君の能力(チカラ)を端的に示すために……グリムジョーの左腕を治してやってくれ」

 

 普通ならば不可能である藍染の提案。アンジェやザエルアポロでさえ色々と用意をしなければ、なし得る事は無理な事である。その言葉にルピは今までの鬱憤の晴らすかの如く、溢れる言葉を押しとどめることもせずに声高に吐き出した。

 

「バカな! そりゃ無茶だよ藍染様! グリムジョー!? あいつの左腕は東仙統括官に灰にされた! 消えたものをどうやって治すってんだ!! 神じゃあるまいし!!」

「うるさいなぁ……余計な茶々入れずに黙って見てなよルピ君。見てりゃ出来るかどうか分かるんだからさ」

 

 アンジェの声に苛立し気な視線を向けて牽制する。その間に織姫が藍染の要求を満たす為に行動に移った。

 

双天帰盾(そうてんきしゅん)、私は──拒絶する」

 

 グリムジョーは(いぶか)しげな顔で左腕があった場所を見つめる。ルピの言う通り、常識的に何の用意もなく再生させることなど出来るはずがない。それでも黙ったままであるのは、藍染の命令であるからか、僅かな可能性を期待してのものか。

 万が一があった時を危惧してからかルピが叫ぶ。

 

「おい! 聞いてんのか、女! 命惜しさのパフォーマンスならやめとけよ! できなかったらお前を殺すぞ! その能力(チカラ)ってのがニセモノなら、お前みたいな奴を生かしとく理由なんか.....」

 

 その光景に、ルピの声からは次第に力が失われていく。

 骨が生まれ、肉が張り付き、失われた体組織が組みあがっていく。

 

「ない......ん......」

 

 この世から消滅する前と全く変わらない左腕が再生した。

 その通常ではあり得ない光景にグリムジョーさえも目を見開く。動作を確認するためか左腕を握ったり開いたりして違和感がないか確認する。動きにぎこちなさはない。どうやら何も問題はなさそうである。

 アンジェは相変わらずその光景を目を輝かせながら見ており、双子はつまらなさそうに欠伸をしていた。また、フィグザはこの場の空気を読まずに拍手を始めている。この状況を受け入れられないのか、ルピは困惑やぶつけられない怒りに振り回されているようだ。

 

「な、なんで......回復とか、そんなレベルの話じゃないぞ......一体何をしたんだ、女......!?」

 

 ルピの狼狽する様を笑うかのように、藍染は口の端を歪めながら口を開く。

 

「解らないのかい? ウルキオラは、これを『時間回帰』、もしくは『空間回帰』と見た。そうだね?」

「はい」

 

 その言葉ににルピが苦々しそうに顔を歪ませる。

 この現実を受け入れたくないかのように、辛うじて声を出そうとする。人間ごときがそんな高度なチカラを持っているはずがないと。

 しかし、そんなルピの考えを横からの声が打ち消す。

 

「これは『事象の拒絶』って言うやつだよ、ルピ君」

 

 織姫の能力は対象に起こったあらゆる事象を限定し・拒絶し・否定する。何事も、起こる前の状態に帰すことのできる能力。

 それは『時間回帰』や『時空回帰』よりも更に上位の力。神の定めた事象の地平を易々と踏み越えるものである。

 

「これは神すらも地の底に引きずり落とすことも可能な能力(チカラ)なんだ。ああ、やはり何度見ても素晴らしい! 織姫ちゃん、キミにはこれからは私の為に研究に協力してくれ!」

 

 藍染は開きかけていた口を閉じ、少し困ったような顔をアンジェへと向ける。どうやらアンジェに台詞を取られてしまっていたらしい。それでもその言葉を否定するようなことはせずに首を肯定するように振っている。

 ルピはもはや何も言えずただただ忌々しいものを見るかのように織姫を睨んでいた。アンジェの言葉に異を唱えたいが藍染はそれを認めている。その時点で既にそれが正しいと認められているのだ。藍染の答えを塗りつぶすことなど不可能である。

 

「ああ、こうしちゃいられないよ! 早速織姫ちゃんに色々と協力して貰わないと! 時間は有限だからね! 特に人間の場合は」

 

 アンジェは勝手に独り言を続けていく。藍染が一度静止の声を掛けるも、聞こえてないのか止めようとしない。

 

「上手くいけば私の『夢』が叶うんだ。ああ……長かった……一体どれだけ()()()()()()()か……早く私の為の『楽園(パライソ)』を()()させなければ」

「アンジェ」

 

 藍染の二度目の呼び掛けが響き渡る。それほど大きなものでもないのに誰も口を開くことを許さない力があった。当然、アンジェも慌てて口を塞ぐ。藍染としてはもう少し知っておきたい気持ちもあったが、これ以上は他の者達に知られるのは良くないと感じた為、黙らせた。そして、早いうちにアンジェが織姫を用いて成そうとしている事を知る必要があると胸に刻んだのであった。

 そんな最中、織姫は腕の調子をずっと確かめていたグリムジョーに声を掛けられる。

 

「......おい、女。もう一か所、治せ」

 

 示された右わき腹の後ろにも、何かを削ったような傷の痕がある。織姫はそこも再生させてみると『6』の数字が失われた皮膚と共に現れた。それと同時に霊圧がグリムジョーの全身を駆け巡り、軋ませるように左拳を握る。

 その事に気がついたルピは、その姿を見て不満を露わにする。

 

「何のつもりだよ、グリムジョー」

「......あァ?」

 

 相手を確実に仕留める、まさしく獣のような眼光を放ち、相手の喉元を掻っ切る為の牙を見せつけるように凄惨な笑みを浮かべる。その場にいる多くの者がルピの死を確信していた。

 しかしその考えは覆される。グリムジョーの前に双子がいきなり飛び出してきたのだ。片方はルピの腹部を貫こうとしたグリムジョーの左腕を掴んで受け止め、もう片方はグリムジョーがやろうとしたことをグリムジョーの腹部目掛けて繰り出していた。いきなりの双子の奇襲に気付けなかったグリムジョーは、防ぐことも出来ずに攻撃を受ける。しかし、多少遠くに吹き飛ばされるだけで、傷はおろか、()()すらも全くなかった。かつて、自分を力で捩じ伏せた事のある者の一撃とは思えない威力である。

 そんな違和感を感じながらも、己の邪魔をする二匹の悪鬼を睨んだ。

 

「クソガキ、邪魔してんじゃねえよ」

「良かったね、グリムジョー。藍染さまから腕を戻すことを許してもらえて」

「ホント良かったね。もし勝手に腕を戻して貰って、それを藍染さまが許してなかったら……」

「「僕達(私達)がもう一度捥いであげていたよ」」

 

 双子はヘラヘラとしながらそんなことをのたまう。当然、グリムジョーもこんな挑発を受けて冷静でいられるはずなどない。双子も標的に入れて襲いかかった。

 全力を込めた一撃がハロルドの頭目掛けて繰り出される。当たれば子供の頭など軽く吹き飛ぶような威力だ。相手は避ける動作もせず、寸分の狂いもなく直撃した。手応えも確かにあった。なのに全く効いていないこいつらはなんなのであろうか。傷一つどころか、その場から動かすことも出来ていない。悪い冗談である。

 

「駄目だよ、僕達(私達)の世界に暴力なんて許されない。それが許されるのは誰かが秩序(ルール)を破った時。僕達(私達)がそれを()()()時だよ」

「だから誰も私達(僕達)を殴れない。それと同時に私達(僕達)も規律を守る者は罰せない。そういった者に手を出せるのは勝負に負けた時だけ。覚えておいてね」

 

 その言葉を聞いた途端、グリムジョーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。今までグリムジョーやイールフォルトを力で押さえ込めていた理由がわかったからである。全て藍染(規則)の意に反する行動の元での事だった。全て双子が猛威を振るえるだけの条件が整っていたのだ。そして今も藍染の判断で決まる。もしルピを襲おうとしたことをとがめらた瞬間、この双子は襲いかかってくるのだろう──凄まじい力を振るいながら。

 だからといって今ルピを見逃すことはできない。左腕が元に戻ったからといっても、まだ現6番は生きている。コイツを消さない限り自分がNO.6(セスタ)の座に戻ることなど不可能である。

 そしてふと疑問が浮かぶ。コイツらは何故ルピを守ったのか。藍染からの命令と考えるのがこの場合妥当であるのだが、そうは思えない。何故なら、御馳走を目の前にしたかの様に目を煌々と輝かせてルピを見ていたのだから。

 そしてようやく我に返って、先程グリムジョーが成そうとしたことを思い出したルピは、怒鳴りながら近づいてきた。

 

「グリムジョー! てめえ、返り討ちにして──ッ!?」

 

 それ以上言葉が続くことはなかった。レクシーが地べたに這い蹲らせて口を塞いだからである。

 そしてレクシーが口を開く。藍染へと向けて。

 

「藍染さまぁ〜。『約束』だったよね? 私達(僕達)が一回だけ『遊んで』も良いってこと」

 

 そしてそれに続くようにハロルドが言葉を放つ。

 

「『約束』は『絶対』なんだ。それは誰であろうと変わらない。例え()()()()であろうとも」

「確か今日がその約束の日だったよね?」

「そして僕達(私達)の『遊び相手』は『現』6番。そういう約束だったよね、藍染さま?」

 

 その言葉に藍染は無言で肯定する。それを確認した双子は、再び視線をグリムジョーとルピに戻し、楽しそうに語る。

 

「だからグリムジョーを止めたんだよ。『遊び相手』を取られないように」

「でも良かったんじゃない? もしもこのタコさんがいなくなってたら『遊び相手(6番)』はキミになってたんだ」

「ガキが……あまり調子乗ってんじゃねえぞ……」

 

 強い言葉とは裏腹に、グリムジョーからは闘志が感じられなくなっていた。渋々といった様子であるが引き下がっている。それを満足気に見た後、四つの瞳が憐れな生贄へと向けられる。それと同時に双子の霊圧が得体の知れないものへと変化する。

 口の拘束が解かれたルピは双子を睨みながらも藍染へ向けて声を荒げた。

 

「藍染様! これは一体どういう事ですか!? こんな勝手な行動しかしないクソガキ共は早急に処分した方がいいんじゃないですか!」

 

 必死な声でそう叫ぶも藍染は眉一つ動かす事もなく淡々とルピへと告げる。

 

「君は十刃(エスパーダ)の一人なのだろう? 彼等()()の相手など大した事では無いと思っていたから約束を交わしたまでだ。もしかして違ったのかな?」

 

 その言葉にルピは呆然とする。藍染はもうこの双子を止める気は更々ないらしい。そして、自分この悪鬼達の供物として十刃(エスパーダ)の地位に当てられたのだと思い知った。

 ルピの目の前にきたハロルドが、抱えている黒い兎のぬいぐるみを見せつけてくる。それと一緒にレクシーも白い兎のぬいぐるみをルピの目の前に突き出してきた。何をするつもりなのであろうか。

 

「この子の名前は『マタンサ』。私の斬魄刀だよ。可愛いでしょ?」

「こいつの名前は『マタンサ』。僕の斬魄刀なんだ。カッコイイと思わない?」

 

 それが一体どうしたと思ったが、そのぬいぐるみと目が合った瞬間、凄まじい寒気がルピを襲った。

 即座に飛び跳ね、二人から距離を取る。ルピの脳、臓腑、四肢が得体も知れない感情で震えて伝える──アレは化け物だ、と。だが理性はそれを頑なに認めようとはせず、その場からの逃走を許さない。あのガキ共に自分へ牙を剥いた事を後悔させてやれと。そして、そんな思いがせめぎ合っている時、ケタケタと笑う声が止み、遊び歌のように唄を唄う。

 

「弱者には『痛み』を」

 

「間抜けには『苦しみ』を」

 

「幸なき者には『罪』を」

 

「愚か者には『罰』を」

 

「「敗北者には『死』を」」

 

 小気味よさそうに言葉を紡いでいく。そして双子を除くここにいる者全員がその度にこの空間が捻れ、歪んでいくような錯覚を覚える。双子の周りにはいつの間にか極彩色のシャボンがいくつもプカプカと浮いており、二人が手に持つ『マタンサ』という名の兎のぬいぐるみを抱きかかえると、シャボンはゆっくりと動き出した。

 

「「(はや)せ」」

「『雁搦(ペカド)」「(=)遊宴(カスティゴ)』」

 

 色鮮やかな無数のシャボン玉がハロルド達を包み込み、辺りにカラフルな紙吹雪の様な霊子の粒が舞い上がった。

そしてルピだけがあの双子の抱えていた兎のぬいぐるみ(斬魄刀)の胸に、()()()()()()()()が空いており、こちらを楽しそうにただジッと見ているように見えた気がした。

 

 

 

 

 

「それじゃあ」

 

 

 

 

「いこうか」





※ペカド・カスティゴ 日本語に訳すとペカドが『罪』、カスティゴが『罰』を意味する

※マタンサ 日本語に訳すと『屠殺』『虐殺』を意味する

今回やっと双子の帰刃を出せました。やったね! まあ、どんなものかの説明は次回ないんだけどね……それと同時に出番もしばらく減ることになります。双子よ……ベンチを温めておいてくれ……
 そして次回からはようやっと一護達を虚圏に送りこめるぞ! やったね! これから本格的な戦闘が増えてくると思うので応援よろしくお願いします。

あ、最後に一つ…
次回は残酷な描写があるので苦手な方はご注意下さい。

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