「さて、お喋りはここまでにしてそろそろ本題に移ろうじゃあないか。だいぶ時間を食っちまったからね」
そう言ってアンジェはザエルアポロを手招きしながら、今回の『作品』が入ったカプセルの前に移動を始めた。
「今からお待ちかねの動作テストの時間だよ! ようやくコイツの力を実際に確認出来るんだ。興奮してこないかい? ザエルアポロ君。
その言葉を聞いて、ザエルアポロは時間を確認しながらアンジェに質問を投げかけた。少し残念そうな表情を浮かべながら。
「分かりきった事を聞くけど、その動作テストとやらは直ぐに終わらないんだろう?」
そんな事に気付かないアンジェは、当たり前の事を聞くなと少し呆れた表情を浮かべている。ザエルアポロが伝えたい事を全く理解しようとしていない。
「当然だろ? 大事な項目の一つだから慎重に長い時間を掛けてするに決まってるじゃあないか。不具合の発見も兼ねてるんだ。『出来ました〜。はい即実戦投入〜。あ〜! 故障した〜』なんて愚かな事は私はしたくないよ。あ、移動には時間は掛からないから安心していいよ。移動に時間は割きたくないからね」
それを聞いて、ザエルアポロは溜め息を吐いた。それと同時に、アンジェにはハッキリと物事を伝えなければいけないという事を理解した。
「その動作テストとやらには僕は参加出来ないね。第一、君もそんな事をしている時間はないんじゃないかな? 藍染様からの通達を忘れたのかい? 新しい
その言葉を聞いて、アンジェの顔はドンドン青ざめていく。そんな話聞いてないぞといった表情をしていた。
「え? そんな話あったっけ? 私、聞いた覚えがないんだけど……。ザエルアポロ君の聞き間違いではないのかい?」
その様子を見て、ザエルアポロはやれやれと呆れ気味でアンジェに何か言おうとした。
──その時
「貴様が聞いていなかっただけだ、アンジェ・バニングス」
2人の後ろから男の声が聞こえて来た。
ザエルアポロは特に表情を変えずに、アンジェは冷や汗をかきながらそれぞれ振り向いた。褐色でドレッドヘアの男──東仙 要の姿がそこにはあった。
「いやぁ、東仙さん。今さっき来たのかな〜。ノックくらいしてくれると私は助かるんだけどなぁ。おっと、ちょっと野暮用を済ませなくちゃ……」
そう言いながらその場からそそくさと退散しようとしているアンジェ。あからさまに東仙を避けようとしている。その行動にも東仙は顔色一つ変えず、アンジェの首根っこを掴み、捕獲した。
「今朝、私は確かに言った筈だぞ。今日の午後、新
そう言いながら、東仙は首根っこを掴んだアンジェの顔を己の顔へ近づけ始めた。真顔である分余計におそろしい。
「ちょちょちょ! 顔が近いって東仙さん! 話をちゃんと聞いていなかった私が悪うござんした〜。東仙さんの顔を見て思い出したから! 許してよ、ね?」
全く謝れていないアンジェであるが、東仙は溜め息を吐きながらもアンジェを解放した。アンジェには意外と甘いようである。
「それよりも準備は整っているのか? 余り時間はないぞ。整っていないのなら急げ。藍染様を待たせるような真似はするなよ。その時は容赦しないからな」
その言葉にアンジェは焦った。そしてどうにか時間を稼げないものかと思考した挙句にとった行動は──
「そもそもなんで新
今更な不満をぶつけるというものであった。時間を稼ぐ方法は思い浮かばなかったのだろう。
そんなアンジェの文句にも東仙は表情一つ変えずに淡々と不満への返答を始めた。
「今日の事は藍染様がお決めになった事だ、諦めろ。貴様が完成予定は今日だと藍染様に伝えただろう? だからだろうな。それと市丸の奴が前からこの事伝えに来ていた筈なのだがな。アイツが伝達の仕事をサボった可能性もあるが、先程までの貴様の反応を見るに、貴様が聞き流したのだろう。他に何か言いたい事はあるか?」
アンジェはまだ何か言いたそうであったが、言葉が思い浮かばないらしくただ口をパクパクさせているだけであった。実に滑稽である。
そんなアンジェと東仙の会話に置いてけぼりを喰らっていたザエルアポロは、先程の会話の中で引っかかる事を東仙に尋ねた。
「
その言葉に東仙は意外そうな顔をした。ザエルアポロは今回の件について知らなかった事が予想外だったのであろう。確認も兼ねてアンジェの方を向くと、アンジェはテヘッと笑いながら舌を出している。見えてない筈なのに東仙は何故か腹立たしさを感じていた。ふてぶてしさを感じ取ったのであろう。アンジェからザエルアポロへ向き直ると同時に、淡々と疑問に答え始めた。
「既に知っているからオマエがここにいると思っていたのだがな……。まあいい、今回新しく就任する
そして東仙はある物の方向を向き、そのまま指差しした。
「新しい
──そこには、大きなカプセルの中で静かに
ーーーーーーーーーーーー
『新しい
藍染からの簡素な知らせによって
そんな中、大した反応を見せない者達がいた。既に
ある者は少しの悲哀を共に。ある者は疑念を共に。ある者は少しの愉快さを共に。ある者は気怠るそうに。またある者は興味無さげに今回の事実を飲み込んでいた。
ただ、1人だけソワソワしている者がいた。
「ほう、ザエルアポロよ、今回の件について何か知っているような様子だな。大方、新たな
ほぼ全てを当ててしまっているバラガンに多少驚きつつも、ネタバレしない様に気を付けながらザエルアポロは返答した。
「陛下の仰る通り、アンジェが関わっているのはあってますよ。ただ、分かっていても驚く事にはなると思います。僕から言えるのはそれだけですね」
そんな素っ気ないザエルアポロの返答も気にせず、バラガンは愉快そうに笑っていた。
「そうか、後は楽しみに待っておけという事か。面白い。それじゃあこの余興を精々楽しませて貰うとするか」
それと同時に賑やかであった広間の空気が変わり、一瞬で鎮まりかえった。その後、三人分の足音が響いてきた。
市丸、東仙、そして藍染惣右介が、姿を現した。
ーーーーーーーーーーーーーー
「やあみんな、忙しい中よく集まってくれたね」
藍染の声が広間全体に響き渡る。その一声だけで全ての
「みんなには既に知らせが届いているだろうが、改めて私から君達に伝える事がある。なに、大した事ではないよ」
藍染が言葉を紡ぐ。
「新たな
その一言が発せられた瞬間、広間にざわめきが生まれた。しかし、そのざわめきは、藍染の発言によってもたらされた物ではなかった。藍染の隣に
突然現れた
しかし
「大方、もう少し時間をくれと直談判しているのだろうな」
たった一人の
「静かに」
藍染の一言によって再び静寂がもたらされる。そして、全員の視線が藍染へと戻っていった。皆一様に藍染の発言を待っている。この騒ぎを起こした
「君達も気になっているようだから、新たな
その発言が終わると共に、全員の視線が再びアンジェへと向けられた。視線という名の重圧に押し潰されそうになりながらも、アンジェは藍染に
「時間は自分で稼ぎたまえ」
その言葉にアンジェは凍りついた。このよく知らない者達が多くいる中で、一体どうやって時間を稼げば良いのか分からないからである。コミュ障にはキツい案件だ。取り敢えず知っている人物に助けを求めるように視線を送った。
ヤミーは視線の意味を理解してくれず、ザエルアポロは目を合わせてくれなかった。そんな中、一人だけアンジェの視線に頷きを返してくれる者がいた。バラガン・ルイゼンバーンである。視線に頷きを返した後、部下に何かを命じていた。助け舟が出されるものと思い、アンジェは安堵の息を吐いていた。
「おい! あの小娘を八裂きにして、出番を終わらしてしまえ! そしたらすぐに新
何処からかその様な声が上がった。どうやらバラガンは助け舟を出すのではなく、発破をかけてくれたようである。そのありがたい一言で殺気立った者が十数人現れた。因みに、その十数人の中にバラガンの部下は一人もいなかった。
アンジェはそのバラガンの優しさに涙した。そしていつか仕返ししてやると心から誓ったのであった。
「儂からの手向けだ。喜ぶがいい」
バラガンは満足げにそんな事を言っており、ザエルアポロはそんなバラガンを何とも言えない表情で見つめていた。
ーーーーーーーーーー
アンジェと殺気だった者達との戦闘が始まってから五分程経った頃、市丸はその様子を見ながら思った事を口にしていた。
「アンジェちゃんさっきから逃げてばっかやけどどないしたんかいな?」
アンジェは戦闘が始まってから誰にも攻撃を加えていない。ひたすら攻撃を避け、逃げに徹するだけであった。
そんな市丸の疑問に、応えてくれる者がいた。藍染である。
「ただ時間稼ぎをしてるってのもあるだろうけど、この状況、実は彼女が一番苦手な状況でもあるんだよ」
そんな藍染の返答に市丸は意外そうな顔をしていた。
「彼女の持つ力はどれもこれも今の様な状況、狭い空間で大人数を相手取るのには向いていないんだ。本来なら自分の有利な場に誘導しつつ相手取る筈さ。まあ、その気になればこの程度の相手を全滅させる事は可能なのだろうけどね」
「そう言えば、そろそろアンジェちゃんの言ってた時間じゃありません? 見るのも飽きて来たんでそろそろ次に移りませんか?」
「そうだね。そろそろこの茶番も終わらせてしまうとするかな」
そう言って、アンジェとその他の
──その時、藍染の後ろから謎の物体が、アンジェに襲い掛かっている
「どうやら私の出番は取られてしまった様だ」
藍染の後ろから飛来した謎の物体
──魚雷と生物が入り混じった様な猫くらいの大きさの、小さい真っ黒な物体は一人の
──その瞬間、凄まじい破壊のエネルギーがアンジェと十数人の
破壊の力は横方向にはあまり広がらないらしく、アンジェ達以外の者に対する被害はなかった。ただ、上下に対しては酷かった。天井には穴が空いており、それが
この一撃に巻き込まれた者達の姿は影も形もなかった。完全に消し飛んでしまったのであろう。
どう考えてもこのような場で放っていいような攻撃ではない。この場にいるほぼ全ての者がこの威力に驚きを隠せずにいた。市丸や東仙、ウルキオラすらも大きく目を見開いていたのである。唯一違う反応を示していたのは、アンジェからの前情報でどういった物か既に知っていたザエルアポロ、以前に同じ様な事をされたバラガン、そして藍染の三人のみであった。
少しの沈黙の後、藍染達の後ろ側から怒声が響き渡った。
「私ごと消し炭にしようとするとはどんな神経してるんだ! このスカポンタンが! そんなモンこんな所でぶっ放すんじゃないよ!」
声の正体は先程消し飛ばされた筈であるアンジェのものであった。これには多くの者が驚いたが、更なる衝撃が彼らを襲う事となった。
ズルズルと何か重い物を引き摺る鈍い音と共に、何者かが藍染の後方から姿を現した。その姿に見た者ほぼ全てが、これは一体どういう事だといった様子で目を見開いていた。
バラガンも目を見開いた後に、「そういう事か」と呟きながら大きく笑っていた。
新たに姿を現した者の姿は、前
次回予告
『ノイトラ、新たな名前を貰う』
『ザエルアポロとの一時』
『アンジェ、現世へ行く』
の三本立て(もしかしたら二本)の予定です。