「……ダメですね」
専門書や資料を読み漁り、トレーナーや他のプロデューサー達からも話を聞いているが何も浮かばない。そもそも専門性が高過ぎて理解すら怪しい部分がある。
「――プロデューサーさん。今、大丈夫ですか?」
「――失礼します」
扉の叩く音が聞こえ、新田美波とアナスタシアの二人が部屋を訪れる。
「どうかされましたか?」
「少し、お話をいいですか?」
「かまいませんが」
どうやら話があるようなのでソファーの方に移動し、話を始める。
「それで、お話とは?」
「……未央ちゃん達にお話を聞きました。様子がいつもと違う気がして。それで、凛ちゃんやアーニャちゃん達の事を聞いたんです」
「Это правда。二人から聞いたことは、本当なんですか?」
「……本当です」
当事者であるアナスタシアが居る以上、隠すのは意味がない。ただ、シンデレラ・プロジェクトの中でお互いの心境の変化に気づけているのは嬉しい事だ。
「アナスタシアさんもそうですが、今行われているものは既にライブのレッスンではありません。もちろん、ダンスやボーカルなどは本番まで調整を行ってはいきます。全体的に合わせないと意味がありませんから。ただ、それ以外の部分に関しては、今後の事を考えてのレベルアップを考えています」
「今後ですか?」
「今回は、宣伝を兼ねた物を行います。結果次第では、更にライブなどを行っていきます。より規模も質も高い物を」
今度行われるライブは、メディアやスポンサーに向けて行われる物だ。評判が良ければ、宣伝が行われ、資金と支援を受けて大規模なライブイベントなども行えるようになる。これは、別に目的ではない。次へと繋げるための通過点でしかない。
「そんな事になっていたのですか。Я не знал。知りませんでした」
「それもそのはずです。今行っているプログラムは、そう言ったものですから。レッスンにも幾つか種類があります。明確に目的を定め、それを確実にこなしていくもの。目標は、あくまでも基準として様子を見て増やしていくもの。今回行われているのは、後者の方になりますが明確な目標はありません。皆さんの様子を見ながら内容を絶えず変えて調整して行くものになります」
個人差と言うものがある。ある者は、上半身が疲れ果てる。ある者は、下半身が疲れ果てる。この場合、複数によるレッスンは行えない。だが、前者は下半身であるならばレッスンが行える。後者は、上半身なら行える。限界まで状態を見抜き、無駄をなくすように調整して行われている。
「皆さんの持つ全てを鍛え上げる。それが、今行われているプログラムになります。成果は早く出るかもしれませんが、その分危険でもあります。知り合いにも聞いては見ましたが、知識や技術もそうですが経験が大事だという事です。限界を見極めて行うという事は、それに相応しいだけの人間でなければできません。残念ながら、今の私では力が足りません」
だからこそ打つ手がない。知識や技術もそうだが経験を積む手段がない。今も積めていなくはないが、理解をしながらやっているわけではない。美城常務やマスタートレーナーに言われながらやっているに過ぎない。
「なにか、私達にできることはありませんか? 未央ちゃんや卯月ちゃんの力になりたいです。それに、私の為にも」
「おねがいします。プロデューサー」
「……考えている事はあります。ただ、解決策ではありません。実験と言う言い方は不適切だとは思いますが、シンデレラ・プロジェクトから何人か選び私の方でレッスンをしてみたいと思います」
「実験ですか?」
「はい。それでなんですが……新田さんをその中の一人にと考えています」
「私ですか? ……私は、それでかまいません。プロデューサーさんを信じていますから」
「Спасибо。私も、お願いします」
「アナスタシアさんは、申し訳ありませんが今のままでお願いします。これ以上の負担は、本来の目的であるライブに影響が出ます」
「そうですか……残念です」
「ありがとう、アーニャちゃん。アーニャちゃんの気持ちは、私が引き継ぐからね」
「美波……спасибо。ありがとう、美波」
アナスタシアが美波の手を取り、見つめ合う。二人の仲が良さそうで安心する。アナスタシアがプロジェクト・クローネに参加してから、美波は一人で頑張る事が多くなった。二人でいる時間も少なくなった。でも、こうして信頼できる仲間のままでいてくれている。
「プロデューサーさん。他に参加する人は、決まっているんですか?」
「体力面などから考えて、諸星きらり、前川みくの二人を考えています。3人ぐらいが見られる限界だと思います」
「未央ちゃんや卯月ちゃんは?」
「二人は、ニュージェネレーションの方で考えて行こうと思います。既にお二人には個別にレッスンも行っていますので、ユニットとしての底上げをと考えています。これ以上の負担は、正直なところを言いますと避けたいのが実情です。無理をしても結果に繋がるわけではありませんので。二人に関しては、話し合いながら決めていく事にします」
美波とアナスタシアは。特に美波に関しては、シンデレラ・プロジェクトのリーダーとして考えてから自分の中で納得したようだ。
「……わかりました。未央ちゃんや卯月ちゃんもそれで納得してくれると思います。私も、プロデューサーさんを信じて行こうと思います。だから、一緒に頑張りましょう!」
「Давайте сделаем наше самое лучшее。頑張りましょう、みんなで一緒に」
「そうですね。此処で立ち止まるわけにはいきません。内容がまとまり次第正式に発表したいと思います」
一人では進めなくても、他の誰かが共に歩いてくれる。それだけで進める気がする。
♢♢♢♢♢
プロジェクト・クローネのレッスンが終わり、それぞれの送迎を行う。普段は、スタッフに頼んだりするのだが今日は、渋谷凛から直接指名があった。
「単刀直入で聞くけど、二人になにかあった?」
以前の事があるので、凛は気になっていたことを聞く。
「速水奏さんと共に皆さんのレッスンを見たそうです」
「……そう。それで、なんで様子が変なの? あの二人って、隠し事とか向いてないよね。卯月なんて、あからさまに動揺してたもん」
どうやら凛と話す時に言葉遣いや動作に表れるらしい。ついでに言えば、未央も挙動がおかしくなるそうだ。
「現在行われているレッスンは、既にライブの為だけの物ではありません。次を見越しての物になっています。本当は、ライブが始まる前にこちらから言う予定でした。ですが、状況が変わりましたので近いうちにプロジェクト・クローネの皆さんに言う事になります」
「……ふーん。通りでキツイと思った。明らかにニュージェネレーションよりも負担が大きいもんね」
二人の話からも凛は、二人に比べると余裕で行っていたのだろう。だからこそ違和感を覚えたのだろう。
「渋谷さんは、おそらくですが最もレベルが上がっています。シンデレラ・プロジェクト、プロジェクト・クローネの中で一番だと思います」
「……そっか」
凛は、喜ぶわけではなく考え込む。
「自分が成長してるって言われるのは嬉しい。でも、なんだか……寂しいかな? なんなんだろうね、この気持ちは」
「距離を感じているのかもしれません。今までは、同じ歩幅で隣を歩いていました。ですが、今は先を歩いています。距離が離れれば離れる程、その感情は強くなるのだと思います」
凛は、すぐに言葉を返すことなく考え込む。今、アイドル渋谷凛は、他の誰よりも先を歩いている。たった一人で。
「……プロデューサーは、傍に居てくれるんだよね?」
「はい。傍に居ます」
「……そっか、だったらいいや。一人じゃないなら寂しくない。皆が来るまで待てるよ。プロデューサー。私は、先を行くよ。後から来てくれるって信じてるからね」
「……そうですね。私も皆さんなら必ず追いつけると思います」
「……でも、それだと先を歩いていた私って、恥ずかしくない? なんだかウサギとカメみたいじゃん」
「渋谷さんは、休まれるのですか?」
「そんなわけない。最後まで走り切るよ、必ず」
今の凛は、自信に満ちている。自分に対しても、仲間達に対しても。
「私も置いて行かれないようにします」
アイドル渋谷凛の成長の早さは、予想を超える程に早い。このままだと誰も追いつけなくなるかもしれない。自分も含めて。
(戻ったらもう一度見直しましょう)
少しでも力を付けよう。それが、プロデューサーとして傍に居るために必要な物だ。