塩見周子に少しの間だけ待ってもらい。美城常務の下に周子の件を話に言った。なにせ、彼女は自分の担当ではないからだ。結論から言ってしまえば、却下された。それも当然だとは思う。周子は、特に問題点がないからだ。レッスン、仕事共に一定の結果を出している。実家の和菓子屋で接客をしていた経験から人に対しての話し方や接し方も問題なくできる。普段のやる気のない彼女とは違い、仕事上の彼女はどちらかと言えば優秀な部類だろう。身近な例で言えば、シンデレラ・プロジェクトの双葉杏が近いかもしれない。彼女も普段はやる気を出さないが、常にこちらの期待通りの結果を出してくれる。ただ、杏と周子では決定的な違いがある。その違いが、おそらくだが今の周子に欠けているものだろう。
「あたしが、アシスタント?」
美城常務の下から戻って来た武内は、周子にそう告げる。
「はい。塩見さんは、私の担当ではありませんのでプロデュースはできません。ですので、私のアシスタントとして関わっていこうと思います」
これが自分の考えた方法だ。
「……シューコちゃんもこればっかりは思いつかなかったなー。いいね、面白そう!」
アイドルとして何かするのかと思っていたのに別の事を言われた。不意を突かれた形だからかなんだかワクワクする。
「基本的な内容に関しては、仕事とレッスンの合間だけ行って頂きます。やることは、今度予定しているライブのプロデュースです」
「LIVE? それって、誰の?」
「プロジェクト・クローネの方で、私が担当している方々のです。正確に言えば、シンデレラ・プロジェクトの関係でアナスタシアさんも含まれますが」
「へ~、そりゃ知らないわけだ。ねぇ、それでどうするーん? このシューコちゃんは?」
「先ずは、会議に参加してもらおうと思います」
♢♢♢♢♢
場所は、武内のオフィス。集まったのは、渋谷凛、北条加蓮、神谷奈緒、鷺沢文香、橘ありす、アナスタシアの6名だ。流石に椅子が足りないので増やしてある。
「……周子が居る理由は、わかったんだけど……なんでそんな恰好をしてるの?」
「あれー? シューコちゃんには、似合わないかなー。プロデューサーはどう?」
今の周子は、ビジネススーツに黒縁の伊達眼鏡を掛けている。先ずは、形からという事で346プロダクションのスタイリストさんから衣装としてあったこれらを借りてきた。
「似合っていると思いますよ」
「そうだよねー、プロデューサーが選んでくれたんだしさー」
気取るように格好をつけ、眼鏡をクイッとする。
「それでは、今度行われる予定のライブについては話していきたいと思います。先ずは、皆さんの前に置いてある資料に目を通して下さい」
会議をするにあたり、何もないと話も上手く行かないので参考程度の物を事前に用意してある。
「今回は、2000~3000程度の規模の会場を予定しております。人気が出始めている皆さんには小さいかもしれませんが、今回は宣伝的な意味合いが大きいです。メインは、メディアやスポンサーなどになりますので普段よりも皆さんの個性を出していきたいと思います」
どちらかと言うとファンではなく関係者を招く形で行われる。早い話が、アイドルのプロモーションビデオを生でやるような形だ。プロジェクト・クローネは、美城常務の指導の下大規模な宣伝を行っている。これもその一環である。
「応援してくれるファンの為じゃないっていうのは少し引っ掛かるけど、これも必要な事なんだよね?」
「はい。メディアに取り上げられることも必要ですし、今後のライブなどのスポンサーになってくれる方々も来ることになります。ライブを開くにもいろいろとありますので」
「大人の世界の話かー。その辺りは、アタシ達はやんなくていいんでしょう? 言われてもわかんないし」
「だな。必要なら言ってくれよ、プロデューサー」
「これに関しては、私達の仕事ですので皆さんは気にしないでください。ただ、少し挨拶回りはするかもしれませんが、その時はお願いします」
有力な人物や懇意にしている人達には、少しだけ優遇処置を取る必要もある。別にやましい事はない。そういう人物は、事前に見つけて切り捨てておく。
「今日は、皆さんの好きなように話して頂こうと思います。こう言う事がしたい。こんな演出を取り入れたい。そう言った事を自由に話して頂ければ問題ありません。念の為、今まで346プロダクションで行われたライブに関する資料は用意してありますので参考にしてみてください」
「……これなんて、素敵ですね。幻想的で綺麗です」
「流石、文香さんです。私もそれに目を付けていました」
「довольно。とても、綺麗な景色ですね」
アイドル達は、用意されていた資料に目を通していく。
「プロデューサー。演出とかさー、あたし達が決めていいの?」
「できるかどうかはわかりませんが、ステージの上に立つ皆さんが楽しめなければ、会場に来られたファンの方も楽しめません。できる限り要望には応えたいと思います」
「ふーん。全部お任せだったから初めてだなー」
「塩見さんも何か意見があれば言って下さい」
「――えっ? あたしも? 別にLIVEには出ないよ?」
「塩見さんもアイドルですから問題はありません。自分ならどのようなステージで歌いたいか考えてみてください」
「んー、今はプロデューサーのアシスタントだし、頑張ってみるかなー」
周子は、ペラペラと資料を捲っていく。
「ねえねえ、これなんてアタシに似合わない?」
加蓮が選んだのは、煌びやかな衣装を着て演出される物だ。主役を引き立たせるようにそこだけに光が当たるようになっている。
「それ、一人用だろ? 私達も居るんだからさ」
「ソロで歌う時は、これにしてもらいたいな! 憶えておいてね、プロデューサー!」
「わかりました。その時は、これを参考にします」
「……私は、これがいいかな?」
凛が見せるのは、蒼色の世界だ。凛は、蒼が好きなのでその影響かもしれない。
「これは、夏に行われた物ですね。夏の暑さを忘れさせるような演出をしたはずです」
「もしかして、プロデューサーも関わってたの?」
「当時は、まだ新人でしたので本当の意味での裏方ですが」
「ふーん。だったら今度その時の話を聞かせてよ。参考にしたいから」
「わかりました。その時の写真などもあるはずなので用意しておきます」
「……そう。楽しみにしてるから」
凛は、どこか満足気だ。
「……プロデューサー! アタシもその話聞いていい? 参考にしたいから!」
「――ちょっと、加蓮!」
「いいでしょー、プロデューサー」
「……別に構いませんが」
「やったね! 一緒に聞こうね、凛」
凛は、ただ黙って加蓮をジッと見ている。
「……プロデューサーさん。これは、何処の物ですか?」
文香が見せるのは、会場と言うよりも城だ。
「これは、ライブの物ではないですね。プロモーションビデオの物です。……確か、それを参考にしたものがこれになります」
「……本物を形にしたんですね」
「はい。当時のプロデューサーが凝り性だったらしく予算が大変だったそうです」
「……でも、素敵ですね。アイドルの為にそこまでするなんて」
「必要であるならばします。文香さんもその時は言って下さい。できる限りの事はしますから」
「……ありがとうございます」
文香は、丁寧に頭を下げる。
「これは、外でしょうか?」
「違いますね。これは、Звезда искусственного。人工の星です。プラネタリムでしょうか?」
「綺麗なんですね」
「そうですね。でも、Подлинная звезда。本物の星の方が、綺麗ですよ?」
「それは、本当は外でやるつもりだったものですね。ただ、夜遅くにやるといろいろと問題になりますので、ドームの中に満天の星空を造る事にしたんです」
「そんなことまでするんですか?」
「でも、Я счастлив。嬉しいです。私も、星空の下で、
Я хочу петь。歌いたいです」
「アナスタシアさんがステージをされる時は似たような事をしましょう。それとも、ラブライカの方で新田さんとされますか?」
「……смущаете。悩みます。その時は、プロデューサー、一緒に決めて下さい」
「わかりました。その時は、3人で話しましょう」
それからもアイドル達の意見を聞くが、周子からは何も言われない。
「……なにかありましたか?」
「……いろいろあるんだねー」
周子は、資料から目を離さずにいる。
「アイドルによって、曲によって、ステージは変わります。それこそ似たような物はあったとしても、同じものは一つもありません。その時に一度だけのステージがそこにはあります」
「……一つだけのステージ」
周子は、資料から目を離すと他のアイドル達の方を見る。
「みんな、その為に頑張ってるんだね」
どのような物をするかを話し合っている。自分の考えを、気持ちを少しでも形に出来るように。
「見に来てくれる人達を思えばこそです」
「見に来てくれる人か……」
今、周子は何を思うのだろう。あの時のステージを思い出しているのだろうか? それは、彼女にしかわからない。
今更ですけど、今書いてる部分って触り程度なんですよね。
3部構成ですけど、その最初の1部の始まりの部分。
テンポよく省略気味に書いてますけど長いね。