だけどどうにもできんとです。(´Д`ノ)ノ
朝靄が包んでいた島はすっかり晴れ渡り、夏の日差しと湿気が不快指数を上げまくっている。窓全開だけど、風が入って来ない。
海風さん(駆逐艦にあらず)にはもう少し仕事をしていただきたいところ。
ここはとりあえず、全員無事にたどり着いた父島警備府。
一部を除き、うちの娘さん達やユーリエちゃんやライバック氏のところの娘さん達含め、入渠施設という名の銭湯に現在は浸かっている筈。
いやほんとに昔ながらの銭湯だった。初めて見た時はそれ以外の感想出なかったわ。
俺もさくっとシャワー浴びた。
そして現在、執務室の自身の定位置でゲンドースタイル。背中側の壁に『九条葱』と達筆に書かれた掛け軸。
少し見ないうちに大分、様変わりしている。
着任したての頃は提督用執務机と艦娘用のと、あとはソファーとローテーブルのセットだけだった。
ほんとはミカン箱がポツりというのを期待していたんだが、普通に考えたらないわな。
ちらっと視線をあげれば、 天井にプロペラついてるよ。南国のホテルとかにありそうなアレだ。
──名称、シーリングファン。
うん、ありがとう。
さらに視線を動かせば暖炉…。
南の島で使うか? 刀置くだけのインテリアになるのではなかろうか。今、暖炉の上のところでは兼光が鎮座してる。バナナボートと化した時はきちんと船に置いてきた。かつて、徳田くんにめっちゃキレられたし。
その横のジュークボックス…気分転換にお好きな曲をって? 艦これのBGMでも入ってんの?
──昭和歌謡及び50~80年代洋楽中心。
なんだそのチョイス? だがまぁいい。ジョニーイカシテるぜ。でもかけといて。気分転換は大事。
──かしこまり
トコトコとミック先生が歩いて行きジュークボックスを操作すると、車がタイムマシーンの映画で主人公が演奏していた有名な曲が流れ出した。
ふむ。俺も何か楽器やろうか。
前世(平成で青春時代の方)ではアコギとエレキは弾けた。
ギター弾ければモテるって言われてやったけど全然モテなかった中高時代。腕前はプロ並みとはいかない趣味レベルだったけどな。
あとトランペットもいけるか。小学生の時、人数の関係で鼓笛隊強制入隊だった影響だ。
ピアノも『俺の尻をナメろ』だけなら弾ける。
ほんとは月光を弾きたかったが挫折した。
もうね、当時はバイオハザードが起きたら死ぬしかないと絶望したもんだ。
あと縦笛、カスタネットとトライアングルもいける。
よくよく考えたら絃楽器、鍵盤楽器、吹奏楽器、打楽器とあらゆるジャンルを網羅しているじゃないの俺って。…天才か。
これは自身で演奏するより、艦娘さん達に楽器持たせて一発当てて見た方が良いのではなかろうか?
ガールズバンドとか流行ってるらしいし!
プロデューサーデビューしちゃうか。
白露型姉妹も揃ってんだから砲火後ティータイムが作れるのでは? 夢が広がるな。やはり天才か俺は!
ブツッ──
そんな思いを馳せながらジュークボックスから流れる音楽を聞いていたが、サビに入る手前で音楽が止まった。
というか止められた。
大淀さんェ…。
無言でミック先生を見下ろしてる。
──よかろう。ならば戦争だ。
何言ってんだお前。
おい、大淀さんの足をネギでペチペチするんじゃない。
こっちを見やる大淀さんからそっと視線を逸らせば、ジュークボックスの前辺りにあるビリヤード台にキューが立て掛けられているのが見える。
俺にスリラーになれってか?
──ハスラーと推測。自虐的なジョークでしょうか?
違うしっ! 素で間違えただけやしっ!
──ちなみにビリヤードプレイヤーをハスラーと呼ぶのは誤用です。
お、おう。
大淀さんに頭鷲掴みされながらも律儀な解説ありがとよ。
そいでもってさらに奥にはカウンターバーがあって
バーテンダーを立たせればオサレなバーみたいな雰囲気になること間違いない。
バーテン役には誰がよかろうか?
駆逐艦は除外としてお艦は割烹とかの女将みたいな和風のイメージだから違うが、いや、逆にありか?
金剛姉妹も似合いそうだな。でも榛名は個人的に憂い帯びた感じで一人オサレなカクテル飲んでる客ってイメージ。
で、たまたま隣で飲んでいた俺が言ってやるんだ「何か悲しいことでもありましたか? おぜうさん」ってな。すると彼女が「好き! 抱いて」と言う。
──好き!抱いてに至るまでにどのようなドラマチックな会話がされたのでしょうか?
そこは何かいろいろあったのよ。たぶん。
カウンター前の回転椅子に座る荒ぶる飲ん兵衛は心なしかドヤッて見える。
「バーボン ハードボイルドダロ」
言ってることは意味不明だ。
「提督」
ミック先生が鷲掴みされて尚もネギでペチペチ抵抗を試みている大淀さんへ視線を戻す。
「どうしたものか」
ほんとに困っています。
現在、この場には暖炉の前のソファーにライバック氏とユーリエちゃんが横並びに座り、それぞれの後ろに青葉とムッツオが立っている。長門は工廠で妖精さん達に説教されてるらしい。
あとは空挺隊の隊長さんと曹長さんが入り口付近の壁際でお立ちになられている。
ユーリエちゃん達の対面側のソファーを勧めたんだか断られた。何でだろ?
そして最後に執務机の前に置かれた畳一畳。七駆の皆さん正座してこちらを見守ってます。その七駆の前で土下座敢行中の徳田くん。
いや、ほんとに頭上げて欲しいのだけど…。
──救助を要請します。
ミック先生が大淀さんにシェイクされてる。
君はぶれないなぁ。
「大淀。放してやれ」
もとはと言えば俺がジュークボックスの音楽かけてと言ったのが原因だしな。
「…はい」
「イノチビロイシタナ コムスメ」
どうみても負け惜しみです。
「大淀」
でも、大淀さんはカチンと来たらしい。
再びミック先生を掴もうとしていたので止めておく。
「…あの、艦長」
潮がおずおずと言った感じで話しかけてきた。
ふむ。でかいな。
「提督を許してあげてください。お願いします」
そんなこと言われてもさ…。
「いいのだ潮。これは私の責任だ。ケジメをつけねばならない」
徳田くんがこれだもん…。
あと潮ちゃん、お風呂上がりなのか、髪が湿って顔もほんのり赤いのでなんかエロいです。
いけない気分になるので徳田くんに視線を戻す。
頭上げる気無さげです。
俺、何度も許す言うてますやん。何で懲罰的なもの欲しがってんのさ。ドMなのかな。いや、ほんと勘弁して欲しい。
徳田くんが何故このようなことしているかというと、潮が食堂から飛び出して行った時まで遡る。
七駆の三人は俺と潮が出ていった扉へ顔をいったり来たり何か躊躇ってる感じで動かない。龍鳳はめっちゃ俺見て固まってるし、徳田くんはそれを見て何か考え込んでる様子で、潮が出ていったのに気がついてないみたいなんで
とりあえず、俺が後を追うことにした。
警備府から出てちょっとウロウロしていたら、
「パパーーーっ!」
もはや、提督と呼ぶ選択肢は彼女の中で消えている島風がダイブしてくる。もう慣れたもんでね、くるくる回転しながら彼女を受け止め、脇に抱える。
「潮を見たか?」
「私が一番! だって早いもん!」
全く会話にならんかった。
仕方ないのでそのまま島風を装備したまま、埠頭方面へ。
父島警備府は自衛隊の父島基地が置かれていた場所ではなく、さらに南の方に所在する。戦後、それなりの大きさの船が接舷できるようにと整備されたようだ。
「パパもっと早くー!」
全く落ち着きのない娘である。
「しれーっ!」
前方から時津風が走ってくる。
雪風、天津風も一緒のようだ。食堂から出て行った潮も発見。
「しれー! 勝手に行ったらダメじゃん」
と言いながら時津風は俺の体をよじ登り肩車形態に。
首と頬に タイツ越しの体温を感じながら雪風達の方へ足を進める。
天津風は口を尖らせてこっち見てるけど何かやったかな? まぁ猫科の艦娘さんだからな。気難しいのだろう。
「貴方、急に飛び出して一体どういう風の吹き回しなの?」
「…畑が気になった」
「一言くらい言っていきなさいよ! わかった?」
年端もいかない見た目の娘さんに怒られる。
業界ではご褒美にしかならない。まぁしかしな、言ったら付いて来るでしょ。…謝るけども。
本当にすまない。
「…善処しよう」
気分だけはカウンターテロユニットの主人公だ。全く反映されんけど。
「善処じゃダメって言ったでしょ!」
「お、おう」
気圧されながら返事をする。
さて、転んだのか雪風に抱き起こされている潮に、何と声をかけたらいいのだろう?
「しれぇ、潮ちゃんとお話ししてあげてください」
と雪風。ふむ? よくわからんが、とりあえず挨拶しておこうか。さっきは潮が走って行ってしまって出来なかったし。あ、そういえは転んだみたいだけど、
「…大事ないか? 潮」
抱えていた島風をパージして、時津風も下ろして、しゃがみ込んで目線を合わせる。
「艦長…ふえ…ふえ」
あかん、泣かれてまう。どこか痛むのだろうか。
医務室か、いや入渠施設か、俺の顔が怖いという可能性もなきにしもあらず。なのだが、
「どうか泣かないで欲しい。女性の涙の止め方を俺は知らないのだ」
泣かれるとオロオロしかできないの。
「無理でずぅぅ」
「何よそれ、口説いてるのかしら?」
結局、潮には胸の中で泣かれるし、天津風は何でそう思ったのかわからないし、オロオロする羽目になった。
そこに登場、徳田くん。あと他の七駆メンバー。
この娘さんを宥めるの手伝って欲しいと目線で訴えた。
…何故か胸倉捕まれました。二度目。
「潮に何をしたっ!?」
いやいやいやいや徳田くん。誤解してる。なんか誤解してるからー!
「違うんです提督っ! 違うんですぅぅぅ!」
徳田くんを止めようとする潮と
「…しれーになにしてんの?」
いつの間にか徳田くんの腕を掴んでる時津風。
顔しかめて胸倉掴んだ手を離した徳田くん。
いつもの人懐っこい、犬っぽい雰囲気が鳴りを潜め、初めて見るソレはひどく殺伐とした何かだ。
例えるなら、ノーフォーク・テリアがアイリッシュ・ウルフハウンドに早替わりしたみたいな? 全然分かりにくいな。しかもアイリッシュ・ウルフハウンドも大して凶暴じゃないし、人懐っこい犬で番犬に向かない犬種だったわ。まあ、そんなことはどうでもいい。ただ、今の時津風はあんまり見ていたい姿ではない。これも彼女の一面だとしても、だ。それに艤装展開してなくても馬力を発揮するのが艦娘。徳田くんの腕が心配過ぎる。
「時津風、離せ」
自分の中でもわりとガチトーンが出た。
「…うん」
そして時津風は俺を見て、さっきの雰囲気が消えた代わりに怯えた表情に。そんな顔も望んでないんだよなぁ…。
「ほら」
両手を軽く広げればギュッと抱き着く時津風。
ちょっと強く言ってしまったなと反省しつつ頭撫で撫で。
「すまない。我を忘れてしまった」
徳田くんも決まり悪そうにしながら謝ってくれたので、これにて一件落着としましょう。
「大丈夫だ。問題ない」
「しかし潮、何があったんだ?」
「…えっと、その艦長が艦長で…ずっと私は必要ないって、でも違うってわかって…すいません提督。上手く説明出来てないですね」
「構わない。ゆっくり考えながら…いや、そうだな私から一つ一つ質問する形で説明してもらってもいいか?」
「あ、はい」
「それじゃあ初めに艦長というのは?」
「えっと、こちらの長野艦長です」
はい、私が長野艦長です。初めての艦長は潮でした。彼女に一指揮官にしていただきました。
艦長のところに女性ってルビを振る。さらに一指揮官のとこに男ってルビを振ってみたらなんか…うん。な?
おい徳田くん、そんな目で俺を見ないでくれたまえ。
潮の魔性の胸部装甲が全部悪いんだ。
「ご主人様ちょっと」
「あのさクソ提督」
おずおずと言った感じで徳田くんに話しかけた漣、曙は徳田くんの手を引いて少し離れたところで会話を始めた。朧はよくわかってない様子だ。彼女とは戦時中関わりは薄いか。ほぼない? 戦前なら第一次上海事変とか第四艦隊事件か?どちらも大きな関わりはなかったけど。とりあえず俺もこの状況よくわかってないからその点は仲間だな。
で、トッキーを撫で撫でしながら徳田くんとその艦娘達を生暖かく見守ってたら、会話していくに連れて徳田くんの顔色が青くなっていく。そして俺の頭に島風が顔を乗せていた。自分の格好わかってて乗っかって来たのか甚だ疑問だが、今更ながら雪風も時津風も肩車するのはアウトな格好であったことに気がついた。
…深くは考えまい。
ただ人前に出る機会があった時は気を付けよう。というか麻痺しているけど艦娘さん達の服装ってTPO的にアウトな方が多くね? 筆頭は頭の上の娘さんだが。
「パパー?」
「何でもない」
島風の服装がこれだけの場合、この娘さんとは人前には出ないことを固く誓ったところで、徳田くんは雪風と天津風とも二言三言言葉を交わして、ムンクの叫びみたいになった。
「しれー、濡れてきたんだけど?」
…えっ?
顔を上げて俺を見る時津風。
あ、あああっ! めっちゃ焦ったわー!
変な意味で誤解なんてしてないけど! してないけどーっ! なんかめっちゃ焦ったわー!
最強十八戦隊のワッペンがついたピンクのエプロンが確かに濡れてきたわ。俺、海でバナナボートになってここまで来たから仕方ないわー。そりゃ濡れちゃうよね。
「おいおい
と漣が徳田くんに物騒なことを言ってるが、ひとまず
「シャワーを浴びさせてもらう。話があるならば後程でいいだろうか?」
「はっ!」
と敬礼してくる徳田くんに答礼して、シャワー浴びて潮気を落とした。
で、なんやかんやで冒頭の執務室。
一言で言えば長野壱業バレした。
徳田くんその後にやって来たユーリエちゃん達に馬鹿正直に色々話したそうな。不器用ってか、誠実ってか数々のご無礼ごめんなさいってことで土下座敢行しているわけ。こっちは全然、気にしてないんだけどなぁ。
でも納得してくれないとなると最終奥義発動させるしかない。
「頭だけでも上げてくれないか? それでは話も出来ない」
「しかし!」
くっ、手強いな。しかし、俺は負けない。
「頼むよ」
「…分かりました」
よし、このまま畳み掛ける
「では、私が困った時に助けて欲しい。きっといつか君の力が必要になるだろう。その時は頼む」
今回はいい感じで喋れたぜ! そして俺も頭を下げる。
どうだ!こっちも頭下げちゃったら断り辛かろう。
受け入れてしまうだろう。
これぞ最終奥義、お茶濁し。
なんかそれっぼい事を言って有耶無耶にしてしまう恐ろしき技だ。
「頭をお上げください! 不肖徳田宗義粉骨砕身でその命、果たさせて頂きます!」
お、おう。なんか思ったのと違う…。
ご期待に添えるような愉悦成分じゃなくてごめん。