提督(笑)、頑張ります。   作:ピロシキィ

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この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在名称等ありますが、実在のものとは関係ありません。



提督(笑)と潮の想い

1936年(昭和11)2月

 

閏年、閏月の終わりに芝浦沖から放たれた光弾が東京の寒空を明るく染めていた。

戦艦長門を筆頭に多くの軍艦が帝都に砲を向けている。

二・二六事件。

後にそういわれる陸軍青年将校達が起こしたクーデター未遂。

 

駆逐艦潮の艦橋では頻りにメモをとっている男が一人。

その隣、その様子を眺めている老人は特徴的な髭を擦る。その容貌から達磨さんと呼ばれ、総理も勤めた政治家、高橋是清。

照明砲弾の改善点と言う文字をかすかに読むことができたが、さほど興味を持つことなく帝都に視線を向ける。

そして、ため息混じりに呟いた。

 

「軍備縮小の恨みを買ったか…」

 

「見通しの甘さを痛感いたしております」

 

その呟きに顔をあげ、同じく帝都に目を向ける潮の艦長である長野壱業。

 

「君は海軍とはいえ軍人だろう?」

 

国の財政を担う者と金食い虫の軍。

互いの主張は相容れない事は多い。

陸軍、海軍の違いはあれど軍縮は軍にとって軍人にとって歓迎できるものではない。

もっとも陸軍より海軍の方が予算は優遇されているように思えるが、それでも普通なら自身の命を省みずに、モーターサイクルで私邸に乗り付けて、警備にあたっていた巡査と共にサイドカーに押し込んで逃走劇を繰り広げたりはしないだろう。

 

「…されど日本人為れば」

 

表情を変えず、それだけ。

続く言葉があるのかと思えば、仏頂面で空を見つめ微動だにしない。

この長野という男、具体的な説明を求めない限りは端的な言葉しか発しない。

高橋は数年前から少々の付き合いがあったので察した。

軍人である前に日本人である。ならば、日本の国益の為に出来ることはする、と。

 

「これからどうなるんだろうねぇ」

 

少なくとも明るい未来は見えない。

そんな感情が見え隠れしていた。

 

「軍が力を強めるでしょう」

 

「反乱を起こしたにも関わらず…皮肉だねぇ」

 

世界恐慌、満州事変、そして今回で決定的になった。

国内で燻り続ける不満。それを押さえるために軍の統制派による国内の引き締めという名目のもと、軍事主義に走らざるを得ない。

 

「…備えねばなりません」

 

一体それは何に対してか。二人は黙して語らず。

 

それが数年後、世界を巻き込んだ大きな戦争のことだとは、潮はまだこの時は知るよしもない。

 

 

 

 

 

切り貼りされた場面が次々と流れて行く。

 

翌年から始まった日中戦争。

 

そして太平洋での戦いの日々。

 

厳しくなっていく戦局。

 

捷号作戦。

 

人類史上最大の海戦の後、傷ついた仲間たちを多く抱えたままの輸送船団。

 

空襲、落伍、沈んでいく仲間。

 

『駆逐艦隊は我に構わず進まれたし』

 

主砲塔も満足に動かない金剛からの命令に従い、残存輸送船を連れて逃げて逃げてようやく日本に着いて、だけどたどり着いた仲間はとても少なくて…。

偉い人に珊瑚海と同じように責められる。

 

また、場面が切り替わる。

 

そして写し出されたのは夏の日差しが照りつけるあの日だった。

長門、陸奥と共に出港していく金剛たちを見送る。

何もできない無力感。艦長にお前はいらないと言われているようだった。

 

お前はいらない。

 

役立たず。

 

血塗れの艦長が私を見て罵る。

 

叫びながら飛び起きる。

それが夢だと知っても、布団をかぶり何度も「ごめんなさい」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 潮

太平洋戦争の始まりから終わりまで駆け抜けた帝国海軍の一等駆逐艦の一隻。

心ない者は輸送任務や後方で護衛が多かったから生き残れたなどと言うが、ミッドウェー島砲撃では旗艦、スラバヤ沖では先陣、ドゥーリトル空襲では駆逐隊共に敵空母へ突撃、それ以降も珊瑚海、ソロモン、戦局が厳しい中での輸送護衛任務、レイテ、多号作戦(鈴三号作戦)そしてオホーツク。

間違いなく修羅場を潜り抜けた精鋭中の精鋭。

 

しかし、その魂を宿す艦娘の潮は内気な性格。

 

逃げ込んだ食堂で提督が龍鳳とイチャコラしていても後ろが気になってそれどころではない。

昨日見た夢と漣の怪談でいつも以上に不安定だ。

曙の背中に隠れ、食堂の入り口を伺い続ける。

 

──ズルッズルッ

 

何かが廊下を引摺りながらこちらに近づいてくる。

 

七駆から大まかに話を聞いた徳田提督と龍鳳。

食堂にいる全員が固まり、入り口を凝視する。

 

ビチャリと廊下から滴り落ちる音が響く。

ごくり。と誰かが唾を呑み込む。

 

入口に何かが来た瞬間。

 

潮は目をつぶりぎゅっと手を強く握りしめた。

 

曙の背中に置かれたその手を…。

 

 

「「「「ぎゃああぁぁ」」」」

 

思わぬ痛みに叫ぶ曙に連鎖して、皆が叫び声をあげて近くにいる誰かに抱きつく。

 

ほんの少しだけ間を開けて

 

「おいそこ代われ」

 

男の声が響いた。

 

恐る恐る目を開ける七駆と龍鳳。

徳田提督は男を見て訝しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほーん。

 

俺は自分で言うのもなんだが器の小さい男だと思う。

ライバック氏と青葉のような、ああいうやつならいいさ。だけど抱きつくのはダメだろう!

目の前でイチャイチャされていると腹が立つ。

具体的に言えばロケット花火を持っていたら投げつけるぐらいと答えれば分かりやすいか。せめて見えないところでやれ! クソ提督!

 

──ブーメラン

 

ミック先生が何か言った気がするが全く聞こえん。

というわけで器の小さな俺は邪魔するために厨房に突撃する。

 

「…戻ったのか。…お前、何でびしょ濡れなんだ?」

 

と言う徳田君の言葉を無視して

 

「持ってくれないか?」

 

とお野菜が入った篭を半分押しつけることにする。

ついでに口をパクパクさせている龍鳳にも一つ差し上げよう。

うむ、可愛い。

この娘さんも史実と大分違った艦生を送ったよな。

夜泣きはあったみたいだがクソディーゼルと呼ばれることなかったし、空母に改装中のドゥーリトルは本土の迎撃部隊が頑張ったお陰で爆撃されず、42年の6月ミッドウェーの頃に改装完了だ。

排煙問題がどうにかなってれば唯一のディーゼル搭載空母だったかもしんない。

前線に出たのってマリアナくらいか? あとはお艦と共に練習空母。たまに飛行機輸送の日々だったはず。

史実では桜花って人間ロケット輸送があったが、少なくとも俺が生きてる内はなかった。

俺が生きてる内って…スゲェ変な表現だな。

まぁとりあえずアワアワしている龍鳳から調理台に視線を向けよう。

 

「ふむ。カレーか」

 

おそらく朝ごはんの支度と共にカレーの仕込みをするつもりだったようだ。

ということは夏野菜カレーだな!

とりあえず二人の間に割って入ってイチャイチャは阻止(物理的)した。

さらに俺がここにいることにより流石にイチャつけまい。

完璧な作戦過ぎて自分が恐ろしい。

では、これよりカレー作りを始めます。

 

手を洗い、妖精さんが持って来てくれた天龍ちゃんのエプロンを身につけて、採れたて野菜の皮を剥いたり切ったりする。

自衛隊もそうだが、この世界でも軍専用のカレー粉がある。使い勝手がとてもいい。最悪これかけとけばなんとかなる万能調味料だ。

 

「っておい!」

 

徳田君! 刃物持ってる人間の肩を急に掴んだら危ない!

 

「危ないぞ」

 

包丁を一度置いて徳田君に向き直る。

 

「すまん。…そうではなく、説明しろ。どうかしたか龍鳳?」

 

君がイチャイチャしているのが悪いんだ。

面と向かってそんなこと言えないから目を逸らす。

 

目を逸らした先で潮と目が合った。

 

「…艦長?」

 

そんな彼女が俺を見て呟き、呆けている。

 

俺が海軍でキャリアを積んでいく中で初めて艦長職

を賜ったのが彼女だ。なので思い入れはある。

そう初めての女と言っても過言ではない! 艦これ的に。

最後は長門達と共に後を託した一隻。

あと艦これ提督的に駆逐艦にあるまじき胸部装甲で。

他は艦長を勤めたのは五十鈴と加賀だ。

そう考えると艦長をした艦はみんなでかいな!

 

さて、一先ずそれは置いておくことにして、どうしたもんか?

ここで「俺やで!」と答えていいものなのか。

ユーリエちゃんと仲がいい徳田君なら構わない気はするが、あ、ぼのたんと漣は俺のこと知っている?

いや、しかし徳田君に尻を狙われながら江田島に着いた時は…うん? どうなんだ?

というか、そもそも徳田君はなぜここにいるんだろう?

 

「潮ちゃん!」

 

おや? 走って出て行ってしまったぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白露は膝を抱えて埠頭から海を眺めている。

もうすぐ接舷するシーワックスの姿が見える。

その甲板上の艦娘達からひしひしと視線を感じるが、そちらは意図的に視界に入らないように。

 

しかし、それは問題の先送りにしかならない。

 

イカれた提督の指揮下の艦娘の大半は、これまたちょっと個性的な者達。

接舷する時間も惜しいのか助走をつけて飛び出し、埠頭に着地していく艦娘が数名ほど。

 

「いっちばーん!」

 

という台詞と共に島風がエコーを残して走り去って行った。白露の脳裏に『No More 台詞泥棒』という台詞が浮かんだ。

 

「雪風、競争だよー」

「はいっ!」

「仕方ないわね。私が見ててあげるわ」

 

時津風、雪風、天津風がそれに続いた。初風は傍観。

 

「天龍様のお通っ!? しまっ」

 

ドボンという音と共に天龍が海中へ消えて行った。

目測を誤ったらしい。

 

「テンリューーー!」

 

フランスの水上機母艦が悲鳴をあげた。

姉妹艦の龍田は「あらあら」と笑っていた。

夕張は曳航されてる平波で「ぐぬぬ」と唸っている。

 

「ヒエーもみんなも離すデース!」

 

「ダメですって!」

 

金剛は比叡をはじめ、常識的な艦娘達が何人かで取り押さえた。

 

「霧島離して」

「離すっぽい!」

「僕は大丈夫さ。いける!」

 

「この艦隊の頭脳である私、霧島が無理だと判断しました。大人しくしなさい」

 

榛名、夕立、時雨も同様である。姉妹達に拘束された。

一応、彼女達は満身創痍の状態で応急処置しただけなのだ。浦風は逆に「司令が私を呼んでいる(キリッ」と宣う磯風を止めていた。

 

「ちょっと百合恵提督っ! 危ないから止めなさい!」

 

その中に白露の提督の姿もあるが、陸奥に羽交い締めされ、止められている。

 

白露はイカれた提督を埠頭にぶん投げたあと、すぐさまシーワックスに緊急通信で事の経緯を後上(ライバック)提督に説明した。

あと数十秒遅れていたらイカれ…個性的な艦娘達が暴走する間一髪の状況であった。

 

それでもこの有様である。

 

「…これ私のせい?」

 

白露は光をなくした瞳のまま呟いた。

 

「いろいろおかしいのはあの人だから、そんなに気にすること無いわよ」

 

無事、接舷を果たした船から降り立った霞。

こめかみを押さえ、頭痛を堪えている仕草だ。

 

「霞ちゃん。もういい? いっていい?」

 

清霜はウズウズしている。

 

「いいわよ。転ばないようにするのよ」

 

「はーい」

 

霞はママだった。

 

「この艦隊でやっていけるのかしら」

 

清霜の背中を見送りながら呟いた言葉に

 

「その、頑張って?」

 

白露は同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潮は警備府を飛び出して当てもなく走る。

 

自分の漏らした言葉に、無感情で見つめる男の顔が浮かぶ。

 

役立たず。

 

昨夜見た夢の中の血塗れの艦長とびしょ濡れの男が重なる。

本当に艦長だったのか? そんなことあり得ない。 なら どうして私は逃げ出したの? 謝らないと。でも拒絶されたら?

 

役立たず。

 

潮の胸中は複雑に感情が絡み合い、あの場に留まることを拒絶した。

全てから逃れる。

それでどうにかなるわけではない事を理解しながらも。

 

もしも潮が臨時艦隊にいれば、もしくは天津風のように事前に少数の者に置いていく事を知らせていたら、

あるいは長野が艦長を勤めていなければ二人の邂逅は違った形を見せたかもしれない。

 

長門、陸奥及び護衛駆逐艦はもともとソ連南下に備え北方に派遣する予定だったのが急きょ、臨時艦隊または第二艦隊に組み込むことが決定される。それは叶う事なく予定通り北方に派遣される事になるが、それが艦娘になった潮にとって暗い影を落とさせている。

たとえ機関不良で長門、陸奥が動けないとしても、艦長を勤めた艦の自分は連れていってもらえる。

 

しかし告げられた命令は

 

護衛駆逐隊は長門、陸奥と共に待機。

 

それが悔しくて悲しくて…。

 

血塗れの艦長が走る潮にささやく。

 

お前はいらない。

 

「うぐっ」

 

涙が滲む視界。

 

「速きことーーっ島風の如しっーー!」

 

嗚咽が漏れて苦しい胸。

 

足が縺れて転ぶ。

 

視界が二転三転して草むらにベシャリ。

 

何かが踞る潮の側を駆け抜けて行ったが、お互い気づかない。

 

「相変わらず早いわね」

 

「ぬぉぉぉぉ」

 

「雪風は負けま…うん?」

 

ビタリ、と潮が転がる側で雪風が止まる。

 

「雪風ー?」

「ちょっと、急に止まらないでよ」

 

少し先で立ち止まる時津風と天津風。

 

「潮さん?」

 

いろいろとアウトな格好の潮がビクッと肩を震わす。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

急いで潮に駆け寄り、抱き起こす雪風。

 

「ふぇぇ…大丈…夫です」

 

泥と涙とその他でいろいろひどい顔になっている。

 

「一体どうしたんですか?」

 

雪風の問いかけに、いろいろと限界であった潮は泣きながら叫び

 

「私、頑張っだんでずぅぅ」

 

溜め込んだものを一気に吐き出した。

それは拙く、要領の得ないところもあったが、雪風も天津風も時津風も真剣に真摯に聞いた。

 

自分は役立たずで艦長にいらないって言われた駄目な艦。そう潮は思ったことを。

 

最期まで付き従った艦、最期を見届けた艦。後を託され置いていかれた艦。

それぞれの立場で潮に声をかける。

 

「馬鹿じゃないの? しれーがそんなこと言うわけないじゃん」

 

「ちょっと時津風言い方があるでしょ」

 

「何でー? しれーが意味ないことするわけないよー。だから潮が残ったのは意味があるんだよー? それが分からないんだから馬鹿だよ?」

 

「もう。もっと優しく言えないの?」

 

呆れるようにため息をついた天津風が今度は潮に向かって声をかける。

 

「私も置いていかれたから少しは気持ちわかるけど、でも帰ってくるまでを託されたんだから。帰ってこなかったけど…。あれ? でも帰ってきたわね。 う~ん。とにかく、貴女に託したのよ。そして貴女は託された想いに答えたでしょ? 胸を張ってもいいのよ!」

 

ビシッと指を潮に突きつける天津風。

指先が天津風にはない柔らかいものに沈んでいる。

ちょっと悲しくなった。

 

「しれぇはみんなを護りかったんだと思います。でも、しれぇだけじゃみんなを守れないから潮さんにも頼んだんです。ただ、しれぇはあんまり喋りません。潮さんには分かってもらえると思ったんじゃないでしょうか?」

 

「そう…なのかな?」

 

不安は消えず、雪風から視線を逸らしてしまう潮。

 

「本人に直接聞いたらいいじゃない? ほら」

 

天津風が顔を向けた方に視線を向ければ、仏頂面な男がピンクのエプロンを身に纏い、脇に島風を抱えながらこちらに向かってくる姿が見える。

 

「しれーっ!」

 

嬉しそうに駆けていく時津風。

その姿が羨ましいと感じる潮。

 

「絶対、大丈夫」

 

雪風の歯がキラリと光る。

 

「こっちが心配したっていうのに何よあの格好」

 

腕を組んで口を尖らす天津風。

 

…やっぱり艦長なんだ。

 

潮は三人の様子に男が誰なのか確信に変わる。

だけど、先ほどよりもずっと不安は少なくなっていた。

 

 




──鈴三号作戦──
レイテ沖海戦の損傷艦含め、本土まで戦略物資を輸送する作戦。


おまけ

図鑑説明 鹿島(苺味)

香取型練習巡洋艦二番艦、妹の鹿島です。
平和の海で次代の艦隊を育てるために建造されました。
その本来の役目を果たせる時間はあまり長くありませんでしたが、艦隊旗艦や船団護衛、精一杯頑張りました。
戦いが終わった後も、次代の艦隊を育てるお役目を拝命し未来のために、私、頑張りました! 鹿島のこと、覚えていてくださいね。え、こわい少将? あはは、確かに怖かったです。

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