提督(笑)、頑張ります。   作:ピロシキィ

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インドでカレー喰ってる場合じゃねぇ!



提督(笑)と背負いし者

 

「エェ…」

 

 長野百合恵提督が「あくまでこれから喋る事は独り言です」と前振りをして語りだした後、後上提督(ライバック)の乾いた笑い声とともに漏れた一言がそれだった。

 

それから彼は現実逃避気味に開いていたノートパソコンの匿名掲示板に意味もなく今夜の献立を聞いた。

しかし逃避を行ってみても現実は変わらない。

自分の指揮下の長門は腕を組み目を瞑っているし、青葉は一生懸命にメモを取っている。

長門の隣で「あらあら」と呟く陸奥が彼女の提督に対して困った顔を送る。

ここにいない今、話題となっている提督の指揮下の大淀は沈黙を保っていて、

それが長野百合恵提督の荒唐無稽な出来の悪い物語のような発言に真実味を持たせていた。

ライバックはここで「冗談です」と言ってくれれば笑えるのになどと思いつつも、ここにいる艦娘達の雰囲気から察するにそんな言葉は望めないと理解した。

幸いにも、背筋に嫌な汗をかく羽目になっているのは彼だけではなく、陸軍空挺部隊の隊長とその部下のいぶし銀の効いた曹長もいる事がライバックにとっては救いだったかもしれない。

 

重い空気が流れるそこはライバックのシーワックスの会議室。

 

「…おほん、えー、彼の名前は『長野壱業』ではなく『長野業和』です。そちらの後上提督と同じような立ち位置となりますので皆さん宜しいですね?」

 

「ア、ハイ」

 

と返事をするのが精一杯だった。

 

「…提督よ。腹を決めろ」

 

目を開いた長門に顔を向ければ、何時になく真剣な眼差しがライバックに向けられている。

 

「一応聞くけど…、何の?」

 

「今のままの海軍の在り方に思うところがあるのだろう? つまり、そういう事だ」

 

如何にかしなければとライバックも思っていたのは確かではあるが、自分一人の一存では決められない。

ホモやお徳用瑞雲やミコトにも説明しなくてはならないと思うライバック。

それと同時に深海棲艦相手ならまだしも、今回の長門の言うそれは海軍内で下手すると血が流れる。

いや、間違いなく流れると思うと他の連中を巻き込んでいいのかと躊躇ってしまう。

 

「……」

 

故に、ジレンマによる沈黙。

 

「私個人としては長門さんの思いにお応えしたいところではあるのですが…」

 

「なんだ? 長野提督の血縁者なら同じ道を歩んでくれると思ったのだが…」

 

長門が百合恵提督を見据える。

 

「ご本人にその意思を確認するのが先だと思うのですよ。…大淀さんはどう思われます?」

 

「提督の指示に従うだけです」

 

大淀はそれだけ言って口を閉ざす。

何があろうと自分はそれだけだ。そんな事より今は出来れば提督の側に行きたいのだ。

容態は安定していると妖精さんから言われてはいるが気はそちらに向いている。

ここにいない指揮下の他の艦娘達も一緒である。

提督がもしも「この国を滅ぼせ」と命令するならば滅ぼしてみせるし、「救え」というなら護ってみせ立ちふさがる敵は薙ぎ払う。

何よりも自分たちにとって恐ろしいのが提督を失うという事だ。

本人がその事を知ったら「重いっ!重すぎるっ!」と胃を痛めるであろうが…。

 

「と、まぁ、壱…業和さんの指揮下の皆さんは業和さん次第でしょうし、本人がそれを望んでるとは思えないんですよね…」

 

百合恵提督の脳裏には初めて会った日の言葉が蘇る「犠牲は少ないほうがいい」と言うその言葉が。

自身が戦犯にされたとて誰よりも国家の国民の平穏を望んでいるのだ。

金剛の事で思うところはあったようだが、今のこの国の状況で事を起こすにあたり長野グループの後ろ盾を得て、その力を使おうとも多少の血は流れてしまう。

きっとそれは彼には許容できないのではないだろうかと。

 

「じゃあどうするのだっ!」

 

ドゴンッ! という音と共に長門が吼える。

長門の背後の壁が大きく凹み、その中心には拳が添えられていた。

 

「長門、落ち着きなさい」

 

陸奥が諫めるも、長門はさらに声を荒げる。

 

「70年だ! この国はっ! 提督の名誉を踏みにじって来たのだぞ!? 私は何も出来ずにそれを只見続けてきたのだ! 私は託されたのに、何も出来ずに…」

 

長門と言う艦娘は責任感の強い艦娘だが不器用である。

伝えたい事が、色々な思いがごちゃごちゃになり十分の一も伝えられない。それがとても歯痒かった。

そんな自分が情けなくて長門の瞳からは涙が零れる。

 

長門の叫びはその場にいた者たちの心に響いている。

大日本帝国海軍の象徴として守護者としての百年を背負った者の重みがあった。

 

「…長門」

 

ライバックはここまで感情を露わにした長門を初めて見た。

 

「二階級昇進の代わりに、今回の名誉を捨てさせるのか! また、裏切れと言うのか!? そんな事もう二度とあってはならんことだろうがっ!」

 

彼女が件の男を裏切ったという事実はない。

ただ、歴史的な流れから結果的にそうなってしまっただけ。

長門は護国の象徴。長野は戦争を主導した大罪人。

 

長野が例え、そうなる事を織り込み済であったとしても長門はずっと仄暗い気持ちを抱えて来たのだった。

 

「今ここで何も事を起こさないのであれば…私は、どうすればいいのだ? 長野提督にどの面下げて会えばいいのだ!」

 

「…長門」

 

陸奥も長門の気持ちは痛いほどに分かる。

帝国海軍として北方海域で行われた最後の戦い。

陸奥の艦長は長野の同期であり、予備役とする懲罰処分を受けた男であった。

それを引っ張り上げて陸奥の艦長に据えたのが長野。

坊の岬沖で金剛沈没。秘密裏に伝えられた長野の死、それに報いるために戦いに臨む艦長の秘めた決意は如何ほどだったか。

 

 

「…長野から奪った金鵄勲章などいるものか!」

 

 

終戦直前の冬、横須賀で着底していた陸奥の艦長室で艦長が声を荒げたのは艦娘になった今でも覚えている。

 

 

 

「誰もこのままでいいとは言ってないじゃない。どうするかは長野提督が起きてから提督と一緒に考えましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吾輩、ライバックさんとこのシーワックス内を移動中である。

 

「テートクゥもっと休んでた方がイイデース」

 

「しれーしれー」

 

「しれぇしれぇ」

 

「てーとくさんてーとくさん」

 

「提督、本当に大丈夫なのですか?」

 

「「「提督」」」

 

こいつらうるせぇ! 何人編成のパーティーだよ!

ぶっ倒れはしたが、まぁ、ちょっと頭重いけど、もう本当に問題ないのよ。

 

起きて、金剛とちょっと話してたら、うちの娘さん方(大淀さん除く)が皆して突撃してくるんだもん。

潰れるかと思ったわ。

 

あとコマちゃんが大泣きしてた。

まぁコマちゃんと握手したらぶっ倒れたんだからそら焦るわな。

 

「えっぐ… Ça va?  Ça va? てーとく Ça va?」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

それよりコマちゃんが皆に虐められてなくてよかったよ。

いや、そんな娘さんいないだろうけどさ…。ちょっと心配でした。

 

さてさて、俺が倒れるというアクシデントがあったものの我々は予定通りに父島に帰還中だ。

そう、予定通りなのである。

今回の一件、簡単にまとめると、

 

南鳥島を解放したはいいが兵站とか考えると維持できねぇ!

 

これが、マーシャル諸島やマリアナ諸島が健在だったら違ってたんだろうけど、

アメさんハワイまで押し込められているらしいから、日本側も小笠原諸島を防衛ラインにしてるし放棄。

今の所、戦略的にも資源的にも確保しておくメリットがデメリットを下回るから致し方なしという事だ。

 

でも、解放できたことは喜ばしいね! 大々的に国内外に発表するよ!

 

という訳で、海軍主導で綿密かつ繊細な作戦を練ってた事にしたい。

いきなり新人の君が脚光を浴びるのは困っちゃうだろ? 

ついでに君、観測者組だからこの国の戸籍とか無いし、記者会見とか開く予定だから日本国の身元がしっかりした人がいいねん。

だから内々での評価は上げとくし階級も二個上げたるから今回は戦果譲ってな。という事になる。

叶わなかった二階級特進だぜ! 今回は戦死してないから単なる昇進なんだけど。

 

あれ、階級上がるのはいいけど、俺の給料ってどうなってんだ?

差し迫っている状況じゃないけど、いつまでもユーリエちゃんのヒモって親戚のおっさんとしてのプライドが…。

でも、父島にいて使う機会があるんだろうか? 密林が戦時中の最前線まで届くのか?

いや密林でポチれてもヌコも飛脚もカンガルーも来れないんじゃ…。

 

…なんて事だ。

 

これは本土に行ったら至急確認して場合によっては爆買いしなくてはならんのではないだろうか。

 

──そこで私に尋ねる選択肢は無いのですか?

 

あぁ、そうか。 で、どうなの?

 

──宅配サービスは現在停止状態にあります。各市町村の集積所に取りに行く形になっているようです。

 

…客からのクレーム凄そう。

 

──残念ながら物品の輸送も八丈島までのようですね。

 

本土行ったら爆買い決定。

 

買い物リストを作る事から始めよう。

そんで、俺の給料は? もし無給と言うならば労働抗争も辞さない!

 

あ、これクーデター疑われるから駄目か?

いや、国家公務員だから大丈夫か。

 

──貴方は軍属、『軍人』の扱いです。

 

なんてこった…これがこの国のやり方かぁ!

 

──給与は支払われます。世間一般人の平均所得より高いようです。

 

ほほう、士官は高給取りなのは変わらんのか。

まぁ、帝国軍士官の場合は身に着けるものが自腹だったけどな。

だから改造軍服が士官の嗜みみたいな感じもあったが。

俺も最初に買った制服の裏地に『長野専用』って刺繍した。

同期連中には軒並み評判が悪かったよね。「だから何? 当たり前じゃん」みたいな事言われた。

で、次はもっと分かりやすく『顔貯水池』と刺繍入れた。俺がガンダムだっ!

しかし、これも不評だった。「意味がわからん」とまたも言われた。

 

…話が逸れた。

 

とにかく、ヒモからの脱出! ユーリエちゃんに貰ったお金の使った分は徐々に返済していこうと思う。

 

あと本土行ったら、ちょっと大人のお店に行ってこよう。

俺には割り切った関係が有難い。

 

「……」

 

 

 

嫌なこと思い出してしまった。なんか急に賢者モードだ。

 

あれは大正時代。

大尉に昇進し、祝いとして同期の何人かと吉原に繰り出した。

時代背景的に軍人が疎まれる頃で色々鬱憤がたまっていたというのもあったが、当時は一夜のアバンチュールだヒャッホーイ! とウキウキ気分で向かったのを今でも覚えている。

東京の中心地の花街が主流になっていたが、その頃はまだ吉原には遊郭が軒を連ねていた。

俄雨がうっとおしく、季節は冬のはじまりで吐く息が白い日だった。

 

そこで一軒の茶屋の前で土下座する親子を見てしまったんだ。

 

みすぼらしい姿の父親と娘。

 

それを見て荒ぶるパッションが急速冷凍された。

それまでどこかで何とかなるだろうと楽観的に物事を考えていたが木っ端微塵に吹っ飛んだ。

同期も顔をしかめてはいたが「なんだ身売りか」程度の感覚に急激に怒りが沸いて、この国を根本的に変えてやろうと思った。

 

そう思ったが、結果は散々。

大言壮語を吐く民衆は自ら動くことは良しとせずに他人任せ。

それに嫌気がさして世間から距離を取るインテリ共。

そいつらのケツを無理やり蹴っ飛ばして協力させて徐々に力をつけ、ようやくこれからだって時に満州事変。

 

もう本当に己の無力感が半端なかったわ…。

 

「しれーお腹痛い?」

 

「しれぇ?」

 

そういえば艦娘さん達に集られているんだった…。

ちょっとブルーな気持ちが伝わってしまったか。

 

今回の装着艦。

 

頭  とっきー

右腕 ゆきかじぇ

左腕 ぽいぬ

腰  金剛

 

周り いっぱい

 

「重いだけだ」

 

だからちょっと皆さん離れてくれてもいいのよ?

 

「……」

 

おや? 皆さん俺の体から離れていく。近くには居るけど…。

 

「テートク、やっぱりモー少し休むネー」

 

俺の前に回り込んで上目遣いの金剛。不意にドキッとさせてくる仕草は反則だと思う。

 

「そうだぜ? 父島帰るまで暇なんだからよ寝てろって」

 

「提督、天龍ちゃんが取り乱して大変だったんですから~。また倒れられたりしたら~天龍ちゃん泣いちゃいますよ? 私も心配です」

 

「そ、そんな事あるわけないだろ!?」

 

焦ったような表情の天龍ちゃん。

 

「あら~じゃあ天龍ちゃんは心配じゃないの~?」

 

「そ、そんな事言ってねぇだろ!」

 

「オマエの血はナニ色Oui!」

 

「夕張っ! コマに変な言葉吹き込むんじゃねぇぇっ!」

 

「いや~、コマさんがあまりにも取り乱していたので落ち着かせるために色々教えてたんですけど、そこをチョイスしちゃったかー。

あ、提督私もめちゃくちゃ心配してたんですからね?」

 

あちゃーと頭に手を当てるメロンちゃん。そしてとって付けたかのように心配しましたと言われても、ほんまかいな?って気分になる。

 

「しかしアレやなぁ。こんだけぎょうさんアクの強い面々がおるとウチみたいなキャラは埋没してまうな」

 

「どの口が言ってんのよ」

 

駆逐艦の様な空母の言い草に霞マンマがツッコミを入れている。

なかなかいいコンビだ。

 

「テートク?」

 

あぁ、まぁ休むにしてもライバック氏とかに心配かけただろうから一言挨拶してからにしよう。

 

という訳で、会議室的なところへ歩を進める。

 

水密扉を開けて顔を出せば、あら不思議…。

 

 

 

…何だこの空気?

 

 

 

うん、とりあえず未だアワアワしている天龍ちゃんの角をムギュッとしておこう。

 




あとがき

イベントやってるからちょっと蛇足
レイテ沖海戦(苺味)

 第一遊撃部隊第二部隊 (長野艦隊)
  第三戦隊 金剛 榛名
  第七戦隊 鈴谷 熊野 利根 筑摩
  第一〇戦隊 矢矧
  第四駆逐隊 野分 萩風 舞風
  第一六駆逐隊 雪風 時津風 天津風
  第一七駆逐隊 浦風 磯風 浜風

清殿とか長波様とか、ぜかましは第一部隊です。
西村艦隊も小沢艦隊も微強化されてたりします。

あと外伝の方の後藤陸将さんの寄稿だとムッツォも記念艦になってますが、
こっちでは終戦後解体、東京タワーの一部になってます。

ついでに北方ソ連撃滅艦隊

長門 陸奥

雲龍

酒匂 

潮 響 夕雲型(妙風)
松型2隻(楓 欅)択捉型海防艦2隻(天草 干珠)

雲龍艦長&航空隊司令に 柳本氏
陸奥の艦長に 西田氏
水雷戦隊司令 小西氏

と苺餃子の同期で固まってます。

もひとつおまけ、大和の三連装砲は一基呉の海軍ミュージアムに展示されてる。

イベント完走できるかな…orz

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