会議は踊る、されど進まず
暑い日差しを避けながら呉鎮守府内を歩く男の胸中を占める心境を語れば前述の通りである。
さらに続けるのであれば、果たして彼らはこの国を救う気が、この国が瀕している問題を正しく理解しているのか、と疑問を抱かざるを得ない。
と続く。
海軍服の襟元を開けて着崩して、いつも眠そうな濁った瞳を携え飄々とした態度でいるこの男。
一部では昼行燈などと揶揄される。本人に至ってはそんな言葉どこ吹く風であるが、規律を重んじる者からすれば、それがさらに苛立たせる。
男のそんな態度を擁護するのであれば、この世界に転移する前の習慣、ライフスタイルが今の彼を形成してしまったのである。
システムエンジニアとして納期に追われる日々、二徹、三徹は当たり前。そんな生活を何年も続ければ自然と瞳は曇り、歩く背中を見れば哀愁が漂うというものである。
仕事で擦切れた精神は転移の際に若返りという恩恵を受けたとしても、どこかからともなく達観した雰囲気が滲み出てしまうのである。
この男、呉鎮守府所属の転移組提督の一人。
名を 後上 雷蔵(ごがみ らいぞう)と昭和の終わりの年に生を受けたにしては些か古風な名を親から賜った。
ちなみに転移組同士のチャットでのハンドルネームはライバックである。
退役間近の戦艦アイオワが乗っ取られ、元特殊部隊のコックが活躍する映画と、自分の名前を掛け合わせたものである。
転移直後にライバックと名乗って嘘つけと言われ、本名を名乗ればこれまた嘘だと決めつけられた、些細な過去を持つ男である。
他国に艦娘を派遣するねぇ…。
自分の手駒にならない厄介者をお払い箱にしたいってだけじゃないかと思えてしまうけど。
と先程の会議の様子を思い出すライバック。
細倉中将という爬虫類を思わせるような眼を持つ上官と正義感の強い若手将校と提督達が激論を交わしていた。
それを早く終わらんものかと口を開くこと無くずっと様子見に徹していた。
ここでそんな会議開いても何も決まる事無く、海軍上層部の判断と最終的には政府判断である。
不毛な会議だ。
それを分かってあの中将はやっているのではないかとライバックは考えていた。
会議は最終的にもしも派遣するにあたっての場合、誰を送るかという候補のピックアップで終ったが、それすら艦娘が否と言えば頓挫するのだから、本当にこの会議を開く意味があるのかと問いたい。
硫黄島のホモあたりならあの中将の真意を推測することが出来るのだろうが、自分は生憎と技術屋で、陰謀、謀略は専門外。今日の事を早速そのホモに相談しようと歩みを進める。
苺入り餃子は今日は来るだろうかと思いながら、先日は終始固い言葉を崩すことはなかった。
転移前は船乗りだと言っていた。もし今日、彼が訪れる事があれば長野壱業の事をどう思っているか聞いてもいいかもしれない。
長野信者の可能性を考えて初日はその辺り触れないで行こうと意見を固めていたが、今日はもう少し踏み込んでみよう。
それにあれだけのプロテクトを組む電脳戦の腕、色々と話したい。
自分の執務室までもう少し、廊下を歩きながらその様な事に思いを馳せて、それでも背中には哀愁が漂っているが…。
そしてようやく自分の城に戻ったライバックを出迎えたのは彼の指揮下の艦娘の一人。
腰まであるロングストレートの黒髪と真紅の瞳。
頭には艦橋を意識したヘッドギア、首には首輪のようなパーツ、SFチックな裾の短い和装は袖なしのフィット感あるもの。
腰は艦首を模した大日本帝国の菊の御紋をあしらったベルトにミニスカート。
アスリートの如く鍛えられた腹筋が上着とスカートの間から覗き、健康的であり魅力的である。
しかも胸部装甲も大きくまさにわがままボディ。
大日本帝国が世界に誇る戦艦ビッグセブンの一人、長門 である。
「提督よ。戻ったか」
「どしたの長門?」
「うむ。さきほど金剛が凄い形相で走っていったのでな。呼び止めようと思ったのだが…。声が届かなかったのか無視したのか…。
とにかく尋常な様子ではなかったので少し気になってな」
「…あぁ。ちょっとまずいかも」
「何があった? せっかく良い知らせを持ってきたというのに言いそびれてしまったではないか」
「良い知らせ?」
「それは提督は知らなくていい事だ。それより何があったか話せ」
「提督に隠し事は良くないよ? まぁいいやさっきの会議でさ」
先程行われていた会議で、海外派遣する艦娘の候補として金剛の名が挙がった。
もちろん決定事項ではないし、自分たちにそんなことする力も無いが、それを聞かれてしまったかもしれないと。
大分大きな声で言い合いになったからねぇと、飄々とした態度を崩さずにライバックは長門へと懸念を話す。
「その様な事をっ! ふざけるなッ!」
「まぁね。俺らがいくら言ったところでどうにかなる問題じゃないんだけど…。狙いはそれか。思ったより事態は切羽詰まってるかもしれない」
長門に答えながら、自分の机のパソコンに電源を入れ、操作し始める。
「おい、きちんと説明しろ」
「分かってるよ。とりあえず落ち着きなさいな」
長門には分からないことを口走りながら、カタカタとキーボードを叩き続ける提督。
一頻りして、長門に少し視線を向け、話し始める。
ここ数日、不毛な会議を行っていた事。
細倉中将の狙い。
何らかの切っ掛けでその会議の内容が金剛の耳に入るようにしていたのではないか。
細倉中将は表立って艦娘を否定はしていないが、扱い辛い者は遠ざけるように仕向けているのではないか。
これは確証を持てないが、一定数の艦娘が僻地に追いやられている現状を見ての推測。
どうにか硫黄島のホモはその受け皿になろうとしている。
そこの一時預かりしている艦娘から何か聞ければと今、その硫黄島の提督と連絡を取っている。
そして金剛に会議の内容を聞かせてどうするつもりなのかを硫黄島の提督の憶測を聞いた所。
それを一気に長門に話す。
「あぁ…ミコトじゃ当てにならんかも知れない」
宿毛湾の女性提督を思い浮かべ天井を見上げる。
思えば、大和や金剛が何故内海である呉に移動して来たのか考えるべきであったかと後悔するも遅い。
「今から追いかけたとして長門なら止められるかい?」
「…無理だな」
もう少し声を荒げて反論してくると思ったライバックは長門へと視線を向ける。
その長門は唇を噛み締め、強く強く拳を握り締めているのに気づく。
「私と彼女とでは速度が違う…。よしんば追い付いたところで私に彼女を説得する言葉を紡ぎだせるとは思わん。そうなれば力づくという事になろう。私とて負けるつもりは無いが、ただで済むとも思わん」
相討ちにでもなれば本末転倒ではないかと悔しそうに、口惜しそうに言葉を紡ぐ。
そして、
「この長門は託されたのだ。護らねばならんのだ」
その言葉は自分に言い聞かせるように執務室に響く。
…恨むよ長野さん。貴方は大きすぎたよ。
天井を一度睨みつけ、キーボードを再び叩きはじめるライバック。
その二人の様子を陰から重巡艦娘が覗いている。
照り付ける太陽はもうすぐ本格的な夏の到来を予感させていた。
『本日も異常なしにゃっしい』
「ご苦労」
何時もの様に哨戒活動の定時連絡を聞きながら、その男はいつも通り上半身タンクトップ姿で執務に励む。
ここは硫黄島。帝都東京から南へと1250km。東西8km南北に4km。小笠原諸島の南端近くの島である。
もともと無人島であったが、太平洋戦争時は日米の激戦が繰り広げられ、現在では日本国海軍の軍事基地が置かれている。
さらに南へ行けばグアムやサイパンを含むマリアナ諸島があるが、アメリカは深海棲艦発生から一年、日本から駐屯軍撤退を決定。
その折にマリアナ諸島の放棄も決定し、マリアナの住民を引き連れハワイ諸島まで戦線を後退させた。
今では深海棲艦が蔓延る赤い海が広がっている。
米軍撤退の折、日本側も協力し、少なくない日本国海軍の犠牲があった。
その際、呉の海軍ミュージアムに記念艦として係留されていた長門が復帰し撤退作戦に従事、没するという事もあった。
ライバックの指揮下である長門はそこまでの記憶があるというのだから驚きである。
「なぁ君、これの続きは何処なん?」
駆逐艦かと見紛う姿を持つ軽空母の艦娘が本棚を眺め、目当ての物が見つからなかったのかタンクトップ男に問う。
軽空母の艦娘、龍驤の左手には『水平線のダイヤ・上』と書かれた一冊の本。
問われた男は硫黄島所属の提督の一人、
形のいい眉、涼し気の目元と、柔らかく微笑む口元は上品でまさに優男といった雰囲気である。
提督としても優秀である。だが、ホモである。
「それならここに」
「うげぇ!? どっからだしてんねんっ!」
龍驤には男が股間から取り出したように見える。
実際は龍驤の見えない位置の引き出しから取り出して、そう見せるようにしたのだが、
何故そのような事をしたかと言えば、単にそうして相手の反応を見たかったからである。
男の名は 本多 丈一郎(ほった じょういちろう)ハンドルネームはアァーー!
転移組の提督の一人でもある。
「君の為に温めておいた」
引き出しから取り出したのでもちろん嘘である。
「草履と一緒にすんなや! アンタはサルかっ!」
打てば響くこの艦娘との会話を男は楽しんでいた。
自分の指揮下にいる艦娘達とではこうはいかないのである。
そうして一通り会話を楽しみ、股間から出していないことを言えば「アホかッ」と突っ込まれたところで、お目当ての本を手渡し、その際若干受け取りを躊躇っていた龍驤に男は違う話題を振る事にした。
「君は意外と歴史に詳しいのだな」
「あぁ~。たぶん艦長の影響やね。艦長、歴史小説ちゅーの? 好いとったからね」
「それは実に興味深い。他に何かないのかね?」
「せやね…。あとは、よう長野提督に文句言っとったで『あの野郎の無茶振りでいつもドサ周りだ』てなぁ。ウチもそう思うわ。まっ、一番無茶しとったのが長野提督なんやけどな…」
タハハと笑う龍驤はどこか懐かしむような笑みである。
「君の艦長と長野氏は同期だったか」
「せやね。だからウチの沈んだ後どんだけ無茶やったんかと思ってな」
手渡された本の背表紙を撫でる龍驤。
「映画だとどうしてもカットせざる得ない場面も多々あるからな」
もっとも小説という形式をとっている以上エンターテインメント性も盛り込まれているから、それがすべて真実と鵜呑みにするのも良くないのだが、
実際本物を知る彼女ならそこまで気にしなくてもいいのではないかと思い直し、言葉を飲み込んだ。
そうして龍驤は読書をはじめ男も執務を再開する。
時折、一言二言言葉を交わし龍驤は小説に突っ込み入れながら時を刻む。
「漂流して座礁? 絶対嘘やん」
「硫黄島より北は内海だと思うてたって。絶対確信犯やろコレ」
どうやら、小説はこの島を舞台にした話に差し掛かっているようだ。
男は目を通していた書類を置き、小説の内容を思い出す。
内海待機を命じられた長野だが、呉は艦船が多くいざという時に身動きが取れなくなると具申して移動した。
その前に硫黄島を巡る方針で上層部に噛み付いたこともあり、厄介払いできたと上層部も思っていたに違いない。
金剛と榛名、時雨と夕立、機雷敷設艦高栄丸を引き連れ、何故か父島へと赴く。
榛名と高栄丸を父島へと残し、榛名から燃料を抜き、マーシャル諸島で米国輸送艦隊を襲い、中型タンカーと物資輸送船を拿捕してくるというウルトラCをやってのけ、食糧と医療品を積んだ輸送船を硫黄島に届ける。
ただし、日本側史料ではマーシャルでの戦闘は一切記載されていない。
その際の硫黄島の最高指揮官との会話はなかなか面白いものだった。
「久しぶりだね長野君。妹君は達者かな」
「お久しぶりです栗林閣下。私も妹も息災であります」
戦前より付き合いのあった二人の会話は終始穏やかであった。
「そうかね。本日はどのような赴きかな?」
「漂流して座礁した米国の輸送船がおります。物資の運搬に人手をお借りしたく」
「はっはっは。そうか漂流して座礁か」
「暫くはブレッド食で将兵には我慢して頂くことになるかと思いますが」
そんな感じの会話文であった。
この後、戦略の話になり、硫黄島への米軍来襲した際、海軍の協力は難しい事を長野が申し訳なさそうに伝える。
数日のうちに来襲するであろうと予測を伝え、それと共に硫黄島に長野たちが駐留していた事にして欲しいと願い出て、それを最高指揮官が承諾するという形であった。
実際には父島に引き返す。その際上陸予測地点付近の海域に機雷をばら撒いて、硫黄島に米軍が攻め込み暫らく経った新月の夜に榛名、夕立、時雨を率いて夜間艦砲射撃を行っている。
本土に戻った長野に対して上層部は「内海待機と命じたはずだ」と呼び出し「硫黄島より北は内海だと思った(キリッ」と返すのである。
手土産に中型タンカーがあるのと艦船は無傷であったことから大事に至らなかった。
また陸軍から珍しく感謝されて強く言えなかったというエピソードだ。
小説の内容を思い出し終り、再び書類に目を通し始める男。
「せや、新しい提督が父島に着任したやんなぁ?」
君らと同じような奴なんやって?と龍驤が問う。
これは転移組の提督の事を指している。
「海軍学校2カ月で卒業。現在、16人指揮下に置いているそうだ」
「は? なんやねんソイツ」
「こちらに来る前は船乗りをしてたそうだ」
「待ちぃな。あそこはここにいる娘らより問題児扱いされとった娘がいる場所やん」
「っと、すまない。緊急事態らしい。話は後で」
パソコンに向き合う男に龍驤は不完全燃焼だが、次の言葉で天井を見上げる事になる。
「…金剛が暴走したかもしれない」
南鳥島まで660海里 キロメートルに直せば1250km 15ノット(時速27km)で艦隊行動すれば二日で着く距離。
ホモ提督に承諾貰えて、父島の軍人さんにちょっと哨戒活動の一環として深海棲艦勢力下覗いて来ていいかとお伺いを立て、好きにしたら(意訳)と頂きましたので、
なんやかんやと余裕をもって平波で行く6日間船の旅。
そんな船旅の中、私はとても混乱いたしております。
この世で起きる全ての物事には、結果があり、過程があり、切っ掛けがある。
それらをそこから更に突き詰めていけば箱の中の猫だったり悪魔だったり宗教や哲学という思想が生まれるのではないか。
人は旅人であり、探求者である。
そう言ったのは誰の言葉であっただろうか?
目の前(モニター越し)で行われている現象を紐解いていけば、多分…、恐らく…、めいびぃ…、
切っ掛けは俺という存在で、過程は俺が過去に行ったことになり、結果として今の目の前の現象と言えるのではないだろうか。
さて、長々と御託を並べてしまったが、結局のところ俺が何を言いたいのかを述べさせていただく。
俺の知っている艦これと違う。
どうして、メロンちゃんは
「おりゃああああ」
という掛け声とともにアンカーチェインを振り回し、アンカーを海にぶち込んで、ヨ級を釣り上げているのでしょうか?
「おっしゃああ!」
どうして天龍ちゃんはそれを当然のように受け止め、釣り上げられているヨ級を刀で三枚に下しているのでしょうか?
「「「おーっ!」」」
どうしてそれを甲板の上から見ている艦娘の皆さんは拍手をして平然と受け止めているのでしょうか?
皆々様方、爆雷という装備は御存じでしょうか?
私は今、とても混乱しています。
1945年5月中旬 硫黄島米軍キャンプにバーニングゥラァーブッ!
あかん関西弁めっちゃ難しい。
餃子氏リーマンか船乗りか どっちが職歴長いか改めて計算した結果。自分船乗りっぽいですわとの結論にいたる。