ちょっと仕事で海外に数日飛ばされまして、台風の野郎が私を帰宅を拒んだもので。
夏の日差しが照り付けるその日。
あと数時間で出航するという時にその男は、ある艦の艦長のもとに訪れた。
「これはこれは戦神と謳われる長野提督ではございませんか」
「……」
男は眉間に皺を寄せいつも以上の仏頂面。
内心はその思春期特有の病に罹ったような名前で呼ばないでおくれと。
悶えているだけだ…。
「…悪かったよ。全く冗談が通じん奴だな。もうすぐ出航だが何しに来た?」
「艦隊を見回ってきた。ここで最後だ」
男は、これから率いるすべての艦を回ってきたと言う。
「…お前らしいな」
「格。俺は心配性なんだ」
「あぁ、そうかい」
格と呼ばれた男は目の前のこの男の事を最後まで測りきる事は出来なかったと思う。
何が心配だ。どうせその頭の中には勝利への道筋が描かれているのだろうと。
どこまでもどこまでも、同期の誰よりも、いや海軍の誰よりも先を見ていた。
若い頃はなんとしても負かしてやろうと息巻いていたが、こいつはそんな事端から考えていなかったのだ。
自分とは視点が違うのだ。だからこそ惜しい。この国にはこの男が必要だ。
米国の戦略を悉く読み、戦前からあらゆる手を打ち、誰よりもこの国の為に身を捧げていた。
例え上には理解されなかったとしても、腐る事無く前だけを向いてここまで来た男なのだ。
それ故になんとしても生きて帰したいと願う。
しかし、それは難しいのだろうな。ようやくだ、ようやくこの男の立案した作戦が実行される。
それが自身の死も計算に入れての最期のものとなることに、形容しがたい思いが膨れ上がる。
ちなみに格と呼ばれる男がそのような事を考えているとき、その目の前の男は、
マジ大丈夫だよな? ちゃんと台風来るよね? ミック先生! マジ来るよね!?
と本当に心配していた。
「結局、お前さんが言った筋書き通りだな。さすが戦神だな。ありがたやありがたや」
若かりしき頃、もし米国と戦争になったら、そんな討論をした覚えがある。
この男は妙に具体的に戦争の推移を語っていた。それが、今現実になっている。
「俺はそんな大した者じゃない。神と呼ばれる人間は…一体誰に祈ればいいんだ」
あれこれはなんかの漫画の台詞だったか? まぁとりあえず、あのリーゼントに祈るのだけはありえねぇっす。
なら、ミック先生か? 神は自分の内に宿るとか言うじゃん。あ、でもあのリーゼントがミック先生を遣わしたのか…。
という事は結局あのリーゼントに…なんたるジレンマっ!
とか割とどうでもいい事を考えていた。
「すまんが、横須賀に行ってくれんか」
「横須賀ですか?」
「うむ。提督業務を教えて欲しい者がおる」
数日前、そんな命令を海軍の長から直々に受けた女性はその時の事を思い出す。
「今は大々的に事を動かせんのだ。出来る限り内密に、とくに艦娘達に知られないようにして欲しい」
少し疲れた顔でそんな要請をする老人に女性は内心、訝しみながらも了承する。
「すまんな。事が事だけに…いずれ時期を見て艦娘達には必ず知らせよう」
「はぁ」
「それまでは困るのだ…いや本当に…マジで…」
少し取り乱しているように見える柳本海軍大将。
「それで、どのような方なのでしょう」
「おそらく会えばわかる…。そして儂が内密に頼む理由も賢い君なら分るはずだ」
そう言われ、女性は横須賀に赴く。
そこで衝撃的な展開が待っていた。
案内された一室で、汗を滴らせながら必死でバーベルを持ち上げようとしている男が目についた。
激しく高鳴る胸の鼓動を抑え、あくまで冷静に彼に近づき、彼の持っていたバーベルを奪うように持ち上げ、
「お久しぶりです提督」
そう挨拶した。
なんで壱業すぐ異動してしまうん?
あれは大将さんが帰って三日後の事だった。
またもや校長室に呼び出されて、海軍士官学校を出て行けと次の日には追い出されました。
そして現在、はみ…よこチン…横須賀鎮守府内の建物の一角に押し込められています。
理由は提督業務を教える為との事と、街に出かけた際に国家権力のお世話になってしまったから。
お艦やメロンちゃんや有明の女帝は新任教官への引継ぎの為に学校に残っている。
父島へ移動するときには合流予定。というか、あと数日で父島へ参ります。
そろそろ合流するんじゃなかろうか。
赴任先に先任が居ないから業務内容教えて貰わなきゃならないのは分かるし問題起こしたのもあるが、そこまでせんでもええやないかと思うわけですよ大将さん。
このゲストハウス的な建物から出る事を禁じられています。
あれは俺にどうしろというのだい?
事の始まりは、横鎮着いた日にユーリエちゃんに挨拶とかしてひと段落。父島について色々調べていた時の事。
出迎えに来てくれたのはユーリエちゃんだった。横須賀までの付き添いで直江教官。まぁそれはいい。
現在、島にいた住民は本土に避難しているので父島にいるのはわずかな軍関係者と艦娘達。
で、俺は考えました。色々と準備して買っていかないといけないと。
物資は本土から定期的に送られてくるのだろうが、きっと不足しているものも多いだろうからな。
まず第一に畑でも耕そうと思った訳だ。
そこで俺はお野菜を育てるのだ。あと出来ればコーヒー栽培。
そしたら先ず、どうする?
この時は外に出るなとは言われていなかったから、近くにいた谷風を護衛として連れて街に出るだろ。
ユーリエちゃんにちょっと出かけて来るとはちゃんと言って来たよ。
ホームセンター行くやろ。肥料下さいって買うだろ。
艦娘達の分も考えてそこそこ畑は大きめを想定してそれなりの量を確保しようとするだろ?
何故か、警察を呼ばれるだろ。
ほら、意味が分からないだろ?
そこで、警察に事情を話すだろ。
なかなか信じてもらえないのは何故なのか。で、名前とか色々聞かれるだろ。
ついでに、護衛の艦娘との関係を聞かれるだろ。連れていたのはセーラー服の谷風だろ。
その日は平日だったんだけど、中学生?くらいの女の子連れたやたら威圧感ある俺氏。
なんか色々、勘繰られるだろ。先に谷風の格好をどうにかするべきだったとか後悔しても遅かった。
いや、恰好をどうにかしたところでどうにもならないか、ちなみに俺氏はちゃっかり私服だったんだ。
まぁ何言っても信じてくれなくてあわや事案ですわ。
身分証明書なんてないだろ?
身元引受人みたいなの呼ぶ事になるだろ。
ユーリエちゃんが来るだろ。
…おっちゃん居た堪れないだろ。
ユーリエちゃんが激おこプンプン丸だろ。
ゴメンね。こんなくだらない事で呼び出して、本当に申し訳なかった。
結局、何事もなく色々と買い込んで解放されたのだけど、ユーリエちゃんの機嫌が直らなくて、
「潰してやる」とか「管轄の警察署長の名前は…」とかブツブツ言って、もうご機嫌とるのが大変だったよ。
君が来てから馬鹿丁寧にホームセンターの人が接客してくれてたじゃないか。警察の人も謝って帰っていったからいいじゃない。
いや、あれは俺の間抜けさに対してかな。一応、親戚のおっさんみたいなもんだから気を使って俺には何も言わなかったんだろう。
そこで、お店の人と警察に八つ当たりか。ほんとにすまなかった。後でもう一回謝ろう。
不幸中の幸いは、磯さんや浜さんだともっとややこしい事になってた予感がするから谷さんで良かった。
彼女は事の成行きを静観してくれてたから助かった。
まぁそんな経緯があって外出禁止言い渡されるだろ。
おかげで走り込みが出来なくて悶々とするところだった。
幸いにもトレーニング器具が何個か置いてあったのでそれを使う事が出来た。
毎晩、バカみたいな回数の筋トレこなしていたのだけど、ついにベンチプレス100kg上げられる様になってしまった。
今は110kgに挑戦中です。
自分の体重の倍を持ち上げられると凄い奴扱いされるらしい。
俺氏、175cmで70kgくらい。140kgか…。まだまだ先は長いな…。
そうそう、ミック先生のアップデートが終わった。
──再起動中……再起動中……
お分かり頂けただろうか、この状況が何日か続いている。
システムアップデート完了した時、丁度ベンチプレス上げてたんだけど、大声上げてしまった。
おっしゃ! これで勝つる! ってな具合に内心、裸踊りだよ。
そしたらその後、これだ。
危うく落としてしまうところで、近くにいた艦娘がひょいっと片手で持ち上げてくれたわけだが、
またしても居た堪れないだろ。
おっちゃん男としての、なけなしのプライドが…。
艦娘達と比較したらあかんとは思うのだけど、いかんせん見た目は可憐な乙女なんだもんよ。
無様な姿はなるべく見せたくないでしょう。
…まぁ手遅れかも知れないけど。
「提督、あまりご無理をされない方が…」
抑揚のない声で俺を見下すお嬢さん。その眼鏡の奥の瞳は心なしか…いや、あきらかにアホの子を見る温度だろう。
だけど、男にはやらねばならん時があるのだ。
君と出会った数日前と今の俺を比べてもらっては困るっ! 男子三日会わざればカツオ君だ。
野球しようぜぇぇっ!
「……ぐっ!」
ぬぉぉぉぉ! あっがっれぇぇぇぇ!!
己の腕を生まれたてのバンビの様に小刻みに震わせて、0.11tの重りを腕がまっすぐ伸びる高さまで持ち上げる。
そのまま取っ手に引っ掛ける。
「……」
ふぅ、ふぅ、見たかっ! 持ち上げられただろ! 一回で限界だったけど。
俺のドヤァ顔(仏頂面)を見ても相変わらず、アホな子を見る目で俺を見下しているけど。
そういやカツオ君で思い出したけど、夕雲型の20番艦妙風(たえかぜ)、史実では建造中止で就役しなかったけど、
この世界だと就役していたりする。名前を波平がいいんじゃね? って言ったけど却下された。
ちなみに長波の時も波平押ししたけど却下された。おのれ大本営ぇ! いや艦政本部か。とにかくおのれぇ!
さて眼鏡の艦娘で最初に思い浮かべるのは誰だろうか?
タケゾーかイタリアの首都か、はたまた四女のネキか。
いやいや、駆逐艦は最高だぜの諸君はモッチーや萌え袖マッキーかな?
それともなんか地味だけどナイスバディな鳥海さんやカトリーヌ先生?
スク水大好きな方々はドイツかぶれのはっちゃん?
沖波? 知らない娘ですね。
まぁ色々あると思うけど、大体の提督は任務娘こと大淀さんを思い浮かべる事だろう。
はい、俺を見下しているのは、Oh!よどさんです。
艶のある黒髪は長く、青いヘアバンドではなくて白い鉢巻き。あ、今更だが改になってんのか。
アンダーリムの眼鏡の奥は綺麗な海色だ。改造したセーラー服に肩には階級章。
セーラー服の中にはライトブルーの長袖ワイシャツを着込み、赤いネクタイ。
控え目な胸元には花弁の形をした厨子飾り。左腕の腕章には毘の一文字。
行灯袴や女袴と言われるものを模したと思われるミニのプリーツスカート。
腰骨が…実にけしからんスカートである。
大淀さんは現在は統合参謀本部に名を変えた大本営付きの艦娘さんだそうで、人間と艦娘達の間を取り持ったりとか色々と大変な役回りっぽい。
そんな彼女が何故に俺の所に今来ているのか。
提督業務を教える為だ。差し金は大将さんで間違いないだろう。
あと徳田君やユーリエちゃんなんかも業務の合間を見て教えに来てくれている。
基本的な提督業務は、まぁ書類仕事だな。
ぶっちゃけ艦これも兵站ゲーだし…。いかに資材を多く確保して大型の作戦を乗り切るかだもんな。
その合間に艦娘にセクハラして癒されるというゲームなのだから。
戦闘指揮も行うんだけど、
ゲームの艦これならば、パソコンの画面見ながら陣形選んで艦娘達を戦わせて進撃か撤退かを選ぶだけだ。
だが、ここは現実。それだけで済むわけがない。いや多くの提督は鎮守府とか施設内でそれに似たような事をしてるんだそうだが、
かなり少数派だけど前線に出て陣頭指揮を執る提督もいる。
エーワックス…AWACSといえば空中警戒管制機の事を指すわけだが、
それの船版、シーワックス(seaborne early warning and control ship)なる艦が存在する。
それに乗って前線で指揮を行う。
前提として、ある程度の人数を指揮下に置いた提督に限られるそうだが、まぁ指揮系統の問題から船頭多くしてって奴だな。
メリットは提督が近くにいるほど艦娘達は力を発揮できるんだとかで士気向上と、途中で艦娘達に補給を行えることか。
艦これ提督的な言い方をするなら艦隊司令部の乗った速吸みたいな枠か。提督はおにぎりかさんま缶だな。
デメリットは命の危険、これに尽きる。
妖精さんの協力で謎技術が使われた艦なので、提督一人いればあとは妖精さんが何とかしちゃうらしいよ。
排水量3500t、全長104mで全幅14,40mって事だから見た目は駆逐艦よりちょっと小型で太い感じだな。
さて、なんでこんな話するかというと、俺に貸し与えられるそうだ。
いや、まぁ、そういう事なら使うんだけどもさぁ…、大淀さんからその話を聞いたのだけど、
もう前提として俺が前線に出る事は決定なのか。「こういう船があるんですけど使ってみます?」
とか聞くのすっ飛ばして機能の説明してくれちゃうわけよ。
何でだ? 大将さん俺の事嫌いなん? それとも大淀さんが俺の事嫌いなん? まぁ大淀さんには嫌われてても当然だと思うけど…。
ほら、今も硬い表情で俺を見下しておられます。ベンチプレスの台に寝そべってる訳だから見下されるのは当然なんだけど。
…もう少し近くによって来たらスカートの中が見えるかな。
「……」
「……」
…ごめんなさい。そんな冷めた目で見ないでおくれっ! 無言が一番きついのよ?
「提督。明日から2日間休暇が許可されました」
「そうか。ありがとう」
わざわざ、それを伝えに来てくれたのね。律儀というか…なんというか…。
何故、君は俺に何も言わないの? おっちゃんの胃がキリキリして痛いのです。
余談、海軍士官学校に赴いたとある重巡艦娘が
「この私を呼び出しておいて、とんぼ返りさせるとはありえませんわ」
とプンスカしていたとか…。
感想版にメンタリストがいっぱいいる…。
展開が遅くてごめんなさい。次回、父島に向けて出発しますけん。
許して下さい。