混迷とした世界でも経済は回る。
帝都にある高層オフィスビル群の一角、ひと際巨大な建物が存在する。
農業、重工業、金融業、サービス業に貿易業、医療に教育機関と、おおよそあらゆる業種を傘下に持つ長野グループ本社。
その企業の中枢のなかの中枢、社長室。
そこでは日々、社運を左右する大きな意思決定が下される。
と同時に、考えもしなかった事態の対応に追われることも少なくない。
『社長、大奥様がお見えです』
秘書から内線で告げられた言葉に、
「はぁ!?」
何時もは冷静なこの企業のトップは素っ頓狂な声を上げる。
大奥様というのはこの企業にとって生きた伝説である。
一人の変態が生んだ長野商会を引き継ぎ、一代で世界に名立たる大企業に発展させた、まさに女帝。
引退したとはいえ、その影響力は未だ健在である。
そして、この男の祖母でもある。で、ついでに言うと長野家の人間は誰も頭が上がらない。
そんな人物であるから当然と言えば当然なのだが、この祖母が長野の男に求める基準がおかしいのだ。
婆さんの事は嫌いではない、小さい時は可愛がってもらった記憶もあるし、本人から強く叱咤を受けることもなかった。
自分とて無能ではない、幼少の時から利発な子供だと周囲に言われ、本人も期待に応えてここまでやってきたのだ。
そういう自負がこの男にもある。
だが、祖母からしてようやく合格ラインにひっかかったに過ぎない、しかも甘めに見積もってである。
本人は口にこそ出さないが、自分や親父をみて、こんなものなのか? と仕事を始めてからは何時も問われているようであった。
その度に何で基準が婆さんの兄なんだよ! と何度も心で突っ込んでいた。
男にとって大叔父にあたるその人物は調べれば調べるほど怪物…いや変態、一言では言い表せない…とにかくおかしい。
それでもいつか、この祖母を見返してやろうとここまで来たが、それもそろそろ限界が来ている。
ここ最近、…深海棲艦という化け物が現れた頃からか元気がなくなり、本家から出ることも少なく時折、縁側で歌を口ずさんでいるだけだったと報告が来てる。
「あと5年は長いねぇ、兄様が怒ってしまったよ」
最後に会った時、正月の席で言った言葉はどういった意味だったのか聞くことも出来ずに別れるのではないかと考えていた矢先に急にここまでやってきたのだ。
「お邪魔しますよ。
「お祖母様…」
扉を開けて入ってきた背は高くないが、とても大きく見える上品そうな出で立ちの老女。
「いいよ、そんなに改まらなくても。もう私は引退したんだから」
「は、はぁ。わかり…わかったよ婆さん。うん?」
「どうかしたかい?」
「あぁ、その、元気になったと思ってな」
「…そうだねぇ。まだまだ死ぬわけにはいかなくなってしまってね」
正月に会った時とは違い、どことなく活力に溢れているように見えるので業雅と呼ばれた現、長野グループの代表は驚きと困惑が入り混じる。
「何かあったのか。いや、とりあえずそこに座ってくれよ」
革製の高級なソファを勧める。
「そうさせてもらうよ」
それを見届け、業雅は対面のソファに腰掛ける。すると秘書が飲み物を運んできた。ベストのタイミング、大分優秀なようだ。
「今日の予定は全部キャンセルだ」
男の言葉に秘書は一礼して扉の向こうへ消えていった。
「で、ここまで出てきたってことは重要な何かあったのか」
「私はね、この国はもう滅んでしまってもいいと思ったんだよ…」
高層階から見える街並を見ながら老女、文乃の言葉はとても悲しい響きだった。
「そんなこと言うなよ。婆さんたちが頑張って守ってきた国だろ」
確かに深海棲艦という現代兵器が微々たる効果しかない化け物が海に蔓延っているが、少しだけ希望が見えてきたところだ。
破滅主義の正反対にいるこの人物の言葉とは思えない。
「そうだねぇ…。でもねすごく後悔してたんだよ。あの時、ああしてればってね」
「…人間なんだから一度や二度、経験するだろ。ましてや婆さん長く生きてんだからさ」
「…ああ、その通りだよ。だから、あの時の後悔がどんどん大きくなっちゃってねぇ…。
終戦後、兄様を慕う方々が反乱を起こそうとしたんだけどね、それを止めなければよかったと思ってしまってね」
「…あの時、それを止めてなければ連合国の思う壺だっただろ…止めて正解だぞ」
連合国の駐屯している中にそんな事が起こっていたら反乱鎮圧後に分割統治されていてもおかしくなかった筈だ。
「それは誰にとっての正解だい? この国にとって? 国民にとって? 軍にとって? じゃあ兄様にとってはどうなるんだい?
兄様はそんな事望んではいないとは分ってはいるんだけどね、それでも…。そんな事をずっと考えてきたんだよ。
それで深海棲艦が出てきて、やっぱり兄様が怒っているんだと勘違いしてしまったよ」
「…すまない婆さん。話が見えない」
「兄様はやっぱり兄様だってことだよ。お国の為に靖国…じゃなくてヴァルハラかねぇ…。
そこから戻ってこられて、また身を捧げようとしてるんだよ。
なら今度は私も兄様が動きやすいように働かなければ、今度こそ兄様に愛想尽かれてしまうじゃないか」
「…本当になんの話だか分らないのだが」
「出来る事なら穏やかに過ごして頂きたかったのに…あの時と同じように私の頭を撫でながら『行ってくる』って。本当に困ってしまうよ」
そういって穏やかな笑顔を浮かべる文乃に対して業雅はすごく困惑している表情だ。
内心、呆けてしまったのではないかと心配していたりする。
「しばらく見ないうちに海軍さんは話の分かる方々が大分居なくなってしまったようだねぇ」
「そりゃ、深海棲艦が現れたころに優秀な者たちから擦り減ってしまったからな…」
というか、なんで海軍の内情なんか調べてるんだ? 難癖つけてくる連中をあしらうのに辟易しているところではあるが。
急な話題の転換にますます困惑を強める業雅である。
「百合恵の言った通り、名前を変えてもらって正解だったよ。しばらくは根回しとご自分の立ち位置を理解してもらう時間が必要だね。日本に入り込んだ鼠も邪魔だね」
「百合恵? いや、婆さん。悪いが本題に入ってくれないか? 何が言いたいのか全く分からないんだ」
「業雅さん。ここの防諜は大丈夫ですね」
「…側近に裏切者がいない限りは大丈夫だ」
目を細める文乃に見つめられ嫌な汗が浮かんでくる気がする業雅。
仮にも日本有数の企業のトップである。側近にする人物たちは信頼のおける人選をする。
「まぁいいでしょう。貴方の目を信じるとしましょう」
「……」
久しぶりに変な緊張をしたと思う業雅。
「兄様が戻られたんだよ。さっきから貴方は私が呆けてしまったのではと思っているようだけど、私は呆けていないよ」
「はぁ!? 何言ってんだ! そんな事あり得るわけ…え、まじで?」
文乃の真剣な目に言葉を失う。
もしそれが本当の事なら…、ちょっと色々と問題が…。ていうか、歩く戦術兵器級の危険物を抱えることになるんじゃ…。
と大混乱に陥る業雅。
「あ、あの婆さん。本当に本当なんだろうな?」
「こんな嘘ついてどうするんだい?」
確かにそうだ、この婆さんが敬愛してやまない兄の事でそんな嘘ついても仕方がない。
祖父はそのせいで散々苦労したであろうなと心から同情を禁じ得ないと思う孫。
「婆さんを信じないわけじゃないが、こっちでも探りを入れてもかまわないだろう?」
「ああ、もちろん構わないよ。今は業和さんと名乗ってもらっているからね」
「そうか、今日の予定キャンセルしてよかったよ…」
これが本当の事なら最悪、国が揺れる可能性がある。まだ、彼の当時の部下とか数は少ないが生きてる。
しかも、そこそこ影響力持ってる御仁もいるし。アンチも多いが信者と呼ばれる連中も多い。
昔、某掲示板で彼の名前が上がると物凄く荒れていたのを思い出す。婆さんの言った根回しの時間必要だわ…。
そんな思いを秘めて業務なんてちょっと手がつきそうにない。
「さあ、調略と策謀の楽しい時間が始まるよ」
そういった文乃の笑顔に背に冷たいものを感じる長野グループの代表であった。
海はいいよねぇ。ああ海はあんなにも青いのに…俺氏の心は…ブルーだよ。
人数は少ないとは言え、提督候補の皆さん、一応同期になるのかな? は高校卒業したばかりの年齢。
そして内面はともかく外面は威圧感ある口数少ないお兄さん。皆、ビビッて近づいて来てくれない。
海軍学校の同期? あいつら皆、エリート意識強いし負けん気が強いからそんな俺でも関係なく突っかかってきたよ。
まぁなんだかんだで仲良くなったからいいんだけどさ。
でもね、ここの子たちは提督になりたくてここに来た子って少ない訳よ?
結果、ボッチだよ! いやぁ辛い。もともとおっちゃん、おしゃべり好きなのよ。ミック先生居ない今、話し相手が居なくて辛い。
まぁ仮に、話しかけてきても会話は弾まない自信あるけどね! 何その自信、辛い。
しかも、転移組は短期で士官教育受けるから、基本一人で講義受けていろいろ詰め込まれる。
他の皆と受ける講義もあるけど、一日一コマか二コマ、そんなに接点ないからお近づきにもなりづらい。
で、こうやって同じ講義になったとき大体、遠巻きで見られてます。
入学を果たしてそろそろ二週間。
机上演習の時に全員に何度か話したことあるんだけど、基本的に向こうから話しかけてくることなく遠巻きです。
おっかしいなぁ、なるべく優しく優しく、出来る限りフレンドリーに話してたつもりなんだけどなぁ…。
戦術に関しては、将棋に例えるとすると、
流石に将棋歴30年くらいセンスも一般人程度ある自分と、将棋のルール覚えたての子たち。
それくらいの(実力)差があるから負けることは今のところ無いので、ここはこうするといいんじゃないかとか教えてあげてたのになぁ。
まぁ机上演習なんて実戦でほとんど役に立たないけどねぇ。
実際に動かすのは駒ではなく人だから、どれだけその人たちと信頼関係を結べるかだと思うよ。
だからか…余計な世話だよおっさん。とか思われているのか!? くっ、親切心が裏目にでおった。
「あ、あの提督さん…じゃなくて長野…君」
おっといかんいかん。授業に集中っだ、集中集中。
エロかわいい鹿島ちゃん。目の保養にはとてもいいよね。何故か彼女は俺の事、苦手っぽいけど。
艦これでは練習巡洋艦2隻目とか何の意味があんねん! て空気の中で彼女が登場して、提督たちの熱い掌返しにはおっちゃん…納得だったよ。
可愛いは正義とはよく言ったものである。表も裏も提督LOVE勢。そしてこの容姿、そら人気出ますわ。
だが、何故か俺のことは苦手のようだ。あれかなぁ井上さんと良く意見の対立してたからかなぁ。
海軍の中でも話が分かるお方だったし、紳士でもあった彼とは分りあっていたところも多いんだけどなぁ。
ミッドウェー占領後に第四艦隊が補給担当な、って言ってきた参謀にただでさえ広い海域に空母戦力無しでアホなの?
とかいって一緒に追い返したりしたんだけどなぁ。
でもアナベル・ガ島じゃなくてガダルカナル島に飛行場作ろうと言い出した時に猛反対したんだよなぁ。
普段温厚で知られてる井上さんを激怒させた長野さんとは俺の事です。
でも海軍学校の校長になるっていうんで別れるときは英語は必修にしてねって頼んだら、当たり前だよって答えてくれたんだぜ。
不仲って程、不仲ではなかった筈なんだけどなぁ…。
ていうか、メロンちゃんが接触するなって言ったけどどう考えても無理だよね。
廊下でばったり会った時、速攻でバレましたよ? まぁ一緒にいたメロンちゃんと空き教室に拉致って事情を説明して、現在は教師と生徒の間柄。
ヒェェもとい殺人カレー製造機の比叡は今のところバレてないっぽい? 廊下ですれ違うと何故か敬礼してくるのでこちらも答礼。
そして首を傾げているのが今のところのパターン。
「あ、あにょ! 長野…君」
「なんだ?」
なんだじゃねぇ俺!? 今授業中だろ!? ほらビビッて鹿島ちゃん涙目じゃん超可愛い! 俺、何かに目覚めちゃいそう。
「ちゃ、ちゃんと聞いていました…か?」
授業も聞かずにずっとエロイ目で見てました許してください。
「…はい」
「で、では射法について説明してください」
しゃ、射法とな? 俺は大剣太刀派なんで弓はちょっと…。
でも、少しは知ってるぞ。
「最後は残心だ」
「……」
「……」
あれ違うの?
「それ弓道…」
誰かがボソリと呟いた。え? なに? 違うの?
やだ恥ずかしい。
他に射法って…。あっ! ああ射法ね! もう海軍なんだからそらそうよね…ああ恥ずかしい。
「冗談だ…。艦砲は予想未来位置に対する『測距と測角』(砲の仰角と方位)を必要とする。
魚雷は未来位置算定の為の測距と『測角』でよい有利さを持っている」
ボールを投げて落下地点の目標を捉えるか、転がして当てるか、乱暴に言うとそういう事。
「あ、あの、退屈なのは分かりますが…虐めないでください」
涙目の鹿島に小声で話しかけられる。 そ、そんなつもりないよ鹿島ちゃん!? 誤解だっ!
恐らく、本文で語られることのない感想にあったものへの回答
それと日記に悲恋(笑)の歌と一緒に『加賀岬』も書いてたりしないだろうか長野提督。
─残念ながら書いてありません。加賀さんが歌うかどうかは…どうでしょうね(笑)
初登場時くらいは、香取(ルビで:カトリーヌ)といった表記だと混乱がなくて助かります。
─艦これやったこともアニメ見たことも無い方も読んで頂いてるようなのでこれからは気を付けますね。
あと前話は色々と思うところがあった方が多かったようで、自分としては前半部のメロンちゃんで相殺していたつもりなんですが、今後もう少しバランス考えて書きたいと思います。
あとあと。どの感想とは言いませんが、本当に核心に迫るやめておくれよぉぉぉ!(笑)