―――それは、想像もしていなかった出来事であった。
カチコチ、と時を刻む時計を見上げて、リィンとロイドは顔を見合わせて。
「……ガイ兄さん、遅いな」
「……そうだな」
そう、言葉を交わす。
時間は、ガイの帰宅予定時間の5時を大幅に越えて、10時に差しかかろうとしていた。
「今日は早く帰るから、夕飯は俺達の作ったカレーにしてくれ、って言ったの兄貴なのに……。急な仕事でも、入ったのかな……」
「でも、それなら連絡してくるよな?」
うーん、と二人は唸る。
「とりあえず、もうしばらく待ってみよう。それで帰ってこなかったら、連絡を入れる」
「そうだな。あ、ロイド姉さん湯呑貸してくれ。緑茶、入れて来るよ」
「ありがとう、リィン」
余談だが、リィンが東方のお茶に馴染んでいたこともあり、ロイドは、すっかり東方のお茶に馴染んでいた。
コポポ、と茶葉の入ったティーポットにリィンがお湯を注ぐ音がする、静かな時間が過ぎる、そんな時だった。
―――コンコン、と部屋の扉がノックされたのは。
「はい、どちら様ですか?」
リィンとロイドは顔を見合わせ、入り口に近かったロイドがそう言って返事を返す。
『クロスベル警察のものです』
その言葉に、ロイドがそっ、と扉を開けると、そこには見慣れたクロスベル警察の制服姿の男性が立っていた。
「ガイ・バニングスさんのご家族ですね?」
「そうですけど……?」
ロイドはそう言って首を傾げ、リィンも緑茶を入れる手を止めて首を傾げる。
「落ち着いて聞いてください」
クロスベル警察制服姿の男性は、そう前置きすると。
「つい先ほど、ガイ・バニングスさんが、ご遺体で、見つかりました」
そう、告げた。
―――その場には、リィンが手にしていた自分の湯呑を、落として砕けた音だけが、響き渡った。
◇ ◇ ◇
「…………」
「…………」
二人は、ぎゅうっ、と拳を握って、真新しい墓の前に立っていた。
―――つい先ほど『ガイ・バイングス』の葬式が終わったのだ。
セシルは二人を気遣って、二人を一度抱きしめて、二人きりにしてくれた。
「…………。リィン」
ロイドは、隣を見ずに、声をかける。
「風も出てきたし、帰ろう。セシル姉も、心配してるだろうし……」
「そうだね……。……セシル姉さんも、心配、してるね」
二人はそう言って頷き合い、アパルトメント『ベルハイム』に帰宅するのであった。
◇ ◇ ◇
それから数日後。
「何度言われても変わりません。リィンは、俺の妹なんです!! 妹を置いて、どこかにいくつもりなんて、ありませんから!!」
ロイドは声を荒げてそう言うと、がちゃんっ、と受話器を音を立てて、元の位置において、ぎゅっ、と拳を握って机に叩きつけると、がちゃり、と扉が開く音が聞こえて、振り返る。
「……ロイド姉さん、どうしたんだ? 音が外まで聞こえてきたんだが……」
そこには、今日の夕飯の荷物を抱えたリィンが、立っていた。
「……リィンが気にすることじゃあない。なんでも、」
ふっ、とロイドは優しい笑みを浮かべてそう言おうとして。
「なくはないだろう、ロイド姉さん。……ガイ兄さんみたいな捜査官になるんだったら、行くべきだ」
ばたん、と扉を閉めたリィンに、遮られた。
「すまない、話聞いてたんだ。……ロイド姉さんの親戚さんからの、電話の話を」
リィンは申し訳なさそうに、そう言うと視線を自分のつま先に落とす。
「……大丈夫だ、俺はリィンを置いていなくなったりしない」
ロイドは歩み寄ると、リィンの手から荷物を預かり、机に置きながら優しい声で紡がれたその言葉に、リィンは首を横に振る。
「違う、俺が言いたいのはそう言う事じゃないんだ、ロイド姉さん。……俺は、ロイド姉さんに夢を叶えて欲しい。だから、行くべきだ。……大丈夫だよ、俺の事は、心配しなくても」
「え?」
リィンの言葉に、ロイドは目を瞬かせる。
「レイテおばさんとマイルズおじさんと話し合って、決めたんだ。セシル姉さんの家で、一緒に暮らすこと」
「!?」
ロイドがひゅっ、と息を飲めば、リィンは小さな声で、ごめん、と謝る。
「……ロイド姉さん、警察になるんだったら行った方がいい。そのかわり、ちゃんと捜査官になって戻ってきてくれないと、怒るからな」
けれど、リィンはきっぱりはっきり、そう言った。
「……」
ロイドは一瞬うまく状況を飲みこめなかったが、観念したように両手をあげて。
「簡単に言ってくれるな、リィン。……ちゃんと、捜査官になって戻ってくるから」
「うん、頑張れロイド姉さん」
それから数日後、ロイドは外国へと旅立ち、そしてリィンはノイエス家で、暮らすこととなった。