「しばらくここで修練の為、滞在させてもらいます、リィン・バニングスです。しばらくお世話になります」
レグラムの修練場に集った大勢の人の前で、リィンはそう言って頭を下げた。
「私はここで領主を務めさせてもらっている、ヴィクター・S・アルゼイドだ。お嬢さん、歳は幾つかな?」
一番前にいた、蒼い髪の男性…ヴィクター・S・アルゼイドが、目線を合わせて問うてきた。
「9歳です」
「ならば、私の娘のラウラと同い年だな。ラウラ」
ヴィクターが、ヴィクターと同じ髪の色をした、女の子の名を呼ぶと、女の子はリィンに歩み寄ってくる。
武門の娘、と言うだけあって、その背筋はしゃんと伸びており、歩みにも迷いはない。
「よろしくお願いします、アルゼイドさん」
リィンもす、と背筋を伸ばし、ぺこり、と頭を下げた。
「敬語もなくていいし、ラウラでいい。こちらこそ短い期間ではあるが、よろしく頼む。リィン」
「……あぁ、よろしく頼むよ、ラウラ」
そう言って握手を交わす二人を、街の人々は優しい眼差しで見守るのであった。
その後、リィンとラウラは、同じ女性であり、剣の道を歩むものであり、同い年であるということが影響してか、すぐに仲良くなるのであった。
◇ ◇ ◇
「…………」
「…………」
それから数日後、そんなこんなで仲良くなった弟子と娘は、現在朝から昼ごろの今まで、老師と父が切り結ぶのを眺めていた。
目で追う事すらできないので、本当に眺めているだけになってしまったが。
「父上について行ける御仁との剣戟は、初めて見たが……」
「凄まじいな。流石は老師と光の剣匠殿、と言ったところか」
目で追えないので、自然と音がする方を見て、二人は呟く。
そこに。
「お嬢様、リィン様」
と声がかかり、リィンとラウラは後ろを振り返る。
そこには、バスケットを持ったアルゼイド家の執事、クラウスが立っていた。
「お昼をお持ちしました。お二人共、あちらで召し上がってください」
示された場所には、既にシートが敷いてあったので、しばしリィンとラウラは顔を見合わせ。
「リィン、時間も時間だ、お昼にしよう」
「……そうだな」
ラウラの言葉にリィンは頷き、剣戟を続ける二人に声をかけた方がいいか、と思ったが、やめておこう、と思い直して、ラウラとクラウスの後に続いて、二人から少し距離をとる。
「老師も光の剣匠殿も、いつもああなんですか?」
「周りの事が耳に入ってない、と言うか……」
そう言ったリィンとラウラが、手を拭いたのを見て、クラウスが手に持っていたバスケットをシートの上に置く。
ちなみにバスケットの中身はサンドイッチの入ったランチボックスと、紅茶の入っているポット、それと二つのカップだった。
「お二人曰く、気づいたら日が暮れている、なんてことがいつもの事だそうで」
「それもすごいですね……」
はく、とサンドイッチに噛り付きながら、ちらり、と目で追えない剣戟を眺めた。
ちなみにその後、リィンとラウラはクラウスを見送り、夕方まで剣戟を眺め、今度は迎えに来たクラウスと共に屋敷に帰り、その後夜中まで老師と父を待っていたが、『遅いから』というクラウスの言葉で眠った後に、待っていた二人はようやく帰ってきたのであった。
◇ ◇ ◇
それから数ヶ月後、リィンはラウラとも文通する約束をして、クロスベルに帰還していた。
クロスベルの駅前通りでユン老師と別れて、クロスベルの西通り、アパルトメント『ベルハイム』に帰ってきたリィンは。
「……結局、初伝どまりだったな」
と、呟いた。
肝心の力の方を抑える、と言う事は、一度力を暴走させてしまい、目的は達成できずじまいではあったが、鍛練のお陰か簡単に力に呑まれることは、なくなった。
「……それでも、頑張って抑えられるようにならないと」
太刀を背負う為に鞘に括り付けた紐を、握りしめる。
「ただい」
そう言いながら、がちゃり、とバニングス家が住まうアパルトメント『ベルハイム』の部屋の扉を開けたところで。
『リィン、お帰りー!!』
ロイド、セシル、ガイに一気に抱きしめられて、青くなった。
ロイドに首に抱きつかれ、首が締まり。
セシルに頭を抱きしめられ、豊満な胸のお陰で息ができず。
ガイにそんな二人ごと、太刀を背負った身体を抱きしめられて、太刀の鞘が遠慮なく身体に食い込んで痛くて。
―――こんなに帰りを喜んでくれて嬉しい以前に、あっちこっち苦しかった。
「ロイド姉さん首が締まる!! セシル姉さん息ができない!! ガイ兄さんそんな力任せに抱きしめられると荷物が食い込んで痛い!!」
まさかの『ただいま』を言う前に、文句を言う羽目になろうとは、リィンは思ってもみなかった。
ぜぇっ、ぜぇ、と必死に息継ぎをして、息を整えて、目の前にいる三人に笑って。
「ただいま!!」
ようやくそう言うのであった。