リィンがバニングス家に引き取られて、四年が過ぎ、9歳となっていた。
優しい兄と姉、そしてお隣さんに恵まれて、リィンは真っ直ぐに育っていた。
兄は、この四年の間にクロスベル警察の捜査官となり、セシルとは順調な交際をしていた。
姉は、男子にリィンが養子であることを苛められると、容赦なく追い払ってくれた。
―――リィンは知らないが、『妹が気になるから苛める』と知っているから容赦がないのである。
その日、リィンとロイドは、日曜学校の後、ロイドの両親の墓参りをしていて遅くなった。
ガイは仕事が忙しくて無理であったが、月命日だったので、二人だけで墓参りをしてきた、と言う訳である。
急いで帰ろう、と階段を駆け下りた所で、唸り声が聞こえて、リィンの目の前に、黒い影が出現する。
「え」
「っ、リィン、下がれ!!」
とっさにロイドがぐい、とリィンの腕を引いて前に出ると、トンファーを振った。
がっ、とトンファーが『それ』の身体に当たって、少し吹っ飛ばす。
「な……!?」
「えっ……?!」
二人は揃って、目を見開いた。
一匹だけ、とはいえ、『それ』は、ここに居るはずのない、魔獣だった。
「おかしい、街灯があるはずじゃあ……」
リィンの言葉に素早く周囲に視線を滑らせたロイドは、いつもなら淡い光を放つ街灯が消えているのを見つける。
「街灯が切れたのか……!! リィン、ひとまず教会に……」
と言いかけて、教会に通じる階段の上にも一匹、魔獣が立ち塞がり。
「退路が……!!」
「ロイド姉さん、前!!」
色をなくしてリィンが叫ぶと同時に、ロイドは咄嗟にトンファーを前に構えるが。
魔獣の体当たりの勢いと、軽い子供の身体が相まって、簡単に跳ね飛ばされた。
「うあっ……!!」
ごっ、と鈍い音がして、ロイドは、ピクリとも動かなかった。
―――それどころか、じわり、と額から真っ赤なものが地面に滲んだ。
「あ、」
それを見たリィンの心臓がどくん、と不自然に音を立てる。
「……う、あ……」
目の前が、真っ赤に染まって、何も見えなくなる。
「……―――――――!!」
そして、絶叫となるはずだったリィンの声なき声が、大気を震わせた。
周囲を取り囲む魔獣たちは、リィンの変化に後ずさる。
漆黒の髪が、純白に。
見開かれた赤紫の瞳が、紅に。
「…………」
バチリ、とリィンの周囲に赤黒い光が舞う。
倒れて動かないロイドには目もくれず、そのトンファーを拾い上げて、リィンは目にもとまらぬ速さで、駆けた。
ギャンッ、と魔獣の声が上がり、どさっ、と音を立てて地面に落ちた。
仲間の危機を感じ取ったらしいもう一匹の魔獣も襲い掛かってくるが、結果は同じであった。
―――どさり、と魔獣はその場に落ちた。
リィンは倒れた二匹の魔獣に向けて、トンファーを振り下ろし、魔獣は耳を塞ぎたくなるような音を立てて、息絶える。
それなのに、リィンは昏く嗤いながら、それこそ何度も、何度も執拗なほどに、何も言わぬ肉片となった、魔獣『だったもの』に楽しげにトンファーを振り下ろしていた。
ざり、と地面を踏む音が聞こえて、リィンが返り血が飛んで汚れた頬や服をそのままに振り返れば、遅くなった妹二人を迎えに来たガイと、ガイの隣にいる見知らぬ男性が、言葉を無くして立ち尽くしていた。
リィンは興味を無くしたように、顔を逸らすと再びトンファーを振り下ろし始めた。
ロイドは額から赤いものを流し教会の階段近くで倒れ、リィンは髪と瞳の色が変貌し、狂ったように『何か』にトンファーを振り下ろし続けており、異常な状態、としか表せなかった。
一瞬何がなんなのか理解が遅れたガイが、とにかくやめさせなければ、とリィンに駆け寄り。
「リィン、やめろ!!」
そう言って、リィンを抱き上げると、リィンはじっと大人しくなり、しばらくして白い髪が黒い髪に、赤い瞳が赤紫の瞳に戻り。
「…………ガイ、兄さん? ……そうだ、ロイド姉さんは!? ろい、……え?」
リィンはガイの服を掴もうと、自分の手を見て、言葉を失くした。
手の甲に、赤いものが大量に伝っていたからだ。
そして、自分の身体を見下ろして、赤…否、血にまみれていることに、ようやく気付いた。
ガイがやめろ、と言う前に、ばっ、と後ろを振り返って、魔獣だったものを見つけて目を見開き。
「ああああぁああああああぁああぁぁああぁぁあああぁぁあ!!」
リィンはあらんかぎりに絶叫し、ガイの腕の中で暴れ、気を失った。
※流石に魔獣避けの街灯が切れる、と言う事はいくら何でもないか、と思ったんですが、ガイなら危険なところに家族を行かせないと思ったので、こうなりました。