とりあえず気を取り直して、学生会館に入り、2階の奥に向かうと、バンダナの先輩の言うとおり、そこに『生徒会室』はあった。
中に人の気配があったので、コンコン、と扉をノックすると。
『はいはーい。鍵はかかってないから、そのままどーぞ』
中から聞こえた少女の声には聞き覚えがあって、リィンは思わず目を瞬かせたあと、気を取り直して。
「はい、失礼します」
扉を開けて中に入ると、入学式でリィンの太刀を預かった一人、緑色の制服の小柄な少女がいた。
「えへへ、2週間ぶりだね。生徒会室にようこそ、リィン・バニングスちゃん」
「ど、どうも。生徒会の方だったんですね」
(飛び級なのか……? 改めて見ると、フィーよりも年下みたいだけど……)
思わずまじまじと見ていると、少女は首を傾げる。
「どうしたの?」
「いえ、その、2年の方なんですよね?」
リィンのその問いに、少女はふふ、と笑って。
「そんなに畏まらなくていいよー。この学院の生徒会長のトワ・ハーシェルって言います。改めてよろしくね、リィンちゃん」
生徒会長の肩書きを持つ少女…トワ・ハーシェルは名乗った。
「せ、生徒会長?!」
「うん、そうだけど?」
トワの肩書きに、思わず大声を出してしまうリィンであった。
「これから君たち新入生に関わることも多いと思うんだ。困っていることや、相談したいことがあったらぜひ、生徒会まで来てね? 一生懸命、サポートさせてもらうからっ」
「は、はい……」
力いっぱいそう言ったトワに、リィンは勢いに押されつつ、こっくり頷いた。
「そうだ、サラ教官の用事で来たんでしょ?」
「あ……、はい。そうです」
そして本題に戻り、リィンは再び頷く。
「ちょっと待ってね。……はい、これなんだけど、どうぞ。一番上のがリィンちゃんのだよ」
そう言って差し出されたのは、九冊のトールズ士官学院の紋章が入った手帳。
「これは……学生手帳、ですか? ……そう言えば、まだ貰っていませんでしたね」
九冊まとめて受け取って、一番上の自分の分をまじまじと眺める。
「ごめんね、君たち≪Ⅶ組≫は、ちょっとカリキュラムが他のクラスと違ってて……。それに、≪戦術オーブメント≫も通常とは違うタイプだから、別の発注になっちゃったんだ。学生手帳には戦術オーブメントの説明書も載っているんだけど……。君たちのは特注品で、かなり操作説明も他の1年生の子たちとは違うから、少し時間が掛かっちゃったの」
「そうだったんですか……。……って、もしかしてそう言った編集まで会長が?」
申し訳なさそうにそう言ったトワに、リィンが問えば。
「うん。ごめんねー? こんなに遅れちゃって」
「いえ、とんでもないですよ!! むしろ恐縮というか……。…………それにこれって、普通教官の仕事なのでは?」
肯定が返ってきて、リィンはサラの顔を思い浮かべながら、更に問いを重ねると。
「うーん、サラ教官もいっつも忙しそうだし……。他の教官の仕事を手伝うことも多いから、今更、って感じかなぁ?」
何気ない事のようにそう言ったトワに、リィンは悟る。
―――途方もなく、いい人だ……、と。
「? どうかした?」
遠くを見ながらそう思っていたリィンに、トワが声をかける。
「いえ、―――えっと、それでは他の手帳を≪Ⅶ組≫の皆に、渡しておけばいいんですね?」
少々どもったものの、リィンがそう言えば。
「うん、よろしくねー。うーん、でもリィンちゃんたちも1年なのに感心しちゃうなぁ」
「……?」
感心したようなその台詞をトワに返されて、リィンは首を傾げる。
「サラ教官から話は聞いてるよ。生徒会で処理しきれないお仕事を、手伝ってくれるんでしょ? 『特科クラス』の名に相応しい生徒として、自らを高めよう、ってみんな張り切っているから、生徒会の仕事を回してあげて、ってサラ教官に頼まれたんだけど……」
「………………」
その言葉に、リィンは目を半眼にして、再びサラの顔を思い浮かべながら、思い返す。
『―――それじゃあヨロシクね♪』
という、つい先ほどの台詞を。
―――あの“♪”はこれか……。
「……ひょ、ひょっとしてわたし、何か勘違いしちゃってた……?」
あの笑顔の理由に辿り着いて、急に半眼になったリィンを見ていたトワが、狼狽える。
それを見てリィンは我に返り。
「入学したばかりの子たちに、無理難題を押し付けようとしてたとかっ……!?」
「い、いえっ!! サラ教官の話通りです」
パニック状態に近いほど焦るトワに罪悪感を覚え、リィンは即座に話を合わせた。
「随分忙しそうですし、遠慮なく仕事を回してください」
「そ、そっかぁ……。ビックリしちゃった」
リィンの言葉に、ほっ、と息をつくトワ。
「あ、でも安心して。あまり大変な仕事は回さないから」
そこでトワは一息おいて、説明をしてくれた。
「えっとね、大抵のものは士官学院や町の人たちからの『依頼』になると思うんだ。生徒会に寄せられた色々な、意見要望ってところ、かな。朝までに纏めておくから、寮のリィンちゃんのポストに入れててもいいかな?」
「はい、お願いします」
トワの確認に、リィンがそう言うと、トワはふと窓の外を見て。
「大分暗くなったね。……あ、そろそろ夕飯の時間だけど、一緒に食べる?」
とリィンに提案してきた。
「えっと、ご一緒していいんですか?」
「リィンちゃんさえよければ、どうかな?」
トワからの提案に、しばしリィンは考え込んで、一つ頷く。
「それじゃあ、ご一緒させてもらいます」
「じゃあ、1階の学生食堂に行こっか」
そして、揃って階下の学生食堂に向かい、気づけばリィンの分がトワのおごりになっていたのは、余談である。