「お疲れ様。今日の授業も一通り終わりね」
そして時は流れ、現在は放課後目前な、HRの真っ最中だった。
「前にも伝えたと思うけど、明日は≪自由行動日≫になるわ。厳密にいうと休日じゃないけど、授業はないし、何をするのも生徒たちの自由に任されているわ。帝都に遊びに行ったっていいし、何だったらあたしみたいに、一日中寝てても構わないわよ?」
「えっと、学院の各施設などは解放されるのでしょうか?」
笑ってそう言ったサラを何とかスルーして、エマが問えば。
「えぇ、そのあたりは一通り使えるから安心なさい。それとクラブ活動も自由行動日にやってる事が多いから、そちらの方で聞いてみるといいわね。……―――それと来週なんだけど」
エマの問いに返したサラは、一息置いて。
「水曜日に≪実技テスト≫があるから」
さらり、とそう言った。
「≪実技テスト≫……」
「それは一体どういう……?」
リィンが呟き、アリサがサラに問いかける。
「ま、ちょっとした戦闘訓練の一環ってところね。一応評価対象のテストだから、体調には気を付けておきなさい。そして―――」
サラが再び一息置いて。
「その実技テストの後なんだけど、改めて≪Ⅶ組≫ならではの重要なカリキュラムを説明するわ」
(ついに来たか)
告げたその言葉に、リィンは内心でそう呟いた。
誰もが緊張したような気配を漂わせるが、サラは朗らかに笑って。
「ま、そういう意味でも明日の自由行動日は、有意義に過ごすことをおすすめするわ。HRは以上。副委員長、挨拶して」
「は、はい。―――起立―――礼」
マキアスが頷いて、マキアスの号令を合図に、全員が席を立ち、頭を下げて、解散となり、サラが出て行ってから、アリサ、エマ、ラウラ、フィー、ユーシス、マキアスが出て行った。
その後の教室でリィンは、エリオットとガイウスと話をしていた。
「≪実技テスト≫かぁ……。ちょっと憂鬱だなぁ」
「そんなに心配なら、一緒に稽古でもしておくか? 修練場<ギムナジウム>もあるみたいだし、よかったら付き合うぞ?」
肩を落とすエリオットに、リィンがそう提案すれば。
「あ、うん……。ありがたいんだけど、実はこの後クラブの方に、顔を出そうと思ってるんだ」
「なんだ、どのクラブにしたんだ?」
エリオットの言葉に、リィンが驚きなら問い返せば。
「うん……吹奏楽部だよ。と言っても、担当するのはバイオリンになりそうだけど。あ、ガイウスはどの部に入るか決めたの?」
エリオットは笑顔で頷いて、ガイウスに話を振る。
「オレは美術部に入ろうかと思っている。故郷に居た頃に、たまに趣味で描いていたんだ」
「そっかぁ……」
ガイウスの言葉に、驚いたようにエリオットが呟く。
「ほぼ我流だから、きちんとした技術を習えるのは、ありがたいと思ってな」
「ちょっと見たい気がするな」
ガイウスの言葉に、リィンがそう言ったところで。
「良かった、まだ残ってたわね」
「サラ教官、どうしたんですか?」
教室にサラが戻ってきたので、エリオットがそう問う。
「いや~、実は誰かに頼みたいことがあったのよ。≪生徒会≫で受け取って欲しいものがあってね。誰でもいいから、全員分を受け取ってきて欲しいのよ」
「……」
サラの言葉に、リィンは先ほどの話を思い出しつつ、考える。
アリサ、エマ、フィー、ラウラ、ユーシス、マキアスの面子は既にいない。
現在リィンと教室に残っているエリオットは吹奏楽部、ガイウスは美術部に行く予定。
「―――だったら、俺が受け取ってきますよ」
クラブに行く予定はないので、リィンはそう言った。
「え、でも……」
「いいのか?」
エリオットとガイウスに、リィンは微笑む。
「2人はこれからクラブの方に行くんだろう? 俺はまだ決めていないし、見学がてら受け取ってくるさ」
リィンがそう言うと。
「生徒会室は、この本校舎の隣の≪学生会館≫の2階にあるわ。遅くまで開いてるはずだから、最後に訪ねても大丈夫よ。―――それじゃあヨロシクね♪」
「? ええ……」
そう言って笑ったサラの、その笑顔が気にはなったが、リィンは頷くのだった。
◇ ◇ ◇
修練場<ギムナジウム>を少々覗いてから、学生会館の前に、リィンは立っていた。
しかし、ここで一つ問題が起きていた。
「……2階のどこに、生徒会室があるんだ……?」
「よ、後輩君」
そう呟いたリィンに、いきなりそんな声がかかり振り返ると、荷物を肩に背負い、バンダナをつけた、銀髪に赤目の青年が立っていた。
「お勤めゴクローさん。入学して半月になるが、調子の方はどうよ?」
リィンを後輩、と呼ぶからには上級生だろうとあたりをつける。
「正直、今は何とかやっている状況です。授業やカリキュラムが本格化したら、目が回りそうな気もしますけど」
リィンは現在感じたことを、素直に口にする。
「はは、分かってんじゃん。特にお前さんたちは色々てんこ盛りだろうからなー。ま、精々肩の力を抜くんだな」
「……えっと、先輩ですよね。名前を伺っても構いませんか?」
話が一段落したのを見計らって、リィンが問えば。
「まあまあ、そう焦るなって。まずはお近づきの印に、面白い手品を見せてやるよ。ちょいと50ミラコインを貸してくれねえか?」
「え、えぇ」
そうバンダナの先輩に言われ、リィンは50ミラコインを渡す。
「お、サンクス。そんじゃあ―――」
バンダナの先輩は、とん、と荷物を地面に置いて。
「よーく見とけよ?」
そう言うなり、ピン、と親指でコインを跳ね上げ―――ぱし、とコインをキャッチする。
「―――さて問題。右手と左手、どっちにコインがある?」
「……。右手、ですか?」
右手でキャッチしたようにリィンは感じて、そう言うと。
「残念、ハズレだ」
そう言って開かれた右手には、何もなかった。
「……参りました。動体視力には、結構自信があったんですけど。……って、あれ? 手品、って言うことは……」
そう言ったリィンが握られたままの左手を見ると、ぱ、と左手が開かれたが、そこには、何もなかった。
「フフン、まあその調子で、精進しろってことだ。精々、サラのしごきにも踏ん張って耐えていくんだな」
そう言って、バンダナの先輩は地面に置いた荷物を背負って。
「あ、生徒会室なら2階の奥だぜ。そんじゃ、よい週末を」
気づいたようにそう付け足して、去って行った。
そして、リィンは気づく。
「……あ、50ミラ」
―――手品に貸した50ミラコインを持っていかれたことに。