入学式は滞りなく進み、最後に残すは学院長である、ヴァンダイク学院長の挨拶だけとなっていた。
「本学院が設立されたのは、およそ220年前の事である。設立者はかの、≪ドライケルス大帝≫―――」
リィンは、皇帝が設立者であることに、素直に驚いていた。
「それでも、大帝が遺した“ある言葉”は、今でも学院の理念として息づいておる」
一息置いて、ヴァンダイク学院長は、口を開いた。
「『若者よ―――世の礎たれ』」
と。
「“世”と言う言葉をどう捉えるのか。何をもって“礎”たる資格を持つのか。これからの二年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい」
リィンは、無意識に膝の上に置いた手を、きゅ、と握った。
「―――ワシの方からは、以上である」
にこり、とヴァンダイク学院長は笑った。
(『世の礎たれ』か……)
リィンが目を閉じて、その言葉を内心で復唱していると。
「うーん、いきなりハードルを上げられちゃった感じだね?」
と、声が隣から聞こえ、そちらを見ると、リィンや、リィンが学院に来るまでに見かけたり確認した数人と同じ、紅い制服を着た、赤毛の少年が座っていた。
「そうだな。単なるスパルタなんかよりも、遥かに難しい目標だ」
「あはは、そうだよね。流石は≪獅子心皇帝≫だよね」
そう言ってから、少年はそうそう、と前置きして。
「僕はエリオット。エリオット・クレイグだよ。……えっと」
赤毛の少年…エリオット・クレイグはそう名乗った。
「リィン・バニングスだ」
「リィンも、僕と同じ紅色の制服だね。……数人いるけど、どういう事なんだろう?」
リィンもきちんと名乗り返すと、エリオットは首を傾げてそう言った。
「平民は緑、貴族は白、Ⅶ組は赤、って事らしいんだが……」
「Ⅶ組、って……何か知ってるの、リィン?」
「実は……」
が、リィンの言葉はそれ以上続かなかった。
「―――以上で、≪トールズ士官学院≫、第215回・入学式を終了します」
と、貴族風の男性に遮られたのだ。
そして、緑の制服と白い制服の生徒達は、指示に従って講堂から出ていく。
「指定されたクラス、って……。リィン、赤い制服は、Ⅶ組、だっけ?」
エリオットの言葉に、リィンが頷く。
「聞いた話だと、そう言ってた。入学案内書や制服と一緒に送られてきたオーブメント、『ARCUS』が、理由の一端とか、ティオが言ってたな」
「アークス?」
「あぁ、現在運用されているENIGMAとは別の、帝国製の……」
パンパン、と手を叩く音に、再びリィンの言葉が遮られた。
「はいはーい、そこの長い黒髪を後ろで結った、赤紫の目の紅い制服の女子、事実の一端、暴露するのはやめてねー」
その言葉に、一旦全員の視線が手を叩いた女性教官に向き、その後、指摘された通りの外見を持つリィンに、視線が集まる。
「俺ですか」
「そ。……ていうか、どこまで知ってるのよ」
女性教官は何とも言えない顔で、リィンを見てそう訊ねてきた。
「姉の仕事仲間の方が、ある程度教えてくれました。それでも、『ARCUS』の特殊機能と、この色の制服の生徒が集う、『Ⅶ組』が作られた表向きの理由しか、知りませんけど」
「何ともまぁ予想外なところから、知ってくれちゃってるわね……」
リィンがそう答えると、手のひらで顔を覆い、女性教官は呟く。
「とりあえず、この後に行う『特別オリエンテーリング』が終了するまで黙っててちょうだい」
「……分かりました」
リィンが頷くのを確認して、女性教官は口を開く。
「ちょっと暴露されたけれど、あなた達は事情があって『Ⅶ組』生徒ということになってるわ。それの説明もかねて、『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」
ぐるり、と一同を見回し、女性教官は一息置いて。
「それじゃあ、全員あたしについて来て」
そう告げたのだった。
◇ ◇ ◇
そして、とりあえず、と言うことで、その後ろを、全員が惑うようについていくと、士官学院の裏手にある建物に案内された。
リィンの知っているだけの情報から色々考えてみても、なぜこのような場所に案内されるのかが分からない。
その上、『特別オリエンテーリング』中は知っていることを喋るのを禁止されてしまったので、誰かに相談したくとも口には出せない。
銀髪の少女を除く、ほぼ全員が『何かしらを知っているらしい』、ということでリィンを見ているが、説明はできないので『説明はできないし、俺も何でここに連れてこられたのか、分からない』と答える。
そして、躊躇いつつ建物の中に入ると、女性教官が壇上に上がっていた。
「―――サラ・バレスタイン。今日から君達≪Ⅶ組≫の担任を務めさせてもらうわ」
女性教官…サラ・バレスタインがそう名乗り、控えめがちに、眼鏡をかけて髪を三つ編みにした少女が控えめがちに手を挙げて。
「あ、あの、サラ、教官? この学院の1学年のクラスは、身分や出身に応じて分けられた5つのクラス、だったと記憶していますが」
「お、流石首席入学。よく調べているじゃない。でもあくまでそれは『去年』まではの話よ」
サラのその言葉に、全員が首を傾げた。
「今年からもう1つ、さっきそこの3位入学の子が言った、身分に関係なく選ばれた特科クラス≪Ⅶ組≫が新たに立ち上げられたわ」
「―――冗談じゃない!!」
そして、静かにサラがそう告げると、その静けさを打ち消すほどの大声で、誰かがそう言った。
リィンがそちらを見ると、緑髪の眼鏡をかけた少年が立っていた。
「えっと、たしか君は」
「マキアス・レーグニッツです!! それよりもサラ教官!! 自分はとても納得しかねます!! まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けと言うんですか!?」
サラが確かめるようにそう言うと、自ら名乗った緑髪の少年…マキアス・レーグニッツはとてつもなく怒っていた。
「フン……」
しかし、その横から鼻でそれを笑う声が聞こえ、そちらを見るとそこにいたのは、先ほどリィンが見かけた金髪の少年。
「……君。何か文句でもあるのか?」
「……『平民風情』が騒がしいと思っただけだ」
その言葉に、マキアスは物凄く不機嫌そうな顔から、すうっと表情を消した。
「……その尊大な態度、さぞ名のある家柄と見受けるが?」
「ユーシス・アルバレア。『貴族風情』のなごとき、覚えて貰わなくても構わんが」
金髪の少年…ユーシス・アルバレアのその言葉に、マキアスや5名がこれでもかと驚き、残り3名…リィンと長身の少年は目を瞬かせ、銀髪の少女は、興味がない、と言いたげに呑気に欠伸していた。
「し、≪四大名門≫……」
エリオットの言葉に、リィンはあぁなるほど、と内心で納得した。
貴族と平民という身分制度が存在するエレボニア帝国に置いて、貴族の中で最も位が高い4つの名家を纏めて≪四大名門≫と呼んでいたのを、図書館で自分で調べて知っていたからである。
「東のクロイツェン州を治める≪アルバレア公爵家≫……。大貴族の中の大貴族ね」
「成程、噂には聞いていたが」
金髪の少女がそう呟くと、ラウラが何か納得していた。
「ま、色々あるとは思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。とりあえず、始めましょうか」
それを見計らってか、サラ教官はそう告げ後ろに下がり、柱についているボタンを押した瞬間。
―――がこん、という音と共に、足場が傾いた。
数名の叫び声が尾を引く中、リィンは素早く視線を左右に振ると、危ない落ち方をする金髪の少女が視界に入る。
リィンは咄嗟に、斜めになった足場を踏んで、金髪の少女の元まで飛び、胸元に抱え込んだ。