その日トールズ士官学院の、どこのクラスなのか不明な『Ⅶ組』制服の、紅色<あかいろ>の制服を身に纏い、帝国に旅立つリィンを見送りに、特務支援課の面々、セシル、レイテ、マイルズの面々が駅に来ていた。
「リィンとまた会えなくなるなんて……。……変な虫がつかないか、心配だな……」
「うぅ、今まではロイドがいなくて寂しかったけど、今度はまたリィンがいなくなるなんて」
今度はガイでなくロイドにそう言って抱きつかれ、セシルにも抱きつかれ、リィンは苦笑しながらそれを受け入れていた。
「ロイド姉さん、セシル姉さん、クロスベルをまた離れるのは俺だって寂しいけど、大丈夫だから。そしてロイド姉さん、何の心配してるの」
受け入れてはいたが、ツッコミは忘れなかったリィンだった。
「ロイドはリィンちゃんの事が本当に大好きなのね……。ところで、リィンちゃん、また、ってどういうことなの?」
エリィが少々呆れたようにそう呟いて、リィンの言葉に首を傾げた。
「剣を習い始めたころに、一年間帝国に居たんです。その時はロイド姉さんが学校の用事で居なくて、ガイ兄さんとセシル姉さんにこうやって抱きつかれて、離してもらえなかったんですよね……」
「そうなんですか。大変そうです」
ティオの言葉に、頷いて少々遠い目で『アリオスさんが来てくれなければ、本当に大変だった』と、内心で呟くリィンだった。
「さてと、ロイド。私たちもお仕事があるし、離れないと……。それにリィンちゃんが困ってるわよ?」
「うぅ、やっと再会できたのに、また会えないなんて……」
エリィがそう進言してくれるも、そう言ってリィンを抱きしめるロイドの腕の力は緩まない。
「……ロイド姉さん、セシル姉さん、ちゃんと手紙を書くから。ちゃんと、頑張るから」
リィンがそう言うと、ロイドとセシルは一度強くリィンを抱きしめて、離れる。
「頑張れよ、リィン」
「無理は、しないでね」
ロイドとセシルのその言葉に頷き、一同を見回して。
「それじゃあ、行ってきます!!」
そう言ったリィンに、誰もが手を振り返し、笑顔でリィンを送り出したのだった。
◇ ◇ ◇
そんな別れを経て、列車を乗り継いで、トールズ士官学院のある近郊都市≪トリスタ≫の駅舎から出たリィンの視界を、ふわり、と花びらが通り過ぎた。
「へぇ……」
側にある木を見上げると、それは綺麗な花をつけて、枝葉を伸ばしていた。
「ユミルやレグラムでもライノの花は見たけど、……ここまで咲いてるのを見たのは、初めてかな」
「きゃっ」
側にある木の花…ライノの花を見上げていたリィンの背中にぽすん、と衝撃が来て、女の子の声が後ろから聞こえ、振り返れば、金髪の少女が尻餅をついていた。
「ご、ごめん、大丈夫か? すまない、花に見惚れてた」
「ふふっ、こっちこそ、花に見惚れて前を見てなかったの。ごめんなさい」
そう言って手を引いて立たせた少女の制服の色は、リィンと同じだった。
「ところで、君の制服も紅<あか>なんだな。……ってことは、同じクラスになるかもしれないな」
「? どうして知っているの?」
不思議そうに、少女が首を傾げる。
「とある伝手で知ったんだが、この色の制服の生徒は、もしかしたら同じクラスかもしれないんだ」
「へぇ……。教えてくれてありがとう。その時はよろしくね。それじゃあ」
リィンの言葉に微笑んでそう言って少女が去っていくのを見送り、リィンは。
「……。同じ色の制服は、ARCUSテスト要員の『Ⅶ組』専用の制服、って事なのかな……」
と、呟くのであった。
◇ ◇ ◇
リィンは少女と別れた後、その足をいろんな店の立ち並ぶ中に、ベンチや時計に花壇の置かれた公園に向けていた。
「うん、周りにお店もあるし、一休みにはいいかもな」
そう呟いて、公園を通り過ぎようとして、小さな声がリィンの耳に届く。
「?」
不思議に思って振り返ると、ベンチに寝そべる、同じ色の制服の銀髪の少女の姿があった。
「……何でこんなところで寝てるんだ?」
リィンが思わずそう呟いて近づくと。
「ふあぁぁ~………んむ…………。……そろそろ行かなきゃ」
むくり、と起き上がり、そう呟き、少女は去って行った。
「……猫みたいな子だったな」
思わずリィンは、ぽつん、とそう呟いた。
◇ ◇ ◇
「……あれ、クラウスさん?」
駅を出て、公園を抜けて、少し歩いたところで、小さい頃にレグラムで見たしゃんと背筋の伸びた、老執事…クラウスの背中を見つけて、リィンがそう声をかければ。
「……おや、リィン様でしたか。お嬢様から聞いております。このよき日和に、トールズ士官学院へのご入学、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます、クラウスさん」
す、と流れるように一礼し、そう言ってくれたクラウスに、リィンも頭を下げる。
「しかし残念ですな。お嬢様なら、先ほど士官学院に向かいました」
「あ、それはちょっと遅かったですね。残念だな。……あ、そうだクラウスさん。ラウラの制服の色って、貴族生徒の白ですか?」
久しぶりに話せると思ったんだけどな、とリィンが内心で思いつつ、クラウスにそう問うた。
「いいえ。リィン様の制服と同じ紅<あか>でした。」
「なら、機会はあるかな。とある伝手で知ったんですけど、この色の制服の生徒は、多分、同じクラスになると思うんです」
リィンのその言葉に、クラウスは柔和に笑って。
「そうですか。もし同じクラスになられましたら、お嬢様の事をよろしくお願いいたします、リィン様」
「同じクラスになったら、こっちこそ世話になると思います」
そう言って、互いに頭を下げ合ってから、クラウスと別れた。
◇ ◇ ◇
そしてクラウスと別れ、トールズ士官学院の門の手前で、トールズ士官学院を見上げていたリィンの背後から、導力車の音がして振り返る。
そこには翡翠色のリムジンがあり、立っていた場所から退くと、リィンが先ほどまでいた位置に停車して、運転手らしき男性が降りてきて、後ろのドアを開ける。
「お疲れ様です。士官学院に到着いたしました」
「ご苦労。悪目立ちをするつもりはない、荷物持ちはいい」
ご苦労、と言った後に金髪の少年が降りてきて、そう言い放った。
―――あ、制服同じ色だ。……さっきから妙に、出会うなぁ……。
それを傍らで見ていたリィンは、思わず内心で呟いた。
「後は適当に休憩してから、バリアハートに戻るがいい」
「は。それでは失礼いたします。……佳き学院生活を。お体にはお気を付け下さい」
少年の言葉に運転手は一礼し、運転手の言葉に少年は頷いて去って行った。
―――にしても、導力リムジン、って……ラインフォルトの最高級モデル、だった、かな? さっきのは、大貴族の子弟、って事か。
中々クロスベルでは見かけない代物を見て、リィンは内心で思わずそう呟き、門をくぐる。
「ご入学おめでとーございます! うんうん、君が最後みたいだね」
と、途端に少女の声が飛んできた。
そちらの方を見ると、緑色の制服の小柄な少女と、黄色のツナギを着た体格のいい少年がいた。
「リィン・バニングスさん、―――でいいんだよね?」
「は、はい。どうも、初めまして。……しかし、どうして自分の名前を?」
少女の問いかけに首を傾げたリィンに、少女は小さく笑って。
「えへへ。ちょっと事情があってね。今はあんまり気にしないで」
「それが申請した品かい? 一旦、預からせてもらうよ」
そう言うが、リィンはただひたすらハテナを頭の上に浮かべ、確認するように黄色のツナギの少年に言われて、持っていた荷物…太刀を袋ごと渡した。
「確かに。ちゃんと後で返されるとは思うから、心配しないでくれ」
リィンから受け取った太刀を少年は大事そうに持って、そう告げる。
「入学式はあちらの講堂であるから、このまま真っ直ぐどうぞ」
そして、こほん、と少女は咳払いをし、笑みを浮かべ。
「≪トールズ士官学院≫へようこそ!!」
「充実した二年間になるといいな」
少年と一緒にそう言ってくれて、リィンは笑顔で頷くのであった。
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