姉の帰還
ロイドが外国に旅立ち、イリアやシズクと知り合いになり、それから三年後の、17歳となった現在。
「レイテおばさん、シチューの材料、切れました」
一つに縛った黒髪を揺らして、リィンはレイテを振り返る。
「ありがとうね、リィンちゃん。後は煮込むだけだし、お茶にしましょうか」
シチュー用のミートボールを作っていたレイテもひと段落したらしく、そう言った。
「え、でもレイテおばさん、後煮込むだけで終わりますよ?」
「いいからいいから。座ってて」
リィンの背中を押して、席に落ち着かせると、レイテは材料をいったん冷蔵庫にしまって、お茶を淹れる。
「はい、リィンちゃん」
「ありがとう、レイテおばさん。……あ、そうだ明日、ちょっとウルスラ間道行ってきます」
「?」
不思議そうに首を傾げるレイテに、そっ、と顔を逸らしてリィンは。
「……アリオスさんにボロ負けだったので、ウルスラ間道での鍛練にいかないと……」
そう、呟くように言った。
リィンが剣を習いだしてから、アリオスが年に一度手合わせをしてくれるのだが、毎度リィンはぼろ負けで終わっている。
『初伝』にしては食いつけている方だ、とアリオスは言ってくれるものの、くたくたになるまでやっても、全く届かないのだ。
「無理だけはしないようにね」
「分かっています」
リィンが頷くのを見て、レイテが微笑んだその時、扉が、コンコン、とノックされた。
「あれ、お客さんかしら。はいはーい」
レイテが立ち上がり、扉を開ければ。
「こんにちは。おばさん、久しぶり」
「あら、ロイドちゃん!! リィンちゃん、ロイドちゃん帰ってきたわ」
その言葉に、リィンはがたっ、と音を立てて立ち上がり、扉の前まで歩み寄ると。
「リィン!!」
思いっきり、姉に抱きしめられた。
―――余談だが、久しぶりの抱擁は、加減が無かった。
「ロイドちゃん、リィンちゃんが苦しがってるわよ」
くすくす、と笑いながら、レイテが助け舟を出す。
「あ!! ご、ごめんリィン!! 大丈夫か!?」
ぱっ、と身体を離されて、けほ、と小さく噎せてから、リィンは笑い。
「遅くなったけど……ロイド姉さん、約束守ってくれて、ありがとう。そして、捜査官資格試験合格おめでとう」
そういった。
「こっちこそ、目標をくれて、感謝の言葉を言ってくれて、ありがとう、リィン。……そうだ、紹介しておくよ」
「?」
ロイドが横に退くと、後ろにいた三人の姿が見え。
「あ、……は、はじめまして、リィン・バニングスです」
リィンがそう名乗ると。
「エリィ・マクダエルよ」
そう言って姉と歳の近そうな女性…エリィ・マクダエルが名乗り。
「ランディ・オルランドだ」
続いて唯一の男性である青年…ランディ・オルランドが名乗り。
「ティオ・プラトーです」
最後にリィンよりも年下に見える少女…ティオ・プラトーが名乗った。
「にしても、妹って言う割には似てないんだな? あれか、ロイドは親父さん似で、リィンちゃんはお袋さん似とか……」
「そりゃ似てませんよ。俺は養子なんです。十二年くらい前に倒れていた俺を見つけて保護してくれて、親の捜索もしてくれたんですけど、結局見つからずに、そのままバニングス家の養子になったんです」
その言葉に、エリィと、からかうつもりで言ったらしいランディが目に見えて慌てた。
「ランディ……」
「わ、わりぃ、知らなかったとはいえ……」
「いえ、いいんです。むしろ、こんなに自慢の姉がいて、幸せなんです」
エリィにジト目で見られ、ランディがそう謝るが、リィンは小さく首を振って笑う。
「あ、そうだロイド姉さん、ENIGMA、持ってないか? 持ってるなら、見せてもらえると助かるんだが……」
「? 持ってるよ。ほら」
リィンが話を強引に変える為、ロイドにそう言って、ロイドがリィンにクロスベル警察のカバーがついたENIGMAを見せれば。
「あれ、……ENIGMA、と思ってたけど、違う……?」
「何が?」
「ちょっと待って、持ってくる」
ロイドの言葉にそう返すと、リィンは部屋の片隅に置かれたケースの前まで移動し、それごと持ってくる。
足下にケースをおろし、それを開けると、そのケースの中に入っていたのは、紅色(あかいろ)の制服に、書類に、角持つ獅子と『THORS MILITARY ACADEMY』と言う文字が大きく描かれ、小さくラインフォルト社のロゴの入ったオーブメントだった。
「これがなにか、姉さんは知らない?」
そう言ってリィンが示したのは、オーブメント。
「これは、……オーブメント、だよな?」
ロイドが首を傾げれば、覗き込んだティオが目を丸くする。
「これは……どうしてリィンさんがこれを?」
そう言って怪訝そうな表情で、リィンを見るティオ。
どうしたのだろう、とロイド、エリィ、ランディ、レイテが二人を見る。
「制服と一緒に届いたんですけど……」
「なるほど、リィンさんはトールズ士官学院に入学されるんですね」
リィンのその言葉に、ティオは納得の表情を見せた。
同時に、ティオのその言葉にぴしっ、とロイドが固まったことに、両脇にいたエリィとランディが気付いて、声をかけるも反応がない。
「これはたしか……次世代型戦術オーブメント『ARCUS』というもので、まだ開発段階です。ですが、トールズ士官学院にて、今年入学する、適性の高い一年生を貴族平民関係なしに組分けした特別なクラス、『Ⅶ組』で試験運用する予定でもあったはずです」
「Ⅶ組、ですか? ……そう言えば、どこのクラスに所属する、とか書いてなかったような……」
ティオの言葉に、送られてきたらしい書類をぺら、と確認するリィン。
「大丈夫、ロイド?」
「おい、大丈夫か?」
そんな目の前で、エリィがそう言いながら軽く肩を揺すり、ランディが声をかけると、硬直していたロイドがようやく立ち直り。
「トールズ士官学院に入学するなんて、聞いてない!!」
と叫んだ為、全員が瞬きをして、ロイドを見た。
「……クロスベルの事、ちゃんと見たいと思ったんだ」
しっかりとした、リィンの声が言葉を紡ぎ、全員が、目を瞬かせる。
「どこかに就職してもいいかと思った。だけど、外側からクロスベルを見てみることも必要なんじゃないか、って思ったんだ」
リィンは真剣な声でそう返した。
「…………」
「…………」
しばしリィンとロイドは目を逸らさずに睨みあうようにして、ロイドの方が小さく息をついた。
「……ちゃんと手紙書くから、返事くれよ?」
「……あぁ、もちろん!!」
姉妹のちょっとした喧嘩がひと段落したところで。
「説明を続けても、いいでしょうか」
「あ、お願いしますティオさん」
リィンの言葉に、ティオはコクン、と頷く。
「次世代型戦術オーブメント『ARCUS』、その価値は戦術リンクにあります」
「戦術リンク……? 何かを繋ぐ、って事かしら?」
エリィが首を傾げると、ティオは頷く。
「えぇ。共に戦う相手の思考をアイコンタクトや合図もなしに、理解して戦えるように繋ぐ特殊な戦術オーブメントです。リンクが高まると、相手の動きが手に取るように分かるほどになる、とか」
「ほー、すげぇなそりゃ」
ランディが感心したように呟いたところで。
「ところでリィンさん、その書類、見せてもらっても?」
ティオがそう切り出した。
「? はいどうぞ、ティオさん」
「ティオで構いません。それにリィンさんの方が年上ですから、敬語じゃなくでいいですよ」
そう言ってリィンが資料を渡せば、ティオはそう返し、資料をぱらぱらめくって、ふむ、と呟く。
「……本当に特科クラス『Ⅶ組』の事、書いてませんね。制服の色が違う事も、書いてないです」
「え? 平民クラスは、紅<あか>じゃないんです……じゃないのか?」
敬語を使いそうになって、慌てて言い直すリィンに、ロイドが口を開く。
「リィン。紅<あか>は、エレボニア帝国の皇族の色だ。平民クラスどころか、貴族クラスの生徒も、そう簡単に着用できないと思うぞ」
「えぇ。トールズ士官学院の制服は、平民クラスは緑、貴族クラスは白だったと思います」
ロイドの言葉にティオが同意し、リィンはびっくりしたように、瞬きを繰り返す。
「それに、先ほど言った『ARCUS運用試験』は表向きの理由だった筈。本来の理由もあったと思いますが……、すみません、思い出せません……」
「そんな、ここまで教えて貰っただけでもありがたいよ、ティオ。……ところで」
申し訳なさそうにするティオに、リィンがそう言って笑いかけ。
「原因作った俺が言うのもあれなんだが、……時間、大丈夫なのか?」
『あ』
そう言えば、何故か、ロイド、エリィ、ランディ、ティオが綺麗にハモった。
「急いで駅前に行った方がいいなこりゃ」
「まだリィンと話し足りてないー!!」
「何ガイ兄さんみたいなこと言ってんのロイド姉さん!?」
ランディの言葉に頷いて駆けだし、ロイドが少々(結構)シスコンなことを言いだし、そう叫ぶリィンの声は、急いで階段をかけあがっていく四人に届いたかどうかは、定かではない。
「大丈夫かなぁ……」
が、ロイド、エリィ、ランディ、ティオの一同…特務支援課は、その後ジオフロントに潜り、いいところをアリオスに持っていかれた、ということをリィンはクロスベルタイムズで知ることとなった。
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