大空を漂う青い雫。
機体からはみ出た綺麗な金色の髪の毛がサラサラと風になびいている。
不意に青い雫へ手を伸ばす。
地上から遠く離れたあの青に俺の手は届かない。
地上に堕ちた俺にはそれに相応しい嘲笑が降り注ぐ。
俺は泣いている。
代表候補生と只の人の技量の違いに。
専用機とガラクタの違いに。
この世界の神様の意地悪に。
不平等に不公平に不理解に不可解に不可知不可避不穏当不可侵不確実不確定不安定不覚悟不可逆不覚即不不不不不不不不不不不不不不不………。
「…………やっぱさ……この世界は、不平等なんだ……。誰も俺を、助けちゃ…くれないんだ」
絞り出した言葉はやがて宙へと消えていく。
俺を見下ろしていた青を纏った金髪の女は鼻を鳴らす仕草の後にやがてどこかへと自信満々な笑みと指を差し向ける。
俺はそれを醒めた目でぼんやりと眺めている。
この世界は俺無しに動き出す。
俺はそれを知っている。
だからもう何も期待させないでくれ。
『ボクのオモチャを、お前たちは何処までも………』
通信機の一つから震え上がるような音声が流れ出す。
俺は仕方なく立ち上がる。
次の戦いが始まるらしい。
純白の白騎士が空を飛ぶ。
思考が定まらなくなった。
手に持っていた銃がふとした弾みで
今
い
る
地
面
へ
と
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
数時間前
織斑のせいで巻き込まれたクラス代表決定模擬戦、事前に決められた対戦表では織斑とオルコット戦の後に俺がオルコットと棚戦う手筈だ。
そしてその後に俺と織斑がやって終了、そして勝利した回数の多い奴が発言権を持つらしい。
俺はオペレーターが手配した使用するISの微調整、武器の確認、最終チェックのために朝のSHRには出ずにアリーナの整備室に来ていた。
「これが今回用意したISの打鉄です。と言っても適性試験の時に使ったことがあると思うので説明は省きますね。そして、オルコット戦で使うファングシールドが2個、アサルトライフルが2個と、織斑戦で使用するブリッツとサブマシンガンが2個です。動作は正常ですが、試し撃ちしてみますか?」
「いやー、オペレーターが言うんなら別に大丈夫だろ。それよりISの微調整をしたい」
「ほーい。んじゃ美穂、がんば」
「う、うん。痛くしないから力を抜いて欲しいです」
「え、何それエロい」
他に言葉は無かったのかと思いつつも彼女の言葉に従って力を抜く。
ガイドや説明書を見らずとも佐藤さんの頭の中にはやるべきことが入ってるらしく、テキパキと最終調整を進めていく。
「………はい、出来たです。これでこの子はアリーヤさんの言うことに従順なISになりました」
「……………この子…見かけによらずオヤジ気質なのか?」
佐藤さんの言動に訝しつつISを動かすと、適性試験の時と違って動く動く。
アサルトライフルを手にとってサイトを覗き込みながら横へスーッと動かすが何処にも異常はない。
「流石だな〜。ありがとう佐藤さん」
「はい、その子の使い心地、後で教えて欲しいです」
この言葉選びが無ければいい子なのにと思いつつISを解除する。
「そういえば先輩は?」
「あー、常盤さん。朝は滅法弱くてさー 。多分試合開始前には必ず来ると思うんだけどー」
「マジか……朝が弱い…覚えとこ」
何処かで逆襲できるかもしれない…何処かで。
「そろそろ、時間ですね」
オペレーターに頷き返すと織斑先生が整備室に入室してきた。
何故ここに織斑先生が?
驚きつつも先生の顔色を伺っていると、織斑先生は徐ろに口を開いた。
「このISはなんだ」
たっぷり10秒、俺は口を開いて唖然とした。
これが何?何もクソもこれはISで俺が試合で使う打鉄だ。
なんだ?この人は何が言いたいんだ。
「打鉄ですけど…何か?」
「貴様は何をやっている。このISを使用する書類は出てないはずだ。貴様にIS使用許可は出ていない。無許可のIS使用は厳重に罰せられるぞ」
「…………………………………は?」
今度こそ開いた口が塞げなかった。
本当にこの人は何を言っているんだろう。
今回使用するISは三つ、オルコットの専用機、織斑の専用機と俺の訓練機、この三つだ。
しかもこの打鉄はオペレーターが手配したIS、まさか、彼女が手違いを起こした?いや、それこそまさかだ。
一体これは……どういうことなんだ。
「織斑先生、これは確かに私が手配した打鉄です」
「ああ、そうだ。ヴェルデ、貴様の用意したISだ」
おかしい事態に気付いたオペレーターが説明を試みるが、織斑先生は更におかしなことを言い始めた。
「では……なぜ?」
「なぜだと?ヴェルデ、これは貴様が使用するために書類を提出したISのはずだ。それをなぜ至鋼が使う事になっている。おかしいのは貴様だろう」
「な………それは、間違いです。書類を手配したのは私ですがあくまでも使用するのはACで……書類にも使用者の欄に至鋼存夜と記入したはずです!」
オペレーターが大声で織斑先生へ食ってかかる、しかし先生はそれを歯牙にもかけず一枚の紙を取り出した。
「なに?………ならばこれを見ろ。貴様が提出した書類だ」
俺は、ガタガタと震えていた。
この意味のわからない状況と目の前の紙に。
佐藤さんと齋藤さんが俺の顔を見ながら大丈夫か?と語りかけている。
大丈夫、大丈夫じゃない。
「………は、は?ACの名前が……消えている……」
「はぁ、貴様はなにが言いたいんだ。この書類に、使用者はカルマ・ヴェルデ、つまり貴様の名前が記入されている。つまり、このISは貴様が使用するのだろう」
訳が分からないまま事態は進んでいく。
「それと、至鋼、貴様が使うISはまだ決まってないようだな。こっちで余っている物を手配した。隣の整備室で山田先生から受け取れ」
先生の言葉に従って隣の整備室へと。
そこにいた山田先生から受け取ったのは、なんとも無骨な、ガラクタを繋ぎ合わせたようなモノだった。
「これ、なんですか」
「…これはですね……エクステンデット・オペレーション・シーカー…通称EOSです。元々は国連が開発中の試作品をIS学園で預かっていたんですが……今回至鋼くんが使うISがらないということで武装なども…」
「そんなこと言ってるんじゃないんですよ!!!これを!俺が使えって!?あんたはそう言ってるんですか!?」
外装は剥き出し、継ぎ接ぎだらけで薄い鉄板のような装甲。
まるで腕部はほっそりとしていて脚部も頼りなく、頭部を守る装甲さえない。
「山田先生、ご冗談……ですよね?ISとEOSを戦わせるなんて……自殺行為としか…」
EOSを知っているオペレーターが声を震わせながら問いかけるが、山田先生は俯き何も言わない。
突然肩を引っ張られる、力の正体は齋藤さんで、彼女と傍の佐藤さんは険しい顔つきで俺を睨むように見つめていた。
「存夜っち……なんと言われても良い、馬鹿にされたって良い。この試合は放棄しろ、こんな欠陥兵器には乗るな……乗っちゃダメだ!」
「ダメです!ぜった……絶対乗っちゃダメ!死んじゃう…死んじゃうよアリーヤ!」
「乗るな……って、そもそも、このEOSってなんなんだよ……」
訳の分からない状況と訳の分からない兵器。
俺の頭はもう、パンク寸前だった。
「エクステンデット・オペレーション・シーカー。国連が開発中の試作品でその特徴は誰でも使用できる擬似的なIS。ですがその中身は……燃費は比べ物にならないほどに悪く、機体制動は重く、シールドバリアを張れない割に肌を露出してるため防御力は機体できない……まだ戦車の方が安全ですね。未だ実用化の道はないと言われるほどの欠陥兵器です」
「……………………は……そんな、そんなものに…俺を……乗せようとしたってことですか……?そんな…お、俺に…俺に死ねって言ってるようなもんじゃねえか!!」
「ち、ちが」
「違くねえ!あんたは…あんたら俺を殺そうとしてる……」
山田先生が涙を溜めて弁明を図るが、俺はそれを一蹴する。
こんな殺人者共の話を聞いてたら俺が死んでしまう。
「は、そうか……あんたら俺を殺したいのか」
「っ!そんなわけないですよ!私は、存夜くんの先生です!」
思わず反応した山田先生へ、じゃあお前はこれに乗ってISに勝てんのかよと声を荒げようとした時、俺の名前を呼ぶ織斑先生の声が整備室に響いた。
「予定変更だ、織斑の専用機が届くのに少し時間が遅れる。先にオルコットと対戦しろ」
「何言ってんすか、こんな欠陥兵器でISにどう立ち向かえと!?」
「そう愚痴を言っても何も始まらん。やってみなければ分からない」
「そんな…無責任な………あんたら俺を殺す気だろ」
ズキィィ!!
頭に激痛が走る。
あまりの痛みに視界がボヤけて口の中に鉄の味が大部分を占める。
「先生に対する口の利き方を改めろ。そもそも、このEOSを使うことになったのも貴様がISを手配できなかった故にだ。それがEOSを手配してくれた山田先生に対する物言いか」
「………………は、こんな欠陥兵器用意するんなら、最初から用意すんなって話だ!ふざけんな!」
バキィ
頬を殴られた、その衝撃で歯が口の中を傷付け、更に血が溢れていく。
痛みで思考は麻痺していき、麻痺した思考は、更なるパニックを引き起こしていく。
「何度も言わせるな。早くこのEOSを装着してアリーナへ行き、オルコットと対戦しろ」
「そんな指示には従えまーーー」
「小娘、私の言うことには、はい、か、イエス、で答えろと言ったはずだ」
なんだよ、その横暴、一周回って笑える。
てか、もういいや、どうせこいつらは俺に期待なんかしてないし……これが俺の未来なんだろうし。
「やはり男なんてこんなものですわね」
そして俺は、EOSを装備してアリーナに出て、試合開始のブザーが鳴ると同時にレーザーの嵐を避けることもできずに受け、空を仰ぎ見るように大の字で倒れた。
レーザー耐熱性に好評のあるナントカ社が作ったスーツは俺の体がレーザーで焼けだたれ、千切れ、抉れ、血が噴き出すことは無かったものの、想像を絶する痛みと、喪失感と、幾つもの火傷と痣、そして惨めな敗北感に追いて回る嘲笑と視線は消えることは無い。
『オルコット、次は織斑と至鋼の対戦になる、一度戻ってこい』
「かしこまりましたわ、織斑先生」
上空を旋回するセシリア・オルコット。
俺はそれを、ただ地面に横たわりながら眺めることしかできない。
俺は彼女たちに勝つ事は、出来ない。
なんて優しいんだろう。
俺に、こんな俺に、もう期待するな、期待なんてするだけ無駄だと、彼女は身をもって教えてくれたのだから。
誰も俺を、助けてはくれないのだから。
「く、ふはっ……くふ、くふふっ……くははは…はは……ひは、ふふひははは…………」
嗚咽に塗れた噎び泣きがアリーナに少しだけ響いてはやがて消える。
俺の存在なんて、それほどまでにちっぽけなもんで、颯爽と登場した織斑こそが本物の主人公なんだろう。
つまり俺は、そんなカッコいい存在に倒されるモブ1で、ただの引き立て役で………。
「ただの……ヘタレ野郎だ………」
伸ばしていた片手が、痛みと疲労でプルプルと震え、やがて負荷に耐え切れずに地面へと堕ちていく。
「どっちが勝っても恨みっこなしだぜ、さあ、勝負だっ、存夜!」
……………………どうやら、主人公は既に準備が出来ているらしい。
それにしても、常盤先輩との適性試験で、俺はあいつみたいにISで空を飛ぶことはできなかった。
やっぱ、出来る奴と出来ない奴って、いるもんなんだな。
「………ふ、ふひ…ふふぅぅ……」
痛む全身を奮い立たせてなんとか立ち上がる。
ふとした弾みで銃が手元から滑って地面へと堕ちていく。
……堕ちる、堕ちていく。
そう、俺は飛べない鳥、跳ぶことは出来ても決して空を飛ぶことは出来ない。
「地に堕ちた鴉」
何がおかしかったのか自分でも分からず、何故か嗤う。
よろよろと銃を手に取り、銃床を地面に突き立てて杖にして体を支える。
視界がぼやける、ああ、視界が赤い。
もしかして頭を怪我した?いや、やっぱ気のせいだ。
だってもう痛みを感じないんだし。
『ビーーービーーービーーー』
バッテリーが警報を鳴らす。
どうやら充電が必要みたいだ。
でもまあ、折角だから戦えって言われるんだろ。
どうせ1分も経たないのだからと。
はい、その通りです。
俺はあいつに10秒も経たずに倒される。
惨めな思いのまま次の戦いへ、茶番のような戦いをただ無機質に負けて終わろう。
ああ、頭がまだボケてるみたいだ。
悔しいって、感じてる。
悔しいって、思えてる。
これは、とても、危険。
ああ……悔しいな……。
「畜生…………」
ブザーが鳴った。
上空から白い鳥が飛んでくる。
純白の騎士が、剣を振りかぶって襲いかかってくるのを、俺は待ち受ける。
それこそが、正しいモブの終わり方。
ああ、悔しいな。
今回主人公が使ったEOSの武器は普通のAR SCAR-Lなので酷な言い方だけど 主人公が勝てるわけ無いんだよねぇ。
まっ、清く正しく!モブなんて結局はそんなもんだろォ!?ギャハハはry