「まず、セシリア・オルコットとそのIS、ブルーティアーズの弱点はビット使用時にあります。具体的にはビットを使った前方位射撃の時、彼女は莫大な集中力を要するので操作に気を取られて動くことができなくなります」
「つまり、ビットを使ってる時が狙い目なわけだ。まっ、楽勝だな」
パサッとセシリア・オルコットについて詳細に書かれた資料が机の上に着地する。
今放り投げたのはセシリア・オルコットとそのIS、ブルーティアーズの特徴で、もう一枚の資料には簡潔に纏められた弱点が記されている。
「次は織斑一夏ですね」
またも伊達メガネをかけたオペレーターから数枚の資料を手渡される。
「あいつって剣道経験者なの?」
「はい。ですが中学時代は帰宅部だったためにその腕は衰えているとみて良いでしょう……なので相手がそれに合わせた近接機体で来たとしても冷静に遠距離から対応すれば……楽勝です(ドヤ)」
メガネをクイックイッと掛け直すドヤ顔のオペレーターにため息をついて問題点を洗い出す。
「俺の射撃精度が低かったら?」
「それについては存夜さんはFPSゲームで世界ランキングにも通用するほどの実力ですから問題ありません」
ふふん、と、誇らしげな仕草に、なんでもお見通しです、とオペレーターは言う。
「問題は俺が使用するISだ」
「……そうですね。まったく、織斑千冬には困ったものです。いくら弟を溺愛していると言っても、専用機を融通するほどに身内を贔屓するなんて……世界最強も所詮は人の子ですね(笑)」
ザワッとクラスの女子が一斉にこちらを見るが黒いオペレーターはそれを歯牙にもかけず、クリップで留められた資料を寄越してきた。
「これは?」
「存夜さんが使用するISですね。特徴と弱点を纏めておきました」
俺が模擬戦で使用するISは二種類。
一つは付属のシールドを装備することによって防御力が高いために耐久力があり、人気の高いベーシックなISという「打鉄」
付属シールドによって防御力が持ち前ではあるが、その機動力は現行ISの中でワーストクラスにランクインしているようだ。
対するラファール・リヴァイヴは付属シールドがない代わりに現行ISでは随一の拡張領域を持ち、空飛ぶ武器庫の異名を持つほどに色々な種類の武器弾薬を装備できる。
それに加えて機動力も量産型として申し分なく、疾風の名の下に打鉄はおろか専用機にも勝るとも劣らない程で、手数、回避力共に打鉄のステータスを上回っている。
「……これ、初見じゃラファールを使ったほうが良いと思えるけど?」
「オルコット戦では打鉄の防御力で長期戦に持ち込んだ方が良いのでは?試作品のビットの火力が高くても持久戦になれば淑女(笑)の集中力も切れると想定されます」
「でもラファールにもシールドがあるんだろ?」
黒いオペレーターの言葉はこの際無視した方が良い。
オペレーターの後ろからセシリア・オルコットが憎々しげにこちらを睨みつけているのもスルーした方が俺の精神衛生上に良いと思う。
「打鉄の方は付属シールドと片手に一個ずつ盾を持てば実質4つのシールドで堅めることができるのでそれだけビットの射線も防げます」
「なるほど、んじゃ、手持ちの盾に近接強打用のスパイクを付けた奴ってある?」
「少し待って下さい…………はい、あります。ロシアのスパイクシールドとドイツのファングシールトですね」
「“ファング”???」
角錐の形状をした突起物のスパイクシールドなら想像しやすいけど、牙を表すファングシールトはどんなものか想像がつかない。
「盾の先端部に鋭いブレードを装備した近接戦闘用シールドです。懐に飛び込めばまるで猛獣の牙のように敵機を切り裂くことからそう呼ばれているようですね」
「つまり近接戦闘に重きを置いた手甲型のシールド?」
「はい、カーボンナノチューブなどの素材を用いて軽く、堅くをベースにシールド機能を損なうことなく前腕部をカバーするほどの形状で防御力も期待できますよ」
参考動画と見せられた動画には第二回モンドグロッソでドイツの代表が実際にファングシールトを装備してイギリス代表の狙撃を軽やかに回避し、その手数と鋭いブレードで乱舞している光景が映る。
「ふふ」
「?どうかした?」
オペレーターがその動画を観ておかしそうに笑っているのを見て首を傾げる。
「もしも存夜さんがファングシールトを使ってエリート淑女様(笑)を切り裂いたらモンドグロッソのトラウマが植え付けられるかなって思っただけなんです。ふふふ」
黒い、いや、本当黒いなこの娘。
ドン引きだよ、普通に。
「ねえ、存夜くん。もしかして今一週間後の代表決定戦の作戦中だったりする?」
引き続きオペレーターと織斑処刑のついでで対セシリア戦ブリーフィングをしていると隣の席から鷹月大明神が興味津々に顔を覗かせてきた。
「ん?ああ、そうそう。セシリア・オルコットはまだしも織斑の野郎はぶっ潰したいから」
そう言うとオペレーターの方は「もちろんあの英国淑女にも恥をかかせますよ?」と黒く笑っていたが気にしない。
鷹月大明神は顎に手を添えて、うんうんと頷き、意を決したように目を開いた。
「じゃあ私も作戦メンバーに入れてもえるかしら………ほら、今のうちにこういう経験を持ってると3年の進路とか広がるでしょ?」
「私は賛成です。初期のうちから味方が多くいるほど心強いですから」
「え、じゃあよろしくお願いします?鷹月大明神」
「うん。よろしくお願いね。それで早速なんだけどオルコットさんの攻略で、彼女に狙撃できる環境を作らせなければ良いんじゃない?」
「………環境を……ダメにする?」
「えっと…あ、ちょっと端末借りても良いかしら」
オペレーターから端末を借りた鷹月大明神はカタカタと動かして浮かび上がったディスプレイにマップを読み込ませた。
「これは?」
「来週使用するアリーナの全体図を3Dにしたものよ」
「アリーナ……ああ、道理でマッハで蜂の巣にされた場所に似てるわけだ」
ウキウキ顏の白髪の女に「今回やるのは君のISを動かす適正ランクの試験と、ボクの実験機の試験さ!いっぱい動いていっぱい粘ってね?」と言うや否や口が裂けても言えない恐ろしい時間を過ごした。
「それで、このアリーナ全域を全てスモークとかの煙幕で覆うの。そうすればISのハイパーセンサーでも至鋼くんを探し出すのは無理だし、集中力も格段に落ちるからビットも操作ができなくなるってわけ」
3Dで表示されたアリーナに白い幕が張り巡らされ、その中にオルコットと俺を表示したアバターが現れる。
「それは確かに……すっごい効果的と思うけど、この途方もない距離をカバーできるだけの煙幕を展開できるスモークがあるのか?」
「……うーん、実はそれが一番の問題なんだ」
ふるふると首を振る鷹月大明神の答えにオペレーターを見ると、予備の小型端末を操作していたオペレーターが残念そうな顔で首を振った。
「データベースにもこの規模を覆うほどのスモーク系は………複数展開すればカバー出来るとは思いますが……」
「投射機にスモーク弾を複数装弾して自動で撃ち出すか?」
「相手もバカじゃないのですぐに破壊されますね」
無理か……案外良い案だとは思ったが、戦うフィールドの相性が悪かった。
他に良い作戦は無いものかと首を捻っていると、背後から声をかけられた。
「うぃーす、存夜っち、なんの作戦会議?」
その正体は女性にして身長180㎝を誇る齋藤真希だった。
「今アリーナの全域を煙幕で覆えないかなーって話」
「…………なんかのサバト?って、アリーナ全部覆っちゃうスモーク?知り合いの知り合いにそんなもん作ってそうなツテがあるから紹介しよっか?」
まじか、齋藤さんトンデモないツテがあんのか………なんか大物そうな感じはしてたけど、マジで大物やな。
「うっし、それじゃ先に知り合い1を紹介すんねー!美穂〜おいで〜」
おいでとか言いながら自分から何処かへ走っていく齋藤さん、あれか、脳筋ってやつか。
「………じゃ、じゃあ齋藤さんのツテが煙幕の件はなんとかなるかもとして……」
「A〜C〜」
「そのファングシールトって、模擬戦までに手配できるか?」
「任せてください」
「ねー、ACってばー」
ちら、とオペレーターと鷹月大明神を見ると、明らかに俺の背後をチラ見する2人。
あれだろうか、さっきからAC、AC言ってんのは、俺のあだ名か何かだろうか。
いや、至鋼存夜でACってなんなの?どこにも接点とかないじゃん?
「ねーえー、ACーってばー」
「…………それ、もしかしなくても俺?」
仕方なく後ろを見て仕方なく聞いてみると、俺の背後にいた少女は「そうだよ〜」と喜んだ。
「ちょっと、聞いて良いかな?なんでAC」
「それはね〜、存夜の「あ」をローマ字に直すとAで〜、至鋼のしをCに直してACーー」
「めちゃくちゃだぁぁぁぁ!!?」
「でもACってなにか呼びやすくて良いですね」
「そうね、存夜くん、とか至鋼くんって呼ぶよりいいかも」
「え?え?え?」
いや待てあだ名の由来が意味不明でも呼びやすいからで決定されるのか!?それは理不尽じゃ………
「あら、チャイムが鳴ったわね。齋藤さんも席に着いちゃったし、煙幕作戦は次の休み時間に持ち越しね」
「じゃあね〜AC〜」
「……………それ、マジで、俺の名前…AC……なわけ?」
今更訂正や言い分が通じるはずもなく、ガラガラと副教科担が教室に入ってきて「ISの教科書18ページを開けてください」と言って、意味不明な授業が始まりを告げる。
金髪はともかく織斑には負けたくねえな