『あばよ。酔っ払い』
フルチャージ済みのKARASAWAのトリガーを引き絞る。
極太の青い閃光が正体不明のISを包み込み、アリーナ全体を眩く照らす。
ド派手な土煙が巻き起こり、観客席からはアリーナが見えなくなるほどに視界が悪くなっている……詰まる所、やり過ぎた。
『しゃあー……ん?』
だが、ここで一つ違和感を感じる。
敵不明機を撃破したはずなのにまだ首のうなじがピリピリひりつく感覚が存分に主張していた。
「まだ、戦いは続いているのだ」と。
『ISのエネルギー反応上昇!AC、早く回避でしください!』
オペレーターの叫び声を聞いていなければ、既に俺は死んでいたかもしれない。
『うぞ……』
敵機のビームが観客席に大きな穴を開けた。
その威力はACの装甲よりも頑丈に設計されているアリーナの観客席をいとも容易く蹂躙し、隔壁すらも粉々にするレベル………。
すぐ真横を掠った敵の攻撃に全身冷や汗だらけになった。
『…………織斑、頑張れ!』
「ちょ、存夜!?」
「何逃げてんのよ!あんた!戦いなさいよ!ヘタレ!カス!ザコ!」
『ううううっせー!!お前らISは絶対防御があるから死にはしねえけどよ!ノーマルACにはねえんだからな!クソが!お前らずっけーんだよ!正々堂々素装甲で戦えや!』
ただ、既に戦闘不能状態の霧影を置いていくことはできないので、さてどうするか。
『こんな時こそスモークグレネード〜♪』
背中側の腰部に格納しているスモークグレネードをアリーナに飛ばす。
後は敵不明機の周辺にナパーム弾をばら撒き、事前にマーキングしておいた霧影を回収する。
「AC、すまん……」
『いやいや、気にすんなよ。つーか、霧影のお陰でさっきは助かったし。いやガチで。あ、じゃあこれで貸し借りチャラで』
「ふふ。ああ、分かった。AC、奴は手強い。……何処か無機質な感じがする。くれぐれも気をつけろよ」
アンカーを観客席に突き刺してアリーナの壁を蹴飛ばしつつ、ブーストを噴かして観客席まで戻り、霧影を下ろす。
霧影は不明機との戦闘で右腕を負傷したらしく、顔を顰めながら観客席のゲートを抜けて退避した。
『さて、と』
アリーナを見下ろす。
既に観客席とアリーナを隔てるSEは存在しない。
一応アレを起動し続けるにも莫大なエネルギーや費用がかかるらしく、破壊されるとIS学園に甚大な損害が出るからだろう。
まあ、そんなこと知ったこっちゃねえし、そもそもあのISのビーム光線はアリーナSEを容易くブチ破る。
最初からあてにする気は無かった。
『今の俺の手持ちは……KARASAWAとレザブレ。……接近したくねぇぇぇ………』
KARASAWAよりも確実性で決めるならば左腕に装備したレーザーブレードだろう。
だがしかし、俺の脳内にあるのはやはり、アリーナの観客席をボッコボコにした一撃のビーム光線。
接近中に1発でも貰えば絶対防御なんて無いノーマルACなら一瞬で蒸発するじゃなかろうか。
『織斑、やっぱり頑張ってくれ』
「いやいやいや!存夜も手伝ってくれよな!」
『いや……2人の邪魔したらさ。ほら、なんか悪いじゃん?』
「なに言ってんだよ!…それより、気づいたことがあるんだけど」
ん、なんだ?……織斑が気付いたというのは、敵ISは無人機なんじゃないかって事らしい。
いやいや、ISって女が乗らないと動かせないんじゃないの?と一瞬織斑がバカみたいに思えたが、そもそも織斑一夏という男がISを動かしてる時点で女しか動かせないって前提が崩れている上、ISの開発者は織斑の関係者である篠ノ之束。
俺は凡人だから天災の考えなんて分からないけど、アレが無人機で、無防備な織斑を撃たないーーーいや、攻撃しないってことは、詰まる所、織斑の実力を世界に知らしめたいって事かね……?変人の考えてることはどう頭を捻っても分からんね。
ああ、違う、狂人か。
『じゃあ俺関係ねーじゃん!寧ろ邪魔者枠!?つーことで、さらば!』
「ちょ!?」
今度はマジで逃げに転ずる。
二脚モードからフローと脚部に可変して逃走する。
………が、ここで2人目の篠ノ之がやらかした!
『一夏ァァァァァァァァ!!男なら、男なら』
『ええええええええええ!!?』
「箒!?」
「ええええええええええ!!?あの女ほんとバカなんじゃないの!?」
豆チビ女、今、この状況なら俺はお前と同じ気持ちだ、ほんと篠ノ之箒って奴頭沸いてんじゃねえの?バカなの?死ぬの?
「しまった、敵が!箒ィィィィィィィ!!!」
『クソがッ!!』
迫りくる敵機のビーム光線の射線にKARASAWAの速射を合わせる。
フルチャージが間に合わない為に少しでもビームの威力を削ぐ為の苦肉の策だ。
『少しでも……削れろおおおおおおおおーーーーーーーーー……あ?』
「AC……。聞こえますか?AC。……………AC!」
至鋼存夜のオペレーター、カルマは信じられない面持ちでパソコンの画面に映る光景を眺めていた。
『あ、あ、あ……!存夜ぁぁぁぁぁ!!』
『ひっ……し、死……』
画面に映るのは、ISである白式を見に纏う織斑一夏、中国の第三世代機、甲龍の操縦者の凰鈴音。
そして、
「なんで、アリーヤは、篠ノ之箒の盾になったです?なんで、なんで?」
IS整備やその他において類い稀な技術を持つ女生徒、佐藤美穂が呆然と呟いた。
彼女達がのめり込むように観ている画面には、抉れるような破壊痕を残す放送室と、ぺたんと腰を抜かす少女、篠ノ之箒。
最後に、篠ノ之箒のすぐ側で、屑鉄のように沈黙しているのは、至鋼存夜が搭乗していたはずのノーマルAC。
全身の至る所に火花を散らし、黒光りを発していた真新しい装甲は焼き焦げ、その惨状の一端を表現していた。
「酷い……」
右腕を覆っていた腕部装甲は剥がれ、その中に隠れていた存夜の右腕が剥き出しになったまま、夥しいほどの血を噴き出していた。
装甲損傷率94%……頭部パーツはその機能を失い、頭部の右部分からは彼の素顔が見えている。
脚部はフローと脚部が耐久性限界許容率を超えた為に強制的に二脚状態に戻った上、限界まで耐え忍んでいた事でフレーム自体が折れて捻じ曲がり、彼自身の右足も無事ではない事の証だった。
「うぷっ…………オエッ……」
「わっ!み、美穂!袋、誰か袋!」
口に手を当て、吐き気を堪えていた美穂が遂に吐瀉物を吐き出す。
齋藤真希が美穂の背中をさすりながら咽び泣く美穂を介抱する。
最後に、カルマは待機している部屋の隅っこの角に、椅子に座ってブツブツと独り言を漏らす女性を見やった。
「アリーヤ、アリーヤ、アリーヤ、アリーヤ、アリーヤ、アリーヤ、アリーヤ、アリーヤ、アリーヤ、アリーヤ、アリーヤ」
膝を抱え、彼の名を呟き続けるその少女の目は。
酷く、黒く淀み切っていた。
『り、鈴……存夜が、存夜が』
『馬鹿!そんな事言ってらんないわよ!早くこいつを倒さなきゃ…!』
『あ、あ、あ、ああああああ!!』
変わり果てた級友の姿にひどく狼狽する者、思い人のその姿に引きずられて戦いに集中できない者、級友を瀕死に追い詰めた、その要因となった者。
彼らは至鋼存夜の姿に酷く絶望し、悟る。
目の前の敵を殺さなければ、次に死ぬのは自分なのだと。
『う、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
『はぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
雪片弐型を手に近接戦闘を挑む織斑一夏と龍砲を撃ちながら連結させた青龍刀をブーメランのように投擲する凰鈴音。
しかし、その動きには何処かキレがない。
当然だ、仮にも知り合いの無残な姿を目の前で見ている。
そして敵の放つ攻撃は、1秒後に自分を殺しかねないほどの威力。
元々人間は臆病な生き物なのだ。
目の前の敵を本能的に怖がり、織斑一夏と凰鈴音は積極的な攻勢に出る事が出来なかった。
その時、
『………………………………………………………………………………………ヒハッ♪』
ドン!ドガァァァァン!
最悪の獣が目を覚ましたことで、全ては黒く焼き尽きる。
「……AC…?」
『ハハ、ハハハ!アハハハハハアヒャハハハハハハハハハ!!!』
ケタケタケタケタケタ。
動かない機体、動けない身体。
それでも彼は、空を見上げ、嗤っていた。
無邪気に、残酷に、嬉しそうに、泣いてるように、分裂した彼は、ただ、ただ、嗤う。
その姿は、彼を知る者でさえ、かの天災でさえ震え上がる事だろう。
『ギハッ♪ギャハハハハ♪ギャハハハハハハハハハハハハハハハッーーーー!!!!』
狂った獣は言葉を介すことはない。
本能が求めるままに破壊の限りを尽くすだけだ。
目の前の者全てを黒く焼き尽くすだけだ。
『ギャハハハハーーーー!!!』
折れているはずの右腕を空へ突き出す。
比較的マシな左腕を床に突いて身体を起こそうとするが、右脚は捻れ曲がっていて動かない。
ならばと左脚一本で機体バランスを支える。
ーーもちろん、考えてやったわけではないのは彼の目で分かる。
狂った獣の本能、ただそれでしかない。
「………ッ!動けるはずが……AC、AC!!」
推進ユニットは背中のものと左側を除いて全滅している。
それでも獣は構わず飛ぶ。
自身の自由を縛る鳥籠を破るように、邪魔者でしかない敵機を捻り潰す為に。
『ギャハーーーハッハッハッハ』
「AC!無謀です、94%も損傷しているんですよ!貴方は!」
『ギャ?ヒャハ?ヒャハハハ!!ヒャハハハ!!!!』
あと6%あるよね?なら100じゃないんだから動くでしょ?ほらね?ほらね?動いた!動いた!!あはは、あはは。
カルマは彼がそう言って笑ったと、直感した。
そして戦慄する。
ボロボロの機体をどう操れば、本来の性能の限界以上の力を引き出す事ができるのかと。
『ギャハハハハギャハハハハギャハハハハギャハハハハギャハハハハギャハハハハギャハハハハギャハハハハギャハハハハ』
顔は空、意識も上の空だろう。
だが、彼の動きは常に紙一重で敵ISのビームを避け続けている。
いや、それどころかほんの数ミリ掠っているようにも見える。
もしや彼は、当たるか当たらないか、生と死の際を愉しんでいるのではないか。
カルマの予想は当たっている。
彼にとって、獣にとって今の敵ISは、退屈紛れの玩具に他ならないのだ。
なんてことはないとビームを避け、ズカズカと無造作に近付く獣は、徐に左腕から照射したレーザーブレードを敵ISの胴体に突き刺し、引き抜き、頭部を横一文字に斬り裂いた。
『ギャハハハハーーーー!!切れた!斬れた!斬れたァァァーーー!!』
手を叩きはしゃぐ彼。
はたから見れば狂人の類に入るだろうが、彼の卓越した動きはこの映像を見ている全ての者の目を奪う。
『ギヒヒ?』
彼が首を傾げる。
何故なら、目の前の頭部を失ったISが、なおもビーム砲を彼に向けていたからだ。
中身に人間が居るのであれば首を切られて動ける人間などいない。
このISが世界初の無人型だと全員が理解した。
そして彼は、まだまだ遊べると歓喜した。
片足でバランスをとり、更にはトントン、と跳躍する。
そして上に上がると同時に直ぐに地面へと降下する。
その絶妙なタイミングが敵ISにビーム射撃の精度を大きく狂わせる。
無人型ISはここで、酷く動揺した風なリアクションを取る。
完璧に計算され尽くした狙撃が悉く躱され、相手はそれを愉しんですらいる。
ISコアに人格があるのかは分からないが、無人型ISのぎこちない動きは、正に目の前の獣に対して、恐怖していた……と言えるだろう。
『ギャハー!』
ドゴン、と腕を蹴飛ばし、追撃にレーザーブレードで斬りとばす。
何のアクションも取れなくなった無人型ISを軽く見やると、そのまま胴体を十字に切って4分割してしまう。
『ギャハハ?』
バラバラに切断されたIS。
彼はその中からキラキラ光る綺麗なものを見つけた。
ーーーーISの心臓、ISコアだ。
誰にも見られないようにソッとISコアを入手した彼は、一つ頷くと満足気に嗤って気絶してしまった。