「だ、誰だよあれは…」
「青髪にディスプレイ投射型の眼鏡……あれは、1−4組在籍の日本代表候補生、更識簪ですね……彼女は現在専用機を倉持技研で開発されているはずですが、織斑一夏の白式のデータ取りで開発陣が根こそぎ持ってかれていて、独力で完成させるために未完成の専用機を所持しています」
打ち上げ後、寮にある俺とオペレーターの部屋に帰ると、部屋の目の前に変な女が正座していた。
部屋に入るも入れず近くの曲がり角からひょっこり頭を出して観察していると、不意にオペレーターが端末で得た情報を報告する。
「日本のぉ?代表候補生ぃだあ?そんな大層なご身分の女性徒が俺に何の用だよ……訳わかんね」
というか、一体何時からあの部屋の前でじっと正座してるんだろうか。
かれこれ数分は観察しているものの、更識簪は正座した姿から微動だにしていない。
「どうします?何時までもここでじっとしているのはあまり得策ではありませんが……」
「………いや、俺普通にあの子怖いから部屋に行きたくないんだけど」
まず最初に何もするでもなく部屋の前で正座っておかしくない?やばくない?なにあの子頭沸いてるの?
「お、オペレーターちょっと行って来てよ」
「え、まずはACがお先に……」
「いやいやいやレディファーストで」
「………」
微笑ましい譲り合いを繰り返していたが、ついにオペレーターが折れて部屋の前に座る更識簪とやらに話しかけた。
彼女はオペレーターに話しかけられて目を丸くしたが、すぐに元の無愛想な顔に戻り、一言二言話し始める。
するとオペレーターが二回三回と頷いて俺の方を向き、ちょいちょいと誘ってきたので訝しげに部屋前に着く。
「AC、1−4組の更識簪さんです」
「(さっきそれオペレーターに聞いたけどな)あー、うん。至鋼存夜です」
「更識簪」
共に自己紹介をしたはいいが、別に彼女と話したい話題がない、故に沈黙。
べ、別に更識さんに話しかけるのが恥ずかしいわけじゃないし、彼女も彼女で用件を言えばよかろうなのだ。
「こほん、更識簪さんはどうやらノーマルACについて用があるようです」
「……あ、そういうこと。つまりノーマルACの技術かもしくは常盤先輩に専用機を完成させるために手伝って欲しいから口添えして欲しい的な?」
「恐らくは」
更識さんと俺のコミュ症に見かねたオペレーターが事情を説明してくれた。
そしてこちらも更識さんの要件が分かれば話は早くなるのでまず彼女に部屋で話すよう誘いかける。
「更識さん、ここで話すのもなんだし部屋で話さない?」
「うん、分かった……でも更識って呼ぶのは止めて」
じゃあ、どう呼べと?もしかして恥ずかしがり屋なこの俺に下の名前で呼べってか!……いやまあ、常盤先輩も下の名前で呼んでるけどあの人は名前の最後に先輩付けてるから大丈夫なわけで………。
「え、えーっと?じゃあなんて呼べば」
「好きに呼んで」
だから、だから更識さんって呼んでんでしょーが……。
「えー、じゃカンさん」
「…カンさん………」
オペレーターの呆れた声が聞こえるが、カンさんは「それでいい」と言ってチラチラとこちらを見つめる。
「ん、それじゃあ部屋に入りますか」
ドアノブを捻って部屋の中へ。
席に着いてカンさんの話に耳を傾けると、オペレーターの言う通り彼女の未完成の専用機についてのことだった。
「織斑◯す」
「い、いや、カンさん………話飛びすぎでしょうよ……。お、織斑に人員取られたから自分で専用機を完成させるってことだよね!?」
「そう、とも言う」
「いやいやそうとしか言わねーよ……とりあえずノーマルACの技術提供の要請って感じかぁ……あと常盤先輩に協力して欲しいってわけね」
カンさんの天然ボケ?にツッコミを喰らわせながらも彼女の話を要約する。
「でも最初は自分で完成させるんじゃなかったん?」
「うん、でも貴方の試合を見てて、コンプレックスに悩むよりも、この子と空を飛びたいって思ったから」
コンプレックスが何なのかは分からなかったけど、カンさんの気持ちは痛いほど分かった。
………なにせ、俺自身、ナイトフォーゲルで数十センチでも空を飛んでアリーナを駆け巡った時は爽快感だらけだったから。
「………うん、まあ、俺に出来ることは常盤先輩と話するだけだし、どんな返事があるかは分からないけど聞いてみるよ」
「……ありがとう」
彼女はぺこりと頭を下げて部屋から出て行った。
そしてカンさんが出て行った後でスマホを弄っているとオペレーターが徐ろに切り出してきた。
「AC、彼女…更識簪の家は日本の暗部組織ですよ」
「え゛………?」
「姉は2年生で生徒会の会長。さらに言えばたった一人で専用機を完成させた更識簪のコンプレックスの大元です」
「へー……凄いのは分かるけど常盤先輩と同じ2学年かって思えばあんまり実感湧かないねぇー……」
「それよりも、今回のノーマルACでの戦闘の感想を聞かせてください」
「感想?そんなのマジ最高以外にあるかなー」
「一応この感想をまとめる事で今回の試合で採用された武器弾薬の支出が雨燕財閥……というより雨燕常盤本人から支払われるので適当にやるとACの借金になりますよ」
「ーーッ!!?な、なん……だと……!?」
「騙して悪いんですが、勝つため(と儲けるため)に手段は選んでられないので(にっこり)」
翌日
「おっはー、存夜っち………て、あり?目の下のクマが酷いけど大丈夫か?」
「お、おー……ちょっと徹夜こいた」
「だ、大丈夫です?」
「ふふ、全然(大丈夫じゃない)」
オペレーターの恐怖のダマシテワルイガーを乗り越えてノーマルACの戦闘経験を提出し、ふらふらとした足取りで教室へ。
「AC、今日転校生が来るけど、知ってたかしら」
「いや全然?」
「なんでも、専用機持ちの中国代表候補ですね」
鷹月大明神の話題振りとオペレーターの即答、その脇で齋藤さんが唐突に佐藤さんを肩車して目を白黒させる佐藤さんのスカートが捲れてフリルのついた可愛らしいおパンティーが……
「一夏ーー!!あんた他の女に鼻伸ばしてんじゃないわよー!!!!」
「ズベンッ!!?」
「「「「ーーッ!!?」」」」
唐突に背中を強打する謎の衝撃。
なんだ、ドロップキックか……?
俺の体は宙を浮かぶ浮遊感と共に前へ前進し、頭から机にぶちあった。
頭からドロッと赤い液体が………ちょ、頭が痛……うわ、これ完璧、血じゃねえか、痛え……つーか誰だよ俺を織斑と勘違いしてきた野郎クソッ!頭がクソ痛え……ああ、クソが。
「うわっ、存夜っち、これヤバい奴じゃんかよー」
齋藤さん、それ俺のセリフ。
「………アリーヤに、なんでこんな酷い事をするです?」
「へ……アリーヤ?…一夏じゃないの?」
ふざけ………。
「織斑一夏と間違えたです?というか、誰です?何年の何組の?それよりまずはアリーヤに謝るです。そんなこともできないです?それって人としてどうなんです?何時までボッと突っ立ってるです?自分ができる事を一つでもいいからやろうと思わないです?」
「え、あ、その、へ、ぅ、ぅぅ」
脳筋背高少女齋藤さんに搭乗(肩車)した臆病背低少女佐藤さんはどうやら強気になるプラス口撃性能も格段にアップするらしい。
俺に突如ドロップキックをかましてきた女にマシンガンのように口撃を垂れ流している!
「AC、大丈夫?」
「鷹月大明神……右目が頭の出血で瞼を開けられないんだが果たしてこれで大丈夫と言えるのでしょーか!?」
「派手に見えるけど傷は浅いですね、織斑先生には私から話しておくので保健室に行くのをお勧めします」
厨二的に片手で右目を覆い隠すとすぐにその手を鷹月大明神に退けられオペレーターが傷の状況を教えてくれた。
「だから、なんで、ごめんなさい、の一言も、ないんです?」
「あー、間違いは誰にでもあるけど、謝らないっていうのは酷いよなー、美穂ー」
能天気に頷く齋藤さんの頭にがっちり固定された佐藤さんはターゲットとの視線を半眼ジト目でロックオンして逃がそうとしない。
「へぁ、あいや……あのその……」
「おっ、鈴か?久しぶりだな!」
「一夏!久しぶりね!」
よく見れば貧乳ツインテールのその女は、背後から自分の名を呼ぶ織斑に超高速で反応して織斑のところへ走って行った。
不意に、チッ、と舌打ちが聞こえる。
その正体は齋藤さんに搭乗(肩車)している佐藤さんのものだ。
あの気が小さく可愛らしい彼女の怯えた表情は鳴りを潜め、前髪に隠れた半眼ジト目の瞳が鈴という女をずっと射抜いている。
「存夜っち、保健室行った方が良いぞー」
「場所知らね」
「あ、じゃあ私が案内するわ」
ひらりと片手を挙げるのは例に漏れず鷹月大明神。
そのご厚意に甘えるとして俺と鷹月大明神で教室を出て保健室へ移動すると、背後でスパーン、という音が1回、その後にもう一回聞こえたような気がしたが気にもとめずに保健室へと行き、適切な治療をしてもらって一時限目の途中から授業に参加した。
お題はIS技術基礎、瞬時加速やらハイパセンサーやら飛ぶ時に角錐をイメージすると飛びやすいやらetc……。
その他にも初めてのIS、第一世代から現在主力の第二世代、そして現在試作機のテスト運営を兼ねてオルコットなどの代表候補生が使用している第三世代機などの開発経緯や世代毎の特徴などの基本的なISの事を学んだ。
兵器についても、俺が使用したMPX9やMP7F1などの銃器も、現存する企業がIS用に改良を重ねているが、いずれも女尊男卑の世の中では不人気により開発元が倒産する可能性がある、と記載されていた。
(MP7って、fpsゲームじゃ俺の相棒なんだけどな……)
サプレッサー、ホロサイト付けてたなぁ、MW3。
BO2じゃヴィジュアルの関係でPDW使ってたけどさ。
戦車や戦艦、戦闘機にとって変わってISという兵器が女尊男卑という新時代の頂点に達して、その影響で数多の男性たちが職を失い、失意や絶望の後に過激組織を組織したり、国の民度が失われていく。
ISの出現によって革新的な技術も幾つかは生まれたが、その代償として多くの技術が消えていった。
(先輩のノーマルACがISを超えたら……ISも消えんのかなぁ……)
そうなれば今のIS企業も全体の一部か、もしくは大部分が開発する兵器の鞍替え、倒産をしてしまうだろう。
そしてまた、男を中心とした社会がまた始まるのかもしれない。
「……まあ、俺にとっちゃどうでも良いことだし、別に良いや」
それよりもと、今は単位を落とさないために授業を真面目に受けねば。
口から漏れかけたあくびを噛み締め、教科書に書かれた重要な単語に蛍光ペンで線をなぞった。
MP7F1……IS世界のH&K社がIS用に改良を重ねたMP7の強化モデル。コンパクトな小型サイズで拡張領域を少しも圧迫せず、性能も良好だが、現在では実力もあり、同武器の性能を知る操縦者他にH&K社のあるドイツのIS部隊黒ウサギ隊以外では運用されていない不運の名銃。フォアグリップやサプレッサーなどの他にやホロサイト、レーザーサイトなどの 「ハイパーセンサーが使用できない」 状況にも対応出来る豊富なアクセサリーが特徴……なのだが、そんな状況はありえないと大多数のIS操縦者や女性軍部関係者に嘲られている。
MPX9……IS世界のシグザウエル社が開発したサブマシンガン。
この銃もあまり人気がない。
因みにオルコット戦で使用したのは銃身サプレッサー一体型のSD型である