嫌な予感がした露伴と康一は、タクシーを使い大至急吉良吉影の家へ向かった。
近づくにつれ、嫌な気配が満ちていく。
家のそばで止めてもらい、そのまま走って書かれた住所の元へ向かう。
するとその敷地の外で、女の人がずぶ濡れで必死に門柱のまわりをさすっていた。
「ヘブンズドア!」
「えぇ?!」
なんの予告もなく、その女性に露伴がスタンドを使う。
「大丈夫だ、この人はスタンド使いじゃあない」
「そうですか、いや、でも一体何をしてたんですかねその人」
「…家に雇い主が閉じ込められてるらしい。『どうして?家にどうやってもはいれない』どういうことだ?」
「とりあえず事情を聴きましょう」
露伴が今起きたことは忘れる、と書き込むと、女性は元に戻り康一と露伴を見る。
「なに、あなたたち」
「僕たちはこの家の籠原さんの知人です。ここで何かあったんですか?」
「あの子の知り合い…?」
一瞬訝しげな顔をしたが、いちいち疑う余裕がなかったのだろう、すぐかぶりを振って立ち上がった。
「おかしいのよ、この家の中に入れないの」
「はいれない?」
「透明な壁があるみたいに、ほら。それに電気が突然消えて…何かあったに違いないのに何も聞こえない。」
女性は門柱の間を手で触る。パントマイムでもしてるように阻まれている。
「どうしよう…よう子さんになにかあったら…」
「…康一くん、君は屋敷のまわりをエコーズで調べてくれ。あんた、名前は?この中に今誰がいる?」
康一はエコーズを出し、屋敷をくまなく調べ始める。露伴の無礼だが有無を言わさない口調に、百合が答える。
「私は榊百合。この中にいるのは、私の主人…雇い主の帚木よう子と、この家に今住んでる籠原夕です。」
「なにがあったんだ。なんで家に入れなくなってる?」
「私にわかるわけないでしょ?!」
百合は思わず、門を強く叩いた。雨が跳ね、露伴の上着を汚した。
「この家から出られないとか言って、あの子が訪ねてきたのよ!死人から電話がかかってくるとかなんとか言って、ずぶ濡れで!よう子さんそういう話が好きだから、だから…」
「待て、待ってくれ。なんだって?死人から電話?」
「そうよ、前住んでた、吉良なんとかっていう人からかかってきたって。」
「…なるほど、それで今謎の現象で家が封鎖されてる、となると思ってたより切迫してるな」
「ダメです、どこからも、庭さえも入れません。」
「クソ、無理やりでもこの透明の壁を破るしかないのか…?」
雨が、降る。その時、不意に家の明かりがついた。
絶叫が聞こえた瞬間、壁を叩く音や足音が消えた。
「……」
何が起きてるんだ。よう子は?もしかしてやってきた何かに襲われたのか?
どうしよう。どうしよう。
真っ暗闇にもなんとか目が慣れた。目の前には廊下の板間が広がってる。もしよう子がやられたなら、すぐに助けを呼びに行かないといけない。しかしよう子が向かったのは玄関だ。勝手口を使ってでる?いや、この暗闇じゃ滅多に使わない勝手口に行くまで時間がかかる。
私が、助けに行くしかない。
廊下を恐る恐る進む。
怖くて今にも逃げ出したい。でも逃げる場所なんてない。なにより、自分をなんとか助けようとしてくれたよう子を見捨てて逃げるなんて、絶対にしたくなかった。
ふーっ…ふーっ
先ほどと打って変わって不気味なほど静まり返った廊下を進む。あれだけ鳴り響いてた足音はなく、自分の獣のような息しか聞こえない。
よう子さん…どこ?
玄関の薄明かりが見える。玄関は、あいていた。そこには何の影もない。
よう子は外に出たのか?意を決して、玄関へ近づいていく。こんなに呼吸しているのに、酸欠になりそうだ。怖い、怖い、怖いー。
雨の音と私の息遣いだけが聞こえる。
玄関の外。そこには泥の足跡がびっしりと、中へ続いてる。
見ると、その足跡は玄関のすぐ横の和室へ続いている。
そこに、いるの?
ぐしゃ
その泥を踏みつけ、真っ暗な和室を覗く。よく見えない。
「よう子、さん…?」
呼びかけに呼応するように、家の明かりが付く。
そしてその和室の光景が目に飛び込んでくる。
一面泥の足跡に彩られた床と、そこにグッタリと横たわる目から血を流したよう子が。
何が起きてるのか、わからなかった。ほんの数秒、その光景を凝視する。畳一面にひろがる、泥の足跡。よう子の白い肌に、真っ赤な血がべったりと付着して、白いシャツが血と泥を吸い上げてじくじくと黒く染まる。吐瀉物で汚れた胸元はまるで臓器をぶちまけたみたいに黄色と赤が咲き乱れてる。そして、ごろりと転がる、白い、崩れ掛かったグズグズのなにか。
それが徹底的に破壊された眼球だとわかった瞬間、意識がぷっつりと切れた。
「壁が消えた!」
明かりがついて数秒、がっこん、という思い音がした瞬間に見えない壁にあてていた手から抵抗が消えた。途端、百合が敷地に走りこむ。
「よう子さん!」
玄関はひらかれていて、薄暗い屋内へと泥の跡が続いていた。
汚れも御構い無しに百合は土足のまま中へ上がりこむ。
「まずい、追うんだ!」
それに露伴と康一も続く。
泥の跡が続く部屋の前、先に駆け込んだ百合が硬直したように立ち竦んでいた。
露伴と康一もその部屋の中を覗く。中には惨状としか言いようのない光景が広がっていた。
「クソ、遅かった。康一くんはそっちの女の子を見てくれ!」
泥と血を物ともせず、露伴が部屋の中央に転がっている目玉を抉り出されたらしい女の人へ駆け寄る。
慌てて康一も、倒れている夕の口元へ手をかざす。
百合は、動かない。
「籠原さんは生きてます。」
「…こっちはまずいな、息はしてるけどけどそれだけだ。おいアンタ!急いで救急車を呼べ!」
「…………」
あまりのショックでアパシーに陥ってしまったのか、百合は返事をしない。
「あークソ!康一くん、エコーズで救急車を呼んでくれ!」
「はい!」
…慌ただしく救急隊員や警察が駆け回る中、誰もいない部屋から何かの足音が鳴り響くのを、露伴は何もできずに聞いた。何がいるかもわからない暗闇をじっと、攻撃してくるなにかを待ち構えるように睨んだ。
夜はまだ終わらない。