【完結】杜王町怪忌憚   作:ようぐそうとほうとふ

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閉じた家

 

もうこんな家にはいられない…。

昨晩、珍しく一切足音のしない夜を寝れずに過ごして明け方気絶するように眠った。

目が覚めて、昼間。

当然バイトは遅刻。いや、もはやそんなものかまっていられない。

ついに、死人から電話がかかってきた。

この家の持ち主だった、吉良吉影。

 

ー…人はどんな時でも必ず、家に帰ろうとする

 

帚木よう子の言葉が思い出される。

まるで予言のように、吉良吉影がこの家へ帰ってきた。

最も恐れていた、死者の帰還。黄泉がえり。吉良吉影は神隠しにあい、戻ってきた瞬間に死んだ。ひょっとしたら死んだことに気づかずにいるのかもしれない。いや、それでも、そうだとしても…。

通帳、印鑑、保険証、最低限の着替え

キャリーバックに無造作に詰め込み、中身がどうなろうと御構い無しといった風に乱暴にファスナーを閉めた。

急いでこの家を…ううん、町を出よう。まだ日が昇ってるうちなら大丈夫。

玄関の戸を閉める。

帚木さんには後できちんと説明しよう。町を出てからなんて、町を出てから考えればいい。

とにかくもう、こんなところにいられない。

ごとごと音のなるキャリーバックを転がしバス停へ急ぐ。

あと少しでバス停だ。タイミングよく、バスがバス停に止まっている。

急いであのバスに…!

歩調を早める、するとバキッとなにかが折れる音がしてキャリーバックに抵抗が加わる。

 

「え…」

 

みると、キャリーバックの車輪が折れていた。

「嘘でしょ…」

慌ててその車輪を拾い、なんとかくっつけられないか見ているうちにバスはいってしまう。

どちらにしろ、このバックじゃダメだ…。

来た道を、引き返す。

バスはこの時間なら30分間隔で走っている。大丈夫、次に乗れば。なんなら次を逃したって、30分でバスが来る。

大丈夫。大丈夫。

家に戻り、早速荷物をスポーツバックにつめかえる。

家を出て、鍵を閉めて歩き出す。

バスが来るまであと15分はある。余裕だ。

バス停に到着して時刻表を眺めながら、これからどうするか考える。

実家に戻ろうか?あの家に?そうは言っても自分の今の貯金ではホテル暮らしなんて夢のまた夢。なんなら、5日ほど泊まれば破産してしまう額しかない。

これじゃあ中学生の家出だ。と苦笑いする。もともと家を出たのだって、何か目標があったわけでもやりたいことがあったわけでもない。

逃避。ただそれだけ。

そんな自嘲的な思いに耽ってると、バスのエンジン音が向こうから聞こえてくる。

慌ててバックから財布を出そうとする。

しかし、ない。見当たらない。

 

「あれ…?」

 

探せど探せど、財布が出てこない。

確かに入れた。着替えなどを詰めた後に通帳や印鑑とまとめてポケットに入れたはずなのに、財布だけが見当たらない。

バスが止まる、扉が開く。

バックを引っ掻き回して探しても財布だけが出てこない…

「お客さん、乗らないの?」

「ご、ごめんなさい。財布が…。」

「時間なので、出ますね?」

「はい。すみません…」

ぷしゅー、と音を立ててドアが閉まる。

バスはまたも行ってしまった。

もしかしてちゃんと入れたというのは気のせいで、キャリーバックに入れたままなのだろうか。

もう一度帰って確認しないと。

道をまた戻る。鍵を開けて、家に帰る。

バックの中身をひっくり返した。畳に着替えが散乱し、ぼとぼとと通帳と判子が落ちる。

ぼと、と最後に財布か落ちてきた。

バックの一番底にあったのか。いやそれにしても、あれだけ探したのになぜ見つからなかったんだろう。

今度はセカンドバックに貴重品を入れて、バックの中身は着替えだけにする。

これでもう財布を見失ったりはしない。

また家を出て、バス停へ。

少し急がないと。次の発着まであと5分もない。

たったったっ…人の気配があまりない別荘地帯を足音が響く。

どた、と。そこで夕は転んでしまう。

なにが起きたかわからなかった。

混乱しながら、足元を見る。すると、スニーカーの紐が切れていた。

「…は?」

これじゃあまともに歩けない。うちに、帰らないと。

いや、そうじゃない。なんなんだ、さっきから。

まるで私をバスに乗らせないために誰かが邪魔をしてるみたいじゃないか…!

家に帰り、靴を履き替える。

バス停に向かう。

バス停の直前で突然、バックの中から化粧水がぼたぼたと溢れ、着替えを全て濡らす。

また戻り、今度はセカンドバックだけで家を出る。バス停に向かう。

バス停に着く直前で、めったに車が通らない道で泥を引っ掛けられる。

家に戻り着替えて、また家を出る。

バス停に向かう…。

 

………

 

「それで、その籠原さんって人が何者かに狙われてるっていうのか」

昨日の顛末を露伴先生に話すと、興味ありげに根掘り葉掘り聞かれた。

「じゃないかなあって…思ったんですけど、露伴先生はどう思います?」

「聞いた限りは完全に被害者だな。ただ、彼女が狙われてれるとしたらこう町全体に広がってる心霊現象の数々はどう説明すればいいんだ?」

「あ、そういえば彼女、ぶどうヶ丘高校に来たことあるって言ってました!」

「高校に?フリーターなんだろ?」

「確か、パンの移動販売で」

「移動販売?…それはなんて店の移動販売だ?」

「あれですよ、駅前に新しくできた、東京から出店してきたチェーンの」

「ああ、一度も食べたことがないな…そういえば。…移動販売、か。回る範囲がもしかしたら、この地図とかぶってるかもしれない」

「あ、なるほど!早速確かめに行きましょうよ」

「おいおい康一君…今日は雨だぜ。そりゃー雨が嫌いだとか子供っぽいこと言いはしないけど、この間丸一日骨折り損のくたびれ儲けをしたばっかりなんだ。雨の日に出かけるのはどーも気が乗らない」

露伴先生、もしかしてもうこの話題に飽きたのか…?

しかし、気持ちは分からなくもない。梅雨を先取りしたかのような雨は露伴の家に着いた時より雨足を強め、すっかり土砂降りだ。

「その籠原さんとやらがスタンドか幽霊かに狙われてるとして、心当たりがあるかどうか聞いたかい」

「聞けませんでした。夜遅いからって返されちゃって。」

「じゃあ改めて話を聞く必要があるな。その人はどこに住んでるんだい」

「えっと…住所のメモがここに」

住所の書かれた紙ナプキンを露伴に手渡すと、露伴は一瞬動きを止め、まじまじとそれを眺めた。

「康一君、君はこのメモを見てなにも気づかなかったのか?」

「え?見ない地名だなと…。どこかで見覚えはあるんですけど」

「この住所は、吉良吉影が住んでいた家の住所だ」

 

 

榊百合は突然降り出した雨を眺めながら、憂鬱な暗い客間の調度品を磨く。よう子が所有する幾つかの別荘の中で、このS市はずれの、寂しい丘の薄暗いこの別荘が大嫌いだった。

よう子は基本的に善人で趣味もいいのだが、芸術家肌と言うのだろうか。時たま趣味の悪い、誰もが倦厭するようなものをひどく気に入り、どんなに高額でも揃えようとする悪癖がある。

そんなよう子の悪癖により購入された、開発を失敗したリゾート地未満の別荘地帯。その一番外れの、アクセスの悪い丘の上。

百合はもともと東京の出だ。電車でどこにでもいけるのが当たり前だったのに、ここでは車がないと何もできない。

それでも、よう子の世話をやめるつもりはないが。

よう子とは、数年前東京で開かれた個展で出会った。緻密な書き込みと繊細な色使いが話題になっており、当時仕事で行き詰っていた百合は何の気なしに足を運んだのだ。

そしてよう子の描く絵本の世界に夢中になった。

絵本を買い、サイン会に足を運び、別の年で開かれる個展にも行き、ついによう子と知り合うことができた。

思い返すとその情熱ははたからみたら異様に見えただろう。

しかしその異様さが、よう子の悪癖にひかかった。

よう子は百合を気に入り、よければ自分のそばで働かないか。と誘ったのだ。二つ返事でオーケーした。

もともと仕事は行き詰っていたし結婚する気もなかった。

それ以来3年間、よう子と各地の別荘を転々として暮らしている。

いまよう子は新作の製作に取り掛かっている。

世間というのは残酷で、一時期あんなにもてはやされていたよう子の絵はすでに飽きられ、仕事は減ってきている。

よう子もそれをわかっており、表にこそ出さないがかなり情緒が不安定なようだ。

突然事故死した親戚の家を親族の反対を押し切り大枚をはたいて買い取ったのもそれに由来する。

 

キンコーン…

 

調度品を磨く手を止める。この別荘に来客なんて、珍しい。

いや、もちろんあらかじめ呼んだ人は当然訪ねては来るが、こうしたアポなしの訪問というのは今まで全くなかった。

誰だろう。

ここ最近、街の中心地では幽霊騒ぎが起きているという。もちろん幽霊なんて信じちゃいないが思わずそんな考えが頭をよぎってしまう。

玄関を出て、傘をさして門へ向かう。

鬱蒼と茂る蔦の向こう。

「……あなた…籠原さん、でしたっけ」

傘もささず、着の身着のままでてきたといった風貌で、幽鬼の様に立っていた。

「榊さん…」

憔悴しきった様子でぽそ、と呟いた。

「何してるの、風邪ひくわよ」

知らない人間でもないので門を開け、傘を差し出す。様子が明らかにおかしい。

なかば引っ張るように彼女を玄関にあげる。タオルを差し出すとのろのろと体を拭き始めた。

「…用事があってきたの?」

「はい。タオル、すみません。」

「…よう子さんを呼ぶわ。あなたはそこで待ってて」

客間に通し、急いでよう子のアトリエに向かう。

 

湿った廊下を早足で歩き、黒い扉をノックし、呼びかける。

「よう子さん、籠原さんがみえました」

呼びかけるとすぐに、作業着である絵の具で汚れたエプロンのままよう子が顔を出した。

「籠原さんが?どうしたのかしら」

「さあ…でも彼女、様子が変です。」

「わかった、すぐ行くわ。お茶でも持って行ってあげて」

「はい。彼女は客間にいますのでそちらに」

よう子は部屋に引っ込み、百合はそのまま台所に向かう。

ドリップ式のコーヒーをいそぎ2人分淹れて、客間へ運ぶ。

中にはよう子とよう子の服を着た夕がいた。

 


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