【完結】杜王町怪忌憚   作:ようぐそうとほうとふ

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黄泉がえり

 

「ごめんなさい、なんだか腰が抜けちゃって…」

「落ち着きました?」

あの後、女の人はまともに歩くことができなかった。路上に放置して帰るわけにもいかず、康一は彼女をなんとかファミリーレストランに連れ込んだ。

「ご迷惑をおかけしました」

「そんな、とんでもない」

彼女はまだどことなくぼうっとしてるが、さっきよりは落ち着きを取り戻したらしい。

カチャカチャと持ってるカップが受け皿にあたり音を立ててる以外は普通に見える。

 

「あの」

 

康一の声に反応して、カップの音がやむ。

「さっきは、何から逃げてたんですか?」

「…………………うと」

「え?」

「…足音、から」

やはり、そうだったらしい。

母から頼まれオウソンへ買い物に行ったら、見覚えのある女の人が全速力で走ってきた。そのまま急に、あの道へ曲がるものだから慌てて追いかけたのだ。

「あの道はなんだったんですか…?」

「あれは…前からある、幽霊のいた小道です」

「幽霊…」

「あそこはそうそう人が迷い込んだりしないはずなんですけどね。…前までは道案内をしてくれる人が居たんだけど……。」

「…そう、ですか。助けてくださって本当にありがとうございます」

女の人は、不自然なほどに疲れた様子だ。幽霊の出る道、なんて言葉を聞いてもリアクションがない上に、むしろ合点がいく、とでもいうような返事だ。

そういえば喫茶店であった時もどことなく茫然自失で、疲弊していた。

「あの、何か困ってるんですか?」

「え…?」

「ぼくの勘みたいなものなんですけど、なんか相当疲れてるみたいだし、何か他にあったんじゃないかとおもって。」

「……」

女の人はしばし、悩むような苦しむようなそんな表情をする。

話すかどうか悩んでいるのかもしれない。たしかに、たった二回偶然居合わせた康一に悩み事を打ち明けるのは躊躇うかもしれない。

「ずっと聞こえるんです。足音が…」

「ずっと?」

「ずっと…」

消え入りそうな声でつぶやき、無意識に自身の腕をさする姿は、もはや儚いとかいうよりも痛々しい。

「怖いんです…幽霊が。変ですよね」

「変なんかじゃないですよ」

しかしこの弱り方は普通じゃない。ひょっとしたらこの人は、今回の怪談騒ぎに深く関わってるかもしれない。犯人、には見えなくても被害者、もしくはターゲットにみえる。

「…あの、ぼくは広瀬康一といいます。あなたが…心霊現象…に、とても困っているなら、力になります」

「…力、って…あなた、霊能力者かなにかなんですか?」

「えーっと、そうです」

この人にスタンドなんて言ってもわからないだろう。普通の人に一から説明するよりもそう名乗ったほうが話が早い。ただでさえ相手は混乱してるようだし、話をややこしくしたくなかった。

「なんとかなるんでしょうか…もう、どうすればいいかわからなくて」

「今どんな状況に置かれてるか、教えてくれますか?」

「…私は、籠原夕といいます。2月の末に、杜王町に越してきました。…始めは、本当に家鳴りだったんです。三月が終わるにつれて、次第に家鳴りが足音に聞こえ始めました。最初に遭遇したのは、バイト先です。」

「その時見たのは足跡ですか?」

「いえ、シンクいっぱいに詰まった泥でした。それを機に家でも、家鳴りなんかですまない本当の足音が、天井裏とか廊下とかから聞こえ始めました。今も続いてます。…次は広瀬さんもいたあの喫茶店です。そして、そうですね。あとはずっと足音や、手形…。あ、それでさっきの、です。」

「家鳴り、泥、足跡、手形…」

「……わたし、狙われてるんですかね」

「…可能性はありますね。ええと、泥を見たって言いましたよね。それはいつですか?」

「4月の10日くらいです。…ごめんなさい、ここのところ日付感覚がなくて」

思ったよりも、深刻だった。

この人は間違いなく被害者だ。

心霊現象が始まった時期があらゆる噂よりも、どうやら早い。そして、現象はエスカレートして行ってる。

ただそうなると、今まで実際に幽霊が出たと早期に噂されてる場所との関係性がわからなくなる。

「バイトはなにされてるんですか?」

「えっと、駅前のパン屋と、オウソンです」

「あ、そのパン屋って移動販売でうちの高校に来てますよね?食べたことあるけど、美味しかったなあ」

「あ、そうなんですか。じゃあ一度あったかもしれないですね。って、あ」

「え?」

「いけない、時間大丈夫ですか?」

慌てて時計を見ると、時刻は午後9時半。話してるうちにだいぶ時間が経ってしまっていた。

「ごめんなさい、私ずっとぼんやりしてて…あの、ここは私が払うのでもう家に帰ってください」

「あ、そんな大丈夫ですよ。まあちょっと怒られるかもしれないけど」

「ごめんなさい…」

「いや、そんな…」

そんなに落ち込まれるとは思わなかった。慌てて取り繕う。

「奢ってもらえるだけ、ありがたいです。気にしないでください。あの、籠原さん。」

「…はい」

急いで手帳を破り、自分の名前と住所、電話番号を書く。

「多分今後もそういう奇妙な出来事は続くと思います。もしなにかあったら電話してください。」

「…わかりました。あの、ペン借りてもいいですか」

渡すと、紙ナプキンにさらさらとメモを書いてよこした。

「私の住所と、電話番号です。…念のため。もしかしたら、頼らせてもらうかもしれません」

「わかりました。」

メモをしまい、二人して席を立つ。

会計を済ませて店の前で軽く頭を下げる。

「じゃあお言葉に甘えますね。ごちそうさまです。また」

「今日は本当にありがとうございました。」

夕は康一がしばらく歩いていっても、なかなか頭を上げなかった。気恥ずかしくて思わず早足でファミレスの前を立ち去ってしまう。

これで手がかりに近づけたのだろうか。

最も初期に、異変が起きてる人物。

今日は慌ただしく帰ることになっしまったが、また改めて様子を見に行くことになるだろう。

 

改めてメモを見る。

あまり聞かない地名。でも、どこかで見たことがあるような…。

もうバスも出てない。あの人、ちゃんと帰れてるかな。康一は心配しながらも自身の背後からあの足音が聞こえないか、内心恐れでいっぱいだった。

振り返る。街灯に照らされた夜道。

 

 

 

疲れた…

頭の中いっぱいに広がる疲労感。

玄関に一歩踏み入れた途端、荷物を取り落としてそのまま座り込む。靴を脱ぐのさえ億劫だ。

のろのろと靴を脱ぎ、荷物を引きずるようにして自室へ。

玄関から遠い部屋を自室にしたことを後悔した。

あれから勘を頼りに歩いて30分強でやっと家に着いた。時間はもう11時に近い

シャワーだけでも浴びよう。

明日は何曜日だっけ。オウソンが二連勤、そのあとは…パン屋?じゃあ早く起きないと。

生温いお湯が全身を打つ。

今日会った少年、広瀬康一。

あのときはぼんやりとしてて、言われたことすべてに納得してたけど、よくよく考えてみると霊能者っていうのは嘘くさい。

しかしあの妙な道から助け出してくれたのも事実で、ひょっとしたら何か助けになってくれるかもしれない。

…しかしたった2回しかあったことのない人に助けを求めていいものだろうか。まだ私につきまとうこの足音の正体もよくわからないのに。

それに、もし霊能者を名乗る広瀬康一に頼るとしたら私は自分の過去を話さざるを得ない。

妹のことを…。

結局そこなのだ。

妹、妹、妹。ずっと私は妹に縛られ続けている。

あの子が生まれてから、そして消えてからもずっと。

 

キュッ…

 

シャワーの栓を締め、体を拭く。

自室の明かりがぼう、と漏れる廊下を進む。

ぎしぎしと自身の重みで床が軋む。今日は足音は聞こえない。

 

ジリリリリーン

 

「え…?」

 

ふいに鳴り響いた、呼び出し音。

音の方を向くと、すぐ手前の黒電話がなってる。

 

ジリリリリーン

 

こんな時間に、電話?

今まで誰からも電話なんてかかってきたことがないのに、どうして?

 

ジリリリリーン

 

やかましいベルの音が、廊下の静寂を引き裂く。

暗い廊下で、私の目の前で鳴っている。

そういえば、広瀬康一に電話番号を教えた。でもこんな、別れてすぐにかけてくるだろうか?

 

ジリリリリーン

 

ベルは急かすように鳴り続ける。

 

ガチャ

「………もしもし…?」

 

さあーーーーーっ

 

と、細かいノイズが受話器越しに聞こえる。砂のようなノイズ以外何も聞こえない。不気味なまでの無言。

 

「……どちらさまですか」

 

さあーーーーーっ

 

いたずら電話だろうか。気味が悪い。

早く切ろう。

 

さあーーーーーっ

 

というか、この電話使ってたっけ…?

 

ぞ、と気づいた瞬間怖気立つ。

玄関から遠い自室から、もともと家にあったこの黒電話まで電話を取りに行くのが面倒くさそうだという理由で小型の親機を自室に置いたはずだ。

電源すら入っていない電話が、なぜ?

 

受話器を耳から話そうとした瞬間に

 

「……君」

 

遠いところから話してるような、低い声がノイズを震わせて聞こえた。

 

「君は誰だ?」

 

答えられない。

 

「私の家で何をしている?」

 

私の家?そんなはずはない。

ここは…

 

「あなた、誰ですか」

 

「私は吉良。吉良吉影だ。」

 


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