【完結】杜王町怪忌憚   作:ようぐそうとほうとふ

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胎児は踊る

 

「あの…誰かいらっしゃるんですか?」

おずおずと部屋に入ってきた夕は不機嫌そうな露伴ではなく康一に尋ねた。

聞かれたか?

夕の顔色を伺うが、元から疲弊した夕に取り立てて変化は見られなかった。

「あ、ごめんなさい。知らせてませんでしたね。もう一人、こういう事態に頼れる人を呼んでたんです」

「そう、ですか。いけない、じゃあもう一杯いれてこなきゃ」

「いやそんな、大丈夫ですから。ここにいてください」

慌てて台所に立とうとする夕を引き止める。

もし夕がスタンドの本体なら、確かめなければいけない。露伴にアイコンタクトを送ると、露伴は無言で頷いた。

「籠原さん」

「はい?」

露伴の声に反応した夕にヘブンズドアーが炸裂した。夕の驚いた顔が本になる。

「…スタンドに関する記述はないな。自覚がないなら当たり前か」

「他に何か、手がかりになるようなものは…」

「どのページも妹に関する記述ばかりだ。よほど悔やんでたらしい。」

素早く本をめくり速読していく露伴。プライバシーがという暇もない。

「…ん?おいここ見てみろよ康一くん」

「え?」

露伴の指し示すページを見るとそこには夕の心情が綴られているらしい。三点リーダの多い文がある。

 

『病院の死体…遺体?身元がわかれば遺体らしい。口いっぱいに土が詰められていたって聞いた。………今窓の外になにかいなかった?…ううん、きっと気のせい……きのせい。土が、詰まった遺体。それじゃあまるで、それはまるで、お母さんじゃないか。

お母さん、あれはお母さんなの?わからない…』

「母親に関するページは…」

ぺらぺらとページを捲る。

「あった。」

 

『お母さんが庭で見つかった。夜中じゅう続いた土砂降りの中、お母さんはずっとそこにいたの?土が詰まってる。お母さんの口と、食道一杯に。……お母さん、朝菜は土の中にはいないんだよ。』

 

「あの女の人は、夕さんのお母さん…?」

康一のつぶやきに呼応するかのように、突如天井からみし、と。足音が聞こえた。

「…スタンドか?」

露伴は急いで夕の中に書き込を入れると、夕は目覚めたばかりのような顔で周囲を見た。

「あれ?いま…あれ?」

「夕さん、ヤツが来たかもしれません。なるべく、いいえ。絶対にぼくたちから離れないで」

夕はきゅっと口をつぐむ。みし、みしと天井から聞こえる足音がすぐ真上まで来た時

ばん!

蛍光灯がはじけた。

「ぅわっ?!」

突如訪れる暗闇。そして湿ったなにかがどぼどぼと床に落ちる音がする。

「隣の部屋へ!」

裸足の足に蛍光灯のかけらが刺さる。さらにそこに泥水が染み込んでくる。

「最悪だッ…」

なんとか手探りで襖をあけ、三人が入ったと同時に閉める。

そのまま廊下へ出ようとするが襖はたやすく破られ、四角く切り取られた暗い空間が三人の目の前に広がる。そしてそこに、ぼうっと佇む小さい、白い人影。

 

「朝菜……」

 

絶望感に包まれた夕の声。それに返事をするようにその人影は、真っ白で生気のない顔をぐちゃと歪めて笑った。

 

 

「おいおいおいどーすんだコレェ?!」

「どーするもこーするもねー。ここでぶちのめす」

「外に逃げた方がいーんじゃねーか?」

「こいつは奥にいる人を追ってるんだ!おれたちが逃げてどーすんだよ」

玄関から入ってすぐの和室。帚木よう子が目を潰された部屋で仗助と億泰は玄関をにらみながら臨戦態勢になる。

 

ぺと、ぺた、ぺた…

 

足音が、土間から板間へ上がる。

そして泥を踏みながらそれはぬう、と鴨居の向こうから此方を見つめる。

虚ろな昏い穴からじっとりとした視線を感じた。

「ぶちのめせばいいんだよな?だったら先手必勝ォ!」

億泰がすかさず右手を振るう。

ザ・ハンドがその軌道上の空間を根こそぎ削り取る。

女はその唐突な消失に体勢を崩しながら一気に億泰の射程内へ吸い寄せられた。

「くたばりやがれ!」

「わー!バカ殺すな!!」

「あ?」

仗助は本気で泥の女を削ろうとする億泰の右手を思わず止めた。そのスタンドの本体がもし籠原夕なら、彼女は死ぬ。

その止められた一瞬で詰められた間合いが泥の女に味方した。

がば、と。

ガラ空きになったザ・ハンドの胴に女がしがみついた。

「うぐっ」

億泰の体からめしめしと骨の軋む音がする。

「クレイジーダイヤモンド!」

すかさずクレイジーダイヤモンドで泥の女の頭を鷲掴みにし、引きはがそうとする。しかし女は万力でザ・ハンドにしがみついて話さない。

「離れやがれ!」

より力を込めて女の頭を引っ張ると、ずる、とまるでトマトの湯むきみたいにその皮膚が剥がれ、落ちた。

皮膚だった土はぼとぼとと塊になって落ちる。その下に見えるのはつるんとした、頭蓋骨にしか見えないなにかだ。

「本体か」

捕まえようと拳を振り上げた瞬間、それはバネ仕掛けのように億泰の体から離れてぐちゃぐちゃに転がりながら部屋を出る。

「待ちやがれッ!」

追いたいところだが億泰の怪我を治すのが先だった。泥の女が離れた反動で吹っ飛んだ億泰は床にうずくまり呻き声を上げている。

肋骨にひびがはいってるらしい。クレイジーダイヤモンドですぐさま治す。

「きて早々ツイてねぇーよ!全ッ然幽霊なんかじゃねーじゃねーかー!」

「ああ、だからほっとけねー…」

「どこいきやがった?」

「すぐにわかるぜ。」

そう言って仗助は億泰の前に拳を突き出す。握った拳を開くと、ごそっと抜けた黒髪が絡まり合って纏わりついていた。

「うわっ!!気持ち悪りィ!」

「本体から剥がれた皮膚は土に戻ってるが、こいつはこの通り髪のままだ。こいつを治せばあとはいつも通りだぜ」

「んじゃー早速行こうぜ」

 

 

 

「朝菜……」

夕の声が聞こえた瞬間。

「スリーフリーズ!」

康一はすぐさま攻勢に出る。妹はぐしゃ、と簡単に崩れ潰れる。やはり土でできているらしい。簡単に倒せるがキリがない。

「康一くんこっちだ」

露伴の声の方へ。夕の腕を引っ張り廊下へ出ると、玄関の方には土でできた壁がいつの間にか作られていた。

「分断されたか」

ぱん、と襖を開き次の部屋。また、次の部屋。

広い屋敷とはいえそろそろ限度があるのではないか?次の襖を開けると、そこは今までの部屋と異なりカーペットが敷かれ、八畳の空間にベットや机、本棚が小ぢんまりと詰まっていた。

夕の部屋らしい。つまりここが最奥地だ。

「裏口とかないのか?」

「たしか、こっちの方に…」

夕が先導する。移動する最中にも足音はずっと何処からか聞こえてくる。

「…あの。あれは結局、妹なんでしょうか」

「違う。あれはあんたが怖がってるから妹の姿をしているだけだ」

「そう、なんですか」

「それより聞きたいんだが、あの泥まみれの女は誰なんだ?あるんじゃないか?心当たりが」

「…病院で一瞬見えただけ、ですから違うと思います。でも、あれは母…母だと思います。」

「お母さんは自殺したんですよね?」

夕は黙って頷く。

「母は死んでも私を家から出したくないんですね…」

ぽそ、と呟く声は諦念に包まれたようにひどく落ち着き払っていた。

「籠原さん、あれはあんたの母親かもしれないが幽霊なんかじゃない。あんたが弱気じゃこっちも困る」

「ごめんなさい。」

「それに今のところはあの妹をーー」

たん。

と、何か軽いものが床に落ちる音が、露伴の真後ろから聞こえた。

じっとりとした視線が全身を這い回り、悪寒がうなじを駆け上がる。

「エコーズ!」

すかさず康一がエコーズを出して後ろを確認する。そして

「スリーフリーズ!」

ぐしゃ、と土がつぶれる音。

「フリーズ!」

また土がつぶれる。

ぐしゃ、ぐしゃ。

「SHIT…キリがありません」

「露伴先生、ぼくがこいつを食い止めます。仗助くんたちと合流してください!」

「わかった。気をつけろよ康一くん」

 

もぐらたたきのように出てきた端から潰していれば、こちらが疲れない限りは無事だ。しかしそれじゃあジリ貧だ。

ヘブンズドアーが今役に立たないのなら露伴はより戦闘能力のある仗助たちを連れてくるしかない。

籠原夕を囮に本体も引き摺り出せれば御の字だ。

 

「……」

夕はもはや何も言わない。何を考えてるのか、露伴の後ろをただ追いかけ、たまに開け放たれた襖を閉めている。

庭に面した廊下に出た。もう夜は更け切って、周りは真っ暗だった。雲の切れ目から月明かりが差してくる。

「あっ…」

夕が立ち止まり、声を上げた。露伴もつられてそちらを見る。

すると廊下に面したガラス戸全てにびっしりと手形か残されていた。脂とかすかな泥が月明かりに反射している。よく見ると、ガラス戸の隙間をこじ開けようとしたような跡や顔をこすりつけたような汚れもべったりと付いている。

「…………」

夕は放心したように、それをじっと見つめている。

「おいあんた、早くしろ!こうしてる間も康一くんは危ないんだぞ」

苛立ちを隠しきれず、露伴は怒鳴った。加害者かもしれない少女。追い詰められて反撃もできない脆い少女。そして、つちくれのスタンドに対して無力な露伴。

もし、この少女がスタンド使いなら。ヘブンズドアーで《人間に攻撃できない》と書き込めば全てが終わるんじゃないだろうか。無意識で操っていた場合それは通じるんだろうか。

ぴく、と指先が動く。

何人もの命を奪ったスタンド使いかもしれない女。

このまま、何も試さないまま康一を放っておいていいんだろうか。

露伴はしばし目を瞑る。

深呼吸をして、落ち着こう。息を吸うと突然、肺いっぱいに土の匂いが充満した。

「ダメっ…!」

どん、と衝撃が走る。

前に思いっきり転ぶ。振り返ると夕が突き飛ばしたらしい。自分が先ほど立っていた位置に夕がいる。そしてそのすぐ後ろ、薄く開いた襖からぬう、と真っ白い長い手が伸びて

「う、あ」

夕の腕をがし、と鷲掴みにしてその隙間に引き込んだ。

襖がばん、と閉まる。

「クソッ!籠原さん!」

すぐに立ち上がりその襖に手をかける。しかし、開かない。まるで壁に書かれた絵のようにそれは微動だにしない。

「あの時と同じだ…!」

はじめて吉良吉影の家に来た時と同じ。完全に出入りが封じられている。

 

「どーやら家中を移動してるようだな」

スタンドから抜け落ちたらしい髪束をクレイジーダイヤモンドで治し、本体の元へ帰るのを追う。しかし行ったり来たりでなかなか辿り着けない。

「カゴハラさん!康一ィー!露伴センセー!」

億泰が大声を出すが、この屋敷は不気味なほどに声が響かない。どこかに吸い込まれてしまうようだった。

「つくづく不気味な屋敷だぜ…」

髪を追いかけていくと、行ったり来たりした挙句台所のそばの、玄関からほど近い部屋に入っていく。

「次はやられねーぜ」

髪束は天井に張り付きながら、ずるずると右へ左へ移動している。

「ドラァッ!」

ばこん、と天井に穴を開ける。すると、

 

「うぐっ…!」

 

どすどすどす、と天井から真っ直ぐと三本の柳刃包丁が降ってきて仗助の肩と腕に深々と突き刺さる。

「仗助ェ!」

よろめいた仗助を穴の下から引きずりどかす。そしてすぐさまザ・ハンドを繰り出す。

スタンド使いかもしれない女がいる?いたとしてそれがどうしたっていうんだ。こいつは平気で人を傷つけ、殺そうとしている。

無傷では無理だ。と、億泰は冷静に判断した。

「出てこいよ…その土でできた貧相な体、削ってもっとスレンダーにしてやっからよぉ〜」

どぼ、どぽ…

泥が穴から垂れる。垂れた量より明らかに多い泥がどろどろと足元に広がっていく。

すぐに天井の真下の畳をザ・ハンドで削り取る。床にいびつな穴があき、そこに泥が落ちていく。

「軒下に帰りやがれ!」

泥は止まり、その穴からぬう、と白い手が淵に伸びる。

「今だ!」

ザ・ハンドを下から上へ振るう。腕のすぐ上の空間を削り取って下にいる泥の女を引きずり出すーッ!

「あ?」

しかし、引き摺り出されたのは軒下にある、苔むした土の塊だった。

「あ、あ…い、てぇーーっ!!」

そしてその土の中には包丁。

それは引き上げられた勢いで億泰の右手の甲を貫通している。

「億泰、引け!」

スタンドは明らかに知恵をつけてきている。なんとかしないと。けれどもスタンドを再起不能にしたら、夕はどうなる?

「ぐッ…う……ッ」

天井から、泥の女が逆さまにどぱ、と濁った音を立てて落ちてくる。

それはそのまま、億泰の腰に絡みつく。

億泰はすぐに右手を振るい降ろそうとする。しかし女はその腕をがっちり握り離さない。

「どけこのアマッ!」

クレイジーダイヤモンドが傷ついた腕でその腕を折る。しかし折れてもちぎれない限り掴み続けるらしい。

続いて絡みつく女の頸を鷲掴みにして絞める。

死なない程度に、強く。気道を潰すように。はやく億泰から離れてくれ。じゃないと、もしかしたら夕を殺してしまうかもしれない。

泥の女は無理やり首を引き抜いた。泥が腕の中でぶちゃ、と潰れる。その首の向こうには本体のものと思しき、白い骨のような何か。

「その泥、全部キレーに落としてやるよ!!」

本体に当たらないように、その表面を覆う泥を削り落とすようにパンチを浴びせる。

すると見えてきたのは、やはり骨に似た、しかしきちんと人間の形をしたスタンド本体。

「ーーー!」

言葉じゃない何かを叫び、スタンドが億泰から飛び退いた。

地面に飛び散った泥を掬いとるように屈む。

「させっか!」

すかさず解放された億泰が、ザ・ハンドで吸い寄せようと腕を挙げる。

その瞬間にどん、と背中に鈍い衝撃がはしる。

「な…に…ィ?!」

飛び散った泥の一部からにゅう、と生えた腕が、包丁を握って。それを億泰の背中に突き立てていた。

「億泰ッ!」

白いスタンドがバッと天井へ跳ぶ。

そして億泰を治そうと駆け出した仗助の両肩ががくんと掴まれる。そしてものすごい力で後ろへ投げ飛ばされる。襖を突き抜けて、真っ暗な部屋へ。

やらないと、やられる…。

そんな考えが仗助の頭を駆け巡った。しかしここでスタンドを破壊すれば夕も死ぬだろう。

彼女を助けにきたのに。

いや。もうそんな事を考えること自体が、無駄なのだろうか。


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